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よむシリカ  作者: RiTSRane(ヨメナイ)
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第8章「レイラ救出作戦」

 一方、レイラが消えた直後の魔法学園では・・・


「彼女は我々が通ってきた転移門を通って、入れ替わりに向こうの世界へ行ってしまったと考えるのが妥当だろう。」

「やっぱり運命が引き寄せたのね。」

「ねぇ、この人だれ?」

「えいらーっ!」


「しかもよりによってレイラ・ブラッドベリーだったとは・・・急いで彼女をこっちへ戻さないと。」

「永遠の愛を誓いあうって、これも言霊っていうやつなのかしら?」

「ねー、この人だれ?」

「えいら、えいらーっ!」


 背の低いユニコーンが立ち上がった。

「もしかして二人の隠し子?」

「そんなわけないでしょ!」

「そんな言葉をどこで覚えた?!」

「はくしぼ?」


「大体私たちの子供なら普通にあなたの姉でしょう?」

「・・・あぁ!」

 二人のユニコーンが漫才をしている横で、初老の魔導士が頭を抱えていた。

「少し真面目にやってくれないか?」

「あっはっはっはっは」X2



「仕方ない、偵察はいったん中止。彼女を帰還させるのが最優先だ。」


「う゛~~~」

 あからさまに不満そうなシリカに歩み寄ると

「大丈夫、彼女はちゃんと助けるから。」

 そう声をかけたのはシリカに似ているが、やや大人っぽい雰囲気のユニコーンである。

「ちゃんと助けるからね、お姉ちゃん。」

 こちらはシリカそのものだ。服装の違いと、こっちの方が発音が良いところで見分ける以外にない。

「おえいか?」


 微妙に違うシリカが三人いる。うち二人は仮装ということか、マントを着ているせいではっきりとはわからないが、尻の辺りが動いているように見えることから尻尾も再現しているようだ。それとこの男性、他の二人と同じマントを着ているがその下はベルトや服のあちこちに宝珠や呪符を仕込んでいて、経験を積んだ魔導士風だ。


 魔人服のシリカに対し、マントを羽織った二人のシリカはポケットの多いクリーム色の服を着ていて探検家か冒険者のようだ。魔導士も同じような服装だが、一緒に行動する彼らはどういう関係の集まりなのか。偵察とは?レイラの名前と、魔人シリカの事も知っているようだが学園の関係者か?



 シリカは何の変哲もない廊下を進んで仮装した三人とすれ違い、階段を下りたところに魔法陣が見えた。そこから光の触手のようなものが伸びてきてレイラに絡みつくのが見えたため慌てて引き戻そうとしたが間に合わず、一方で触手はシリカには触れても絡むことなく離れて行った。そしてレイラは魔法陣に消え、シリカだけが残された。消えたレイラを探していると、先ほどの三人が戻ってきた。


 二人は知らない人物で、一人は存在していること自体が異常としか思えなかったが

「うん?・・・そうね、自己紹介だけしておきましょうか。」

 大人シリカはシリカを抱き寄せると顎を持ち上げ・・・ああ、この流れは

「んっ・・・」


 強引に唇を重ねられ、振りほどくことも押し戻すこともできないでいる。

 腕力でシリカが圧し負けている?!


「あれは何?」

「大人の挨拶みたいなものだ。お前はまだやっちゃだめだぞ。」

「ええ~・・・」

 大人シリカを押し戻そうとした手はやがて力なく垂れ下がり、重なり合った唇が激しく動く。時折、隙間から何か光る物が見える。


「ぷふっ・・・今私たちはこういう状況なの。」

 今のが自己紹介らしい。それなら口で伝えれば、いや、口で伝えたがそういう事ではなく、今ので音声を使わずに情報の伝達をしたようだ。

 解放されたシリカは目がグルグル回って渦巻きになっていたが、右手でわかりました~とサインをしてみせた。


 伝達された情報によると、この魔導士たち三人は過去の中央大陸某所から時空を移動してこの時代の魔法学園に来た。元の世界で魔獣の群れに追い詰められていた少数部族のシリカ族を助け、彼らと移動するうちに古代遺跡に辿り着いてからまだ三日目だ。


 そう、シリカ族の長老が言っていた旅人というのはこの三人の事だ。だが遺跡から出てきたと言うのは事実ではない。この三人は基本的に危険や障害をお構いなしに突き進むため、偶々発見した遺跡がまるでその場所を目指して最短距離を進んでいたように見えてしまったのだ。そんな無謀なことでよく冒険者などやっていられるものだと思うが、大抵の事故事象に対処できるだけの実力があればそうなってしまうのも止む無しか。ただ、彼らの先導で森を進んできたシリカ族にはいい迷惑だったかもしれない。


 旅人たちが発見した古代遺跡は、石舞台と祭壇のような物があるだけで、遠目にみれば蔦の絡まったただの岩にしか見えなかった。ただ、3メートル近い大岩が都合よく四角に積まれていて、そこに人為的な物を感じ取った魔導士が人が通れそうな空間を見つけ、内部を探索して原始的な魔法装置を発見した。


「ふむ、術者の魔力で何か特定の魔法を発動させる原始的な装置だな。この窪みに魔石盤を嵌めて発動する魔法を替えられるらしい、面白い機構だ。これには転移魔法の一種が刻まれているようだが・・・こっちは増幅装置と制御装置か。転移以外に何かの効果が重ねてあるな、移動の・・・時間の移動だと?!これは古代の時空転移装置か!私が生涯をかけてようやく実用に漕ぎつけた大魔法が、ここにはもう完成し、自動化した物がある!こんな古代の、この時代より更に前の時代の遺跡に・・・」


 そう言いながらこの魔導士が装置を分析すると、今でも起動可能であることがわかった。転移装置であれば、これを使ってシリカ族を森から脱出させることができるかもしれない。ただ、時間と場所を設定する機構はあるものの、それがいつの時代のどの場所を示しているのかはわからなかった。


「これを使うのは良いが、これを作った者たちがどこへ消えたのか気になるところだな。」

「シリカ族の遺跡ではないの?」

「可能性はあるな。彼らはこの場所の存在を知らなかったようだが、この文字はエルフ族の物に似ている。彼らは元々エルフだったと言っていたから、先祖がこれを使ってこの地へ来た、或いは他所への行き来に使っていたとか。だが時間まで移動するのは機能としてやりすぎだな。こっちとしてはただ安全な場所に移動できればいいのだが。」


 だがこの遺跡の歴史的意義を語っている余裕は無かった。追手が迫っていて逃げ場がない以上、シリカ族を逃がすにはこれを使う以外に無い。

「とはいえ、最低限の調査は必要だ。いざ転送したらその先は今は海の底になっていました、とか、帝国の首都でしたというのでは意味がない。我々で実際に飛んでみるしかないな。」

「長老か誰かを連れて行って現地を見せた方が良くない?」

「不動産の内覧ならともかく、現地の安全を保障できないうちは我々だけの方が良いだろうね。」

 帰還の設定のために操作盤に宝珠を取り付けると、魔導士たちは外のシリカ族に何も知らせずに転移を実行した。自分達だけなら、たとえ転移先が海底だったとしてもなんとかなる。そう考えた上での人選だったが、到着した先はどこかの建物の中だった。


「かなり近代的な内装だが装飾は無いし、薬品の臭いもするということはここは病院か何かか?多分向こうよりは未来だとは思うが、どのくらいの時間を移動したのか見当もつかないな。」

「・・・ねえ、私この場所を知っているみたいなんだけど。」


 大人シリカの記憶にある場所かどうかを確認するため、三人は建物の屋上を目指したが、階段を上ったところで廊下の向こうから信じられないものが近づいてくるのに気付いた。


 金髪に黒い服の少女と、その後ろに続くのは長い角を生やした少女。ここにはシリカ族が居る?!あの森から脱出することなくシリカ族は生き延びたという事か?それともここは帝国の支配の及ばない土地なのか?


 だが魔導士はすぐにそのどちらでもないことに気づき、咄嗟に二人に顔を隠させた。廊下は逃げ場が無くこのまますれ違うことは避けられない。何も言わずやり過ごすのがこの場でできる最善策だった。


 そしてすれ違った相手は、シリカ族ではなく魔人シリカだった。


 一方、この出会いで大人シリカはこの場所に確信を得た。

「レイラ・・・」

 もはや屋上から確認する必要もない、彼女が居るのだ。


(レイラ?・・・レイラ・ブラッドベリーか!?)

 すれ違ったレイラ達はそのまま階段へ向かっていた。下へ向かえば先ほどの異臭がする場所に出て、転移門の場所を越えて通用口から・・・


「そこのあなた、そっちへ行くと・・・」

「すみません、急いでおりますので。」

 レイラ達は階段に消えた。


「何、どうかしたの?」

「レイラ・ブラッドベリーだ!今の。」

「・・・そうよ。」

「・・・レイラ・ブラッドベリーだぞ?」

「そうね。」

「レイラ・ブラッドベリーなら・・・」


 魔導士たちは踵を返すと今来た道を大急ぎで引き返した。階段を下りるとそこにいたのは魔人シリカだけで、レイラの姿は無かった。通用口から外へ出たのか?この時代の民に見つかるのは避けたいが、魔導士が外を窺がうとレイラらしき姿はない。ならばなぜシリカだけがこんなところに突っ立っているのか。


「やはり、なにか事故があったな。」

 通用口の前に転移門が出現していた。だが、シリカが上に乗っても何も起きない。転移魔法をかけた本人が同行しているか、門の向こうで召喚魔法でも使っていなければ移動はできないはずだ。


「普通はこんなことは起きないのだが、転移事故に呪われているといわれるレイラ・ブラッドベリーだからな・・・」


「えいら・・・」

 魔導士たちの方を向いたその顔は、何とかして、と訴えているようだった。



 過去の中央大陸、そのどこかの森にあった時空転移装置。その転移先は中央大陸の更に真ん中辺にある魔法学園。空間的にはそうだったが時間的にはどのくらい移動したのだろうか。

「それは間違いないのか?」

「ええ、この場所は知っているわ。正確な年代までは覚えていないけど、彼女が魔法学園にいた頃の光景ね。今は秋かしら。」

「レイラ・ブラッドベリーが魔法学園の生徒だった頃・・・それなら年代は絞り込める。こんなに簡単に6000年近く先へ移動したのか。そんな移動を可能にする装置があの時代に既にあったというのはどうも腑に落ちないが、今はあれを使うしかない。基本的な操作しかわからないから時代や場所の調整はできないが、ひとまずシリカ族はここへ移動させれば安全だ。ただ、人目が多すぎるな。」


「それにしても、こんなに偶然が重なると気味が悪いわね。」

「いや、そうでもない。転移魔法は単に物体を移動させるだけでなく、人の心や縁の影響を強く受ける魔法なのだ。私はあの時代の無人地域を選んであの森に転移したはずだったが、そこに彼らがいて、あの遺跡に出会った。彼らがシリカ族と呼ばれていたことと私が君たちを連れていたことにも何か意味があるんだ。だから今、この時代のこの場所というのも・・・」

「あなたそういう考え方をしているといつか大怪我するわよ。」

「考えただけで怪我をするわけが無いだろう、何を言っているんだ君は。」


 こんな状況下で魔導士と大人シリカがズレた会話を始めた横で、


「ねえ、あなたもシリカなの?」

「にゅ。」

「ちょっと見せて・・・あー、やっぱり。ねぇねぇ!なんで居るの?!いつから?どのくらい?下はどうなってるの?」

「にょわっわっ・・・」


 妹シリカはシリカの角やら体やらに興味津々らしい。


「ちょっとあなた!人の体に何してるんですの?!」

「!」

「おっ!」

 大人シリカが鬼の形相で立っていた。怒ると口調が少しレイラに似る気がする。


 妹シリカが大人シリカにこっぴどく叱られている後ろで、今度は魔導士がシリカに話しかけていた。


「まあ、こんなことになったが、君の友達を助けるというのは本当だ。手段もある。ただ、君の協力が必要だ。」

「ぴよこ?」

「・・・舌がまだ固いのか。まあ、こればかりは待つ以外無い。そういえば、今、下はどうなっているんだ?」

「下がなんですって?!」

「・・・いや、魔法学園の制服とは違うようだなー、と・・・」

 仁王立ちした大人シリカの迫力に圧されて魔導士も一時退却。


「まったく・・・あなたも、今は色々不安定な時期だけどもう少しヒトの常識とか価値観を学びなさい。この先長く必要な知識だから。」

「・・・あまり知恵を授けるな。こっちで真っ先に影響を受けるのは君かこの子だ。」

「わかってるわ、飽くまで、常識的な範囲での話。・・・だから、私たちの事は他の人には絶対に教えてはだめよ。」


 こくこく


 シリカは驚愕しながらかつて見たことのない速さで頷いた。シリカがこういう余裕のない表情をすることは珍しい。


「ここって、もしかしてあの魔法学園?」

「ええ、あの頃のままだわ・・・当たり前ね。」

 大人シリカは魔法学園に居たことがあるようだ。妹シリカの方は校舎が珍しいらしく、なんでもない壁やドアに触って感触を確かめている。


「戻る時に備えて宝珠を仕掛けてきたせいで不安要素が増えたな。彼女が無茶をしなければ良いのだが。」


 この魔導士は魔法学園の宝珠のような物を持っていて、それを古代の転移装置に組み込んできた。この時代から帰還するときのために転移門を起動したまま縮小、保持してこちらから操作できるようにしておいたのだが、魔法の知識があるレイラが迂闊に触って設定を変えでもしたら、彼らはもちろんレイラもそれぞれ元の世界へは戻れなくなるだろう。


「レイラは案外手堅い行動をする人よ。追い詰められていなければ無闇に転移門の操作とかはしないと思うわ。」

 大人シリカの言葉にシリカもうんうんと頷く。


(モッシャ・・・モシャモシャ・・・)


「急いで戻れば深刻な影響が出る前に連れ戻せる、一度戻って仕切り直し・・・だが宝珠の予備が無いからシリカ族の避難は一発勝負になってしまうな。出口はここで固定されるだろうし、あんなのがいきなり100人以上出現したら・・・って、お前は何を食べているのかね?」

「ねえ、あの人たちもシリカ族?」

「え?」


 妹シリカの指さす方を見ると、なるほど、シリカのような格好の男女が・・・

 というか、妹シリカはさっそく中庭の出店へ行って焼きトウモロコシを貰ってきていた。売り子がシリカ親衛隊員だとかでタダでくれたらしい。それはともかく

「何だあれは?この時代の魔法学園にはあんなにシリカ族が居たのか??」

「あれは、毎年秋にやるお祭りよ。ああして仮装して踊ったり行列したりするの。そうかぁ、こっちはそんな時期だったのね。」


「仮装なのか・・・仮装・・・大勢のシリカ族。使えるな。」

「何が?」


「レイラの救出とシリカ族の避難を両方同時に解決できるかも知れない。」



 魔導士を中心に、レイラ救出とシリカ族の脱出計画が立てられた。

「あの遺跡を詳しく分析して転移先の調整をできるようにするのが理想的だがそんな時間があるかはわからない。だが今日のこの場所ならシリカ族を転移させても差し迫った危険は無さそうだ。なので今のままの調整で、レイラと、生き残ったシリカ族をまずここへ運ぶ。」


「はい」「うん」「にゃー」

「・・・今ならシリカ族の姿をした者が多少増えても気づかれないだろう。流石に100人とかが一度に現れると目立つだろうから少数ずつ転移させて、ここからどこか目立たない所へ徒歩で移動して集結。そこからは転移門で最終的な避難地へ移動する。シリカ族にはこの時代で再興してもらうことにしよう。どこか候補地はあるか?」

「にぇぶ!」

「・・・なんだって?」

「ネイズ、大陸南部の大森林ね。代々エルフが住んでいたはずだけれど、仲良くできるかしら?」

「そこは生き延びてから、彼ら自身で解決する問題だな。ではそこへの転移門を目立たない場所で開いて順番に、ネイズ大森林へ全員を送り出す。どこか空いている部屋とかは無いか?100人くらい入れそうな広さで。」

「ちょっと大きめの講堂とか・・・だめかな、今日みたいな日だと演劇部が何かやっているかも。」

 次々に作戦内容が決定していく。


「こうすれば、宝珠を補給する必要は無いが、転移装置の操作のために私は向こうへ行かねばならない。それに迅速に行動しないと私の魔力が尽きたらそれまでだ。そこで各員の担当だが、シリカ・・・」

「はい」「うん?」「にゃ?」

「・・・そういう冗談はいいから。」

「あははっ」x2、「???」

「・・・ああ。」

 魔導士はある問題に気が付いた。そしてシリカに向かって


「今から”シリカ”は君ひとりのことだ。訳が分からないかもしれないが訊かないでくれると助かる。それから、」

 大人シリカへ

「君は・・・そうだな、いまは”セイシュ”と呼ぶことにする。」

 そして妹シリカには

「お前は”ドブロク”。そして私の事は”ミリン”と呼んでくれ。本当の名前を残していくわけにはいかないからな。こんな名前、二度と使う事も無いだろうから縁は最低限に抑えられるはずだ。」


「ぺいふ、ろぷろす・・・みーん!」

「・・・区別だけできれば用は足りる。作戦の概要はこうだ。」


 魔導士ミリン(仮)は地面に図を描き始めた。

「まずこちらから遺跡の転移門を開いて、我々三人で向こうへ戻る。私は転移門の維持と操作、セイシュはレイラの捜索、ドブロクはシリカ族を誘導して私のところまで来させてくれ。レイラはシリカ族と行動を共にしていると思うが、万一帝国側にいたらなんとか連れ出さなくてはならないな。シリカ族の生き残りを集めて・・・そうだな、三人ずつこちらへ送る。シリカは到着したシリカ族をこの階段で屋上へ誘導。全員が揃ったら、可能な限り大型の転移門を作ってネイズ大森林へまとめて転送する。危険だが、回数が多いと発見される可能性があるからなるべく少なくしたい。レイラにも手伝ってもらいたいところだが、今の彼女がどの程度使えるか・・・」


「?そこにいるのはシリカ殿ではござらぬか??」

 アイーシャ!シリカの仮装をしているが、本人が時々古文書解析を手伝っていて見慣れているせいか細部の再現度が高い。だがちょっと今はタイミングが悪い。


「おや、皆さんもシリカ殿ですか?」

「え?ええ、見ての通り。」

「やっぱり本物の魔人がいるとご本尊というか、奉って愛でたくなりますよね!」

「アハハ・・・」

「でも独り占めはだめですよ?そんなことが許されるのはレイラ”様”だけです。そういえばレイラ殿はいらっしゃらないので?」


 こんな時に・・・だが事情を知らないアイーシャがよくしゃべるのは仕方がない。


「ところで、皆さんは何をなされておられるんです?そろそろ時間では?」

「え?ああ、実はこの人がメガネを落としたらしくて。レイラさんはランタンを取りに行ってくれてます。」

 振られたミリンが思い出したように地面を探し始める。

「なんとそうでしたか。よろしければ私もお手伝いなど・・・」

「いえ!大丈夫、すぐ見つかりますから。」

 落し物が見つかる時間を当てるとは予言者か。


「そうですか?それでは私はこの辺で。皆さんもお急ぎになった方が良いですよ?いい場所はすぐ埋まってしまいます故。では!」

 どうにかアイーシャをやり過ごした。


「いい場所って、何のことだ?」

「秋の祭礼はね、最後は打ち上げ花火があるの。」

「祭りに花火か・・・タイミングを合わせれば転移魔法の光をごまかせそうだな。」



 作戦内容が決定した。一番レイラに会いたいシリカが留守番という形になって不満そうだが

「レイラが無事に戻るためには、彼女と縁の深いあなたはこっちにいた方がいいの。」

 それに、これ以上時空転移者を増やして事態をややこしくしたくない。


「最後に、こういう一連の作戦行動には名前を付けた方がいい。成否を含めてあとで整理するために。そうだな・・・花火にちなんで”ローリングサンダー”としよう。」

 花火ならファイヤーワークスとかになりそうなものだが、閃光と轟音のイメージらしい。


 こうして、レイラ救出の「ローリングサンダー」作戦が開始された。



「・・・クリスタッ!?」

「え?」


 避難誘導をしていたクリスタが不意に名前を呼ばれて振り返ると、丁度起き上がったレイラと、自分と同じくらいの少女が倍以上の背丈がある銀灰熊に素手で挑んでいるのが見えた。


 服を裂かれたドブロクはよろけながらも振り下ろされた銀灰熊の腕を掴み、そのまま無造作にひねって地面に叩きつけた。


 服はボロボロに裂けていたが、その下のお腹は何ともなっていない。レイラはそれがクリスタではないことに気づいた。


「シリカ!来てくれたの?」

「来たよー・・・あっ」


 ドブロクはレイラに声をかけられてうっかり返事をしてしまった。そもそもレイラを探すのは彼女の役目ではなかったが、祭壇から外へ出たときに一番危なそうなところへ助けに行ったらこうなってしまったのだ。

 そこに突っ込みが入る前に次の銀灰熊が襲い掛かる。だがドブロクの戦闘能力はシリカに引けを取るものではない。圧倒的な体重差がある巨大熊の突進を姿勢を変えずに受け止める様はまるで地面に根が生えているようだ。そしてそのまま持ち上げると後ろへ投げ捨てた。すぐに次の銀灰熊が迫ってくる。


 ズシン!


 重量のあるやわらかいものが落着する音がしたかと思うと、たった今投げ捨てた熊が後ろから飛んできて後続の魔獣を何体か巻き込んだ。


「ちょっと!こっちへ投げないで!」

 これはシリカの声!シリカの・・・声だが、何か違う。声の主はシリカによく似ているがもっと大人な、レイラよりも少し大人に見える。


 祭壇で避難民を守りながら戦っているのはセイシュだった。計画と逆になってしまって内心では代わりなさい、と言いたかったがすぐに切り替えたのだ。こちらは経験の差か、戦い方はドブロクに比べると余裕があった。銀灰熊を一頭ずつつかまえて一撃で丁寧に頭を砕き、避難の邪魔にならないように森へ向かって投げ捨てている。


「レイラ!無事なの?」


 だが本人は答えず、

「無事っぽいよー。」

「早く、こっちへ!」


 たった二人の援軍により、シリカ族を蹂躙していた数十頭の銀灰熊の進撃は押し止められた。圧倒的な戦力差を前にして怯むどころか、そもそも問題にしていないかのような振る舞いは単純な強さ以上の、それこそ格の違いを見せられているようだ。だが、被害を出しながらも魔獣軍団は攻め続けていた。やはり、姿を見せないが森の中に帝国兵が隠れていて魔獣を操っているにちがいない。


「シリカ族の皆さんも祭壇の奥へ避難してください!」

 奥から出てきたセイシュは、シリカ族の混乱を鎮めミリンの居るところへ誘導した。彼女は本来の入り口を使わず、積み上げてある岩から直接出入りしている。目撃したシリカ族がものすごく不思議そうな顔をしたが、そのおかげで広くはない通路を最大限に使うことができた。だが、


「あなたたちは一体?」

 何者ですの、と訊く間もなく、ドブロクは倒れたシリカ族の戦士を数人まとめて担ぎ上げ、セイシュの元に届け始めた。動ける戦士たちもじわじわと後退を始めていた。


「あとで詳しく聞かせていただきますわよっ!」

 態勢を立て直したレイラは再び銀灰熊を焼き始めた。


 風切り音がしてセイシュの胸に重い物が当たった。

(ボワン!)

 と、音がしそうな跳ね返り方をして転がった短い棒、それは鉄製の矢だった。やはり帝国兵は森に隠れて魔獣を監視していたのだが、その矢は帝国兵が放ったクロスボウの物だった。


 と、それを合図にしたかのように周囲から矢が殺到した。

 ある程度魔獣の数が減れば、次は帝国の兵士が襲ってくるとミリンは予想していた。ヒト相手の戦闘となれば、相手にけがをさせたり死なせたりした場合未来にどんな影響を及ぼすかわからない。

「帝国兵と直接戦うことはできるだけ避けろ。」

 作戦開始前にミリンは二人に厳命していたが、帝国兵はそんなことはお構いなしに攻めてきた。


「ちょっと・・・やめてよ!どうして後ろから矢が飛んでくるの?」

 レイラをかばって飛来する矢を手で払いのけながらドブロクが怒るが、それは戦闘の素人であると高らかに宣言しているようなものだ。


 レイラ達が正面からの銀灰熊にかまけている間に、帝国兵は森の中を移動して側面に回り込んでいたのだ。単純で初歩的な戦術だが、訓練された正規軍だけのことはある。


「もう!スペクター・・・」

 謎の掛け声をドブロクが上げると、彼女の前腕から三角形の鰭のようなものが出現した。

「ギムレット!」

 鰭は十数条の鞭に変化し、飛来する矢を叩き落した。いつだったかレイラのパンツを掠め取ったアレはこんな使い方もできるのか。とはいえ、鞭の一本一本を全部操作しているとしたら、ドブロクの空間把握能力はまるで脳が十個あるかのようだ。


 小型で強力、片手で撃てるクロスボウは、森の中など狭い場所での取り回しが良い一方、射程が短い上、弓の力が強すぎて次の矢をつがえるのに時間がかかる。


「今よ!走って。」

 レイラは攻撃が止むタイミングを待っていた。実家にいた時クロスボウの欠点について聞かされていたのだ。数名の帝国兵が剣を抜いて樹の陰から飛び出してきたが、まだ距離がある。走れば充分に洞窟に逃げ込めるはずだ。


 だが、ここでもレイラ達の素人振りが露呈した。複数でクロスボウを運用すれば次射までの所要時間の問題は解決できるということまで考えていなかったのだ。火縄銃の三段撃ちの要領で布陣していた帝国兵から二射目が祭壇へ向けて放たれ、洞窟へ入ろうとしていたクリスタの背中に命中した。


「ギゃっ!」

 クリスタはそのまま洞窟内へ転がり落ちた。

「クリスタっ!!」

 倒れ込んだクリスタを追うようにレイラも洞窟へ飛び込む。次いでセイシュが、そしてドブロクはギムレットで銀灰熊の死体を拾って盾にしながら最後に洞窟へ。入り際に銀灰熊の死体で入り口を塞いだ。身長2メートル以上、体重500キロはあろうかという大熊の死体を数体詰め込んだのである、数分か数十秒か、多少の時間稼ぎにはなるだろう。


 祭壇裏の洞窟は内部で何本かに分かれている。そのうちの一本からミリンの声がした。

「セイシュ、ドブロク。そこに残ったシリカ族は何人居る?」

「あとはレイラとクリスタだけだよ。だけどクリスタが・・・」


 全員が転移するのを見届けるつもりでいたのだろう、奥から長老が出てきた。

「おぉ、なんということだクリスタ・・・」

 背中に刺さった矢は胸まで貫通し、肺をやられたのだろう、もはや息をしていない。半開きの口からよだれと血液が混じった物がだらだらと垂れている。普通なら即死だが、シーラ貝が宿主を生かそうと懸命に触腕を伸ばしているところを見るとこんな状態からでも回復できるのか。


 入口に詰め込んだ熊の死体がわずかに揺さぶられた。外で帝国兵が入り口をこじ開けようとしているのだ。

「クリスタ・・・」

 返事はない。だがシーラ貝が離れて行かない以上クリスタはまだ生きているのだ。ただ、回復には時間がかかるだろう。そしておそらく帝国兵の突入はそれより早い。レイラの魔法は軽い擦り傷程度なら治せたが、これほどの重傷では手の施しようがない。帝国兵が来る前に奥へ運びたいが、こんな状態で移動させたり、まして転移装置にかける事など出来るだろうか。


「クリスタは私が看ております、どうか先に行ってください。」

「何を言っているの、一緒に連れて行くのよ!」

「しかし、こんな状態では・・・」

 一族の長老としては立派な態度だが、文字通りただここで看ていることしかできないだろう。いずれ突入してきた帝国兵に二人とも殺されてしまうのは目に見えている。


「そういう事なら私が残るわ。私がギリギリまで治療をして、危なくなったらこの子を運ぶから。」

「じゃあ私も。」

 セイシュとドブロク。レイラはこの二人の事はよく知らなかったが、先ほどの戦いを見るに、この二人もシリカ級の強さなのだと確信していた。ならば


「長老、ここは二人に任せて私たちは行きましょう。」

「レイラ殿・・・」


「ドブロク、ここは私一人でいいから先に行きなさい。」

「えー?」

「あの転移門で一回に移動できるのは三人まで。ミリンとクリスタ、あと一人しか残れないの。」


「・・・わかった。」

「さあ、急いで。」


 セイシュは一人になると、クリスタの服の胸元を裂いて傷口を露出させた。胸から突き出た矢には矢じりが無く容易く抜けそうだが、不用意に抜けば出血して今度こそクリスタは死ぬ。シーラ貝の触腕が傷の周りでうごめいていたが、矢を抜くほどの力は無いようだ。


 セイシュはクリスタの背中に手を回して矢をつまむと、ゆっくりと抜きながら胸の傷を舐め始めた。


「ミリン!」

 洞窟の終点、レイラが通ってきた転移門のあった場所で見覚えのある魔導士が待っていた。先ほど入った時は気づかなかったが、横に人が一人入れるほどの窪みがあり、ミリンはそこで何かの魔法装置に魔力を送り込んでいた。

 ここにはかれこれ百人以上のシリカ族が来たはずだが、それを全員この転移門で送り出したのか?一人で??

「遅いぞ・・・セイシュはどうした?」

「クリスタ・・・女の子が一人酷いけがで、セイシュさんが残って治療を続けていますわ。」

「そうか・・・長老、レイラ、ドブロク。そこの円の中へ。」


 洞窟の突き当りに青白く光る召喚門が浮かんでいた。まず長老が、そしてレイラが続いた。

 ドブロクはミリンと離れ難そうにしていたが、

「必ず、来てね。一人はいやよ?」

「大丈夫だ。母さんは強いし、私もいる。いよいよとなったら帝国を滅ぼすくらいのことはできるさ。」

 なんだかとんでもないことを言ったが、転移門の中にいるレイラに今の会話は聞こえていただろうか。

「うん・・・知ってる。」

 知ってる、のところで少し笑顔を見せたドブロクも遅れて門に入った。

 転移門が白く光り、三人が転移したことを告げた。



 三人が転移門から出ると、そこは長老にとっては未知の国、レイラにとっては半日ほど前までいた場所だった。だが、見上げると空は転移前よりだいぶ暗くなっていたがまだ夕陽の茜色を残していた。前を見ると、先に転移した三人が階段を上がり始めたところだった。実は魔法学園ではレイラが転移してからまだ二時間ほどしか経過していない。この古代の時空転移装置では移動した両地点の経過時間にムラがあるようだ。或いは使う度に行先の時刻設定がズレていくのか、永く使われていなかった物を連続使用したことでガタが来たのかもしれないが、今回はそれが都合良く作用した。シリカ族にはどうでもいいことだが、レイラはまだ今日を楽しむ余地が残されている時間に帰ってくることができたのだ。


「えいらーっ!!」

 レイラを見つけたシリカが屋上から飛び降りてきた。危うくレイラを直撃しそうになる。


 ズムっ!

「ちょっと!危ないじゃないの。」

「えいらえいらえいらえいらーっ!」

 学校から帰ってきた主人を出迎る犬のようにまとわりついてくる。今度こそシリカに間違いない。あまりに早く動くのでシリカが三人いるようだ。

「もう・・・ただいま戻りましたわ、シリカ。」


 転移門が光って最後の三人が現れた。セイシュはミリンにクリスタを預けるとドブロクに駆け寄った。クリスタは既に矢を抜かれて出血も止まり、胸の傷も消えかかっていた。

「おかえりなさい。あの、クリスタは?」

「眠っているだけだ。後はこのままにしておけば、シーラ貝の力で回復するだろう。」


 クリスタのみぞおちの辺りでシーラ貝の触腕が働いているのが見える。こんなところを矢が貫通していたのに死ななかったとは、恐るべしシーラ貝。


 その後ろでセイシュとドブロクが無言で抱き合っている。わずか数分の別れが数十年ぶりの再会のようだ。とはいえ、数千年の時間を飛び越えてきたのだからあながちおかしいというわけでもない。互いの無事を確認すると、セイシュはクリスタを引き受け、ドブロクはレイラからシリカを剥がして何か話し始めた。


「転移装置は停止させてきた。要になる魔石盤を抜き取ったから帝国の魔術師ではあれを起動することはできまい。」

 そう言ってミリンが見せた小さな石盤は、我々の世界でいうROMカセットのようなものだと思えばいい。何かの魔法を作動させる装置はあっても、肝心の魔法を記録した媒体が無いと何も起きないのだ。


 生物学科校舎の屋上には、百人程度のシリカ族が集まっていた。途中、生徒とすれ違ったりしたが、学園の方々にシリカ装束の生徒が居るお陰で特に怪しまれずに辿り着くことができた。しかし、魔獣に囲まれた森からいきなりこんなところへ連れてこられて一か所に押し込められるとだんだん不安になってくる。ここへの脱出はミリン達が急に決めた事だったため、長老を除くシリカ族の人々には詳しく伝わっていないのだ。


 まさかこのままここで処刑されるのでは、などと疑い始めた頃、ミリン達最後の転移組が姿を現し、改めて今回の脱出作戦の詳細が・・・誰かに聞かれるとまずいのでひそひそと説明された。


 作戦内容がほぼミリンの独断だったことはともかく、最終目的地の森に先住民のエルフが居るというのは彼らを不安がらせたが

「皆、我々は故郷を追われこの見知らぬ土地・・・ことによると見知った土地かもしれぬが、時間を超えてここまで来た。ここにはエドモンズ帝国も獣人差別も無い。ならば、私は旧友との関係を修復する良い機会ではないかと思うのだ。」


 どちらが頭を下げるという事ではない、新たな隣人として、互いに敬意をもって付き合える関係を今から築くのだ。長老にそう説得されて、ネイズ大森林へ全員が移住することで一致した。


 不安と希望が入り混じって屋上の空気は微妙な温度だ。だが、ほんの数分前まで種族滅亡の危機にあったことを思えば、これは和んだ空気と呼んでも良いだろう。


「レイラ殿、今回は本当に、ありがとうございました。旅人の皆さんも。」

「魔神として召喚されたと聞かされた時はどうしようかと思いましたけど、皆さんのおかげでこうして帰ってこられましたわ。私からも、ありがとうございました。」

「いや、元はといえば我々の不始末から巻き込んでしまったようなものだし、本当に、申し訳なかった。あなたは困難な状況をよく切り抜けられたと思いますよ。」


 周囲のざわめきが頭に響いたのか、単に回復が早まったのか、セイシュの腕に抱かれたままになっていたクリスタが目を覚ました。

「あの・・・レイラさん」

「クリスタ!目が覚めたのね。」

「静かに、傷は治ったけど出血がひどかったから、大きな声や音は頭に響くはずよ。」

「ああ・・・ごめんなさい。」


 レイラは声を抑えるが、周囲のざわつきまでは抑えられない。

 だがセイシュはクリスタを下ろすと肩を支えて立ち上がらせた。クリスタが何か大事なことを言おうとしているのだ。

「レイラさん・・・これを」

 クリスタはまだ苦しそうにしながら首飾りを外すと、レイラに差し出した。

「私に?でも、それはあなたにとって大切な品ではなくて?」

「はい、亡き母が作ってくれたものです。だからこそ、あなたに受け取って欲しいのです。」


 セイシュが支えているが、息が浅く早い。明らかに血が足りていない様子だ。そういえばこの子はレイラが現れたとき生贄として出てきたのだった。そこまでの覚悟をしていたのだし、受け取らないと彼女の気が済まないだろう。


「わかったわ。ありがとう、大切にするわね。」

 磨き上げた石と貝殻を革紐でつないだ首飾りは、派手さはないが、石の一つ一つが丁寧に大きさを揃えられ、作り手の思いのこもった品のようだ。

 レイラは受け取った首飾りを制服の上から着けてみせた。


「ありがとうございます・・・あるぃ・・・」

 想いを遂げたクリスタは再び意識を失ってしまった。

「クリスタ?!」

「しーっ・・・静かに。」


 セイシュはゆっくりクリスタを降ろし、向きを変えて再び抱き上げた。こうしてみるとまるで母娘のようだ。


「ありがとうございます、あなたに受け取っていただけてこの子も本望でしょう。」

「お母様の形見と伺いましたわ。粗末には致しません・・・何か?」

 長老は何か言いにくい事がありそうな様子だったが

「私共の習慣では、親や先祖から受け継いだ品を送るのは求婚の印で、それを使って見せるのは了承したということに・・・」


「・・・・・・それを先に言ってくださいませんこと?」

 祝ご成婚。


(これは、ステラには話せませんわね。)

「まあ、この子の精いっぱいの感謝なのでしょう。他に差し上げられる物もありませんし。我々が大森林へ旅立てばもうお会いすることも無いでしょうから。」


 ネイズ大森林は行くだけなら難しくはない距離だが、シリカ族が過去からの移住者ということを考えるとあまり表立った活動はできなくなる。と、なれば、クリスタとはこれが今生の別れとなるだろう。セイシュに抱かれて眠っている彼女は憑き物でも落ちたように、あの宴席で見た時よりも幾分穏やかな寝顔に見える。


 穏やか?


 そういえば、先ほどから妙に静かな気がする。


 生き残ったシリカ族の人数を確認して、ミリンは最低限必要な転移魔法の回数を考えていた。つい先ほどこの場の全員を転移させてきたばかりだというのに、彼の魔力はレイラ並みかそれ以上だ。最後の転移には当初考えていたより状況に余裕があるため、レイラの力を借りる必要は無さそうだ。あとはこのまま花火が始まるのを待つとして、その音と光に紛れて転移魔法を、と、ここで一番騒々しいのが居ないことにミリンも気づいた。

「ドブロクとシリカは何処へ行ったんだ?」

「え?さっきまで階段のところに居たのに。」

「あ・・・ミリンさん、あれ。」


 レイラが指さしたのは中庭の端、例のシリカ親衛隊員が居る焼きトウモロコシの屋台に二人が並んでいた。シリカはお馴染みだが、ドブロクの方は服の前側が良い塩梅に裂けていたせいでゾンビシリカという新ジャンルになっている。どうやら二人で夜店巡りをしているようだ。


「やれやれ・・・すまないがレイラ、下へ降りて二人を連れ戻してくれ。我々があの中に行くのはできれば避けたい。」

 階段へ行こうとしたレイラをセイシュが止めた。

「もう少しあのままに、今だけ姉妹ごっこをさせてあげて。構わないでしょう?」

「でも、放っておいて大丈夫なんですの?あんなのが二人もいたら何をしでかすか。」


 本物そっくりの仮装をした少女が本物シリカを連れ回し、行く先々でイカ焼きやりんご飴をせしめている姿は俄然注目を集めた。特に説明を受けたわけではないが、ミリン達が本来この世界、この時代に居てはならない存在だという事は彼等の様子でなんとなくレイラにもわかる。目立ちすぎるのはまずいだろう。

「ごめんなさい、やっぱり連れ戻して。あれは調子に乗りすぎだわ。」

「あの、差し出がましいですが・・・」

「何?」

「良ければ、この方たちの移動が終わるまであの子をお預かりしましょうか?私もそろそろ行かないと連れが心配しますので。」


 そうだ、レイラはステラと合流して百鬼夜行、仮装行列に参加する予定だった。このままシリカ族の避難を見届けたいところだがステラを待ちぼうけさせるのはかわいそうだし、レイラの引率で仮装行列に混じってしまえば親戚か知り合いの娘という事で通せそうだ。


 魔導士はしばらく考えていたが、

「そうだな、たまにはこういう時間があっても良いだろう。花火が終わる頃にここに連れてきてくれればいいから、それまでお願いするよ、レイラ。」

「では、また後ほど。」

 そう言うとレイラは階段を下りて行った。


「まあ、お目付け役が付いていれば大丈夫だろう。何せあのレイラ・ブラッドベリーだ。」

「でも、今の彼女はまだほんの子供よ?あなたの知っているレイラとはだいぶ違うと思うわ。」

「だが君はあのレイラをよく知っているのだろう?本質さえ変わらなければ、年齢は関係ない。要は心だ。」


 セイシュが下を見下ろすと、丁度レイラが中庭に現れたところだった。

「そうね、レイラなら・・・」


「・・・それらしいことを言って、実は面倒くさいだけなんじゃないの?」

「おっと、誰か来たようだ・・・」


 レイラはイカを咥えたシリカ達と合流し、ステラの待つ寮へと急いだ。一人増えたから急いで準備しないといけない。ステラには妹シリカの事をどう説明しようか。過去から帰還したばかりのレイラは、むしろ今の方が大変そうだ。


 吊るされたランタンに灯が入り、地平線に夕日が沈もうとしている。

 今夜のレイラは四人で秋の祭礼を堪能するのだ。

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