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何と答えれば良いか。
私の返答1つでチャリゼの命運が決まると言っても過言でない。
内心冷汗が伝う。答えをきちんと準備してきて良かった。
「段階を追って説明する必要があります。今あなたの身に起きていることは実に複雑であるからです。」
一呼吸。大丈夫、竜はまだ大人しく聞く気でいる。
「まず、貴方は竜です。竜は、龍と呼ばれる古代の存在が分裂した結果生まれた生き物です。」
『龍、とは?』
「強大な、神の様な存在です。貴方よりもずっと強大な存在。しかし、ある時を境にこの世界からいなくなってしまいました。龍の魂は分裂し、地上に降り注ぎました。貴方の魂は、そこから来ているのです、」
納得したような、納得できないような顔。信じていいのか疑っている顔だ。
「貴方の他にも、竜はいます。例えば、この山に存在するダンジョンの中。随分弱っていましたが、確実にあれは貴方と同じ龍から生まれたものです。」
『なぜわかる。』
「私は魂が見えるからです。」
じっと見つめる。見つめる先は竜の目ではなく、竜の魂。他の度の生き物よりも強く輝き、燃えている。
『信じても良いのか……いや、取り敢えずはいい。それで?竜だから、何だと言うのだ。私は何故こんな焦燥感に狩られているのだ?』
「貴方がかつて龍だった頃に、使命を帯びていたからです。この地を守るという使命が。」
私はしゃがむと、土を撫でた。山頂だというのに、草木が根強く生きている。
「龍は、使命を持っています。この地に生きた龍の使命は、この山を守ることです。」
『山を?』
「そう。この山は、この山自体が、龍だったのです。」
かつて天界から見た光景。様々な龍が生きていた、その世界。
その仲には、山となって背中に生き物達を背負っていた龍が居た。
この山は魔力が豊富だ。水や大地どころか、岩のように生き物が関わっていない部分にまで魔力が含まれていた。
しかし、岩が龍の一部だったなら話が別だ。
「龍は巨大です。この山そのものに魂が宿り、この地を繁栄させていた。」
『待て、龍とはそんなに大きいのか?私ですらこの頂を占領することがやっとだと言うのに。』
「そういうものです。神様の代理ですから。」
信じられない、と目を丸くする竜に、再び穏やかな口調で語り掛けた。
「しかし、龍に反する、いや、龍を利用する者が現れた。それが、古代の人間です。」
『人、やはり人間か。』
「今の人間ではありません、かつて地上にいた頃の天使とでもいいましょうか。彼らは、龍の身体のあちこちに穴を開けた。」
『穴?』
「ええ、見えますか?それとも感じられますか?龍の力を押さえつけようとする建造物が、この山の内部に張り巡らされているのを。」
ダンジョン。それは、天使達の建造物。龍の力を抑える素材を活用した、巨大な迷路状の施設。
『……そうか、この不快な気配は山の内部から来ていたのか。』
「古代人達の目的は分かりませんが、とにかく、龍の身体に沢山の建造物を作った。それが、龍の逆鱗に触れたのでしょう。」
この地を守る。その使命に反するものは、排除しなければならない。
穏便な聖龍とは違い、地上の龍達は必要があれば生き物を排除することもあった。
『それで、結局どうなったのだ?古代人達は死んだのか?』
「さあ、どうでしょう。しかし、結果として龍は滅び、肉体だけがこうやって今も残っている。しかし、魂はきれいさっぱり消えたわけではありません。貴方の様な竜として生き残っています。かつての使命を思い出してはこの地を訪れ、人に牙を剥こうとするのです。」
龍の魂は輪廻転生できない。地脈に乗って記憶を失うこともできない。
永遠に地上を彷徨い続ける、哀れな魂だ。その一部が竜として復活し、使命を果たそうと人を襲う。
何と救いのない事か。
『何故、お前はそんなことを知っている。私ですら知らぬことを、お前の様な矮小な存在が、当然の様に語れるのだ。』
当然の疑念だ。だが、隠すことももうない。
「何故なら、私は龍であるからです。」
その言葉に、竜は面食らったような表情で、目を丸くした。暫く私を凝視した後、呆れたような声を絞り出した。
『……お前が?いや、お前の話によれば、龍は強大な存在であろう?お前はどう見たってそんな大きな存在には見えないぞ。』
「龍にも色々といるのです。私は世界一弱い龍なんです。」
『そんな龍いるものか?神の代理だと言っていた癖にか?信用ならんな。』
「役割が違えば、持つ力も違うのです。信用に足るかは分かりませんが、少なくとも、ほら、貴方と言葉を交わせるだけの力はありますよ。」
それはそうだが……と言い淀む竜。まあ、言葉1つで信用してもらえるとは思っていない。
「後々私の正体は証明します。そんなことより、今は貴方のことです。貴方が前世の記憶に引っ張られて地上に飛び出してきてしまったことはこれで理解できました。このまま貴方を放って置けば、貴方は人の町を襲うでしょう。」
『そう……だろうか。そうだろうな。それの何が悪い?』
「貴方、殺されますよ。人は弱くありません。事実、代々この地に来た同種は皆人に殺されました。竜が幾ら強大でも、武器を携えた大群には勝てません。それも、竜の倒し方を言伝で記憶しているような連中ですから。」
『私が死ぬと?死ぬ、か。そうか、確かに同種も死んでいったのだろうな。』
同種の骸を思い出した、とつぶやくと、竜は尾を静かに揺らした。
『……私は、どうすればよいのか。その使命とやらを、果たせばよいのか?感情の赴くままに、人を屠れば良いのか?』
「端的に言います。貴方の使命は、決して果たされることはありません。」
龍は破滅した。
なら、その使命は無くなったも同然だ。
結局のところ、竜たちが抱いている思いは使命ではなく、只の勘違いに過ぎない。
何千年も前の無念を晴らそうと衝動で動いているだけだ。
きっと、竜は他にもたくさんいる。
大抵の竜は、この竜の様に谷底でぼんやりと過ごし、使命を思い出せないまま長い時を生きるのだ。
しかし、たまに使命を思い出した竜がこうして地上へ飛び出し、無念を晴らそうと人を襲う。それが、このチャリゼの竜の正体だ。
『……果たされぬ……?では、私は何のために生まれ、何のために生きているのだ。』
吐き出された声は、深い洞窟の底から響く呻きのように震えていた。
「残酷ですが、貴方が抱いている思いはただの残滓です。使命ではなく、何千年も前に果たせなかった無念が、今もなお魂を蝕んでいるだけ。」
竜の肩が震えた。鋭い爪が大地を抉る。
『ならば、私は……ただの亡霊ではないか。何のために長い時を意味も無く過ごしてきたのか。何のためにこの地へやってきたのか。何のために、人への害意に心を焦がしているのか!』
絶望の咆哮が山頂を揺るがす。空が裂けるような響きの中に、悲嘆と虚無が混じっていた。
その声は力強くもあったが、同時に、永遠に救われぬ魂の嘆きそのものだった。
「だからこそ、解放されるべきなのです。」
竜は深く息を吐いた。吐息は熱風となり、草木を揺らす。
『解放……。それが叶うのなら、どれほど良いか。だが、私には分かっている。衝動は止まらぬ。使命は果たされぬ。待つのは滅びだけだと……』
「滅びを待つことはありません。私が、貴方を開放します。」
『お前が?』
「ええ、私は今日、そのために来たのですから。」
『できる訳がない。そんなこと、』
「できます。まあ、実際にやったことは無いんですがね。やったことはありませんが、やり方は知っています。その資格も持っています。」
『資格?』
「私が龍の中でも、少し特別な存在である事です。先程私は世界一弱い龍と言いました。しかし、弱くともできることはあるのです。それが、仲間を救う事です。」
『そんなことができるのなら、早くやってくれ。』
半信半疑のように竜は笑って私に鼻先を押し付ける。竜の巨大な顔は、鼻の孔だけでも私の頭を軽く吸い込めてしまいそうな程大きい。
「では、失礼します。」
私は手を伸ばし、竜の身体――ではなく、すり抜けて竜の魂にそっと触れた。慣れぬ感覚にびくりと体を引っ込めてしまう。
「身体引っ込めないでください。触れないじゃないですか。」
『いや、お前、何をするのだ。』
「ちょっと魂に触っただけです。言うの忘れていましたが、多分そこそこ痛みますよ。」
『先に言えよ。』
叫ぶ竜を無視し、再び魂へと手を突っ込む。
やってることは粗治療だ。魂に直接触れて、記憶をはぎ取る。
龍の魂に干渉できるのは聖龍の特権。無力な聖龍が龍の頂点に立てる所以だ。
繊細な魔力を操作し、記憶と共鳴する。すると、断片的な記憶が頭の中に流れ込んできた。
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むかし、むかし――
自然とは、戦場であった。
一見のどかな草原も、背後にそびえる山も、すべては数多の命の食らい合い、絶え間なき生存の競い合いの上に成り立っていた。
山を背に宿す龍の役目はただひとつ。その戦場を戦場のままに保つこと、秩序を乱す者あらば正しき姿へ戻すことであった。
ある時、とある生き物が現れた。
それは賢く、器用で、他のどの獣とも違った。己が暮らしやすいように戦場そのものを作り替える知恵を持ち、群れをなし、龍の背にも住みつこうとした。
その者らは己を「人」と呼んだ。
初めは良かった。強き者が生き残るのは自然の理である。
だが、人はやがて龍の力を抑えつけようとした。何ゆえかは分からぬ。ただ、己より強大な存在が在ることに耐えられなかったのかもしれぬ。
人は龍の身に穴を穿ち、その内に住処を築こうとしたのだ。
それは、越えてはならぬ境を越える所業であった。
戦場を司る公正の神の領域に、無断で手を伸ばしたのだから。
龍は幾度も諭した。だが、人は耳を貸さず、嘲るかのように工事を進めた。
怒りに満ちた龍は、大地を揺らし、生息地もろとも彼らを飲み込んだ。実に一瞬のことであった。
だが、人は絶えぬ。直ぐに別の地より新たな群れが来た。
彼らは空を翔ける船を操り、大地に飲み込まれぬように対策を打ってきた。龍はすぐに船を雷で落とし、人は地上に叩きつけられた。
それでも人は諦めなかった。知恵を増し、技を磨き、対策を講じて山々の奥から何度も何度もやってきた。龍はそのたびに力を振るい、彼らを退けた。
何百年もの間、龍の背は人と龍との戦場となった。
やがて緑は枯れ、豊かな自然は荒れ果てた。
そして龍は悟った。
――己が戦うことは、己が使命に背くことだと。
生き物たちが生き物同士で競い合う場こそが戦場である。龍自身が戦場に加わってはならない。
だから龍は眠らねばならぬ。己の力を封じれば、人の造りしものもただの瓦礫となる。
監視は叶わぬ。だが、それでよい。
最も、人の排除を諦めたわけではない。これは、未来に託しただけだ。
いつか人が龍の存在を忘れ、この技術を無くした時、再びこの地を取り戻す為の準備に過ぎなかった。




