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「ミストちゃん、お疲れ様!どうだった?森まで出かけるのは初めてだったでしょう?魔物には会わなかった?肉食性の魔物は滅多にいないとはいえ、油断すると危ないわよ。」

「ゴブリンに合って襲われかけました。」

 そういうと受付嬢の顔色がさっと青くなった。


「ゴブリンに!?大丈夫だった?見たところ怪我はしていないようだけど……」

「大丈夫です、急いで逃げてきたので。荷物は迷いましたが、抱えたままで大丈夫でした。」

「そう……無事で本当に良かったわ。それじゃあ確認するから、採取したものと測定結果の用紙をお願い。道具も返却してね。」


 受付嬢に諸々を渡した後、どっと疲れが来たので近くのベンチに座った。薄い布がかけられているだけの硬い石造りのベンチは快適とは言いがたいが、休めるだけありがたい。

 久しぶりに浮遊能力を切って、地に足をつけて座っていると、突然、ひんやりとした冷気が頬に触れた。

 驚いて跳ね上がると、隣にはいつの間にかシースがいて、冷たいジュースを手に笑っていた。


「おう、Eランクおめでとう。これは昇格祝いだ。」

「びっくりした、ありがとうございます。昇格と言っても、勝手に上がっただけで何もしていませんよ。」

「それでもいいんだ、幼い子がここまで1人で生きてこれただけでも十分なんだから。」

 初めて出会った時から、彼は私に随分優しい。


 森の中で何もない森の中で目覚めた私を目ざとく見つけて真っ先に保護してくれたし、その後も私を孤児院に送るか里親探しをするか迷っていた。

 結局私自身が断って自分の力で生きていくと言った時は酷く反対されたが、結局冒険者という1つの道筋を提示してくれた。

「シースさんは優しいですね。別に親でもないんだから、ほっといても問題ないでしょうに。」

「そりゃあお前と俺は他人同士だから、お前にとってはどうでもいいことかもしれないけれどよ。それでも子供が困っていたら助けたくなるのが大人ってもんだ。……恥ずかしい話、この年になっても嫁も子もいないもんだからさ、例え他人の子でも優しくしてやりたいんだ。」


 照れ隠しにガハハと豪快に笑った彼は、私の肩をポンポン叩いた。ごつごつした肉刺の多い、冒険者の手だ。

 彼の見た目は30代前半程度、確かにこの年代で結婚していないのは晩婚社会でもない限り珍しい方だろう。

 寧ろこの世界は前世よりも比較的前時代的というか、価値観が若干近世に近いところがある。男は結婚して家族を養ってようやく一人前であるし、女の幸せは家庭で生きる事。

 そんな中彼が未だ独身であることは、彼にとって若干の恥であるのかもしれない。


「私は気にかけてくれるだけでも有難いですから。実際私がこうやって冒険者として生きていけるのは貴方のおかげですし。」

「そう言ってくれて嬉しいよ。でも、まあ、子供は大人の事情なんて気にせず自分の人生に集中してくれればいいさ。あ、そうだ。」


 シースはぐるりと酒場内を一周見渡し、ある一点を指差した。私もつられてその方向を見ると、そこには依頼掲示板とは別の場所に、いくつもの貼り紙があった。

「お前、パーティーに参加する気はないか?」


「パーティー?」

「そうだ、知ってるだろ?一人で動くよりも複数で動いた方が圧倒的に効率よく、安全だ。」

 掲示板に貼られている募集数は少なく、頻繁に更新されている様子もない。つまり、自分に合った仲間を見つけるのは、案外骨の折れる作業なのだろう。


「そうは言っても、私、戦えませんよ?パーティーって基本的に魔物と戦闘する冒険者が組むものじゃないですか。戦闘ができない採取者が集まっても取り分を巡って揉めるだけだし、戦える人は、私よりもっと役立つ仲間を見つけられます。」

「そうだな、実際その通りだ。戦闘経験者が敢えて採取をすることは殆どないし、あっても魔物討伐のついで程度だ。そんな中お前の様な採取メインの奴を連れていく理由はない。……それでも、採取報酬の一部を渡せば一緒に行動してもらうことはできる。武器も持たずに1人で採取するよりもずっと安全だ。」

「どうしてそこまでして私にパーティーを組ませたいのですか?」

 純粋な疑問を彼にぶつけると、シースは少し顔を曇らせ、視線を落とした。


「……いいか、冒険者ってのはな、危険と隣り合わせの仕事なんだ。俺の友人も何人死んだか分からない。幸い死ななかった奴も、もう二度と戦えない身体になってしまった。そういう環境下で上手くやっていくにはな、何よりも安全に気を配ることだ。お前、今日ゴブリンに襲われたとそこで話してたのを聞いた時、俺がどれだけ驚いたか分かるか?」

「分からない。でも、我が身のように心配してくれていることはわかるし、それがどれだけ有難い事かも実感しているつもりです。」

「そうだな、お前は賢い子だ。それでも、死ぬリスクってのは常に隣り合わせにあるもんだ。稼ぎが減る事が嫌なのは理解できるし、今までも自分だけでやれてきたってのは分かる。それでも、今後の安全を考えて、俺に口出しする権利をくれないか。」

 彼は私と目線を合わせた。まっすぐな目だ。彼は本気で心配してくれている。拾っただけの他人である私の命を、本気で案じてくれているのだ。

 きっと彼は沢山の身近な死を見てきた。家族を持たないことも、もしかしたらそれが原因だったりするのだろうか。


 そうか、私は自分自身の死というものに随分疎いのかもしれない。

「そうですね、確かに命あっての冒険ですもんね。」

「そうだろう。だから……」

「ただ、パーティーに入るのは少し考えさせてください。どうしてもよく考えたいんです。安全性の為に、杖とローブはちゃんと買いましたから。」

 そういってローブの下に隠し持っていた杖をちらりとシースの目の前に持ってきた。


「杖?お前、魔法が使えるのか?」

「ええ、簡単なものなら。」

 そう言い、指の先にちらりと小さな炎をともした。この程度なら造作もない。

 しかし、シースは口をあんぐりと開け、つかつかとこちらに詰め寄った。


「お前、いつの間に魔法なんて習ったんだ。魔法なんて基礎理論から実践まで魔法使いに弟子入りして覚えるもんじゃないか。記憶喪失の子供がほいほい使えていいもんじゃないぞ。」

「え、そうなの?」

 思わず素で聞き返してしまった。しまった、周囲に魔法を使えそうな冒険者達が沢山居たから知らなかった。


 しかし、おかしいな。

 私が眠りにつく前の世界では、人間は魔法理論をわざわざ学ばなくとも自由に魔法を使えていたはず。それこそ子供のお遊びに使う位には。

「魔法ってそんなに珍しいもの?何故使えるかは覚えていないのですが。」

「そりゃあお前、剣も盾もきちんと使い方を学んで練習しなければ使えないことは分かるだろう?魔法は剣や盾を使うよりも難しいんだ。魔法を使えるならばそれだけで価値が高い。」

「でも、冒険者ギルドには杖を持っている人たちが沢山居るでしょう?魔法使いや僧侶はゴロゴロいるじゃないですか。」

「魔法を使える者達の付く職業は決まっているからな。上流階層の労働を必要としない人間以外であれば、魔法使いの行く先は冒険者しかない。僧侶だって同じことだ。その結果として、冒険者ギルドでは魔法を使える人の人口が極端に高まっているだけだ。」


 シースは複雑そうな表情だ。

 きっと私の過去に勝手な想像でもしているのだろう。

「まあ経緯はともかく、私はこのように魔法を使えるので、魔法杖を持っておこうと思ったんですよ。そんな大した魔法は使えませんが、弱い魔物なら追い払う位ならなんとかなりそうですから。」

 半分嘘で、半分本当だ。

 聖龍は魔法の扱いに長けているが、生き物を殺すことはできない。


「そうか……それならいい。お前は俺が思ったよりも、ずっと強かなんだな。お金はあるか?」

「まあ、何とか。その日暮らしではありますが。」

「わかった。もしお金に困ったら俺に言えよ。食事代位なら肩代わりしてやるから。」

「お気遣いありがとうございます。」


 シースは今日の夕飯も奢ってくれるつもりだったらしいが、私は断った。

 もう既に食べたから、という理由だ。完全に嘘だ。私はご飯を食べなくても生きていけるから、贅沢以外で食べる理由がない。

 それでもシースは引き下がらなかった。ご飯を既に食べたのなら、と私に現金を手渡ししてきた。

 大人なら1食分、子供なら2食分にはなりそうな程度の金額だ。それを無理矢理私の手の中にねじ込むと、シースは1人で酒場のカウンター席へと行ってしまった。

 まあ、貰える物なら有難く頂戴しておこう。彼には感謝が絶えない。



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