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なだれ込む記憶と共に、私自身の記憶も蘇ってきた。
何もこの地だけではない。
様々な地域で、人々が龍に抗い始めた。龍に抗う技術が生まれたことが原因だった。
確か、天界が襲撃される直前のことだったと思う。結局、この龍が目覚めるよりも先に天界が奪われ、復活の機会は永遠に失われたのだ。
私はきっと、あの戦いをリアルタイムで見ていたはずだ。だが、同時に各地で様々な出来事が重なったせいか、今の今まで思い出せなかった。
あるいは、地上へ墜ちた時に頭でも打ち、記憶が吹き飛んでいたのかもしれない。もし忘れていなければ、この地域のダンジョンに入ることなど、最初からしなかっただろうに。
「多分忘れていること他にもいっぱいあるんだろうな……」
『おい、終わったか?』
「あ、終わりましたよ。」
ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す竜を宥める。相当痛かったらしい。
『心の臓を直接掴まれて引きちぎられたのかと思った。しかし、終わった後は楽になったぞ。』
「そうですか、人を襲いたい気持ちは?」
『ない。燻っていた苛立ちが嘘のようだ。……空はこんなにも青かったんだな。』
妙に清々しそうな顔の竜が、鱗を日の光に輝かせ、楽し気に空を見つめている。
『私は自由だ、何でもできる気がする。』
「ええ、取り敢えずは自由です。何でもできます。ですが、ちょっと頼みがあるのです。」
『何だ、何でも言ってみろ。』
「新しい使命を負う気はありませんか?」
その瞬間、楽し気だった竜の様子が一気に青ざめた。
『は? せっかく解放されたばかりだというのに? また縛り付けろというのか? いくら礼があろうと、到底受けられん!』
「別に、今までのような意味もない衝動ではありませんよ。ちゃんとした使命です。」
『ちゃんとした使命って何だ。』
「達成可能な目的の事です。別に、悪い話ではありませんよ。……貴方、これからどうする気です?」
『どうするも何も……何をしても良いのだろう?』
「ええ。ただ、行きたい場所は? やりたいことは? あるのですか?」
『……うーん、特にはないな。』
「なら、私が指定する場所に住んでみませんか?」
そう提案すると、竜の金色の瞳がこちらに向く。
どうせなら、と思いついた案だ。
この町付近に住むことは不可能だ。直ぐに人がやってくる。ならば先に、私が竜に丁度良い住処を提供してやろう。
「この町をあの方向にずっと進むとですね、また別の小さい町があるんです。」
『ほう。』
「その町の付近には大きな森があります。人はそこを『シルハの森』と呼んでいるのですが、最近どうも調子がおかしくてですね。」
『ほほう。』
「森の深いところまで進むと、地脈と言うものが流れている場所があります。端的に言うと、大地のエネルギーが沢山あつまるところです。そこの監視を、貴方にお願いしたいのです。」
地脈が暴走した原因は、定期メンテナンスを怠ったからだ。
一度は私が抑えたが、今後も抑える者が居なければ同じ結末を辿るだろう。そうなる前に、管理者を宛がわねば。
『地脈を監視する?』
「そうです。」
『地脈をそもそも見たことがないぞ。それに、監視とは具体的に何をすれば良いのだ。何が起こったらどう対応すれば良いのだ?』
「それも大丈夫です、全部教えますから。貴方が了承さえしてくれれば、貴方は一瞬にして地脈を制御するやり方と力を身に着けられます。」
ううん、と竜は唸った。
『それは大変なのか?』
「そんなことはありません。この間調整したばかりですから、余程のことがなければ千年は安泰です。確認も十年に一度で充分。人に気づかれぬ範囲なら自由に飛び回って構いません。」
私は笑みを浮かべて付け加える。
「意外とホワイトな仕事ですよ?」
竜は眉間に皺を寄せ、未だ迷っている様子だった。
『……縛られるのは、もううんざりだ。』
「もちろん、無理にとは言いません。ただ、受けてくれれば私が助かるというだけです。」
『助かる……?』
「ええ。他の龍が滅んだ今、私一人では世界を保てません。少しでも代わりを担ってくれる存在がいれば、それでいいのです。」
竜は静かに目を細める。
『……お前も龍、なのだな。私を助けてくれたのも、その証か。……うむ、悩むところだ。』
「言い方を変えれば、竜であるあなたを龍として雇う――そんな話です。」
『……雇う、か。』
「地脈は本来、生き物が触れて良いものではありませんが、私の許可があれば別です。地脈の操作には膨大な魔力が必要ですから、適任は貴方しかいません。」
しばしの沈黙の後、竜は低く唸った。
『……私でなくてはならぬのか?』
「そうです、今のところは。」
『……分かった。その提案を受けよう。』
「本当ですか? ありがとうございます!」
断られると思っていた私は、嬉しい誤算に思わず声を弾ませた。
「では、やり方を簡単にお伝えしましょう。頭をこちらへ。」
手招きすると、竜は頭に疑問符を浮かべながらも、素直にその顔をこちらに寄せてくれた。
そのまま顔に触れると、手に思い切り魔力を込める。
ミーゼやリリカにやった時と同じ、『伝える力』だ。
かつて精霊が私に地脈の扱い方を教えた時、精霊は自身を犠牲にしなければならなかった。それは、『伝える』という行為が非常に難しい故だ。
が、幸い私は伝えることが得意だ。魔力の受け流しだけでこの伝達は成立する。
恐ろしい魔力量を犠牲にして。
やり方を知るということは、その資格を得るということだ。
魔力の受け流しが行われた時点で、私は竜に使命を与えたことと同義である。
後は、竜が承認してくれればそれでいい。
「竜よ、貴方を地脈の管理者に任命します。」
『……拝命した。』
力の受け流しが終わると、竜は真っすぐ天を見上げた。
暫くそのまま見上げていたかと思えば、重い腰を上げて翼をはためかせた。
『行かなければ。』
使命に駆られた者の目。記憶と衝動に踊らされた哀れな竜ではなく、己の役目を理解した龍の目。
「もう行かれるんです?」
『ああ、やるべきことが分かった。お前には世話になったな。』
大きな翼が上下に動かされ、周囲は風の渦に閉じ込められる。私も踏ん張らなければ飛ばされてしまいそうだ。
『本当に、世話になった。私を衝動から救い出してくれて、新たな役目を与えてくれて、感謝する。』
「いいえ、やるべきことをやったまでです。」
『それと、疑って申し訳なかった。貴方は間違いなく、龍、神の代理であった。力を与えられて、ようやく理解できた。』
「信じて貰えてよかったです。」
竜は少しの間、名残惜しそうにこちらを見下ろした。
その双眸には、かすかな敬意と、別れの寂しさが宿っている。
『……また、いつか。』
「はい。その時はきっと。」
別れは一瞬。凄まじい風が砂ぼこりを立て、視界がふさがれる。
目を瞑って顔を腕で覆ったその刹那、竜の姿は上空へと消え去った。シルハの森へ向かったのだ。
「これで、問題解決か。」
チャリゼの哀れな竜が1匹救えた。ついでに、竜との戦いに巻き込まれて死ぬ予定だった沢山の命が救われた。
それでいい。下らない古代の産物のせいで命を失うのはごめんだ。
「……疲れた、帰ろ。」
この山に入ったことがバレないように、しっかりと隠密を展開していくのを忘れずに。




