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私はじっとリリカの目を見つめた。ただ黙って、何も答えずに。
リリカもまた、私をじっと見つめた。
そのまま互いが互いの目を見つめ続け、静寂の時が流れる。換気扇が部屋の裏で回る音が嫌と言う程に良く聞こえてくる。
それでも、私は口を開かなかった。肯定でも否定でもない、全くの無言。
それが何を意味するのか、リリカは何と読み取るのか。
「……いいわ、貴方にエルフの里について教えてあげる。貴方には貴方の事情があるらしいから。でも、これだけは教えて。」
「何でしょうか。」
「貴方は、エルフの味方?それとも人の味方?」
疑念と警戒。
その瞳に映るのは、苦しみに溺れた憎しみ。
なぜ、こんな質問をするのか。それは、少なくともリリカにとって、エルフと人間は敵対している概念だから。
返答次第では、リリカは私の事を敵とみなすだろう。
「……どちらでもありません。ただ、私は私です。」
リリカは応えない。
「受けた恩を返すことに、どちらの味方なんて気にする必要がありますか?恩には恩を、仇には仇を、そう思うのは自然な事でしょう?」
「では、精霊に恩を受けた貴方は精霊の味方だという事?」
「そうとも限りません。私はお礼を言いたいだけですから。お礼を言って、精霊に『貴方のお陰でこんなにも強くなれました』と己の成長を見せに行きたいのです。その後に人とエルフが争い、そこに精霊が干渉したとしても、それは私には関係のない事です。」
「意味わかんない。普通は恩を受けた方に味方するものじゃないの?」
「私はあくまで中立です。争いごとは嫌いなんです。例えエルフに恩を受けたからと言って、エルフの敵である人を憎んでも仕方がないでしょう?」
「……なるほどね。」
成程、と言いながらもリリカはまだモヤモヤしているのか、余り晴れた表情ではない。
「まあ、いいわ。それに、私だって貴方に恩があるもの。恩は恩で返さないとね。いい、良く聞きなさい。エルフの里はここの町からずっと北の方にあるわ。」
リリカはいつもの冒険者用鞄の中から地図を取り出すと、机の上に豪快に広げた。
「これ、この辺の地図。私達がいるチャリゼはここで、私が来たのはこの方向。でも、この地図にも載っていない程遠くの場所。そこにエルフの里はあるはず。……本当に遠くよ。幼い時に旅した記憶しかないから、具体的な距離は分からないけれど。」
「その方向に行けば、いつかは見つかるという事ですか?」
私の疑問に、リリカは首を振った。
「いいえ、ただ歩いても見つからない。エルフの里に入るには、それなりの資格が必要になるの。」
「資格?」
「ええそうよ、母がそう言っていたもの。でも、その資格が具体的に何を指しているのかは分からないわ。そこは勘弁して、自分で調べて頂戴。」
「どうやったら調べられますか?」
「さあ、普通の人間は知らないでしょうし、私の様な半エルフだって知らないと思うわ。だって、知っていたら奴らは生かして帰さないでしょうから。」
奴等、とはエルフの事。その言い方には、エルフへの激しい感情が含まれている事が容易に察せられた。
「そう言う奴らなのよ。冷酷で、残虐で、排他的で。だから、私は二度とあんな奴らには会いたいと思わない。そんな奴らが信仰している精霊とやらにもね。……そもそもこの世界には天から見守ってくださる天使様たちが居るのに、どうしてエルフは精霊を信仰するのかしら?」
「……どうしてでしょうね。」
「まあ、どうでもいいか。兎に角、詳しい事は何にも分からないし、誰が知っているのかも知らない。ただ、エルフの里を目指すのなら気を付けなさいってことね。」
私は静かに頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「……詳しくは聞かないし、貴方の事を他の人に言うつもりも無いわ。私の事も内緒にしてくれるならね。」
「勿論です。」
収穫はあった。
エルフの里に行けるかは分からない。ただ、エルフの事情については何となく分かった。
精霊の手掛かりを掴めるのなら、行く以外の選択肢はない。
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「さて、町を出るわよ。」
『うん、次はどこへ行くの?』
「ここから北の方。……あ、北の方には王都があるのね。じゃあ、王都に行こうかしら。」
『……目的地、決まっているんじゃないの?』
「北の方には行くんだけれどね、その前に情報集めしなきゃいけないのよ。長旅になるでしょうし、準備もしないと。」
まだ何も決まっていない。恐ろしいほどに決まっていない。
何となく北の方角に行けばエルフの里がある、だがエルフの里への入り方が分からない。リリカ曰く、資格無き者は里の姿を見る事すら叶わないのだと言う。
そして、恐らくその資格とは、普通の人間には手に入らないものだろう。もし簡単に手に入るようなら、今頃エルフの里に関する知識が人間に知れ渡っているだろうから。
人間にとってエルフとは、殆ど伝説上の存在と化している。それこそ、竜と同じくらい貴重な存在として。
ただ1つ、分かっていることは、幼い頃のリリカはその資格を持っていたということだ。
リリカの口ぶりからして、彼女はエルフの里にいたことがある。いつ頃、どれくらいの期間いたのかは知らない。とっくに追放された身であることも間違いない。
血か生まれの様なものだろうか。それならちょっと自分には厳しいかもしれない。
『ミスト、何悩んでるの?』
「人にはね、悩み事が沢山あるのよ。」
『人じゃないくせにー。』
グリハの頭をぽんぽんと撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。とっくに私の低い身長を越した体格は、一般人から見ればそれなりに恐怖の対象だろう。
王都に一緒に入るのは無理だろうか。何とか服を着せて、鎧を被せたら人だと誤魔化せないだろうか。
「……意外といけるかも?」
『何が?』
肌色以外、特に体格は人とそうそう変わらない。ちょっとごついくらいだから、肌さえ隠せば人に見えないことも無い。
問題は本人が嫌がるかどうかだが。普通に嫌がりそう。一旦やめておこう。
さて、準備はある程度できた。荷物はもともと少ないから、ちょっとばかり道具を揃えただけだけれど。
グリハとミズハのおやつもある。最悪現地調達しよう。
「今まで、ありがとうございました。」
最後には、家主への挨拶を忘れずに。
「え、もう行くのか?」
「はい、お世話になりました。」
アイザは眉尻を下げて、ああ、と頷いた。
「いや、こちらこそ随分と世話になった。というか、その、……すまなかったな、色々巻き込んで。」
「え?」
「ほら、ダンジョンのこととか。いざこざに巻き込んだし、無事に脱出できたとは言え、死ぬ可能性もあっただろう?」
「いえ、冒険者である以上自己責任でついて行きましたし、いざこざに関しても問題ありません。皆さんがまた仲良くできそうなら、それでよかったです。」
「そうか、ありがとうな、そう言ってくれて。俺等はまだ無名で無力な冒険者だが、これからはもっと力を付けていくつもりだ。だから、何かあったら頼ってくれ。困ったら、またこの町に戻ってきてくれれば、できる限りの事はするから。」
「……ありがとうございます。是非、そうさせて頂きます。」
申し出はありがたく受け止めよう。身寄りのない私に、そう言ってくれるだけでも有難いのだから。
別れの挨拶はそう長くなかった。
軽く握手をした後、荷物を背負う。グリハにも幾つか荷物を持ってもらい、ミズハは新しい水筒の中へ。
いつも以上に活気のある町中を通りすがり、分厚い城壁を潜れば、その先は青々しい山脈。
北の方角にも山脈は伸びているから、暫くは山道に世話になるだろう。普通の人間が歩いて乗り越えるのは大変だが、どうせ私は浮くので疲れないし、グリハも体力は人よりあるはずだから、きっと大丈夫。
「さて、行きましょうか。」
柔らかい草を横目に、砂と石の道を進み、私は北へ歩き出した。




