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よむシリカ  作者: RiTSRane(ヨメナイ)
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第12章「大魔人現る」

「魔人シリカは何処に在りや?」


 正月気分もすっかり抜けて、学園へ戻る準備を整え始めたレイラの元に一通の手紙が届けられた。


「レイラ、このような手紙が来ていますが心当たりはありますか?」


 手紙はレイラではなく母に宛てられた物で、レイラはその内容について母から詰問を受けていた。



「魔人シリカなら、今はステラが付いて私の部屋に控えております。」

 心当たりも何も、シリカはレイラが帰省してから片時もレイラの傍を離れず、短時間でも別々に行動する時はステラが傍にいて見張っていた。そうしなければあの好奇心の塊のような魔人は城内のどこに入り込むか分かったものではないのだ。そもそも一体誰がシリカの居所を、わざわざ手紙で訊いてくるのか。冬期休暇中は自分が城に連れて帰っているということは学園をはじめとして王侯貴族の大半は知っていることだ。


「そうですね。訊くまでも無いことでした・・・学園へは明日発つ予定でしたね?」

「はい、準備は既に整っております。」

「延期なさい。」

「は?」


 理由を説明する代わりに手紙を渡された。


「・・・襲撃・・・ですって?!」


 手紙は通常の郵便ではなく、緊急の要件のため専用封筒に入れられ転移魔法で届けられた物だった。


 それによると、冬期休暇中の魔法学園で複数の生徒が何者かに襲われ、重体となっているというのだ。被害に遭った生徒は偶々居合わせたのではなく、中庭や競技場など、不特定の場所で一人でいるところを魔獣に襲われたらしい。そうした襲撃が連続して発生したことから、事態を重く見た王室から捜査のため特別編成の騎士団が派遣されたほか、理事会も独自に捜査チームを編成し対処に当たっている。だがその捜査線上に浮かびあがった容疑者は


「そんな、シリカがこんなことをするはずがありません。」


 被害者からなんとか聞き出した情報から、相手はヒト型の強力な魔獣、魔人級の存在に絞られていた。この手紙がレイラでなく母宛てだったのはおそらく、レイラの関与を疑われているのだろう。


「それに、シリカが襲撃者だというならそれを命じるために私がその場に居なくてはなりません。私の不在はお母様もご承知のはずです。」

「もちろん承知しています。私が問うたのは魔人の所在のみです。魔人はあなたか、ステラのどちらかと共に居て、襲撃のあった日は城から出ていない。これは間違いないのですね?」

「はい。転移魔法でも使わなければ学園で生徒を襲撃してその日のうちにここへ戻ることなど出来ません。」


 転移魔法。この世界では通常は荷物の輸送や異世界からの魔獣の召喚に使われる魔法で、高度な使い手ならば人間を移動させることも可能だ。だが着替え中のステラを引き寄せたという実績があるものの、レイラ程度の技術では正確に魔法学園とブラッドベリー城を往復することは不可能だし、ステラはそもそも使えない。誰か高度な転移魔法を使える共犯者でもいれば可能だがそんな人物は一人しか思い当たらず、しかもその人物は既にこの世界にいないはずだ。


「・・・わかりました。ですが事態が事態です。あなたはステラと共に魔人シリカを然るべき場所に閉じ、事件が解決するまで城から出ないように。」

 自分の娘だからと言って追及に手心を加えるような母ではなかったが、初めからレイラを疑ってはいなかったようだ。


「ですが、このような事件が起きているのであれば私も急ぎ魔法学園へ戻り捜査に協力すべきでは?」

「もちろん、私達も協力します。」

「でしたら・・・」

「よって、あなたには容疑者であるステラと魔人シリカの身柄を拘束監視してもらいます。」

「容疑者・・・!」


 手紙の内容通りなら疑われているのはシリカ、そしてシリカに命令できる立場のレイラ。自分が疑われるのはまだわかるがどうしてステラまでが。

 だが帰省直後の一連の出来事から、最近のシリカはステラにも従っている節がある。多分レイラに従うということをシリカなりに拡大解釈したのだろう。そんな傾向をレイラは微笑ましくすら思っていたのだが、それが仇となってステラまでが容疑者にされてしまうとは。


 自室へ向かうレイラの足取りは重かった。

 やさしいステラがシリカを使って生徒を襲わせるとか、あるわけがない。自分ならともかく。自分ならどんな相手を襲わせるだろう?悪口を言った生徒、意地悪をした生徒、教師、思い当たる相手が多すぎて絞り切れない。そもそも一人ずつ襲うとか面倒だし、全員を呼びつけてまとめて片付けた方が早いのではないだろうか。


「レイラ様、奥様の用事というのは・・・」

「ええ、学園へ戻るのは延期になりましたわ。」

「延期ですか?何か御用ができたのでしょうか。」


 数日の延期なら始業までには間に合うが、事件が解決するまでということならそれがいつかは見当がつかない。

 更に襲撃事件の容疑者にされているからこの部屋から出ないように、などと本人に言えるわけも無い。シリカはともかく、働き者のステラをどうやったらこの部屋から出さないようにできるだろうか。食事の支度で厨房へ、洗濯をしに洗い場へ、御手洗いにだって行くはずだ。いきなりの難題にレイラは言葉に詰まってしまった。いや、御手洗いくらいは・・・


「レイラ様?どうかなさいましたか?」

「え?えぇ・・・いいえ、何も問題はないわ。いいえ、あるわ。学園でちょっと面倒なことが起きたらしくて、私たちは当分この部屋から出ないように、って。」


 貴族としては正直すぎるレイラは嘘が下手だ。まだ本当の事しか言っていないが本当の事だけを言ってどこまで切り抜けられるか。


「学園で面倒事、事故でしょうか。」

「・・・さ、さあ。単に問題が起きているからまだ戻ってくるなとしか書かれていませんでしたわ。」

「私たちを学園に帰らせたくないような事故・・・」


 シリカが出現する前の一時期、学園で起こっていたレイラバッシングを目の当たりにしていたステラはまた他の生徒が嫌がらせを始めたのではないかと勘繰っていた。誹謗、中傷の類は日常茶飯事、その程度で休んでいたら笑いものになるだけだ。学園側がわざわざ来るなと言ってくるレベルの嫌がらせだったのだろうか。

「・・・お部屋に放火されたとかでしょうか?」

「そんなことは書いてなかったわ。本当にそうだったら困るけど。」

「課題の提出が延期になるかもしれません。」

「その期待は薄いわね。うちの学園はそういうところ無慈悲だから。」


 レイラにしてもそんなのは願い下げだった。課題のノートを寮に置き忘れたと勘違いして騒いだり色々あった挙句、ステラの協力でなんとか予定通りに済ませたのだ。今更提出期限を延ばされるなど我慢できない。

「放火でなくても空き巣が入ったとか?」

「それも困るけれど、あの部屋にそんな大切な物って・・・」

 他の生徒の部屋よりは金目の物は多いだろうが、学園の厳重な警備を掻い潜ってまで盗み出す価値のあるものなど・・・


 クリスタの首飾り!見る者が見ればあれの本当の価値がわかるはずだが個人的にもあれだけは絶対に盗まれたくない。念のため鍵付きの引き出しにしまってきたけれど大丈夫だろうか。


「レイラ様、顔色が・・・」

「な、何でも無いわ。」


 本当の理由を知っているはずなのにステラと話をしているとだんだん寮の部屋が心配になってきた。もしや魔人云々の方が嘘で本当は寮に放火された上に部屋から貴重品や美術品が盗まれたというのが真相なのではないかとすら思えてきた。


「レイラ様?」

「え?えぇ、大丈夫。大切な物は鍵付きの引き出しに入れてきたわ。鍵もちゃんとここに・・・」


「何をお入れになったので?」

「・・・無いわ。」

「何もお入れにならなかったと。」

 ステラが状況を受け入れ始めていたのとは反対に、レイラは突然狼狽え始めた。


「無いのよ・・・鍵が!」



 寮の片づけを済ませいよいよ学園を発つという日、首飾りや家紋入り便箋セットなどを引き出しに入れて鍵を掛け、その鍵を制服のポケットに・・・入れなかった気がする。掃除で埃っぽくなっていたから着替えようとして、どこかに置いたのだ。どこだったか、机か、引き出しの中か、それともどこかポケットの中か、とにかく置いて、着替えた。それから・・・


「どこに入れたのかしら・・・ステラは覚えていない?」

「申し訳ありません、私にも思い当たるところは・・・」

「寮の鍵と一緒になっていないかしら。」


 コトッ


 寮の部屋の鍵は自分用とステラ用に二本あり、それぞれが責任をもって管理することにしている。元々一本しかなくステラが管理していたのだが、入学当初の常に二人で行動していた頃と違い、今はシリカの貸出しなどで別行動になることも多いため合鍵を作ったのだ。


「やっぱり無いわ。もしかしたら鍵束に入れたのかと思ったのだけれど。」

「私の方にもありませんでした。」

 鍵束、といってもレイラは戸棚や引き出しなどすべての鍵を無造作に小箱に入れているだけだ。寮の鍵はその中でも一番大きいのですぐに見分けられるし、逆に引き出しの鍵は一番小さい。他の鍵はどれも似ているので基本総当たりで鍵穴に挿す。ただ、運がいいのか記憶力なのか、大体一回か二回で当てられるのが彼女の特技の一つだ。一方のステラは全ての鍵に鉄環を付けそれを更に大きな環で束ねている。それぞれの鍵にはカラフルな毛糸が結んであり、彼女はそれでどこの鍵か見分けているようだ。


 コトッ


 そもそもレイラの引き出しの鍵をステラが持っているはずが無いのだが、ステラの鍵束にはレイラが置き忘れた鍵を預かるための環がある。掃除の度に床やテーブルから見つかる鍵があればそこに付けるようにしているのだが、そこにも無いとなると


 コトッ


 ここへきてシリカが奇妙な遊びをしている事に気が付いた。

 椅子に座り、テーブルの上に何かを並べている。並んでいるのは見覚えのない鍵やどこかの貨幣、指輪、きれいな小石、短めのガラス棒のような物などで、レイラ達が鍵を探しているのを見て自分も探そうとしているらしい。ただ、何かを取り出す前にスカートの中に手を突っ込んでは中を探るような仕草をしている。

(今日のドレスはあんなところにポケットを付けているの?仕立て屋も変なことをするわね。)


「困ったわね、これだけ探しても見つからないとなると・・・」

「寮に置き忘れたのでしょうか。」

「出来ることなら探しに行きたいところだけれど、城から出るなと言われたばかりだし、そもそもそんな時間は無いわ。」


 そんな二人の会話を聞いたシリカは何かを思いついたように椅子から降りて、そのまま溶けるように床に消えてしまった。


「え?」



 シリカがこんな風に消えるのは最初に召喚した日以来だったのでレイラもすっかり忘れていた。


 ものの一分も経たないうちに消えた時と同じ床からシリカが生えて来た。


「あっか。」


 シリカが差し出したのはまさしくレイラの引き出しの鍵だった。

「あぁ、ありがとうシリカ。どこにあったの?」

「・くえ。」

「あ・・・」


 引き出しに鍵を掛けて、そのまま机上にポン。

 レイラは全部思い出した。もうあけてくれと言わんばかりの場所に鍵を置き忘れていたのだ。


「・・・じゃなくて、あなた今、寮の部屋へ行ってきたの?」

「ぬ!」

「魔法学園の?」

「ぬ。」


「レイラ様?」

 レイラは眩暈を覚えた。


 シリカは魔法を使う素振りも見せずに一瞬で魔法学園へ転移して戻ってきたのだった。

 しかも転移魔法の特徴である転移門も無しに。未知の魔法の可能性もあるが、呪文も予備動作のような物も一切無かったことから、おそらくこれは魔人の固有能力だろう。そういえば出現初日に試験会場から寮へ移動していたときもこうだったが、すっかり忘れていた。


「これは・・・困ったことになったわ。」

「えぃら?」


 探し物を見つけてきたのにそんなことを言われるとシリカも不思議そうな顔になる。だが、今のでまずい事実が判明してしまった。


「シリカ、今から訊くことに正直に答えなさい。」

 レイラはシリカを正面から見つめて問い質した。


「あなた、この休暇中に今みたいにして学園へ行ったりした?」

 シリカは無言でレイラを見つめ返してきた。


「大事なことなのでちゃんと答えなさい。魔法学園へ行ったの?」


「う・・・」

 何か叱られようとしている感じになってきて、シリカの目が泳ぎ始めた。もう答えを聞くまでもないがはっきりさせておく必要がある。


「どうなの?」

 レイラは極力声を抑えて問い直した。


「・・・ぬ。」

 とうとうシリカは首を縦に振った。


「あぁぁ・・・」

 頭を抱えながら椅子に座るレイラを見て、事態を静観していたステラも声をかけずにはいられなかった。

「レイラ様?」

「どうしましょう・・・私たち、連続殺人事件の容疑者になってしまったわ。」


 聞き間違いか?

「え?」

「連続殺人よ。」


 今度ははっきり聞こえた。

「連・・・続・・・」

「学園の生徒が、休暇中に何人も襲われているの。容疑者は魔人クラスで、今この世界で魔人と言ったらシリカの事よ。不在証明ができていたのに、今のでそれが・・・あぁっ!」


「殺人事件・・・」

 ステラも何か支えが必要な状況だった。素早くシリカが椅子を差し出し、そのまま沈み込んでしまった。


 先ほどレイラが言っていた面倒な事というのはそんな大事件だったのか。しかもその容疑者に自分が含まれているとは。


 直接容疑が懸かっているのはシリカだが、管理者としてレイラもその責任を問われることは免れまい。ステラは一見無関係そうだが、傍に仕える者として主人を諫められなかった責任はあるに違いない。いや、自分が自白して罪を被ればレイラだけは助かるのではないか?だが、取り調べではきっと理由を訊かれる。殺害の動機は何と答えればいいのだろうか、レイラに嫌がらせをしていた連中?それなら死んで当然だが、そんなことをすればレイラがステラを許さないだろう。


「あの・・・レイラ様。」

「何?」

 互いに俯いたまま

「その・・・殺された生徒というのは誰なんです?」


「・・・。」

 レイラは答えなかった。


「レイラ様・・・」

「・・・。」


 やはり答えは無かった。もしや、レイラ様本当にお殺りになったんですか?

「そういえば・・・誰も死んで無いわ。」


 重体の生徒が居るとは聞いたが死者が出たとは聞いていない、今のところ連続襲撃事件でしかないのだ。

「誰よ連続殺人事件なんて言ったの!?」

「レイラ様ではないですか!」


「落ち着いてください、まだシリカが犯人と決まったわけではありません。」

「それはそうだけれど、今のを聞いたでしょう。シリカは魔法学園まで転移できるのよ。」


 学園からの手紙ではシリカの所在を訊かれた。レイラと一緒にブラッドベリー城に居たと証明すれば休暇期間中に魔法学園で起きた事件について無関係なことは明らかとなり、容疑者リストから外される。しかし

「今みたいに一瞬で往復できるなら、襲撃の前後にどこにいたとしても不在の証明にはならないわ。」

「ですが、そういう能力があったからと言ってすぐ犯人扱いというのは」

「当り前よ!だいたい私はそんな命令していないわ。」


 たった今、シリカはレイラの命令無しに学園まで鍵を探しに行ってきたばかりだった。そういえば帰省直後にもお披露目の仕草を自発的にやらせていたではないか。もちろん、事前の練習の賜物ではあるのだが、最近のシリカは命令を受けなくてもある程度レイラの意図を汲んだ行動ができるのだった。


「まさか、私が無意識にそんなようなことを言ってしまっていたのかしら。」

「そんなはずはありません。レイラ様はどんな嫌がらせをされても弱音の一つもおっしゃらなかったではないですか。」


 シリカ出現直後のバッシングがもっとも激しかった頃でさえ、レイラは鉄の壁のようにそれを堂々と受け止め、

「仕返しなど、くだらないですわっ!」

 と、表では強気で振る舞い自分の部屋で落ち込む毎日だったが、それでも相手への恨み言など口にはしなかった。だいたい陰口を叩く者が多すぎて、復讐のため特定の誰かを一人一人襲うなど手間がかかりすぎて嫌になってしまうだろう。


「そういえば、襲われた生徒って、どうして襲われたのかしら?」

 現場の状況や被害者の証言から実行犯はヒト型で魔人級の魔獣と特定されていた。回りくどい書き方をしてあったが、要するに魔人が出たということであり、この界隈で魔人といえば特定されたも同然だ。シリカには今のところ不在証明があるが、有効期限は転移能力があることを知られるまでだろう。だが、複数の被害者が出ているという事は、偶発的な事故ではなく何らかの目的を持った計画的な犯行の可能性がある。ならば被害者になにか共通する点があれば犯人の目的がわかり、そこから犯人を絞り込めるのではないか。


「手紙では触れられていなかったのですか?」

「複数の生徒が襲撃された、としか書いていなかったわ。」


 仮に自分が魔獣を使って生徒を襲わせるとしたら、自分に嫌がらせをした人物を密かに襲撃するなど論外、正面から主犯格を打ち負かして土下座させ、その無様な姿を衆目に晒してやった方が気分が良いに違いない。犯行時間帯は夕方から夜だったそうだが、きっとこそこそしているのだろう。相手が決まっているのなら果たし状でも送り付けて呼び出した方が簡単ですっきりしている。


 ダメだ、目の付け所は良かったのだがレイラと連続襲撃事件の犯人とでは考え方が違い過ぎる。


「ダメね。」

「レイラ様?」

「ここで考えていても埒が明かないわ。ステラ!」

「はいっ!」



「うぅ・・・。」

「大丈夫ですかレイラ様?」

「ええ・・・ただの転移酔いよ。」


 結局、レイラはシリカに命じて自分とステラを魔法学園へ転移させた。だが、シーラ族集団転移の時のように昏睡することは無かったものの、寮の自分の部屋に着いた途端、世界がゆら~りと大きく揺れているような感覚に陥って一歩も歩けなくなってしまった。転移装置の時と違ってシリカの転移能力は転移門を必要としないが、突然目線が下がったと思うと間髪入れずその逆が起きて、全身を大きく上下に振られたような感覚になる。しかも実際に上下しているにも拘らず血液の上下は起きず、視覚と体感のズレで眩暈を起こすようだ。普通の魔法とは違う仕組みの転移のようだが、レイラが転移酔いを起こすところは同じらしい。


「危険を冒してわざわざ来たのに、何も収獲なしで帰るわけには行きませんわ。」

 どの途、明るいうちに出歩けばシリカだけでなくレイラ達も相当に目立つ。冬季休暇中は生徒が少ないので、ただそこに居るだけで目を引くのだ。


「レイラ様、このようなリスキーな行動を起こされる前に充分プランを練られた方がよろしかったのではないかと。」

「時間はあるし大丈夫よ。それに、ここからなら次の襲撃が起きた時すぐに駆け付けられるわ。」


 当初はすぐに聞きこみに歩くつもりでいたレイラだったが、自分たち学園内に居ることを宣伝して回ることになるのでステラに却下された。

「転移能力の事まで知られたらどうなさるのですか?」

「それだわ!シリカの転移能力でそれぞれの現場へ直接移動すれば発見されなくて済むのではなくて?」

「現地に人がいる可能性も考慮なさってください。」

 王国の捜査隊、学園の警備部に特別捜査チーム、加えてレイラのような生徒有志など現場にこそ人は居るだろう。


「うーん・・・。」

「とりあえず夕方までは待機するか、一度城に戻られた方がよろしいのではないでしょうか?」

「また転移するなら少し待って。まだ頭を振られているような感じがするの。」


 だがステラの指摘通りだった。レイラ達が今、この時にここに居ても何の解決にもならないばかりか、ここに来られるという事実は容疑を裏付けてしまう。シリカの能力で二人はブラッドベリー城と魔法学園を瞬時に移動できることがわかった。夜を待つならここで誰かに見つかるリスクより城でおとなしくしている方を取るのが正解だろう。


 結局、レイラの眩暈が治まるのを待って城へ戻ることにしたのだった。



 レイラが転移魔法で移動するのはこれで4回目。1回目は古代の魔法装置とシリカ族長老の(多分)召喚魔法、2回目は魔法装置、3回目と4回目はシリカの能力。4回目ともなるとレイラも周囲を観察したり考察する余裕が生まれた。

 2回目の状況ならなんとなく思い出せる。多分1回目も似た感じだったのだろう。魔法装置での転移とシリカの転移には今のところ三つの違いがある。魔法装置の転移は転移の瞬間視界が明転し何も見えない状態になるのに対し、シリカの転移にはそれが無いか、瞬間的に暗転する。魔法装置の転移では転移門を使いその範囲内に居た物が転移させられるが、シリカの転移にはそれが無く、今のところシリカと手をつないでいた二人が転移している。三つ目の違いは二つ目に含まれるのかもしれないが、魔法装置の転移は転移先の門の高さに出現するが、シリカの転移は一度地面に吸い込まれて転移先の地面から出てくるのを視覚で体感できる。それの意味するところはまだ分からない。違う手順で同じ結果を得られることも、魔法と魔人の固有能力の違いというだけで済まされるのか。


 ブラッドベリー城のレイラの部屋は転移する前のままだった。時間にして十数分、まだ空気に自分の体温を感じられそうで、誰かが出入りした様子も無い。


「取り敢えず戻ってきたけれど、このままただ日が暮れるのを待っている手は無いわ。」

「何をなさるおつもりですか?」

 まだ視界が揺れる頭を抑えながら、レイラは用意するべき物をステラに伝えた。


 用意する、と言ってもレイラ達は自主的に部屋に監禁されているような状態である。一応、ドアの外には警備の兵もいる。自由に城内を歩き回ることは憚られるのでできるだけ部屋にあるもので間に合わせ、用意できない物は

「ちょっとお花を摘みに・・・」

 などと警備の兵に頼んで部屋から出してもらった隙に搔き集めた。


 手を動かしていると時間はあっという間に過ぎた。

 部屋に届けられた夕食を食べ終え、メイドたちが引き上げると、レイラ達は日中に用意した物を確認した。


 三人分の黒い手袋、マント、タイツ。それに目出し帽と仮面。シリカ用には角に被せるための円錐部を作って継ぎ足したが、作っている最中に閃いてレイラとステラの分にも同じようなとんがり帽子を追加した。制服と併せれば全身をほぼ黒で覆い隠せるし、マントがあれば多少の寒さは凌げるだろう。ただ、そのままでは生徒であることがわかってしまうので、制服の要所要所にリボンを結び付けてシルエットを変えている。それと、長丁場になった時用の携帯食。


「準備良いわね?」

「はい・・・ですがレイラ様、この恰好は・・・」

「正体を隠すならこれくらい徹底しないと、ただでさえ私たちは目立つのだから。」

 目出し帽の時点で大分怪しかったのだが、仮面を着けたことでそれが爆発的に増大していた。仮面のデザインが統一されていないせいでまるで道化か怪盗団のようだ。


「もちろん、今日も犯人が動くという確証は無いわ。でも一日でも早く犯人を見つけて疑いを晴らさなければ、私たちは胸を張って学園へ戻れないのよ。」

「ですがレイラ様、くれぐれも無茶はなさいませぬように。」

「わかっているわ。では、シリカ。」

「うぃ。」


 一瞬落とし穴に嵌ったように目線が下がり、再び上がるとそこは魔法学園の寮だった。


「レイラ様、大丈夫ですか?」

「少し頭痛がするけれど大丈夫よ。こっちはまだ明るいわね。」

 ブラッドベリー領と魔法学園の緯度差で、陽が落ちてから出発したのだが学園はまだオレンジ色に染まっている時間だった。だが夕陽の反対方向から夜の黒が迫っていて、数分も待てば辺りはすっかり暗くなるだろう。

 閉め切ったカーテンの隙間から外を窺がうと、少数だが生徒らしき影を確認できた。


「あの生徒たちももうすぐ寮へ戻ってくるわね。正面から出るのは危険だから裏口を使いましょう。」

 レイラ達が暮らす女子寮は歴史ある建造物を移築した物で、最初は宿泊可能な酒場だったのだそうだ。その後幾度かの増築を経て営業の主体が酒場からホテルになったが、レイラの部屋は当時の主人が自分の家として使っていた部屋である。そのため一般の学生の部屋と違って簡易ながら浴室と洗面、台所を備えており、専用の客室まで備えている。浴室は本当に簡易的な物で、これを使うくらいなら生物研究室の浴室へ行った方が快適だろうが、ステラは洗濯物の浸け置きなどに便利に使っている。更にもう一つの特徴として、普段は使わないが直接外へ通じるドアがあり、その気になれば門限に無関係に出入り可能だった。

 余談だが、図書館で魔人の足跡を調べていたレイラはその酒場を建てた人物がユニコーン型の獣人と関係があったとする本を見つけ、自分がそこに住んでいることに因縁めいた物を感じていた。


 やがて陽が落ちると、レイラ達は夜目が利くうちに裏口からこっそりと外へ出た。

 最初の目的地は生物学科校舎の屋上である。何度か入ったことがあるのと立地的に中庭を一望できるので、まずはそこから見える範囲を監視しようというのだ。


 例の異臭の漂う通用口は相変わらず開けっ放しで、レイラ達は容易く屋上へ到達した。

「うぅ、気持ち悪いですレイラ様。」

「しっかりして。口から鼻の奥の空気を”かーっ”って残らず吐き出して、きれいな空気を大きく吸い込むのよ。」

 レイラは二度目だったが、初めて通用口を通ったステラは薬品捨て場の異様な臭いに中ってしまった。


 生物教師はまた何か解剖をしたのか、或いは生徒が実験をしたのか。あの通用口に漂う生臭いような酸えたような、とにかく異様な臭いはいつ消えるのだろうか。いっそ消臭魔法でも研究しようか。


「かーっ、ふぅーっ・・・。かーっ・・・レイラ様、あそこに誰かいます。」

「どこ?ああ、誰かが魔法の自主練をしているわね。」


 元々中庭で魔法の練習をすること自体は珍しい事ではなかったが、昨年夏にレイラが召喚魔法の練習をしていた一角はシリカの出現以来、自主練の名所のようになっていた。足元に置かれたランタンの光から、女子生徒のシルエットが浮かび上がる。

「・・・あれ?」

「レイラ様?」

「あの自主練をしている人の周り・・・なんだか・・・」


 レイラが目を凝らすと、校舎の陰や植え込みの後などに動かないが人がいるように見える。隠れて誰かを見張っているような・・・

「隠れてあの人を囲んでいるようですね。」


 まさか、一日目から犯行現場に遭遇?しかも犯人は複数?!

「行くわよステラ、シリカ!」

「うぃ。」


 後ろからレイラとステラの膝に手を回し、それぞれ肩に担ぐとシリカは屋上から飛び降りた。

「ひぃぃぃぃぃぃぃ・・・・・ッ!」


 見えるような短距離でも転移で移動することは出来るが、レイラの性格を反映してシリカは地上を走って移動した。屋上から地面までの移動も直線である。召喚獣騎馬戦での経験があったおかげでレイラはこの状況を予測できていたが、ステラにしてみればいきなり校舎の屋上から放り出されたような物で、つい中庭中に響くような大声で叫んでしまった。


 黒い塊が金切り声を上げながら突進してきたので、自主練していた生徒も犯人と思しき一団も相当に驚いただろう。


「・・・ぃゃぁぁぁぁあああああああッ!」

「そこまでよ!連続殺人犯ッ!」


 黒い塊は生徒と犯人グループの間に割って入ると三つの人影に分裂した。


「何だと?・・・お前たち、何者だッ!?」

「あなたたちこそどちら様でいらっしゃいましてッ?!」

「訊いているのはこちらだ!」

「いいえ、私たちですわ!」


 首謀者と思しき男と仁王立ちですれ違いの応酬を繰り広げるレイラの耳元でステラが囁いた。

「レイラ様、様子がおかしいです。」

「はぁ?」


 見れば、レイラの前に立ち並ぶのは鎧を身に着け大剣を携えた男たち。しかもこの鎧、見覚えがある。

「何よこれ、王国騎士団じゃないの?!」


 更に

「レイラ?」


 不意に呼ばれて振り返ると、襲われそうになっていた生徒がそこに立っていた。近くで見るとこの女子はレイラより背が高い。それに体格もなんだかがっしりしていて、呼びかけてきた声も随分低い。この少女の醸し出す雰囲気は何か、最近似たものを見た気がする。


 いや、しかし・・・そんなはずは


「レイラ、僕だ。」

 背中まで届く彼女の金髪はカツラだった。そしてカツラを外したその顔は

「アラン殿下!?」

 去年の夏、まさしくこの場所で散々見た顔だった。


「っということは、本当に騎士団?!」

 さっきまで不毛な言い合いをしていた相手は本物の王国騎士だった。


「殿下。」

「この方なら大丈夫だ、事件とは関係ないよ。しかし」


「どうして君がここに?その恰好もだけれど、今日はまだブラッドベリー城に居るはずでは?」


 王城からも騎士が派遣されたことは知っていたが、まさかアランもいたとは。何だろう、最近王室では女装が流行っているのか?大丈夫かこの国??


「わ、私・・・」

 まさかこんな形で知り合いに見つかるとは。しかも騎士団まで。

 だが、まだレイラ達は仮面を外していない。ならば、焦って正体を明かすようなことをしなければ黒ずくめの怪しい三人組で押し通せるのではないか。


「私達は、学園の平和を守る者ですわ!」

「は?」


 咄嗟に口から出たのはとんでもない一言だった。レイラが女生徒の正体をアランと勘づいたように、アランから見ればこの体格、声、言葉遣い、どこを取ってもレイラとしか思えない。横に居るのはステラ・ニューマンと魔人シリカに間違いない。更にこの突拍子もない行動が実にレイラ的だ。だが、今日の昼まではブラッドベリー城に居たはずのレイラがどうして今ここに居るのか。通信文のように転移魔法でも使わなければ、僅か半日で移動できるような距離ではないのだ。


 もしかしたら本当にレイラではないのか?


「それなら、名前はなんというのだ?」

「え、名前?名前・・・」


 見つかることを警戒してはいたが、見つかった時の対処法までは考えていなかった。正体を隠すための偽名すら用意していなかったのだ。


 もう面倒だし、いっそ正体を明かしてしまおうか。


「名は明かせません!秘密裏に学園の平和を守る、私たちはいわば影の騎士なのですからっ。」

 見かねたステラが割り込んできた。そうだ、苦労して(たった一日だが)準備したのだ。ここで正体を知られるわけにはいかない。


「そう!どうしてもお呼びになりたいのでしたら・・・」

 レイラは一回り大きく見えるほどに胸を張ると

「影の騎士団とお呼びあそばせッ!」


 一同が静まり返った。


「影の・・・騎士団。」



 どうしよう、この空気。



 ポーズを決めたレイラの足元に青白く光る魔法陣が出現した。

「レイラ様っ!」

 咄嗟にステラが突き飛ばすとほぼ同時に魔法陣は拡大し、完成した転移門から巨大な影が出現した。暗くて細部はよく見えないが、5メートルはありそうな巨大な


「魔人だッ!!」

 騎士の誰かが叫んだ。何者かが召喚魔法を使って呼び出したに違いない、二本足で立つ壁のような巨人が出現していた。

 レイラをかばったステラは逃げ遅れ、召喚門の上に居たせいでそのまま巨人の肩に載せられてしまっていた。


「抜剣!」

「待て、彼女に当たる。」

 隊長の号令で騎士達が一斉に剣を構えたが、アランが制止した。剣が届くような高さではなかったが、足や背中を攻撃したとしても戦闘になればステラ・・・に似た影の騎士に危険が及ぶ。


 だが巨人の方はそんなことはお構いなしに攻撃を始めた。脚が短い代わりに屈まずに地面の物を拾えそうなほどに長い腕を持つこの魔人はシリカとは全く似ていなかったが、バランスの差こそあれ明確にヒトの形をしていた。見た目通りに重心が低く安定感がある巨体は、長い腕を振り回してもまったくふらつくことも無く、その一方で意外なほど素早く移動した。短く見える脚もヒトのそれより充分長いため、一度走り始めると騎士たちより余程早いのだ。


 元々調査のために少数が派遣されただけの騎士団は、巨人に打ち倒されて次々に数を減らしていった。


「レイラ、ステラをなんとかできないか。このままでは手が出せない。」

「はい!いいえ、影の騎士です。シリカ!」


 やられているのが騎士団だったので静観していたシリカだったが、レイラに命じられると動き出した。


「むぃっ。」

 巨人の正面に立ち塞がると、振り下ろされた腕を掴まえてそのままずいずいと引き寄せ始めた。


 身長にして4~5倍、体重なら30倍ほども差がありそうな両者だったが、どう見ても分が悪そうなシリカが一方的に巨人を引き寄せているという常識外の光景に、騎士たちの動きも止まる。


 巨人の顔に手が届きそうな高さまで引き寄せたところで

「おいれ。」

「あ、ありがとうシリカ。」


 ステラが巨人の肩から飛び降りると、役目を果たしたシリカは巨人の手を離した。反動で大きくのけぞり、半回転した巨人はそのまましりもちをついて倒れた。


「今だ、かかれッ!」

 ステラが避難したのを確認するとアランは改めて一斉攻撃を命じ、号令で我に返った騎士たちは巨人に斬りつけた。


 ガッ!

 ガギンッ!


「なっ・・・」

「殿下、だめです。魔人に剣は効きません。」


 岩のように硬い巨人の皮膚に騎士たちの剣では効果が無かった。シリカとはまた違った皮膚だが、防御力は引けを取らないようだ。


「ならば魔法で攻撃だ!距離を取れ。」


 だが、安全な距離を取ろうとすると巨人の俊足に追いつかれ、至近距離から捨て身の攻撃を試みるも有効打にはならず、戦える騎士の数はますます減って行った。ただ、巨人は倒れた騎士に追い打ちをかけるようなことはしなかった。


「殿下。」

「うむ、やはり召喚者を見つけないとどうしようもないか。」

「召喚者?」」

「魔人相手に歯が立たないことはわかっていた。だから魔人ではなく召喚者をおびき出して捕まえようとしたのだが・・・」


 一連の襲撃事件の被害者はいずれも金髪の女子生徒だった。犯人がこの特徴で以って襲う相手を選んでいるのであればレイラもターゲットになる可能性がある。一刻も早く犯人を捕らえるためアランは自らを囮にして待ち伏せていたのだが、そこに居るはずのないレイラが出現したことで彼の覚悟は台無しになりつつあった。


「でも、それならあの魔人はこっちへ襲ってきても良さそうなのでは?」


 巨人は相変わらず騎士ばかり追いかけていた。その騎士の数もあとは2~3人しかいないが、幸運なその騎士たちは巨人の攻撃を躱し続けている。というより、巨人がわざと攻撃を外しているようだ。

「もしかして、殺すつもりはない、ということでしょうか?」

「そんなバカなことが・・・」


 だが、レイラの言うように、倒れている騎士達は本当に誰も死んでいないようだった。


「そうか!これだわ。」

 レイラは目出し帽の後に手を突っ込んで、自慢の金髪を手繰り出した。

「私が魔人の注意を引きます。その隙に騎士団の皆さんを退避させて立て直してください。」


 ある意味アランの計画通りなのだが、守ろうとした人物が自ら囮に立つと言い出すのは想定外だ。


「ま、待つんだレイラ、それでは君が・・・」

「行きますッ!」


 レイラはアランの制止を聞かずに飛び出して行ってしまった。

「シリカ、レイラを連れ戻すんだ!」


 だがシリカは一歩も動かなかった。アランの方に顔を向けたが、そこには特に何の表情もなかった。

「急げ!・・・どうしたんだ、お前はレイラの魔人じゃないのか。」


 やはり動こうとしない。

「主人が危険なんだぞ!」


 レイラの脚なら巨人に追いつくのはそう難しいことではなかった。追い抜いて前へ出ると、騎士たちと巨人の間に割って入って巨人へ向き直った。


(レイラ様ッ!)


 ズザザザーーッ!


 巨人も慌てて足を止め、レイラを跳ね飛ばす寸前でどうにか停止した。


「見ているのでしょう?どこのどなたか存じませんけれど。」

 相手の居場所がわからないのでレイラは巨人に向かって呼びかけた。


「私に文句がおありなら堂々と正面からいらっしゃい!魔人を使って夜討ちとか、どういうおつもりでして?」

 レイラの迫力に圧されたのか、巨人の動きが止まった。


「だいたい人違いで何人も襲うとか、間が抜けているにもほどがありますわ。あなた恥ずかしくありませんの?」


 まだ被害者に共通する特徴が金髪の女子生徒であるとしかわかっていないが、レイラはまるで自分が本命であるかのように相手を挑発した。


 その時、彼女をかばうように立つ影があった。遅れて駆け付けたアランだった。


 二人は無言で巨人と睨み合っていたが、やがてレイラの横にステラが、アランの横には立ち直った騎士たちが集まってきた。



 ヴォ・・・


 巨人はゆっくりと向きを変え、出現した時の召喚門へ移動し始めた。襲撃を諦めたという事か。


 なぜかシリカがその横に並んでいた。レイラ達も巨人の後について移動した。そして巨人は召喚門に辿り着いたが

「オォン・・・」


「命令を完遂していないから帰れないのか。」

「え?そんなことで?これだけ大暴れしておいて??」

「レイラ・・・君自身も魔人の召喚者だろう。」

 レイラの召喚魔法の師匠でるアランとしては、今の一言は堪えるものがあった。


「こういう場合、召喚者が使役魔法を解除すれば自動的に帰って行くのだけれど。」

「この光景が見えているはずなのに、出てきませんね。」


 レイラを襲うことが目的なら、もはや計画は頓挫したはずだ。潔く諦めるような犯人ではないという事だろうか。だが、この巨人をこのままにしては置けない。



 アランが何か動こうとした。ところがそれより先にシリカが召喚門に乗ると、巨人の身体が沈み始めた。

「シリカ・・・」

「オォン。」


「オォーン・・・」

 シリカは巨人を見送るように召喚門に立っていた。

 数十秒かけて、巨人の身体は完全に召喚門に消えた。だが召喚門はまだそこにあった。

「・・・」

 アランが魔法陣の中心の地面を掘ると、板と、宝珠が出てきた。


「停止せよ。」

 そう唱えながら腰に付けていた杖で宝珠を叩くと、召喚門が消滅した。魔法の強制停止。実技の授業で生徒の失敗魔法を解除するのに教師が使う物だ。授業では習わないが、アランは自分で研究して使えるようになっていた。


 しかし、この板は何だろうか。何の変哲もない木の板に見えるが。


「他にも犯人が遺留品を残しているかもしれない、ここから見える範囲を徹底捜索だ。負傷者は交代。」


「(レイラ様、私たちもそろそろ・・・)」

「(長居は無用ね)」

 仮面の下の素顔を見られる前に退散した方が良いだろう。


「レイラ、その恰好の事も含めて君にも訊きたいことがある・・・」


 まずい。ここで尋問されると黙って城を抜け出したことはもちろん、シリカの転移能力も知られてしまう。

「だが、今日のところは帰ってよろしい。それとも・・・」

 レイラの耳に顔を寄せると

「送って行った方が良いかな?」


「そ・・・それには及びませんわ。私は”影の騎士”。レイラなどという名前は存じ上げませんわ。」

 今更なんて白々しい・・・


「そ、そうか。まあ、今日の所は助かったよ”影の騎士”。」

 殿下、今笑いました?


「けれど、魔人に生徒を襲わせた犯人はまだ見つかっていない。充分気を付けて帰るように。」


「ホッホッホ。心配御無用ですわ。私たちはあんな魔人ごときに遅れは取りませんことよ。」

「えーら。」

「え?何ですの?」


 シリカがなにやら耳打ちした。

「・・・殿下。この子が言うにはあの魔人はもう現れないそうですわ。」

「現れない?どういうことだ?」

「さぁ、そこまでは私にも。ただ、この子にはそれがわかる、としか申し上げられません。」

「そうか・・・」


 アランはシリカの目をじっと見つめていたが、

「なるほど、この子が言うなら・・・間違いないのだろう。あとは我々に任せて、気を付けて帰るんだよ。」


「はい。それでは皆様、ごきげんようっ!。」

「失礼いたします。」

「ぬぃっ。」


 黒いマントを翻し、文字通り闇の中に消えて行った。


「殿下。」

「まあ、そういう事にしておこう。他の者にも、彼女たちの事は他言無用とさせるように。」

「はっ!」


(それにしても、たった半日でブラッドベリー城からどうやってここまで・・・)



「はあ、やっと帰ってきたわ。」

「お疲れさまでしたレイラ様。」


「二人ともお疲れ様。全部が解決したわけではないけれど、ひとまず危険は去ったようだし、明日には部屋から出られるようになるでしょう。今日はもうお風呂に入って早く休みましょう。」


 レイラ達はマスクを外し、目出し帽を脱いだ。


 ・・・ここはブラッドベリー城、レイラの部屋。


「レイラ、開けなさい!」

 ドアを激しく叩く音がする。しかも声の主は

「お母様?!」


「レイラ?起きているのなら早くここを開けなさい!」

「はい、ただいま!」

「レイラ様、だめです!」


「え?」

「私たち、服が・・・」

「あ・・・寮で着替えて置きっぱなし・・・」


 レイラとシリカのドレスはともかく、ステラのメイド服はここには備えていない。かといってシリカに取りに行かせるにも間に合わない。かといってこのまま制服を着ていたら何をしていたか訊かれるだろう。そしてどこへ行っていたかも。


「どうしましょう・・・」

「と、とにかく着替え・・・ちょっとこれ取ってくれない?」


 結び付けたリボンが邪魔で制服が脱げない。

「どうしたのです?レイラ!・・・開けなさいレイラ!」


 どうにかマントと制服を脱いだが、髪がボサボサになってしまった。

「お母様、今開けますので少々お待ちくださいっ。・・・ステラ、櫛を。」

「れ、レイラ様・・・私も。」


 ステラはレイラが結んだ分のリボンが絡まって制服を脱げずにいた。

「レイラ!」

 母の声が一段と怒気を帯びた。万事休す・・・


「ああっ・・・もうだめ。」

「レイラ様、あれを。」


 脱いだ魔人服をクローゼットに投げ込んだシリカが裸のままベッドに潜り込んでいた。

「これだわ!」

「え・・・レイラ様?!」


 ステラを裸にしてベッドに押し込むと、自分も裸に替えのシーツを巻いてドアを開けた。


「レイラ、呼ばれたらすぐに開けなさい・・・何ですかその恰好?」

「え?ええ、お母様。寮へ戻る支度も済んですることが無くて、少し早いですが三人で寝ておりました。」


 制服は隠せたが、かなりバタバタしたせいで髪が乱れた上に息も上がっている。


「することが無くて、三人で?」

「はい、三人一緒に。」

「その恰好で、一つのベッドで?」

「はい、一つの・・・」


「レイラ様・・・」

「えーら。」

 いつの間にか後ろにステラとシリカが、レイラと同じような恰好で並んでいた。思えば当然だった。主人に来客対応をさせて使用人の自分が寝ているわけには行かないのだ。毛布とシーツを剥がされたベッドの惨状よ・・・


「こ・・、いえ、これは・・・これはですね?あれです。」

「レイラ・・・」

「違うんですお母様ッ」

「貴方も許婚者の有る身、節度というものを弁えなさい!」

「は・・・はいっ!お母様ッ」


 誤魔化そうとして事態を悪化させてしまった。結局、レイラは嘘が下手で、こんなことになるなら初めから本当の事を話した方が、同じ叱られるにしてもまだマシだっただろう。


「メイドを寝所に引き入れるのは良しとしましょう、ですがいきなり二人とは何事ですか!」

「は、はいっ!」

「しかも一人は魔人とか・・・嘆かわしい、せめて獣人にしておきなさい!」

「はい!・・・ぇ?」


 レイラの母は眉一つ動かすことなく続けた。


「学園から連絡がありました。事件は解決したので当初の日程通り始業するそうです。予定通り明日、学園へ発ちなさい。」

「は・・・はい、わかりました。あの、お母様。」

「・・・何か?」

「あ・・・はい、少々汗をかきましたので浴場へ・・・」


 三人を一瞥すると

「そう、それが良いですね。シーツも忘れずに替えておきなさい。」

「はい。そうします。」

「それだけです。では、今日は早くお休みなさい。」

「はい、お休みなさいませお母様。」


 なんとか誤魔化せた・・・多分。

 へたな運動より汗をかいたのではないだろうか。いや、これは冷や汗か。結果的に汗を流さないと気持ち悪くて寝られない身体になってしまった。

「はぁ・・・行きましょう、とにかくこのべたべたをさっぱりさせたいわ。」

「はい、レイラ様♡」

「えいら~。」


「・・・何?ステラ。」

「いいえ、なんでもありませんレイラ様♡」


 いつも傍に居て助けてくれるステラが違った近さに感じられて、このまま浴場へ行って大丈夫なのだろうか。


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