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 この世界の覇権は人間が握っている訳じゃない。

 街と街を渡す道は当然コンクリートで覆われている訳もなく、舗装されていても石や土で固められた程度。森や山に囲まれた地形では、護衛が無ければ近くに潜む魔物に襲われる可能性だってある。

 そんな世界だからこそ、冒険者という荒くれ者の仕事が成り立つ訳で、身寄りのない私でも金銭を得られるのだ。


 今私がいるシルハの森も立派な危険地帯の1つ。ゴブリンやスライム等の弱い魔物とは言え、襲われれば命の危険がある。故に、冒険者や兵士以外の一般人が足を踏み入れることは無い。

 逆に言えば、冒険者にとっては独占できる手頃な狩場だ。モンスター素材や採集素材の宝庫と言ってもいい。


 昨日、私はギルドの推薦鍛冶屋に行き、一番安い杖とローブを買った。杖は枯れ木と石を組み合わせた簡素なもので、ローブも綿製に魔力を織り込んだもの。

 なんてことはない、初心者用の装備だ。

 冒険者ランクがC以上の一流冒険者は自前の素材を使用してオーダーメイドの武器を持つのが鉄則らしいが、D以下は店売りを買った方がコストが桁違いに安い。

 私の様に素材を取ってこれない人間は、当然店で買う以外の選択肢などなかった。


「木の実って書いてあるから上の方かなあ。」

 ふわふわと宙に浮きながらメモにあるような木の実を探す。やはりこういう時浮遊は便利だ。ぶっちゃけ歩くよりもずっと浮いたまま移動する方が余程楽な位。

 成長期だから、腰回りでたくし上げるから大丈夫だなんだと偽って、足元をすっぽり隠すほど長いローブにしてもらったのもこの為だ。

 このローブは裾が足元を隠してくれるから、街中でも不自然に浮いて見えることはない。

 わざわざ足を動かして歩く振りもしなくていい。お金を出して買った甲斐があったというものだ。


「あ、これかな?」

 すれ違いざまに橙色の綺麗な実が見え、その場に立ち止まった。依頼書に描かれた絵を見てもそっくりそのまま、きっとこれが依頼品だ。

 想像していたよりも随分大きい。背中の籠に詰めていくと、すぐに満杯になってしまう。これは何か策を考えないと同時に幾つも持ち運ぶのは難しそうだ。

 試しに幾つか抱えてみたけれど、中々に重い。浮遊能力が無ければ余計に大変だっただろう。

 それでも癒しの実をコツコツ集めるより、この実を数個持って行った方が利益が出る。変に恐れず、冒険者ランクを上げて良かった。


 植生調査の方も順調だ。

 調査プロットとなる一定の面積を紐で囲み、その中の植物を種ごとに数えていく。数え終わったらランダムな別の場所へ移動し、先ほどと同様に紐で囲って植物を数える。

 これを繰り返していくと、この森にどの植物がどれ程存在しているかを推定できる。前世の世界でもよくあった基本的な手法だ。

 最もこの森はかなり大きいから、調査できるのは街に近いエリアだけ。それでも森の様子を継続して調べていくことは、近くの街の安全性や素材の採取量に関わる重要な仕事である。それ故か報酬も美味しい。


 紐を上手く張るのがちょっと難しいが、何回も繰り返していたら流石に手慣れてきた。街のすぐ隣の草原では見かけないような植物も多くて、メモしていくだけでも楽しい。

 またこの依頼が出ていたら優先して請け負おう。普通の冒険者は興味もないだろうから、私が受注すれば依頼人も私もギルドも皆ハッピーだ。


 測定に夢中になるあまり、いつの間にか日が暮れ始めている事に気づかなかった。

 落ちた影の長さに驚いて上を向けば、青かった空に赤みがかかり、カラスの様な鳥の魔物がガアガアと鳴いている。そろそろ帰って報告しないと、受付が閉まってしまう。

 急いで測定道具を回収し、ベルトについた腰袋に適当に突っ込んでいく。中で絡まるだろうけど、綺麗に畳むのはギルドに帰ってからでいい。

 太陽が沈んだ後は危険な魔物が活発に動き出す。できれば戦闘は避けたいところ。


 しかし、こういう時に限って起こって欲しくない事が起こるものだ。

 後ろでガサガサと物音がした。早く帰らなきゃと焦って探知を疎かにしてしまったことを後悔するが、もう遅い。


 すぐ後ろの藪の影から、緑肌の生き物が足音と共に現れた。背丈は低く、私より1回り小さい。

 ぎょろりと歪んだ目は私を見据え、棍棒を握りしめた手が振り上げられている。

 ギギ、と時々鳴き声を上げては私に小さな牙を見せるように口角を吊り上げている。


 この森に生息する低級の魔物、ゴブリンだ。



 ゴブリンは笑っている。ギギギと嫌な声を上げながらこちらに近づいてくる。

 嫌なオーラを纏っている。あれが魔物特有の魔力、そして魂か。普通の動物や人とは相容れぬ存在であることが一目見て分かる。私が天界に居た頃はあんな生き物いなかったのに。

 きっと、弱そうな獲物を見つけて喜んでいるのだろう。ゴブリンは雑食性だが、人肉を求めて人を襲うことはほぼない。どちらかといえば、人間の持っている荷物が目的だ。

 今の私は狩り易そうな人間の子供。武器も持っていないから反撃されるリスクも少ない。その上、私の背中には美味しそうな木の実が幾つも詰まっている。此奴はそれに目を付けたのだろう。


 ゴブリンは知能が低い魔物だと言われているが、それはあくまで他の魔物と比べての事。他の仲間とコミュニケーションを取り、棍棒という道具を扱うことを考えれば、大抵の動物よりは余程賢い。

 今だって、私が街へと逃げないように先回りして、私を森側へ追いつめるように威嚇している。その割に直ぐ襲ってこないのは、体格差を危険視しているから。人間よりも小柄な上魔法も得意でないゴブリンは、仲間と連携して狩りを行う。単体で無謀に襲い掛かるほど馬鹿な生き物じゃない。

 早めにこの個体を対処しなければ、鳴き声で仲間を呼ばれてしまうだろう。それは面倒だ。


 一応魔物対策講座でもゴブリンの対処法は学んだ。

 普通の冒険者であれば難なく倒せる程度の魔物であり、ゴブリン側も普通の冒険者相手には勝てないと分かっているので襲われることもそれほど多くない。

 ただし、戦闘が全くできない冒険者の場合は、その場で荷物を放り投げて逃げることを推奨されている。本来ならば私もそうすべきだろう。

 けれど、もし投げ捨ててしまえば依頼達成できずにお金も貯まらない。それは嫌なので、できれば正面突破したい。


 私はゴブリンと目を合わせた。一体だけならまだ楽だ。

 ゴブリンは警戒している。私が怯えも戦いもせず、ただ静かに見ているだけだから。

「ゴブリン、私は今忙しいの。そこをどいて。」

 私はゴブリンに話しかけた。正確には、ゴブリンの魂に対して、だ。


 その瞬間、ゴブリンの魂がうねった。嫌がっている、いや混乱しているのかもしれない。

 ゴブリンは笑みを消し、苦しそうな表情を浮かべた。頭を抱え、呻き声を上げてその場に倒れ込んだ。魂を揺さぶられれば無理もない。

 ただ、それでも私に従うつもりはないらしい。獲物から敵へと認識を改め、すぐに起き上がって私を睨みつけた。


「やっぱり魔物相手だとダメなのかな。」

 魔物は天界が奪われてから生まれた生き物だから、私の『お願い』が効かないのかもしれない。普通の犬や猫は通じていたから行けると思ったんだけど。

 或いは、魔物には聖龍の強制力が働かないだけか。私の意思自体は通じていそうだから、頑張れば対話できそうなものだ。

 だってほら、意味不明の苦しみを味わったはずのゴブリンが、さっきよりも道をしっかり塞いで通せんぼしたがっている。


「ギギ、グギギ!」

 普通痛みを味わった生き物は一旦引き下がるか、より攻撃的になる。

 しかし、このゴブリンはまるで私が道を通りたがっているのを知っているかのように、逃がさないよう必死だ。私の『帰りたい』という意思は伝わっている。

 ただ、その願いを叶えさせる気はないらしい。


 仕方ない、もう少し粘ろう。

 空を見上げると、もう大分日が落ちて、もう直ぐ夜になるだろう。空には既にフクロウ型の魔物が徘徊しており、無理に空に飛び立ったら今度はあいつらに襲われそうだ。

 だから、あのゴブリンを何とか戦意喪失させて帰って貰うしかない。


 私には武器が無い。一方で相手のゴブリンは手にした棍棒をブンブン振り回している。小さな体格と比べると、あの棍棒はかなり大きく見える。木材を選んでいるのだろうか、密度も高そうだ。

 そうだ、あの棍棒を利用してやればいい。


「ギギ!……ギ?ギギギ?」

 ゴブリンが混乱している。それはそうだろう、高々と掲げた手の中から突然棍棒が消え去ったのだから。

 しかし、何も跡形もなく消え去った訳じゃ無い。その棍棒は、今彼の丁度頭上に浮いている。何も浮遊能力は自分に掛けるだけの力じゃない。他の物を浮かせることだってできるのだ。

 数メートル程棍棒はふわふわと宙に浮きあがり、そのまま戸惑うゴブリンの頭の上に思い切り落としてやった。


「ギャッ!」

 潰された蛙にも似た声を上げながら、ゴブリンは額を抑えて地面に転がった。相当痛かったのだろう。自由落下どころか加速度を余計につけて落としたから当然かもしれない。

 それでも、この程度で死ぬほど弱くはないらしい。悶絶しながらも体を丸めてブルブルと震えている。


 今のうちだ。倒れ込んでいるゴブリンを横目に、隣を通り抜けて街の方へと急ぐ。ゴブリンの目が一瞬こちらを向いたが、すぐに逸らされた。もう諦めたらしい。

 地面を滑るように高速で移動し、街へと一目散に駆け抜けていく。ここから街に帰るにはそれなりに時間がかかる。

 早く帰って報告しないと、この大きな木の実を抱えたまま夜を過ごすことになってしまう。新鮮じゃないと高く買い取ってもらえないから、金銭的に大打撃だ。

 まだ大丈夫だろうが、この時間は受付が大分混んでいるはず。万一混み過ぎて続きは明日ね、なんて言われたら困る。


「すみません、通してください!」

 急いで街を囲む石壁の門番に声を掛け、冒険者証を見せつける。

「ああ、冒険者か。そんなに慌てなくても、まだギルドは閉じないぞ。意外と夜遅くまでやっているからな。それに、今日は緊急依頼もないだろうから混んでいないだろう。それより、街中で走り回って怪我するなよ?」

 優しい男性の門番は冒険者証を確認次第すぐに返してくれた。まだ日が完全に落ちてからそこまで時間は経っていないのか、それは良かった。

 時計を持ち歩いていないから正確な時間がよく分かっていなかった。今後は遠出する機会も増えるだろうし、購入しておくか。


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