ダンジョンの宝
ダンジョンで迷って三日目になる。
配信者に人気のダンジョンのはずなのに、今日まで他の配信者には一度も出くわさず、端末の電波も一向に外と通じない。人間は三日、水を飲まないと死ぬらしいが、似たような通路と似たような部屋の繰り返しをこのあと一日じゅう歩き回ったとしても、GPSなしで出口へ戻れる気がしないし、寒すぎて体力がもちそうにない。“立ち入り禁止”の警告がある場所はマジで命に関わるぐらい危険なんだっていう当たり前のことを今さら思い知らされた。でももう遅い。眠くなったら終わりだ。
……と、思っていたのだが、なんか異世界の人っぽい美女が出た。
「俺にだけ見えてる幻覚じゃないことを証明したいんで、異世界の人?何か喋ってください」
「光っているところに向かって話せばいいのね?」
「はい。これカメラとマイク入ってるんで」
* * *
「私は、このダンジョンの宝です」
「証拠は?」
「このダンジョンには私以外、何の宝も存在しません。行き倒れの懐でも漁れば別ですが」
髪はウイッグじゃない。目はカラーコンタクトじゃない。服は安物のコスプレ生地じゃない。そもそも普通の人間は何も無いところからいきなり現れない。
「嘘だと疑うなら他の宝を探してみるのもいいでしょう。しかし、ここに留まっても、私を疑い立ち去っても、どのみちあなたは今度眠れば死ぬ運命」
「えー!?いっしょに脱出するの手伝ってよ!」
「その場合はここでお別れです。私は消え、あなたは独りで死にます」
「ダンジョンの宝なのに!?じゃあ何してくれんの?」
「あなたを看取ってあげます」
「そんなー!」
《ダンジョンの宝》の説明によると、このダンジョンから脱出するのは不可能ではないらしい。運良く生還した配信者達は、ダンジョンの中で撮った冒険動画を持ち帰り、投稿サイトにアップロードして、そこそこのチャンネル登録者と、そこそこの広告収益と、そこそこの投げ銭を得た。けれども逆に、ダンジョンからの脱出をあきらめた者にも見返りがある。それが彼女なのだそうだ(だから、俺が希望を捨てきれない場合は彼女とお別れってことになる)。ゲーム用語で例えるなら、“ゲームクリアを目指す”という固定観念にとらわれていては絶対気づかない隠しコマンドを使うと入れるボーナスステージみたいなものか。だとしても、せっかく見つけたのに命と引き換えの宝なんて割に合わない!
「鬼!悪魔!宝どころか死神じゃねーか!!」
「それほどまでに脱出を望むのであれば、私に出会わずダンジョンへ立ち入らなかったのと同じ状態に戻す約束で、出口まで案内しても構いませんが……本当に脱出してしまっていいの?私がここに現れたということは、あなたも一度あきらめたということで、つまりあなたには、脱出をあきらめる理由があったのでしょう?」
「そりゃ、そうだけど……」
「どうして脱出したくないと思ったの?」
何も無いところから出現したり、容姿が日本人離れしているのに日本語は流暢だったりと、いろいろ不思議な女だが、不思議なことができる《ダンジョンの宝》にも俺の脳みそや端末のデータを魔法で覗き見る趣味はないようだ。俺は録画を一旦やめ、今日の動画を冒頭から再生し直してみせた。
『おはようございまーす……。ダンジョン入って三日目、食糧なく、誰とも会えてません。おなかすいた……。えーと、誰かがスマホを拾ってくれたときのために一応撮っとくけど、この動画が俺の遺言?になると思います。
きのう一晩過ごしてみて考えが変わりました。最初はぜってー帰って動画上げるぞって気分だったけど、興奮がおさまってきて、冷静になって、これ状況ヤバくね?って分かってきたら、なんか、動画上げてチャンネル登録増えても、それが何なの?っていうか。俺の動画、どんな連中が見るのかなーって。他の人の動画見てても、コメントする奴ら、画面に草しか生やさねーバカばっかだし、きっとウケる動画でヒマ潰しに使えるなら俺じゃなくてもいいんだろうし、それで投げ銭もらって人気者のつもりでバカの王様になって浮かれるのとかマジにアホくさくなって。ここでこのまま終われば、チャンネル登録も投げ銭もクソったれた現実もぜんぶ気にしなくてよくなるし、寒いし、暗いし、疲れたし、どうせ出れねぇし、もう帰るのあきらめようと思ってます。スマホの充電が残ってるあいだは続き撮るかもしれないけど、もし明日起きれなかったらさようなら。
……。
……ちくしょー!!!クソクソクソ!!クソ配信者もクソリスナーもクソ動画サイトもクソダンジョンもみんなクソくらえ!!クソ動画でクソ相手に人気取りとかマジクソくだらねぇーッ!!!!!』
* * *
ひどい夢だった。
俺は枕元の端末を手に取り、ブラウザを起動すると、いろんな動画サイトのアカウントをひとつ残らず消去した。《ダンジョンの宝》よ、ありがとう。
おわり