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よむシリカ  作者: RiTSRane(ヨメナイ)


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第17章「来襲!新学期」

 

 非常事態だった。

「シリカがいないの!」


「なんだって?!」


 帰らせたなどと大嘘である。命じたくらいで元の世界へ帰って行くなら今頃こんな騒動も無かったろう。バローのいる場でシリカがいないことを合理的に説明するための咄嗟の一言だったが、いつもなら何を置いてもレイラの元へ行こうとするシリカが一向に姿を見せなかった。


 宿営地はさほど広くない。ディーンたちと戻ったあとすぐにレイラの隠れている方へ走って行ったはずだが、直後の乱闘に姿を現していない。



 シリカが出現以来一度も元の世界へ帰っていないというのはレイラの魔力量を語る上で外せないエピソードだが、魔法学園理事会の公式発表では学園所属の魔術師が総力を結集して魔人の召喚状態を維持しており、従属魔法だけはレイラ自身が掛けないと意味がないため毎朝契約を更新しているという事になっている。


 魔人召喚事件を起こした学生レイラ・ブラッドベリーは代々高位の魔術師を輩出した家系の出身で、比類ない大量の魔力を保有しているとして有名な生徒だったが、事前の準備なしに魔人を召喚し数分間の使役に成功したという報道を見た各地の魔術師は当初、その内容を信じなかった。しかし、魔法学園の専門家によって魔人シリカであると特定されると、彼らは弟子の中から有望な者を魔法学園へ送り込み、魔人の調査に当たらせた。生きた魔人に接する機会など数百年に一度あるかないかという物でできれば自分で調べたいところだが、同時に自分の手で魔人に触れることは避けたかった。万一魔人の機嫌を損ねて大災害を引き起こそうものなら「魔人の逆鱗に触れた者」として永遠に消えない汚名を負うことになるからだ。


 そうした各国の研究者に比べて、学園に所属する生物教師の大胆な行動は世界を仰天させた。レイラが魔人を預けていった僅かな隙に魔人の生体解剖を試みたのである。結果失敗し、高価な機材を損傷し自身も大怪我を負った。解剖には失敗したが、全身の魚拓(というか、人拓?)、耳や鼻の穴の奥の目視など貴重なデータを数多く採取した。千載一遇のチャンスを見事に活かしきった快挙だったが、同時に一歩間違えば世界を破滅に導いたかもしれないその行動は賞賛と非難という相反する反響を同時に集めた。一連の実験は学園敷地内で行われ実際どのような現象が起きたのか定かではないが、学園が誇る魔法防御壁を含めた様々な事故対策が奏功し外部に被害を漏らさなかった。


 その魔人シリカが帰ってしまった、というのはレイラのはったりである。最初の召喚が事故のような物で、どの程度の時間どれくらいの魔力を注いだかといった召喚元の世界を特定する情報が喪失してしまっていて、事実上シリカの再召喚は不可能と言われている。


 バローに与えられた役目はレイラの拉致だったが、依頼者の本来の目的はレイラではなく魔人シリカである。魔人の拉致が不可能なことは明らかなため、その主人であるレイラを攫えば魔人も手に入ると考えての事だったが、肝心の魔人が居なくなってしまってはそれも意味がなくなる。レイラの身柄を押さえ根気よく再召喚の儀式を繰り返せばそのうち引っかかるかもしれないが、本来は高位の魔術師が星辰や天候を待ち生贄を含めた供物などを用意しても魔人級の召喚はそうそう成功する物ではないのだ。


 仮にレイラに再度魔人を召喚することができるならば、それを確かめてから攫っても遅くはない。顔と名前を知られても変装の名人であるバローには大した問題ではないし、石化したステラに処置を施すため早急に離脱する必要があった彼は、普通ならもう少し疑いそうな話に「乗った」のだった。



 そしてバローがステラを連れ去った後

「シリカ、出てきなさい!」

 レイラは呼びかけたが森のどこからも反応は無かった。


「まさか、さっきの奴に攫われたのか?」

「コカトリスを操るほどの術者でもあれは無理だろう。どこかこの近くに居るはずだ。」

「シリカーっ、出てきなさーい!」


 だが麻痺した騎士の治療も急がねばならず、背の低い魔術師とアランが魔法による治療を試みる間、レイラとディーンがシリカを探して回った。


 捜索範囲は大して広くないが、街道近くとあって人の手の入った森は木と木の間が広く、下まで日光が入るおかげで背の低い茂みも多い。それらを素手で搔き分ける行為はレイラの両手を傷だらけにした。呼びかけながら進むが応答はない。道に迷ったとでも言うのか?それはあり得ない。そもそも迷わないからディーンたちの案内をさせたのだ。やや大きな茂みを掻き分けると補給物資を積んだ荷馬車を見つけた。茂みの中というより、背の低い木から取った枝で茂みのように偽装している。荷台に積まれた木箱の一番上に果物の入った箱が見える。先遣隊の誰かがステラのために気を利かせてくれたのだろう、旬を外れた苺まで入っている。こういうところにステラの人気の高さが表れていた。


 学園の男子はもちろん、今回同行した騎士たちからも、もしかしたら自分より人気があるのではないだろうか。そもそもレイラには予定とはいえ婚約者が居るおかげで敢えて近づこうとする男子はいないのだが、あの器量に控えめな性格(偶に意地が悪い時もある)、家事全般が得意で献身的に主人を支える健気さで知られるステラなら、婚約者の件が無くても自分より人気者になっていただろう。そのステラが苦しんでいる時に、今度は自分が彼女を支えたい、レイラが冗談で着ているように見えたメイド服にはそんな決意が込められていた。


 そのステラがここにいないのは


「私のせいだ。」


 鼻の奥からツンツンと眼球を突かれるような感じがして痛い。切り払った枝の切り口から出るリモネン臭のせいだろうか。

「ステラ・・・。」


 ただの王都訪問が、どうしてこんなことになってしまったのか。


 目が痛い。気が付くと涙が出てどうしようも無くなっていた。

「うっ・・・うっく・・・・う゛ぇぇええええええっ!!」


 最後に見たステラは文字通りの石像になっていた。原因はコカトリスの呪いとバローにもらった麻痺毒。本来自分を拉致するために使う予定だった薬だが、苦しむステラを見かねたバローが量を調整して鎮痛剤として渡してくれた物だ。彼がそんなものを渡さなければ・・・だが、直接飲ませたのは自分だ。実際ステラは楽そうにしていたし、コカトリスが現れるなど予想外だし、ましてその両方の作用で完全に石化するとかわかるわけがない。


 だが「飲ませたのは自分だ」し、「自分に使われるはずの毒だった」。

 やはり自分のせいだ。そんな考えに押しつぶされるように、レイラはその場に膝をついてしまった。


 その場で泣き伏したい気分だったが、今はだめだ。シリカを探さなくては。


 レイラが顔を上げると、姿勢が低くなったおかげで茂みの中に転がる白いものに気が付いた。


 見間違うわけがない、あれは

「・・・ひぃっ!」

「あ・・・あわ・・・あぅ」

 声が出せない。毎日同じ部屋で同じ時間を過ごした家族のような存在が、二人とも一度に居なくなる?

 喪失の恐怖が怒涛のように押し寄せ、未成熟な精神は危機に瀕した。


 麻痺した騎士たちのように異常な姿勢で茂みに突っ込み、そのまま動かなくなっているシリカだった。


「ひ・・・し・・・」

 抱き起こしたいが膝が立たない。なんとか這い寄ったが、シリカの身体からは生命の脈動のようなものが感じられなかった。


 ”死”


 誰にも知られずシリカは冷たくなっていた。それも突然に。

「う゛・・・う゛えぇぇえぇぇえええッ!!!」

「どうした、何か見つけたのか?」

 たかだか使用人一人と召喚獣一体を失っただけではあったが、喪失感のあまりの大きさにレイラは激しく嘔吐し白目を剥いた。


「レイラ!しっかりしろ、冷静になれッ!!」

「あぐっ・・・あぅう・・・」


 ディーンは茂みに分け入り、まずレイラを引きずり出した。次いでシリカも。

「くそ、なんでこんなに重いんだ・・・レイラ、見ろ。」

「えぐっ・・・えぐっ・・・」


「こいつは死んでない。ねむってるだけだ!」


「うぇぐ・・・えげ・・・」

(この顔はあいつにゃ見せられないなぁ)

 レイラの顔は涙と鼻水、更に吐瀉物で汚れて酸えた悪臭まで放っていた。


「見ろ。」

「うげ・・・いぎ・・・ひでなぃ・・・」

「こいつは元々息をしていないって、自分が言ったんじゃないか。落ち着け。大丈夫だ。」


「・・・だいびょ・・・ぶ?」

「ああ、大丈夫だ。」


 まだ手足が震えていたが、レイラはおそるおそる手を伸ばした。シリカの頬に指で触れると、その肌は冷たかったがいつも通りのやわらかい感触だった。

 その手触りにはなぜか心を落ち着かせるものがあった。


「レイラ・・・?」

「べっ・・・だ、大丈夫。もう、平気だから。」


 ちょっと聞かせられない異音を発しながら、レイラは口や鼻に詰まった物を吐き出した。ハンカチで目の周りを拭く。たちまち汚れで使えなくなってしまったが

「ほら・・・」

「あ・・・、ありがとう。」

 ディーンが差し出したハンカチを受け取って顔を拭う。目が沁みるが、耐えられない程ではない。


「シリカ。こんなところで何をサボっているの?」

 返事はない。だがよく見るとわずかに顎が動いている。唇は開かないが何かを言おうとしているようだ。


「シリカ!」

「待て、レイラ。多分、あれのせいだ。」

「え?」


 補給物資に積まれていた果物は、正規の補給品ではなく団員が現地で調達した物だ。そのためその箱だけ蓋が無く周囲に甘酸っぱい香りを放っている。

「そうか、ステラは言わなかったんだな。こいつ果物、特に苺に弱いらしいぞ。」


「・・・何よそれ。」


 毒性があるとかではなく、単に気分が良くなって快眠するという程度のものらしい。聞く者によっては卒倒ものの情報だが、食事に関わる問題ならステラが注意していれば済むことなのでわざわざレイラに知らせたりはしなかったようだ。



 それからの行程はスムーズに進んだ。病人が居なくなったおかげなのは明らかだったが、誰もそのことには触れなかった。


 だが結果を言うと、今回の旅は無駄骨だった。


 魔法学園から王都までの道のりではバローの後にも2件の襲撃に遭ったが、こちらは普通の盗賊だったため複数の負傷者を出しながらも撃退した。レイラはシリカに怪我の治療をさせようとしたが、ティーラブなどという聞いたことも無い能力に依る奇妙な治療法は気味悪がられ、受け入れられなかったことがレイラを少なからず傷つけた。


 王都へ到着した後、レイラは罪を犯した王族などを収容する建物”北の塔”に軟禁され、シリカは王立魔術院へと連れていかれてしまった。軟禁といっても出入りの自由が無いだけで充分厚遇されたレイラに対し、シリカの扱いは生物教師がマシに思えるほど凄惨な物だった。生物教師が主に生物学的な観点から身体の機能や構造を知ろうとしたのに対し、魔術院の学者たちの興味は主に戦力としての利用や敵対した場合の対処法に向けられていて、特に後者では即死級で役に立たないとされた様々な拷問器具を倉庫から引き出して実験に使用した。


 これらの”処刑装置”はシリカに対して使用したことで殆どが破損し使用できなくなった。結局、向きや部位を変えただけで鉄製の刃物を突き立て相手に苦痛を与える装置であることに変わりはなく、この実験自体がほとんど無意味なものだった。


 様々な魔法や物理攻撃、考えうる攻撃方法は全て試された。念のため治癒魔法も試されたが効果が確認できなかった。  


 実験のネタが尽き、ようやく王の前でレイラとシリカは再会した。何重にも鎖をかけられたシリカの姿にレイラは激怒するが、国王の御前ということでその場は堪えた。髪の毛一本採取できず分析が進展しなかったという魔術院の報告を聞いた国王は、レイラと生物教師の実績を一応認め、シリカを魔法学園で継続して研究することを承認、改めてレイラを魔人シリカの管理者に任命した。しかし、魔人が一国に従属している状態が争乱の元になるとして後見を賜ることはできなかった。


 後見されなかったことでシリカの身を毀損しても国家反逆罪に問われることはなく、何となれば国外への移動も可能(ただしその責任はレイラが負う。)となったが、逆に魔法学園への帰路は襲撃を受けることもなく無事に済んだ。

 諸外国はフォレスタルがシリカを後見する代償に支配下に置き軍事などに利用することを警戒していたのだが、それが先送りになった事で排除を急ぐ必要がなくなったのだ。


 結局、あのような形でステラを他人に預けることになったレイラ一人が精神的に傷ついただけの旅路だった。



 そして新学期前、レイラは自分の部屋へと帰ってきた。一年間過ごしたその部屋はすっかり馴染んで昔から自分の家だったかのように寛げるはずだったが、今のその部屋には大事な物が欠けている。


 ステラの件は実家に報告済みだが、レイラは代わりの使用人の派遣を要請しなかった。


 バローは信用できる。ディーンのセリフではないが、何の証拠もなしにそう確信できてしまう自分をレイラは不気味に感じていた。だが、ディーンやアランと同じくらいに信用できると思えてしまうのだ。洗脳や催眠の類の影響も疑ってみたが、王都にいる間に検査を受けても異常はなかった。となるとただの勘なのか。勘を頼りに重大な決断をしてしまった自分がいつか致命的な過ちを犯しそうで恐ろしいのだが、そのことに不安感が湧き上がってこないという事実はレイラを多少なりとも苛立たせた。


 バローにはステラの治療そのものを行う能力は多分なくて、誰か有力な心当たりがあるというところだろう。それだけでも預ける理由として充分ではあった。だが襲撃を受けた時に感じたバローの迂闊な所。御者に化けたせいで本物の御者の荷物を開けても中身がわからず、本物なら持っているであろう酔い止め薬の代わりに危険な麻痺毒を使ってしまった。使い方次第で最終的に石化に至るとか、そんな効果のある毒薬なら安くはないだろう。襲撃対象でもない、ただの使用人にそこまで入れ込む必要が彼にあったか?そのステラを放っておけなかったことで任務を諦めなくてはならなくなったのも彼の迂闊さ故ではないか。


 だが、今それを考えてもどうなるものでもない。


 ステラが無事に帰ってくるまでは、身の回りの事を自分でやらなくてはならない。取り敢えず旅の荷物の片づけをしなくては。

 旅の疲れがかなり濃厚だったが、レイラは手を動かした。自分に雑務を課すことで一時的にでも心配事から解放されたかったのだ。


 ここで意外なことに、ステラが一手に引き受けていた日常の仕事の多くをシリカが覚えていて、荷物の片付けから部屋の掃除の手伝い、お茶まで出して見せた。


「ああ、ありがとうシリカ。よく気が付くわね。」


 日常の他愛もない事だったが、この時の感謝はレイラの心の底から湧き上がった物だった。



「できれば食材を買いに行きたいところだけれど、さすがに昨日の今日で疲れたし、今日くらいは外食・・・」

 言いかけて気づいたが、学食へシリカを連れて行って大丈夫だろうか?


 いや、拒否されても堂々としていれば良い。ここは先進の学び舎たる魔法学園なのだ、魔人や獣人だからと言ってなんだというのだ。

「外食しましょう!」


 ”コン、コン、コン”

 絶妙なタイミングでドアノッカーの固い音が響いて、出鼻をくじかれたレイラは


「はい、どなた?」

 と、普段は使っていない外へ直接通じるドアへ向かった。こうして訪問者を迎えるのもステラがやっていたことだが、ドアをあけたら魔人がお出迎えというのも面白いわね、などと思いつつ開けると

「ああ、レイラ。帰ったと聞いて急いで来たんだ。早速で悪いがちょっと付き合ってもらえないか?」


 生物教師にナンパされた。


「先生、お久しぶりです。一体どうしたんですか?私なら婚約者が決まっていましてよ?」

「はぁ?何の話をしとるんだ。いや、君に会わせたい人物がいて、ずっと待っていたんだ。そうだ、シリカにも関係あることだ。」

「会わせたい人物?どなたですか?」


 まさかバローか?レイラは彼からの報告を心待ちにしているのだが、彼とこの生物教師にどんな接点が?


 だが、それを顔や態度に出さないように気を付けなくては。ステラの件は部隊の責任者としてアランが学園に報告をすることになっているが、報告するにしても事実をそのまま伝えるわけにはいかない。そんなことをすればバローの事も知られ、彼が罪人として追及されることがあればステラの治療に影響するかもしれない。


「まあ、歩きながら説明するが、すぐに来てくれ給え。」

「はぁ、はい。」


 直しに出した制服を受け取りに行っていないので旅行着のまま、レイラたちは生物学科の研究室へむかった。ここに来るのも久しぶりである。

「実は知り合いの古生物学者が居るんだが・・・」

 バローとは関係なさそうだ。


「古生物、というと、大昔の貝と亀とかですか。」

「まあそうだ。で、その彼がまた無謀な奴というか、冒険家気質な男で、人類未踏の地を求めてとある場所に踏み入り、まあ、発見をしたんだ。」

「それは・・・おめでとうございます。」


 生物教師の表情がすこし曇った。もしかしたら仲が悪かったのだろうか。

「そう、それ自体は祝福されるべきことなのだが・・・」


 連れてこられたのは研究室の並びにある小部屋、職員や研究員が偶に泊まり込む時に使う宿泊室だった。


「ここですか。」

「うむ・・・。これから見る物は、他言無用で頼む。」


 生物教師がかつて見せたことの無い真剣な表情をするのを見て、レイラはまたとびきり厄介なことに巻き込まれたことを察した。

「では。」

 生物教師がドアを開けると、中にいたのはレイラより幾分小柄な少女だった。


 少し日焼けをした感じの褐色の肌、青い瞳。肩まで伸びた銀髪・・・だが両耳は尖って左右に広がっていた。エルフ族!・・・でないことは明らかだった。なぜなら、その額に巻貝のような角を生やしていたからだ。

「!・・・あ、あなたは・・・」


 レイラが言葉を繋げずにいると、中にいた少女の方から口を開いた。

「こんにちは、レイラ・ブラッドベリーさん。私はシリカ族族長の孫、クリスタと申します。」



「え・・・?」


「驚くのも当然だ。5000年以上前に滅亡したはずの不死の一族だからな。」

「え?いえ、そうではなく」

「君が疑うのももっともだ、私自身、この目で見るまで手の込んだ悪戯だと思っていた。」

「はぁ・・・」


 教科書を書き換えるレベルの大発見なのだが、レイラの反応が微妙なのはその発見の意味を今一つ呑み込めていないように映った。まあレイラだし、仕方ないか。

「だが彼、さっき話した友人だが、悪戯にしては彼のセンスではないし、彼女の所持品の作りこみ具合も遊びのレベルを超えている。そこで・・・」

 生物教師は一冊のノートを寄越した。表紙や中身に血の跡が付着している事にもレイラはもはや慣れてしまっていた。


「さっそく解剖してみたんだが・・・」


 ”バーン!”

 建物に備え付けの来客用スリッパで、レイラは生物教師の後頭部を思いっきり叩いていた。


「ぬおお・・・目が、目がッ」

 飛び出るとでも言いたいのか、いっそそうなってしまえばいいのですわ、と言い出しそうな勢いで

「珍しい種族だからといってどうしてそれが許されるとお思いなんですの?ッ。あれから半年も経っていないのにまた生徒を生きたまま解剖するなんて!」


 鬼とはこういう顔なのだろう。怒りで顔は紅潮し、目をいからせ口は耳まで裂け、両足を肩幅に開いて臨戦態勢、ただし手にした得物はスリッパだ。鬼に、いや「レイラにスリッパ」!

 とにかく激怒したレイラを宥めようと、生物教師は説明を続けた。

「まてまて、何か誤解をしているぞ。」

「じゃあ何なんですかこの状況は?!」


 生物教師は改めて部屋を見渡してみた。

「別におかしい所はないぞ?」

「はあっ?そんなわけ・・・」


 血の海も無いし、乱れたベッドも無い。いや、この部屋でやったとは限らないではないか。


「だから、少し切って見れば嘘か本当かすぐにわかる、平身低頭お願いしてみたんだ。そうしたら・・・」

(といってもこの教師、前科があるからなぁ)

 そう思いながら渡されたノートを開いてみる。


「切った跡がどんどん直っていって、本当にあのシリカ族らしいのだ。」

 ノートにはクリスタの前腕や腹部などの詳細なスケッチが、生物教師による精密なタッチで描かれていた。

 もちろん、解剖図である。


「結局やったんじゃないですか・・・」

 レイラの手にあったスリッパは床に放り出され、代わりにバットを手にしていた。生物学研究室には職員の健康増進の一環として野球道具が一式備えてあるのだ。


「待て待て待て!最低限だ、最低限。それに傷跡も残っておらんだろう?」

「最低も最高もありません。先生なら透視魔法をお使いになればよろしいでしょう?」

「もちろん試した。だが回復速度の検証をするには切る必要がある。どうせ切るなら自然光で内部を観察しておこうというのは当然の流れだとは思わないかね。」


 尚も弁解を重ねたが、却ってレイラの怒りに薪をくべてしまったようだ。


「治せる傷はつけていい?そんな道理が通りまして?!どうしてあなたのように倫理観の欠如した方が教壇に立っておられるのか、理事会に報告して厳罰に・・・その前にご自身の脳をぶちまけて標本の気持を味わってみなさると良いのですわ。」

「待て、落ち着くんだレイラ・・・君からも何とか言ってくれ!」


「落ち着いてくださいレイラ様。確かに何か所か切られましたけどこの通り直っていますし、それで内臓の構成がエルフ族と一致することも確認できたんですよ?」


 場違いな笑顔で言われて、レイラは処刑を思いとどまった。

「本当に、何ともないの?」

「はい・・・切られた時は痛かったですけれど。」


「痛い、って・・・どのくらい?」

「ええと・・・」


 生物教師はその知識と高級な器具で内臓に傷を付けないよう丁寧にクリスタの皮膚を剥ぎ、手早く内部のスケッチをすると皮膚を完璧に元の位置に被せていた。それだけで縫合の必要が無いのではと思えるほどの精密さだったのだが、彼女の皮膚は通常の刀傷では及びもつかない早さで修復され、すぐに切開する前と見分けがつかなくなったらしい。おそらく、ほぼ無痛のうちにすべてを終わらせたのだろう。


 海エルフと通称されるシリカ族では海鮮料理も盛んなのだが、クリスタ曰く

「活造りにされるお魚の気持ちってこんな感じなのかな、と思いました。」


「・・・」

「うわぁ、やめろぉーっ。」


 何かが切れたように表情の消えたレイラは、素手で生物教師を殴り始めた。そこに怒りも恐怖もなく、ただ機械的に拳を振り下ろす鬼神の姿があった。


 その横で、ひとつの出会いがあった。


 あの夜、百数十人のシリカ族が奇しくもこの同じ建物に避難していた。その場所でシリカは避難誘導に当たっていたが、重傷を負いセイシュに抱かれて転移してきたクリスタは意識が無いままシリカ族に引き渡されたので、二人はこれが初対面だった。


「あの、セイシュさんの御身内の方ですか?」


 シリカは自分たちの関係を説明しようとしたが、セイシュ、ドブロク母娘とシリカの関係はちょっと伝わらなかったようだ。


「ドブロクさんの伯母さんのような感じ、なのでしょうか。」

「お、おお、おー、お・・・」


 取り敢えずあの鉄砲玉よりは賢く見えたということだと解釈して、我に返ったレイラに呼ばれたシリカはそれ以上の説明を打ち切った。


 レイラの手も相当だったが、殴られ腫れあがった生物教師の有様はこの一連の物語でも上位に入る酷さだった。


 クリスタが何気なく言った

「活造りにされる魚の気持ち」

 という言葉に逆上した彼女の怒りは凄惨を極め、生物教師の顔面には拳の当たっていない部分は無いほどだった。


「申し訳ありません、ちょっと・・・やり過ぎました。」

「あ?あぁ・・・まぁ、私にも落ち度のあるところだし、こちらこそ少し考えて話すべきだったよ。」


 魔法で応急手当をされながらもレイラがしでかしたのは他の教師だったら一発退学レベルの行為で、こうも簡単に彼女を許すのは常識を疑うところだ。

 もっとも、生物教師が常識を欠いているのは今に始まったことではないが。


 傷が粗方治ったところで改めて生物教師は事情を説明した。


 生物教師は各地の様々な研究者と親交がある。その一人である古生物学者は学者として以上に冒険者的気質の持ち主で、人類未踏の地へ勇敢に踏み入り未知の文明、生命と出会うことを信条としている。その彼が、具体的な場所は伏せるがある森の奥に記録に無い部族の集落を発見した。古生物学者はそこの住民と接触することに成功ししばらく彼等と過ごすことにした。


 やがて、そこの住民たちが恐るべき長寿命であること、実際には見た目通りの種族ではない事などが判明したが、賢明なその学者は自分の功績を直ぐに発表することはせず、慎重に裏付け調査を進めた。その結果、その部族の正体と彼らの秘密に辿り着いたが、同時に彼はその発見を外部に知らせることにますます慎重にならざるを得ないと確信した。自分の実績や名声よりも優先すべき物があると考えたのである。


 しかし、その部族には外部と積極的に交流すべきと主張する一派があり、彼との出会いを期にその意見を強く主張するようになった。


 自分の存在が部族に波風を立ててしまった事を気に病んだ古生物学者は、最も信頼のおける友人で異種族問題にも詳しい人物に連絡を取り、助言を求めた。



 このような感じで生物教師は核心の部分を伏せて話したのだが、レイラには何が起こったのかほぼ完璧に理解できた。


 その人類未踏の地というのはネイズ大森林、そしてそこに住んでいたのはシリカ族だ。

 彼らをそこへ送り込んだのは他ならぬレイラ達なので、伏せられた情報の殆どは今更な内容なのだ。


 長い迫害の歴史から、異種族と関わることに懐疑的になっていた彼らを護るために当分、少なくとも数十年は見つからずに暮らせる場所としてあの森を選んだはずだったのだが、たった一人の勇敢な人類によって半年も経たずに発見されることになったのは誤算だった。


 そして古生物学者が知ったシリカ族の秘密。それは間違いなくシーラ貝の事だろう。



 おおよそ5000年前、旧帝国からの迫害により絶滅寸前だったシリカ族は古代遺跡で魔神に祈祷を捧げ、出現した魔神三剣とその使者の加護の元、時を超えて現代の秘境に逃れた、というのはレイラが考えたこの事件の現代風解釈である。


 現在までに一般に知られている歴史ではシリカ族の具体的な言及は少なく、明確にいつどこで滅んだということも記録は無い。ただ、名前と特徴が古文書に残されているのみである。


 その最後とされる記述によると、わずかに生き残った百数十人のシリカ族が死体も残さず消えた事件は当時の帝国でもまったく奇怪な事件とされたが、その後の調査により殲滅作戦を指揮した軍人が相手の数を実際より多く報告したのが原因として関係者が処分された、という程度の事が書かれているのみであった。


 この頃は迫害によって種族が消滅するということは度々起きていたため、後世の研究者が歴史の解釈を改めて検証したり、より正確な記述を求めて古文書を当たることも特にされてこなかった。


 ところが、現代になって人跡未踏の大森林の奥に隠れるように暮らしていた種族が発見された。特徴や彼ら自身の証言から、絶滅したはずのシリカ族である可能性が極めて高い。


 その過程で外の世界を知りたいと熱心に訴えるシリカ族の少女との出会いがあり、外部との交流を進めたい一派と反対する一派が話し合った結果、彼女を魔法学園に派遣してみてはどうかという話になったのだという。


「それで、生物学的な他種族との相違、類似について意見を求められ、私もこの剖検の結果を持って現地へ行くことにしたのだよ。」

 趣味で解剖したのではなかったのか。レイラは少し早まったかと後悔した。


「新学期早々、長期の休講というのは珍しくないが、その間彼女の事をどうしたものかと思ってね。」

「それで私を・・・」


 生物教師が戻るまでの生活の面倒を看ろという事か。確かに、魔人との同居も成し遂げたレイラなら未知の種族の扱いにも多少は慣れているだろう。

「どうだろう、頼めるだろうか?」

「それはまあ、そういう事情でしたら。ですがなんというか・・・」

「うん?」

「ここのところ何かしら事件があると私絡みなことが続いたもので。私の近くに居ると危険なこともあるかもしれませんがそれでも構いませんか?」


 遠回しに断ろうというのではない。面倒な事態にならないようにクリスタの身辺に気を配る必要はあるだろうが、同時に自分のせいでステラのような目に・・・


「ああ、ステラの事は私も聞いている。だが、それは君のせいじゃない。飽くまで襲撃者の罪だよ。」


 実際問題として他に誰が適任だろうか。クリスタの抱える特殊な事情、生物教師とその友人は彼らが5000年間変わらぬ生活様式を維持していると勘違いをしているが、実は5000年の時間を飛び越えて現代へ避難してきた種族である。他にも魔人シリカに似た外見をしているが実は巻貝を載せたエルフ族だとか、そういったものをすべて受け入れられる人物といえばレイラを除けばミリンやセイシュしかいないだろう。


「そうですね・・・わかりました、この子の事はお任せください。」

「引き受けてくれるか、ありがとう。さっそくで悪いが、学園で暮らすための基礎知識的な所を教えてやってくれないか。私だとつい職員用施設を使う暮らし方になってしまってね。」

「授業も受けることになるのですか?学年は?」

「いや、生徒として暮らすのではないんだ。私の預かりで、シリカ族の文化や生活様式について証言をしてもらうことになると思う。しばらくは隠れていてもらう事になるが、公になればおそらく「学園関係者」第2号になるだろう。」


 つまりクリスタの生活資金などを生物教師が負担し、代わりにシリカ族の文化を現代に紹介するということだ。だが、先にこの時代の常識を身に付けないと、他の生徒と同じ環境に放り込むのは危険かもしれない。

「さて、私は出張の手続きで少し出かけてくるが、ここは自由に使ってもらって構わないから色々話をしてあげて欲しい。」


 この部屋は職員や研究員の宿泊用の部屋で、寝台と簡単な台所もあったが、どう見ても実験室のそれだった。寝台は実験台の上に毛布を載せた物で寝心地は悪く、シンクというより実験器具の洗い場と、ドラフターに設置されたコンロは実験室の配管を使っているものの、本来は野営用の携帯コンロでこれで事故が起きないのが不思議なくらいだ。


 そんな質素、というよりはっきり粗末な部屋も、真水がいくらでも手に入り、片手でひねるだけで火が出る上に火力調節も簡単にできるコンロなど、帝国軍に追われて放浪の生活を長く送っていたクリスタには夢のような環境だった。


「それじゃあ・・・」

 レイラがつぶやいただけで心得たかのようにシリカが動き、手際よくお茶を用意し始めた。カップや茶葉の場所をどうして知っているのかはもう、面倒だから訊くまい。


 茶葉は安物だったが、温度や濃さは及第点だった。ステラならもっと上手にできただろうが、今はこれで充分だ。



 生物教師が居なくなり、抑えていたクリスタの感情が解放された。


「レイラ様ッ、また会えてクリスタは嬉しいですッッ!!」

「あなたも元気そうね。少し太ったかしら?」


 今年185歳を迎える女性に対して、若干15歳のレイラのこの言い様はどうだろう。


 レイラの記憶にあるクリスタは苦しい逃亡生活のせいでやつれた感じで、手足はひょろ長く、腹部は肋骨が浮いていた。白い肌は美しいというより不健康な印象だった。


 今目の前に居るクリスタは全体に肉が付いて、白っぽく見えていた髪ははっきり銀色に輝きとても健康的に見える。陽の当たるところでのびのびと暮らせていたのだろう、日焼けして褐色の肌のクリスタは太陽の使者のようだ。いかにもな薄幸病弱なイメージから脱却した姿は陽属性のダークエルフという感じだ。


 そんな我々の目を察したのか、抱き着いていた手を放すとクリスタは一歩下がった。

「皆さんのおかげで、私達一族は平和で豊かな暮らしを手に入れることが出来ました。本当に、ありがとうございました。」

「私はこの時代へ戻ろうとしただけよ。礼をいうならミリンなのでしょうけれど・・・」

 レイラは自分の理解している範囲でミリン達の素性を説明した。


「それでは、この方は・・・」

「あなたの仲間ではなくて、異世界から来た魔人なの。」


 クリスタの角の根元から黒い小さな目玉と、肉色の触腕が出てきた。当然、シリカはそんなものは出せない。

「魔人・・・」


 シーラ貝が触腕を延ばして、シリカの角や体を触診するように触り始めた。クリスタがシリカの身体に興味を持ったのに呼応しての反応である。この触腕はただ触れるだけでなく、温度や表面の性情などをヒトの指などより格段に精密に検出する。それらの情報はシーラ貝の記憶となるが、同時に宿主であるクリスタにも共有される。

「これ、生まれつきの角なんですね。お尻には尻尾もあるし。だけど・・・」

「?」


「どこもかしこも同じ、まるで粘土か石像みたいな身体なんてびっくりです。」



 シーラ貝には耳が無い。


 触腕は細かな振動を検出する優秀なソナーであり、これが耳の代わりに音を感知する器官となっている。複数の触腕で対象に触れていると感知する振動のわずかなズレも識別するため、宿主の脳内では音が映像のように感じられるという。普段は殻から宿主の耳へ向かって伸び、耳朶にしがみつくように絡みついている。


 言い換えればそれはシリカ族の者しか感知できない感覚なので、レイラはクリスタの発言を正確には理解できず、とりあえずシリカの肌が不要な皺や傷などが全くない、と解釈し、誰かに伝えることもしなかった。



「やあ、今戻ったよ。すっかり打ち解けたようだね。」

 日が暮れてから生物教師が戻ってきた。


「先生、おかえりなさい。」

「おかえりなさい。」


「いい塩梅に日も暮れたことだし、そろそろ行こうか。」

「え、何か予定があったんですか?」

 気づかず長居してしまった。とはいえ客人であるクリスタだけを残していなくなるわけにもいかなかったのだが、夕食もどこかへ食べに行かねばならない。


「それでは、私もこの辺で。」

「ん、そうだな。なるべく目立たないように気を付けて。」


 見送るようにクリスタがついてくる。

「彼女の荷物も早めに運び込むようにするけれど、他人を使うのは避けた方が良いだろうから・・・私が運ぶしかないのか。」


「荷物だけならここに置いておいても構わないんじゃないですか?」

「うん?さっき説明しただろう。彼女の複雑な事情を鑑みて、君の部屋で匿ってもらいたい、と。」


 要するにクリスタはレイラの部屋に引っ越してくるのだ。


「初耳ですわ!」



 生物教師はクリスタが幻の存在、シリカ族であることには疑いを持っていなかった。禁断の生体解剖までやって得た確証である、いまさら疑わしいなどと言うようなら今度こそ死ぬまで殴られていただろう。


 そして、本物だという確証を得たことで、その身柄を秘匿すべきという結論に至った。シリカ族自体はエルフ族の一部であり、その身体的特徴は今のエルフと変わらない。唯一にして最大の違いは頭部に載せた巻貝と共生していることで、その貝、シーラ貝こそが問題であった。


 シーラ貝と共生したエルフは、貝に操られるように特定の木を育て、実を収穫する。ただしその指令は緩やかな物で、エルフの意識はしっかり残っていて逆らうことも容易だった。こうなるとエルフが変な見た目になるだけに思えるが、シーラ貝は宿主が負傷すると損傷部分を急速に修復する能力を持っていた。この能力は病気や老化にまで作用し、シリカ族に不老長寿の身体を提供している。残念ながらシリカ族の滅亡とともにシーラ貝も絶滅してしまったが、今でも幻のその貝を求めて海中探査を熱心に行う者は少なくない。


 シリカ族生存の事実は同時にシーラ貝が残っていたということであり、この情報が世に出ればどうなるか。


 シリカ族であることの科学的な実証をするためクリスタが魔法学園へ送られた。もちろん、普通の旅客として移動することはできず、古生物学者は彼女を現地の特産品に偽装した。到着した木箱を生物教師が開けると、乾燥した果物や魚介の干物と一緒にクリスタが出てきたのである。干物の一部は輸送中の彼女の食料だった。そして無事に種族の証明はなされたのだが、同時に彼女の存在を隠す必要が再確認された。


 そこでレイラである。シリカと同室で寮生活をしている彼女ならよく似た外観の少女と居るところを誰かに見られても誤魔化せるし、なにより家柄や交友関係も含めて信用のおける人物であった。


 ・・・という話をするためにクリスタに引き合わせたはずだったが、肝心の要件を言う前に生物教師は離席してしまったのだ。


「おや、言ってなかったか。」

「今初めて伺いましたわ。ですが、そういう事情でしたら・・・」

「結局引き受けてくれるなら同じことだろう。」


「何かおっしゃいまして?」


 心の臓を一突きするような冷たく尖った声だった。


「あ・・・いや、引き受けてくれるとありがたい。生徒に押し付けるのはいささか心苦しい所ではあるが、この子とこの子の種族、ひいては世界を守るため。もちろん私もできる限りのことはする。」


「それ、シリカの時にも同じようなことを言われましたわ。」

「ぐ・・・」


 魔人シリカの件ではレイラはこの半年間で複数回の襲撃を受け、ステラは石像に変えられてしまってここにはいない。その度何かをしてくれたのは生物教師他の大人たちではなく、結局レイラ自身や彼女の友人たちだった。


 だが、今更レイラはそれを責めるつもりはない。

 家族を守るのは当たり前のことだし、それに友人たちが手を貸してくれることに何の不思議があるだろうか。きっと大人たちは大人たちで、レイラの負担を減らすべく便宜を図ってくれているだろう。特に学業成績の件で。


「ですが、授業が始まればあの部屋は結構目につきやすい場所にありますし、隠れ家になりそうな場所を見繕っていただきたいですわ。それまではうちで匿うという事で。」

「そうか、あの部屋でも4人もいてはなぁ・・・。」


 シリカの専用寝台が空いていたが、全く使わないわけではない。クリスタのようなかわいい子をシリカと同衾させるのは危険ではないだろうか。


 別にステラがシリカに何かをされたというような話は無い。ただ、レイラに叱られた日など(自分の寝台へ行かずに)ステラの部屋に逃げてしまうことがあり、その一夜に何が起きているかまでは関知するところではないので保障できない。


 だが、クリスタを独りぼっちにせず、身柄の保護もするという目的においてレイラの部屋は最善の場所だろう。


「ひとまず、彼女が安全に滞在できるようになるまで匿う件は承知いたしました。ですがシーラ貝の件はおそらく既に知られていると思います。」


「ほう、それはなぜかな。」

「学園内で複数の諜報員が活動しています。私とシリカの行くところ必ず見張られているでしょう。そうすればここも・・・」


「む・・・それほどなのか。」

「はい、今回の休暇ではそれはそれは苦労いたしましたから。」


 だが、レイラの衝撃の発言を聞く生物教師はそれほど驚いた様子ではなかった。理事会にコネのある者としてはそう言った情報も手に入れていたのかもしれない。


 ただ、今回だけは少し気がかりなことがあったようだ。


「隠れ家の件はちょっと心当たりを当たっておくよ。それまでは彼女を宜しくお願いする。」

「承知いたしました。では・・・」

「さあクリスタ、お引越しだ。荷物はそれだけかね?」

「はい先生。」


 椅子から立ち上がり、レイラとすれ違う時に生物教師は耳打ちをしてきた。

「ステラの事は本当に気の毒に思うが、死んだわけではないから希望を捨てるな。」


「はい、ありがとうございます先生・・・」

「さあ、行きましょうレイラさん!」



 新学期の始業目前ということで、寮の周囲は普段より人が多かった。新たに寮の住人になる生徒と引っ越しに付き添ってきた家族、家財を運んだ業者。その中にあっても魔人シリカは目立つ。原因はやはり角である。それが2人もいたら目立つことこの上ないだろう。

 だが、幸いなことにシリカは寮とこの研究室のある建物を日常的に行き来していた。


「よし、誰もいないぞ。」

「せれじゃあ、シリカ。」

「うぃ。」


 生物教師が見張る中、レイラ達はシリカを挟んで手をつないだ。そして

「ひゅ・・・」

 魔法の気配も無しにレイラたちは地面に吸い込まれていった。もちろん穴もトンネルも無い、シリカの固有能力である。


 3人を見送った生物教師は自分も旅支度を急がねばならなかったが、何かに気づいて3人が消えた後を見やると

「・・・まあ、構わないだろう。」

 思わせぶりにつぶやいて校舎へ消えて行った。


 いつかのように、地面に埋まる感覚があってからすぐ上昇する感じがして、レイラ達は寮のレイラの部屋に転移していた。


「さあ着いた。私の部屋へようこそ、クリスタ。」

「お世話になります、レイラ様。」


「今みたいにあなたの村まで跳べたら良かったんだけれど、私もシリカも行ったことが無くて。」

「そちらについてはお構いなく。むしろレイラ様のお部屋に泊めていただけてうれしいです。」

「そ、そう?・・・取り敢えずはこちらの部屋を使ってちょうだい。」


 レイラはクリスタを小部屋へ案内した。

「ここは?」

「私の親・・・友で、ステラっていう子の部屋よ。今は事情があって帰ってこれないから数日はここに寝泊まり出来るわ。」

「まあ、そんな大事な方のお部屋を。私などレイラ様のお部屋の片隅で構いませんのに。」


 遠慮しているようで、実はレイラと同室がいいと言っているのだった。レイラもクリスタの言葉に違和感を感じたようだ。

「今の状況では外から見られにくいこの部屋の方が都合が良いのよ。」


 クリスタも自分の置かれた状況は理解していた。半年前までは一族を根絶やしにしようとする追手から逃げて隠れていたが、今度は自分を欲しがる者から逃げ回ることになろうとは。

「そうですね・・・では、お借りいたします。」

「はい、自分の家だと思って寛いでね。そうそう、さっそくだけど食事に・・・って、姿を見られてはまずいんだったわね。配達でも頼もうかしら。」


「あの、レイラ様」

「ん、何かしら?」



 次の瞬間、クリスタの行動はレイラを大いに驚かせた。というより、脱力させた。

「実は・・・」


 クリスタは額のシーラ貝を外してみせた。



「・・・!」

 そういえば、半年前に族長が自分の角を浮かせて見せてくれていた。宿泊室で話したときもクリスタがシリカの角が外れないって驚いていたではないか。

「あ・・・あーあ。あーあーあー、・・・」


 シーラ貝は割と自在に外せるんだった。




 地球は元々これほど多様な種族は存在しなかった。現在でいうヒト種族のみが単一で文明を築いていて、亜人や獣人は概念のみが架空の物語の一部として存在した。逆に、獣人の元ともいえる動物はそれこそ多様な種族が存在していた。それなりに平和な世界だったがある日、なんの前兆もなしに「大異変」が発生した。


 大異変はそれまで知られていた自然災害のどれとも異なる、超時空現象であった。初めは建物や畑が突如消失し、代わりにそれまでなかった建物が現れたりしていたが、その原因や発生条件といったものはまったく不明であり、現場を所轄する警察や政府も一応調査はする物の対策は何も打てずにいた。入れ替わりの規模はだんだん大きくなり、都市や山地が丸ごと入れ替わることもあった。入れ替わった土地には元々地球に存在しなかった生物や人類が生存していることがあり、これらの土地を「異世界」と呼ぶようになった。



 異変の規模や頻度は一時増加傾向にあったがやがて鈍化し、沈静化したと言われる頃には地球の半分近くが入れ替わり、人類文明は大きな被害を受けていた。発電所や精油所、鉄道などの交通インフラは殆どが破壊されるか運転不能な状態になり、人類の文明レベルは後退した。


 エドモンズは、大異変後に最初に興された人類による帝国である。ここでいう人類というのはヒト種族のみを指し、エルフを始めとする亜人や各種の獣人を含まない。人類文明の回復を国是とし、そのために新参、異変により地球上に現れた”異物”である亜人や獣人を排除することが文明を取り戻すために必要であるとして旧文明の武器を搔き集め、積極的に攻撃した。


 当然、反動は大きく、支配領域と人口で圧倒的に優位だった人類の帝国は領域を拡大するどころか各地で圧倒され、領域は確実に縮小していった。個体の能力や魔法という未知の技術を操る彼等を前に近代兵器のみで武装する人類は各地で敗戦を重ねた。


 だが一方の新参、様々な異世界から土地ごと運ばれてきた種族たちは相互に意思の疎通を取れていたわけではなく、戦場に於いては参加したすべての種族が互いに敵対しているような状況だった。そこで人類はエルフやドワーフなどヒトに似た文明を持つ種族に対し同盟を持ち掛け、身体能力で優れる獣人や魔獣に対抗することにした。この政策は成功し、獣人の生存域は大きく縮小した。


 最終的に人類同盟は地球のほぼ全域を掌握したが、時間をかけすぎてしまった。


 初期の人類同盟は森エルフと海エルフを一括りにエルフと定義していたが、たが、当初の人類にエルフを含まなかったこの時期はシリカ族が獣人に認定されたのもその見た目が原因であり、当時の帝国はシーラ貝の効能よりも地球を回復させることが優先だったのだ。



 学生食堂において、公爵令嬢が魔人に加えてエルフの褐色美少女を伴っている姿は猛烈に目を惹いた。だが、当初心配したほどのヘイトは集めていなかった。


 魔人を連れていることで周囲から好奇の目で見られることにレイラが慣れてしまったというのもあったが、半年の間にレイラとシリカの組み合わせがすっかり日常の風景になってしまい、初めて魔人に遭遇した新入生に対しては周囲の生徒が

「驚いた?あれが我が校の名物「レイラ様と魔人ちゃん」よ。」

 とマウンティング気味に教えるおかげで多少のざわつき以上の騒動は起きなかったのだった。


 ただ「学園の誇り」とかでなく「名物」と紹介されてしまうのはやはり初期のポンコツなイメージが払拭できていないようだ。


 同じエルフから見たクリスタは、特に驚くような存在ではなかった。シーラ貝を背中に隠すような位置に移動させていたおかげでシリカ族であることは全く気付かれず、同じくらいの歳に見えながら実は10倍近く年上であることなどわかるはずも無かった。



「にゃーーー・・・ぇっ。にゅ~~~・・・ぇっ。」

 シリカがクリスタのためにベッドを整えていた。

 いつの間に仕込まれたのか、ステラの手際をほぼ完全に再現している。変な声は別として。

 魔人として気の向くまま生きてきたシリカには、誰かのお世話をするというのが案外新鮮に感じられるのかもしれない。レイラに言われるまでもなく次々家事に手を着けていく。


 だが、レイラの慌ただしい一日はまだ終わっていなかった。


「はい、どなた?」

 普段使わない、と言っても最近使用頻度が高い外に直接通じるドアをノックされて出てみると、意外な人物が立っていた。

「今、いいか?」

「殿下・・・どうぞお入りください。どうしたんです?こんな時分に。」


 てっきりバローかと思っていたレイラは少し驚きながらアランを招き入れた。


 たとえ王族であっても男子が女子寮に立ち入るのは咎められることだったし、まして寮の正規の入り口を使わずに入ってくるとはどういった了見なのか。


「実は学園へ向かっていた馬車が襲われて、さっきまでその救出と賊の討伐に出ていたんだが・・・」


 自分用のメイド服が無いため裸エプロンのような恰好でお茶を出すシリカにちょっと驚きながら

「襲われた馬車から君宛ての荷物が見つかった。」


「私宛に、荷物ですか。」

「それとうちの女子生徒を一名保護したんだが、身元を照会しようとしたら君の家人だと言い出して、荷物と一緒に外に待たせてある。」


 窓から窺うと、何か巨大な木箱と、魔法学園の制服を着た少女が落ち着かない様子で立っていた。


「ステラの代わりなんて頼んでいませんし、あんな冷蔵庫みたいな荷物にも心当たりはありませんわ。」

「そうか。あまりに必死に訴えるので連れて来てしまったが、やっぱり詰所で一晩様子を見るか。」


 ステラ。


 クリスタはステラの部屋に控えていてまだアランには会わせていない。


 クリスタは木箱に潜んで荷物として学園に入り込んだ。


「まさか・・・」

「何か気づいたのか?」


 慌てて外に出ると、待っていた少女がぺこりとお辞儀をした。

「ねえ、あなた。この荷物が何なのか聞いていまして?」


 問われた少女は少し震える声を絞り出すように答えた。

「は、はい・・・姫様にとってとても大切な物だから、直接お渡しして荷解きを手伝うように申し付かっております。」


 立てて置かれている木箱はレイラが立ったまま入れそうな大きさだった。何かの管理番号のような焼き印が捺されていて、箱自体は新しい物のようだ。所有者の紋章がどこかに捺されているかと思ったが、それらしい物は焼き鏝でつぶされて読み取れなくなっていた。


「殿下、恐れ入りますが荷解きを手伝っていただけますか?」

「え?ああ、構わないとも。」

「シリカ、ディーンを連れて来てちょうだい。今すぐ。」

「あの・・・」

「あなたも当然、手伝ってもらうわよ。事情の説明も。」


 アランと謎の女子生徒に木箱を運ばせて置いて、レイラはなぜか仁王立ちで見張っていた。

 レイラの機嫌が急に悪くなるというのは何度も経験があるが、最近は随分大人しくなっていたのでアランは少し驚いていた。一体この荷物がどうしたというのか、そしてこの女子に少しきつく当たっているように思うのは気のせいか。


 シリカはすぐに戻ってきて、少し遅れてディーンも現れた。開梱用の工具を持参している。

「それじゃあ、あなた、箱を開けてくれるかしら。中のものに絶対に傷を付けないように。」

「・・・はい、心得ましてございます。」

「私たちは?」

「そこで見ていてください。」


 力仕事なら男共にやらせた方が早いと思うのだが、レイラは女子生徒に工具を握らせた。彼女の制服は魔法学園の1年生の物で、今年入学する新入生だろうか。学園を目前にして賊に襲われ、助かったと思えば今度はこんな作業をさせられるとは。


 だが、レイラの彼女を見る目はどこか冷たかった。

「なあ、レイラの奴どうしたっていうんだ?」

「はっきりとはわからないが、この箱の中身が答えなんだろう。」


 蓋に打ち付けられていた釘をすべて抜き取り、静かに蓋を外すと中は樹脂が充填されていた。端に指をかけて引っ張ると樹脂の緩衝材はきれいに外れて、内容物が姿を現した。


 レイラは箱の正面に立つと、少女を睨むように口を開いた。

「これはどういうことなのかしら?説明しなさい。」

「あ、あのっ・・・」


 レイラに圧迫されて少女は怯えるように後ずさる。

「レイラ、もう少しやさしくしてやった方が」

「やさしく?とんでもない。あんな大口を叩いておいて、よくものめのめと・・・」

「ディーンの言う通りだ、少し落ち着け。こうして直接返しに来たのは彼なりの精いっぱいの誠意じゃないのか?」


 アラン達に諭されたが、レイラの怒りは収まりそうにない。それでも自分を押し殺しながらなんとか、抑えた声でもう一度

「とりあえず、こんな形で返すことになった経緯から話してもらえるかしら。」


 女子生徒は俯いたまま、両手を握りしめて叫ぶように口を開いた。


「申し訳ありません!大切なお友達をこのようなお姿でお返しすることは大変に心苦しいのですが、このまま当方で預かっていては危険と判断し、急ぎお届けに上がりました。」


 ”深紅の傭兵”バローは約束通りステラを返しに来たが、ステラの石化は解けていなかった。



「変装の名人と聞いてはいたが、身長まで自由自在なのか。」

「冗談じゃありませんわ、女子に変装して入り込もうだなんてふざけていますの?」


「え?なんだ??この女がどうかしたのか??」

 ディーンだけが会話について行けていない。


「この人、バローですわ。この前襲ってきた。」

「はぁ?」


 先日見た時は男だったと思ったが

「その節はどうも、とんだご迷惑を・・・」

「うわッ、テメェ・・・」

 声だけ戻して喋られると違和感がものすごい。



 依頼主の元へ戻ったバローはレイラ誘拐の失敗の報告をしたのち、ステラの治療のため魔獣研を訪ねた。


 魔獣研究所。召喚魔法や各地の交換現象で出現する魔獣の総合的な研究をする施設で、亜人を含めた生物全般の生態や病理などの研究もしている。ヒトについても同様の研究をする施設はあるが、そちらは医学部とか病院とか呼ばれ、そのように機能している。


 魔獣研では魔獣の特殊能力によって引き起こされる様々な状態異常の分析が行われており、実際にその状態から回復するための薬剤や、能力の方を再現するための魔道具なども作られていた。バローが使った麻痺毒もここの産物であり、解毒薬も用意されていた。


 だが、レイラ誘拐の際にバローが持参した解毒薬では、完全に石化したステラを元に戻すことはできなかった。毒の本来の効果はせいぜい重度の麻痺であり、身体の構成そのものが石に置き換わった状態など想定外だったのだ。唯一、希望があるとすればこの研究所で試作されていた石化解除薬だった。


 実際、解除薬はあった。だが、投与する方法が無かった。石化した金魚を解除薬に沈めておいて元の金魚に戻すことには成功したが、残念なことに生命までは戻らなかった。一度石に置き換わった組織を元に戻しただけでも大きな成果ではあったが、バローが求めるのはそれではない。


 研究者たちはバローに協力的だった。高価で貴重な試作品を使って、取り敢えず部分的にでも回復できるか試すことにした。



 見ればステラの前髪が不自然な形に欠けている。

「実際に石化した人間のサンプルなんてありませんからぁ、髪の毛の先を少し頂いて実験したんです。」


 結果は同じだった。石から髪の毛に戻ったが、元々内服薬として作った薬である。内臓から徐々に戻していけば生命も回復するのではないかと期待されたが、石化した生き物はそもそも薬を飲むことができない。外用しても効果はあるが、全身が元に戻る前に臓器不全か何かで死んでしまうだろう。石像の状態から瞬時に肉体に戻すことが必要なのだが、そういった劇的な効果の薬品には副作用など危険がつきものだ。


 薬の浸透速度を調節することで内部と外部の両方から元に戻すというアイデアが出されたが、その調節のためにはもっと動物、特にヒトの石化サンプルが必要だった。



 恐ろしいことに気が付いてレイラはステラを後ろ向きにしてみた。

 背中や腿に何か所もドリルで掘ったような小指くらいの大きさの穴があけられていた。



 ステラを救うための研究でステラ自身の身体が文字通り削られていたことに怒ったバローは研究所へ乗り込んだが、大して身分の高くない子供一人など小さな犠牲だと告げられてしまい、密かにステラを盗み出してレイラの元へ届けることを決意したのだった。


「回復薬の試作品も持ち出せればよかったのですがぁ、時間も人手もなかったもので、調整前の薬をこれだけしか・・・」

 バローは小さなアンプルを数本取り出した。魔法学園で分析して同じ物を作る事が出来れば、と思ったが、結局同じ問題に突き当たり、ステラの背中に穴を開けられてしまうのではないかと考えるとその考えは口にできなかった。


「問題発言、かもしれないが、死刑の確定した囚人を石化して実験に使ってはどうだろう。」

 確かに、死後の自分の身体を医学的研究に提供し罪を減ずるという制度は存在する。だが

「それは無理です。コカトリスは元々任務のために貸与されていた物でぇ、もう俺の手にはありません。つまり石化の手段が無いのです。」

「貸与、召喚獣を?」


 一同はバローの言った意味がいまいちわからなかった。

「はい、かの国、と言っておきますが、かの魔獣研では召喚術をもっと汎用性の高いものにする研究もしていましてぇ、魔装具に召喚獣ごと魔法を封入して、魔力さえあれば高度な召喚を誰でも行うことが出来るのです。といってもあんな規格外品は他にありませんが。」


「そんなことが・・・実用化されているのか?」

「まだ試作品が5、6個というところですねぇ、コカトリスも入れて。」

「すごいことを考える者もいるんだな。」

「なんでも、目指すところはヒトの魂的な物を保存する装置だとか、永遠の命だとか禄でもないこと言ってましたがね。」



「ステラ・・・」


 バローは確かにステラを助けるためにあらゆる努力をしてくれた。結果が伴わなかったのは甚だ残念だが、彼の話通りならこの状態のまま連れてくる以外に取るべき道は無かっただろう。ある意味、確かにステラを護ってくれたのだ。解毒薬の試作品も手に入れてくれてこれ以上彼に何を望むというのか。


 だが、彼女の声を聴くことはできない。肌に触れても石の感触しかない。背中に開けられた穴はモルタルや石膏で埋めることはできるが、それで直したことにはならないだろう。


 あのとき力づくで奪い返していたら、今頃は治療の糸口も見いだせずに彼女を飾っておくことしかできずにいただろう。少なくとも、治療の糸口までは辿り着いたのだ。ただ、それは実行するには困難な方法だった。


 と、理屈でわかっていても気持ちのやり場のないレイラは、後ろからアランに呼ばれていたことにも気づかなかった。

「レイラ!」

「・・・っえ、は、はいっ。」


「聞いていなかったんだね・・・もう一度言うよ。君でなければできないんだ。」

「・・・はい?」


「転移魔法と召喚魔法は基本的に同じ物だが、決定的に違うところがあるという話をしたの、覚えているかい?」


 昨年の夏、座学の成績が壊滅的だったレイラは、一発逆転を期してアランに召喚魔法を教わった。これはその時に聞いた話だ。

「ええ、よく覚えていますわ。たしか、転移魔法は出発地点と目的地の空間を交換、召喚魔法は召喚元にある物体とこちら側の空間を交換するという点で同じ物。移動する主体が能動的に移動するか受動的に移動するかという点では正反対、でしたわね。」

「その通り、というか、今の魔法科学ではそのように解釈されている。だが、私個人の感想としてはその説明は事実を伝えていない。」


 アランは急に何を言い出したのだろうか。何かすごいことを思いついた感じだが、彼の考えることは往々にして、唯一の正解だとしても普通の人には伝わりにくい。

「つまり転移は通路を構築して現物を移動させているのに対し、召喚は現地にいた生物とそっくり同じ物をこちら側に生成しているんだ。」

「よくわかりませんわ。」


「だから、転移は言葉通り位置を転換する移動の魔法、一方の召喚は実は何も移動していなくて、向こうにいた存在を一度エネルギーのような非物質に変換してその構造を読み取り、その情報を宝珠に記憶する。そしてその情報を基に全く同じ複製をこちら側に作り上げる魔法なんだ。」

「え、ええっっ・・・ますますわかりませんわ!」


「要するに、転移魔法は実際に移動するけれど、召喚魔法はむこうとこっちで移動は無く、向こうにいた誰かをエネルギーに変換してこっちで複製を作る魔法なんだ。」


「レイラさぁ・・・」

 ディーンはアランの言わんとするところがわかったらしい。さすが兄弟。


「あの、それはもしかして・・・」

 横からバローが口を挟んだ。

「姫様は彼女を召喚したことがある、と、言う事ですか?」



 アランとの練習の日々、初めての召喚魔法に挑んだレイラは、自分の部屋からハンカチを召喚しようとして集中しきれず、着替え中のステラを召喚してしまった。


「ですが、それがこれとどうつながるんですの?」

「君はあの時召喚したステラを記憶している。今の姿でなく、あの時の姿でだ。」

「そんなに詳しくは覚えていませんが・・・」

「・・・すまない、言い方が悪かった。正常な時のステラの姿が君があの時使っていた宝珠に保存されているんだ。」


 さっき、バローはアランが何を言おうとしているか気づいたようだったが、レイラはまだピンとこない。


「ではこれならどうだろう。ベーター、僕の翼竜は肉弾戦が主なので小さな傷が絶えない。だけど一度送還すると、翌日召喚した時にはそれらの傷はきれいに消えているんだ。自然に治癒した物だと思っていたけれど、もしもそうでなかったら。」

「召喚するたびに新しいベータ―が・・・」

「そう考えるのが妥当だと私は思う。召喚魔法でエネルギーに変換された”向こう”のベータ―は送還の度向こうで再構築され、無傷のベータ―に戻る。」


 ようやくレイラにも話が見えてきた。


 薬はあるが飲ませることができない。有効な治癒魔法も無い。

 そんな状況で、アランは一見無関係な魔法に突破口を見出したのだ。


 レイラは整理整頓が得意ではないが、いくつかの特に大切な品だけは目立つところに安置している。クリスタからもらった首飾りなどは額装して壁に飾ってある。


 初めての召喚魔法(失敗)の時に使った宝珠もその例に漏れず、記念の品として専用の宝石箱まで作って引き出しにしまってあった。


「つまり、これを使ってあの時と同じように・・・」

「そうだ。そしてこれは、宝珠の持ち主である君にしかできない。」



 4人は直ちに行動を開始した。レイラたちは中庭へ。シリカは部屋でステラ像を見張っている。


「魔人の召喚が事故だという話はこっちの界隈でも常識でしたがぁ、その前にそんな大事故をかましていたとはさすが姫様ですなぁ。」

「だが、その事故があったおかげで彼女をどうにかできるかもしれない。」

「だが兄上、ヒトの召喚って結構な忌避事項じゃないのか、こんな気安くやってしまって大丈夫なのか?」

「そうだな、今回は事故でなく意図的に起こすんだ。理事会に知られれば処分もあり得るが、その時は首謀者として全責任を負うよ。」

「いや、そこじゃなくて。こんな前例のない実験でステラに万一のことがあったら・・・それに色々都合が良すぎる気がしないか?」


「私・・・やるわ。これまでの失敗が全部ここにつながっているみたいなのは確かに出来すぎだけど、誰かに踊らされているというのなら見惚れるくらいに踊り切ってやるわよ!」


 こんなに燃え上がったレイラを見るのはいつ振りか。だが力み過ぎるのもどうかと思う。

「レイラ、この作戦の要は君だ。だが少し肩の力を抜け。息を整えて、気を落ち着かせるんだ。」

「え、ええ。すぅー・・・はぁぁぁぁ・・・。私はいつでもいけましてよ。」

「ディーン、警備の状況はどうだ。」

「念のため中庭一帯は封鎖した。今中に居るのは俺たちだけのはずだ。」

「・・・君たち、暗幕は用意できたか。」

「はい、こちらに。」

「うむ、危険は無いと思うが、万一に備えて君たちも中庭の外へ。」

「いえ、我々は殿下のお傍にお仕えするが役目。このままこの場に待機しております。」

「そうか、わかった。」


 あの時のアラン親衛隊の方々が、今回はステラが裸で出現した時に備えて暗幕を用意していた。

「今身に着けている服がそのまま出てくると思うが、念のためだ。」


「寮と中庭で転移をするなら、向こうにも何か魔法対策はしなくていいのか?」

「学園内でやる分には建物内の方が魔法に対しては強い。爆発や破壊を伴う種類の魔法でもないし危険はないだろう。警備面での懸念はむしろ情報漏洩だな。」

「一応、表と裏口の両方に警備を立たせたが、今のところ逆に目を引いてるな。」

「それは仕方ない、か。」


 ステラを召喚した時の宝珠はあれ以来使っていない。とはいえそれ以前に練習で散々使い倒したせいで大小の傷がたくさんついていて、過剰な魔力を注ぐと割れてしまうかもしれない。そうなればすべてはご破算である。レイラは何度も深呼吸をし、魔力の供給をイメージした。寮の自分の部屋と中庭の間を一往復させるだけだ、多くの魔力は必要ない。適量を、適切な圧力で、ステラの細い腰をやさしく抱き寄せるイメージで・・・


「あれ?こんな感じだったかしら・・・」

「おいおい、しっかり頼むぜ。」


「だ、大丈夫よ。任せて。すぅー・・・」


 不安だ。


 バローは女子の恰好のまま、特に役目は無いが万一の事故に備えて後方に待機している。事故と言っても何が起きるか想像もつかないが、そう言う時こそ傭兵として数々の修羅場をくぐった経験が活きるだろう。


「よし。始めよう。」


 レイラは魔法陣を描き、中心にそっと宝珠を置いた。少し離れて詠唱を始めると、青白く光る魔法陣が浮かび上がり、反応した宝珠が光り始める。


 そして展開した召喚門の中心にヒトの形象が現れた。今はまだ光の塊のような姿だ。

「(ステラ・・・)」


 ぼんやりした光がはっきりしたディティールに収束し、完全にその姿を現した。


「・・・」

 ステラの精巧な石像だった。


(失敗した!?)

 アランが見分のため近寄る。

「・・・これは?」


 召喚魔法のバグ(?)を使ってステラを治療する試みは失敗したかに思われたが

「直ってるな。」

「はい・・・」


 背中の穴が無くなっていた。欠けていた前髪も元通りになっている。


「でも、どうして?」

「慌てるな、まだ召喚魔法の片道を実施しただけだ。さっき話した通り本番は送還の方だが、宝珠の情報が往路にも影響するのはあり得なくはない。今のままで治療の方向性は間違っていないはずだ。今度は彼女を部屋へ戻すんだ。」


 確かに、アランの説明では宝珠に格納された情報は送還の時に参照されることになっているが、アランの理解も完璧というわけではない。今この時点で起きたステラの変化がまさにそうだ。

 だが、この段階で傷が無くなっているのはむしろ好都合だ。送還先の寮ではシリカ(とクリスタ)が待機しているが、背中に穴を開けられたまま石化が解けた場合2人の力をもってしても治療が間に合うかどうか、内臓、特に心臓に届くような穴だった場合瞬時にショック死しかねない。 


「(ステラ・・・)」

 つい念じてしまうのが却ってよくないのだろうか。だが、それを止めることなどできない。

「時間はどれだけかかってもいい、生きて、元気な時のステラの姿をできるだけたくさん思い描くんだ。そしてそれをあの像の形に収束させるように念じるんだ。」

「ステラ・・・」


「なあ、兄上。さっきは送り返す時に傷が治るって話だったと思ったんだが・・・」

「実のところ、そこの順番はよくわからない。だが、傷ついたまま向うで実体化するなら次に召喚するまでの間に容態が悪化して死んでしまうことだってあるだろうし、正直、宝珠にどうしてこんな機能が仕込まれているのかは謎なんだ。魔獣とはいえ生命の使い捨てを忌避したといえばわからなくもないが、なんというか、召喚獣に対して過剰に優しいんだ、我が校の方針は。」


「ステラ・・・」

 転移門の上には相変わらずステラの石像が鎮座していて消滅する気配がない。


「レイラ、難しいかもしれないが少し気持ちを軽く持て。」

「はい!・・・」


 再びレイラが念じる。だが、送還門には起動の兆候である発光現象が起きては消えを繰り返すばかりで、一向にステラは転送されない。


「レイラ。」

 詠唱中のレイラの肩に手をかけ、アランは語りかけた。

「ステラを送り出すのが怖いんだね。」


 レイラは目を閉じ念じ続けていた。

「彼女の命は君の手にかかっている。それもあわせて、またステラを失う可能性を考えるとものすごく怖い。その恐怖心がステラをこの場に留めてしまっている。」

 アランは焦るレイラを宥めるようにして話し続けた。


「送還魔法は召喚時にできた歪み・・・引っ張ったゴムに召喚獣を乗せて手を放すような物だ。ゴムは既に引っ張られているから、あとは手を放せば勝手に元の場所へ帰って行く、召喚のときより軽くできるはずだ。」


 ウルフィンの時は軽くお尻を押す感じだった。シリカの送還はそもそもやったことが無い、勝手にどこかへ消えたと思ったら寮の部屋にいたのだ。


「これはステラを飛ばす魔法じゃない。先に行って部屋で待っていてもらう魔法なんだ。」

 さすがのアランも言葉に困ったのか、喩えが変だ。


「彼女は部屋で用事がある。だけど彼女と一緒に居たい君がここに引き留めてしまっている。」


 たしかに、元気なステラの姿を考えれば考えるほど、その背中を押して送り出すというイメージに抵抗感が湧き上がってしまっていた。

「想像してみるんだ。君は所用で少し帰るのが遅くなる。だからステラには先に帰っていて欲しい。先に帰って夕食を用意していて欲しい、そうは思わないか?」


 共働きの新婚夫婦の話だろうか。


「入浴や就寝の支度でもいい、部屋で待っていてくれるステラを想像してみるんだ。」


「入浴や・・・」

「就寝の・・・」

 ディーンとバローの身体から魔力の光が漏れ始めた。転移魔法に干渉する勢いだ。


「お前たち、変な想像を止めろ!」

 さすがのアランもつい大声を出してしまった。


「待って・・・」

「え?」


「待っていて、ステラ!」


 そう叫んだかと思うと、転移門が安定し、ステラは門に吸い込まれた。同時にレイラの身体も光に包まれ、転移門と一緒に消えてしまった。



「ど・・・どうなったんだ?」

「姫様まで消えちまいましたが・・・」


「まさか、待たせているというイメージから転移魔法陣を構築して自身を飛ばしたのか。」

 アランは率直な推測を述べたが


「いやいや、いくら姫様でもそんな大技は・・・」

「バロー、君は有能かもしれないがレイラの事はよく知らないだろう。」


「え?それはまぁ、そうですが。」

「魔人の召喚といい、追い込まれた時にとんでもない方法で突破する人なんだ、彼女は。」


「と、とにかく寮だ。成功していればそこにステラは居るはずなんだろう?」

 ディーンの言葉に我に返った2人は急いで女子寮へ向かった。


 正面玄関へは向かわず、直接レイラの部屋に通じる階段を上がる。

「レイラ!」

「待った。」


 ドアに手をかけたアランをなぜかバローが制止した。まだ女子生徒の恰好のままなのだが、アランの力でもその細い手を簡単には振り解けない。

「どうも、様子が変ですよ。」

「変?どう”変”なんだ?」


「成功していればこの部屋に居るのはステラさんと、例の魔人の2人ですよね。」

「そうだが・・・あっ!」

「もっと大勢いるように聞こえますが・・・」


 聞き耳を立てると、中から聞こえてくるのは女の声ばかり3~4人、いや、少し離れたところに5人目がいるように聞こえる。会話の内容ははっきりしないが、なにやら揉めているようだ。


 3人はしばし躊躇したが、待っていられなくなったアランが勢いよくドアを開け踏み込んだ。




 まず目に入ったのは絡み合った2人の少女だった。普通の身体にもどったステラと、彼女に縋りつくレイラ。心配していた背中の傷も無事に治ったようだ。


 ただ、レイラの様子が少しおかしい。

「今日は一緒に寝るのぉーっ」

「レイラ様、ベッドの準備もしていませんし・・・あぁ、服を引っ張らないでください。」


「だってそんな恰好じゃ寝られないでしょぅ?ステラぁ~」


 レイラは石化した時の旅行着のままのステラを脱がそうとしていた。ほんの数刻前まであれほど憔悴していたのに、ステラの石化が解けた途端これである。


 そこへ奥からシリカが出てきた。全裸に泡まみれという姿で。

 泡の下に透けて見える突起が危険極まりない。


「ちょっと、殿下の前でなんて恰好を!」

 慌ててステラが奥へ押し戻そうとする。


「えいらぁよんじゅぅ。」


 シリカの来た方向からほのかに石鹸と、湯の香りが漂ってきた。この奥の部屋というのは

「ちょっとステラぁ、まだなのぉ?」


「なんだと・・・?」

 あり得ない声がした。


「ねぇ~。」

 甘えたようなねだるような、だがこの声は確かに


「レイラ様、今は男子もいますから出てこないでください!」

 浴室から出てこようとするレイラをエルフの少女が大慌てで押し戻した。


「何でぇ?一緒にお風呂しよぉステラぁ~」


「ち、ちょっと待ってください・・・殿下、これは一体」


 アランの目論見通りにステラは元に戻っていた。姿を消したレイラも予想通り、自分を部屋に転移させていた。訓練なしに転移魔法を成功させたのはさすがの強運というか、本来なら見当違いのはるか遠方まで飛んでいても不思議ではない。ただ、不慣れな転移魔法で移動するには距離が近すぎるのがアランには気になった。


 更に、そこにいた正体不明のエルフも気になったが、何よりおかしいのは

「ええとぉ、俺の頭がおかしくなっていなければ・・・」

「安心しろ、おそらく私にも同じ物が見えている。」



 ステラは完全石化からの回復直後とは思えないほどに元気で、全く異常はなさそうだった。こんな治療法が可能だったのは召喚事故があったおかげでもあり、まったく世の中何が幸いするかわからない。


 そして突然姿を消したレイラも無事にその場に居た。



 但し、うまく行ったのはそこまでだった。


「なんだ・・・こりゃあ?」


 そこには2人のレイラが居て、一緒に就寝するか入浴するかで1人のステラを取り合っていたのだ。


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