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 そろそろ私の事について語っておこう。

 私は前世の記憶を持つ転生者であり、現世ではこの世で最後の聖龍だ。


 転生者と言うのは前世の記憶を持ちながら今世を生きる者達の総称である。

 この世界には「魂」という存在が実在し、輪廻転生もまた公的に認められているため、転生者自体は決して珍しい存在ではない。前世が犬だったりアリだったり、人によってまちまちだ。

 大抵の者は前世の記憶がぼんやりとした断片しか残っておらず、「何となくそんな気がする」程度に留まるのだが、私は違った。前世の記憶が、驚くほどはっきりと残っているのだ。


 しかも、転生前の記憶がどう考えてもこの世界のものではない。

 この世界とは全く別の、地球と呼ばれた星の人生が私の記憶に残っている。魔法や魂が存在するこの世界とは違い、科学によって人類が発展してきた世界だ。

 その中でも私は日本と言う国に住み、ごく一般的な人間として生活していた。毎日灰色の直方体の建物に通い、仕事をこなし、帰って1人寂しく眠る、そんな生活をしていた。

 しかしある時、どういう訳か死んでしまった。死因は覚えちゃいない、病気だったかもしれないし事故だったかもしれない。記憶がそこだけすっぽりと抜けたように空白だ。

 そして死んだと思ったら、この世界での聖龍に転生していた。


 聖龍とは、その名の通り“聖なる龍”。この世界において最も神聖で、神に最も近い存在。

 基本的には天界に棲み、千里眼を使って地上を見守ることを日々の務めとしていた。それはなぜか――いつか訪れる『浄化』に備えるためだ。


 聖龍は、地上の生き物達とは違った特性を持っている。

 たとえば――魂を持つ存在を、殺すことができない。人間も、魔物も、虫も、植物も。魂を持つすべての命は、聖龍にとって愛すべき存在であり、意図的に傷つけることすらできないのだ。

 例え不意にでも命を奪ってしまえば、聖龍は深い苦しみと後悔を抱え、心に大きな傷を負うことになる。それは、私の意思を超えた“本能”のようなものだ。


 加えて、聖龍は基本的に利他的行動を好んで取り、全ての生き物に対して博愛心を持っている。

 前世が人であり、人としての感性を強く有する私とて例外ではない。私の思考が聖龍側に強く引っ張られているせいだ。

 人も、獣も、小さな虫から植物に至るまでを愛している。全てを等しく大切にする。

 聖龍は最も尊い存在だと言われている所以だ。


 そんな聖龍も3000年前に滅び、生き残ったのは私だけ。

 なぜ他の聖龍達が殺されたのか、なぜ私だけが残されたのか。

 そんなことは分からない。だから、知っていくしかない。


 全ては、復讐の為に。


 ---


「……え?ランクアップ?」

「ええ、そうです。」


 教会に行った日の翌日。私は普段通り冒険者ギルドに行って雑用依頼を受けようとしていたところ、受付嬢に声をかけられた。


「ランクって冒険者ランクのことですよね?私、Fランク冒険者になってからまだ2週間ですよ。」

「FランクからEランクへの昇格にかかる時間は、平均して2週間程度。毎日依頼を1つか2つずつこなしていけばそれ位で上がるものよ。中には依頼を放棄してしまったり他の職業に就いて2週間以内にやめていく人たちも居るから、Fランクはそう言った人達を弾くための役割があるの。ミストちゃんは冒険者になってから2週間位、依頼放棄もなくずっと頑張ってきたからEランクに上がる資格は充分にあるわ。」

「でも、わたし戦闘経験とか全くないですよ?武器すら持っていません。」

「Eランク昇格に戦闘経験は必要ないわ。必要なのは冒険者として最低限の信頼と継続、技術だけ。貴方の様な小さい女の子に難易度の高い依頼を勧めるのもなんだけれど、ランクが高くなれば受けられる依頼も増えて稼ぎも良くなると思うの。」


 どうかしら?とちらちらこちらを見る受付嬢。きっとギルドとしては冒険者には早めにランクを上げて欲しいに違いない。単純にギルドの収入は冒険者の稼ぎに依存しているから、早めに高ランクになってもらって高額依頼を回してくれた方が有難いのだろう。

 冒険者ランクは、冒険者としての“格”を示すものだ。ランクが上がれば受注できる依頼の報酬も高くなるし、地位や名声にもつながる。

 ある種の“成り上がり”――夢を掴むための象徴でもある。


「……少し、質問いいですか?ランクが上がると雑用依頼よりも討伐依頼の方が多くなりますよね?魔物の居る森とか山に行って、魔物を倒してくる依頼とか。そういう依頼を受けたくないのですが、大丈夫でしょうか。」

 毎日依頼掲示板を見ていて思ったことだ。実際高ランクの冒険者は殆どが討伐依頼をメインに請け負っており、それ以外の採取や救助を請け負うことは殆どない。冒険者とは、半ば傭兵のような職業なのだ。


「そうね、確かに討伐依頼の需要は高いわ。でも、それをこなせるのはそれなりに経験を積んだ冒険者だけ。そしてEランクになったからといって、Fランク依頼が受けられなくなるわけじゃない。むしろ戦闘が苦手な人や、あなたのように非戦闘スタイルの冒険者には、今まで通りFランク依頼を受けてもらった方が安心だもの。」

 受付嬢はにっこりと私に微笑んだ。この人は私に何かと優しくしてくれる。恐らく年下の女の子である私が心配で堪らないのだろう。


「わかりました、Eランクになります。」

「はい、ありがとうございます。それじゃあこっちで手続きしておくね。今日からあなたはEランク依頼も受注可能だから、ちょっと見てきたらどう?難しそうなら今まで通りFランクの依頼を持ってくればいいから。あ、それと。Eランク以降は魔物と遭遇する可能性が高い以上、何か武器や防具を持っておくことを強くお勧めするわ。持っていないならこのギルドの隣の鍛冶屋で揃える方が絶対いいわよ。」

「そうしてみます。」

「あとは……一般魔物対策講座は受けたっけ?」

「はい、魔物の特徴やその対策方法について学ぶ講座ですよね?受けましたよ。あの森に出現する魔物の対策はしっかり頭に入っています。」


 それじゃあばっちりね、と受付嬢は手でokサインを出してくれた。

 依頼掲示板を見てみると、成程、確かにFランクの時とは打って変わって受けられる依頼がかなり増えた。魔物の討伐依頼が幾つも並ぶ中、魔物が住む森の採集依頼も交じっている。

 魔物と言うのは、ざっくり言うと人でも普通の動物でもない生き物の総称だ。魔力を持ち、攻撃性が高いという特徴を持っている。彼らは人間の生活を脅かす一方で、彼らの身体は素材として人間の役に立っている。

 代表的な魔物を挙げるなら、ゴブリンやスライム、オークだろうか。彼らは私が目覚める前の時代にはいなかったはずだが、ここ3000年で天界の変化に伴って生まれたようだ。


 正直私は魔物狩りをする気はない。

 人も魔物も虫も植物も聖龍から見れば同じく魂を持つ生き物であり、今までだってできる限り殺生をしないように上手くやってきた。

 討伐依頼なんて受けられるはずもない。


 しかし、中には誰も殺さず達成できる依頼もある。

 例えば、この木の実採集の依頼。実と言うのは便利なものだ。寧ろ植物も採って行ってくれと言わんばかりに強調するのだから、有難く受け取れる。一々心を痛めなくていいのは素晴らしい。

 他にも外の地形や植生の調査、街の外で亡くなった人の遺品集めなんてのもある。これならなんとかできそうだ。

 試しに今日は、木の実採取依頼と植生調査を受けてみよう。特に前者は常時受注可能だから、今後の生活基盤になりそうだ。


 私は依頼用紙をはがし、受付嬢の元へと持って行った。


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