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 私は隣にいるゴブリンに声を潜めて話しかけた。

「ねえ、ゴブリン。お前は私にこの様子を見せたかったのね?自分の群れの仲間たちが狂っているのを何とかしたかったのね?」

 奴はこくりと頷いた。当初にあった警戒心はもう無い。


「そうね、これは異常。仲間内では温和なゴブリンが狂ったように攻撃性を剥き出しにしているなんて。他の仲間達もそうなの?」

 ゴブリンはまたこくりと頷いた。その目はどことなく心配そうな、悲し気な顔をしている。やはり社会性動物には表情があるらしい。

「分かったわ。それなら取り合えず調査をしましょう。……でも、冒険者ギルドに任せるのは良くないか。人間側はきっと危険な魔物を討伐する事しか考えないでしょうから。」

 ゴブリンの目が少し輝いた。纏う魔力は不穏なれど、やはり生き物、尊い。


 さて、どうやって調べようか。

 一番簡単な方法は冒険者ギルドに報告してしまう事だ。わざわざ私が調べなくとも、魔物の活性化とあれば冒険者たちがこぞって調べに行くだろう。

 序に貴重な情報の対価として謝礼金が貰えるに違いない。私がただの人間ならば、きっとこの方法を選んだだろう。


 しかし、その後が問題だ。

 ゴブリンが活性化して危険という情報を聞けば、人間達はゴブリンを排除しに動くだろう。ギルド内で危険なゴブリンの討伐依頼が溢れ、全員殺されて終わりだ。

 私は、それを良しとしない。

 一時的に人間社会に身を寄せているから人間寄りの活動をしているだけで、本来ならばどの種に対しても平等に、利他的に振る舞うべき立場。それが聖龍(わたし)だ。


 手間を考えるなら、関わるべきではないだろう。恐らくこの問題は私一人で簡単に解決できるようなものではない。

 しかし、困っている生き物を目の前にして切り捨てることはできない。人間にとっては害獣を殺せば済む問題であるが、この世界全体で見ればゴブリンも尊い命の1つ。

 聖龍の博愛心は強すぎる。元人間の私には理解しがたい程に。


 私はそっとその場をゴブリンと離れ、ある程度巣穴から距離を取った。

 ここなら普通に話しても大丈夫。

「ゴブリン、詳しく教えてくれる?例えばいつこうなり始めたのかとか、他の魔物がどんな様子か、とか。」


 それを聞き、ゴブリンはジェスチャーで頑張って伝えようとし始めた。手を大きく振り、足をバタバタとさせている。

 最初は全く分からなかった。多分ゴブリンと私の感覚はかなり違うらしい。

 仕方ない、1つずつ聞いていくしかない。


「ゴブリン、今のよく分からなかった。太陽が一周する?ああ、一日がそれってこと?」

「なるほど、それが貴方達にとって時間を表す単位なのね。それで、それが何個分?」

「怪物?お化け?ああ、魔物の事ね。自分よりも……強い?合ってる?」

 それでも、時間をかけてじっくり学んでいくと、段々分かってきた。

 ゴブリンと心が通じ合ってきたのだろうか、若干彼のジェスチャーを拾うのが早くなってきた。今では細やかな表情の変化も分かるし、彼が時折発する鳴き声も多少は聞き分けられる。

 こんな短時間で、ここまで理解できるようになるなんて自分でもびっくりだ。これも聖龍故だろうか。


 取り合えず、分かったことをまとめよう。

 まず、こうなったきっかけについては、「分からない」らしい。集団で変なものを食べたとか、外敵に攻撃を受けたとか、そういった自覚はない。 

 ただ、時間経過とともに狂暴化していった。彼ら目線で分かることはそれだけ。


 この群れでは、数か月程前から温和な性格のゴブリンがイライラしやすくなり、些細な原因で喧嘩が勃発したりと変化が起きていた。

 喧嘩もイライラすることも感情を持つゴブリンには珍しい事じゃない。ただ、その頻度が少し多かったくらいだ。

 だが、それは次第にエスカレートし、ここ1週間で特に酷くなった。仲間内で大けがを負うほどの喧嘩が起きたり、弱い子ゴブリンを群れの外へ追い出したり、挙句の果てには仲間殺しが発生した。


 私がついこの間出会ったゴブリンはそんな以上が起きてなかったことを話してみたら、ゴブリンは首を振った。

 どうやら現在森の浅い場所に出てくる個体は、狂った仲間達から逃れてきた者達らしい。彼もその一匹(ひとり)だと言う。


 また、この事象はゴブリンだけのものではないようだ。強い魔物であればあるほどこの傾向は増し、早い段階で狂い始めたとのこと。

 この群れが住む場所は森の浅い場所であるが、より上位の魔物は森の奥深くに住んでいる。以前うっかり獲物を取りに森の奥の方まで出かけたら、中位魔物である『影狼』のはぐれ個体と出会い、酷く攻撃されたようだ。

 影狼は本来群れで暮らす狼の魔物であるが、はぐれ個体は群れから追い出された弱い個体。気も弱く、ゴブリンが相手でも威嚇以上の行動はしないはず。それが、まるで荒れ狂ったように牙を剥き出し、襲い掛かってきたと言うではないか。


 更に、最近森の中では動物や魔物の死体が沢山転がっている。ゴブリンは上位魔物が狩りをした後の死体を漁ることも多いが、ここ数日は特に死体が多い。群れを出ても食うに困ることはないが、いつ自分が死体に変えられるか想像したらたまったもんじゃない。


「それは確かに怖いかも……あれ、スライムは?」

 ふとスライムの事を思い出し、後ろを振り返ってみる。

 スライムはきちんとついてきているようで、ぽよぽよと周期的な変化を繰り返しながらもじっとしている。どう考えても狂暴化していない。


 ゴブリンによると、スライムは特に狂暴化していないらしい。狂暴化しているにも拘らず気づいていない可能性もあるが。

 スライムはゴブリンよりも知能が低く、力も弱い。食物も魔力を持つ鉱石や白骨化した死体、枯れ木等何でも食べる。それが狂暴化していないことに何か関係があるのか?


「色々教えてくれてありがとう、ゴブリン。お前は大丈夫なの?」

 ゴブリンは首を少し傾げ、やや考えた後に頷いた。少しイライラする事はあるようだが、まだ正常範囲内らしい。

「そう。じゃあ、貴方が狂う前にこの問題を解決しないとね。と言ってもね、うーん、さっぱり分からないのよね。」

 私はこの世界の情勢に疎い。普通の人間、何ならゴブリンの方が今の世界についてよく知っているくらいには。


 だが、一度受けると言ってしまった手前、やることはやらねば。

「よし、このままじゃ何も分からない。何かを分かるには、調べないとね。」



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