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聖龍様の仰せのままに  作者: カルムナ
チャリゼの竜
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 ジズは、元々職人の家に生まれた。

 職人と言っても、その技術や作る品によって暮らしぶりは大きく異なる。貴族に仕える彫金師ならば贅沢もできるが、平民相手に道具を売る鍛冶屋では、日々の生活もままならない。

 ジズの家は、後者だった。


 ジズの父は、武器を制作していた。

 それも高級な武器ではない。Dランク以下の冒険者が振り回すような、安くて脆い剣だ。

 素材は近くで取れる金属類を使用し、量産できるような形をしている。

 同じ武器鍛冶師でも、高ランク冒険者が使うようなオーダーメイドの武器を作れたら、話が変わっただろうに。残念ながら、父はそこまでの技術を有していなかった。


 当然、家計も苦しい。

 子ども二人をなんとか養うのがやっとで、十五を過ぎれば働きに出される。

 ジズは、父の背中に夢を見出せなかった。


 だから、冒険者になった。


 幸い人脈には恵まれていた。幼馴染の子等のうち、冒険者になりたいという者が多くいたからだ。

 幼い頃に家を出て、近所の家で住み込みで小間使いとして働いていたアイザ。

 神殿暮らしだが、たまに抜け出して一緒に遊んでいたミーゼ。

 随分遠くからやってきて、不意にここに定住し始めたリリカ。

 皆事情はそれぞれあれど、仲のいい仲間だった。


 パーティーリーダーはアイザに決まった。

 本人は嫌そうな顔をしていたが、これ以上の適任は居なかった。

 責任感があって、いつも冷静で、他人への指示出しが上手い。完璧主義の性質も、リーダーとして上手く役立っていた。


 冒険者稼業は随分上手く行っていた。

 町中の雑用をこなし、先輩冒険者パーティーに混ぜ入れて貰った。仕事を幅広く手掛ける下級冒険者は、その日暮らしの貧乏人とさして変わらない。

 だが、刺激のある毎日だった。



 ある時、妹が病気になった。

 いや、元々その兆候はあったのかもしれない。だが、見過ごされていた。父は仕事に忙しかったし、母は稼ぎが足りないと近所の宿屋でお手伝いを始めたところだったし、俺は冒険者としての生活を堪能し過ぎて、家に暫く帰っていなかった。

 気づいた時には既に遅かった。妹は高熱で数日間にわたって苦しんだ。


 医者の治療のお陰で熱は下がったものの、根本的な解決には至らなかった。

 病名は忘れた。分かるのは、慢性的な病気で、治療にはお金がかかること。

 両親の稼ぎだけでは足りない。俺が、俺が足りない分を補わないと。


 幸い、冒険者としての実力も軌道に乗り始めていた。ランクはDまで上がり、幼馴染たち同士のパーティーで討伐依頼へ出かけられるようになった。

 いける。このままさらに実力を付けてCランクまで登れば、一流として認められ、その分お金だって……



 その結果が、このザマか。


 扉を開けた時、一人でも大丈夫だと思った。

 魔物は相変わらず丸まったまま寝ており、真っ黒な塊としか認識できなかった。

 拍子抜けしてしまった。部屋に入った瞬間に、こいつが動き出して襲い掛かってくるのではないかと思ったからだ。


 起きてこないならそれに越したことは無い。

 そっと足音を消しながら、広い部屋の中をゆっくりと歩く。中央に陣取る魔物の影を大回りして避け、向かいにある扉を目指す。

 ゆっくり、ゆっくりと。魔物は起きる気配がない。


 なんだ、大丈夫じゃないか。やっぱり、アイザはビビり過ぎだ。

 そう思い、部屋の中央まで来たその時。


 突然、音も無く影が動いた。


 その陰はしゅるりと細長い体を伸ばし、黒い体に着いた黄色い双眸が、一瞬にしてこちらを捉える。

 陰が滑るように移動する。武器を取り出すどころか、その判断を下す暇もない。

 ジズが目の前の存在を受け入れるよりも先に、影はジズの目の前を通り過ぎた。


 人は恐れると、無意識のうちに腕を前に出す。これ以上来るな、近寄るな。その意思表示は、例え腕を犠牲にしてでも、命に関わる胴体部分を守る為の動作だ。

 その腕が切り裂かれたと認識できたのは、自身の鮮やかな体液と肉塊が目の前に飛び散ってからである。


 腕の筋が千切れ、白い骨が覗いている。血が止まらない。頭がくらくらする。

 これをいつも一瞬で治してくれた僧侶は、いない。


 目の前の巨大な魔物が、低い声を出しながら息を吐いた。

 魔物?いや、こいつは魔物じゃない。魔物とは全く別次元の存在。


 長い首に、頑丈な4つ足。ふいに広げられる背中の2つの隆起物は、空を飛ぶ為の器官を起源とするもの。長くしなやかに伸びた尾は、人の腕などいとも簡単に砕く。


 竜。

 そう呼ばれる存在が、目の前に鎮座していた。


 竜はじっとこちらを見据えている。

 その目にある感情が何か、人間程度では理解できない。

 だが、明らかな殺意だけは感じ取れた。


 逃げなければ。どこに?

 奴は一瞬にしてこちらの腕を砕いた。逃げる暇もない。

 戦わねば。どうやって?

 自分はそれほど強くない。そんなこと、自分が一番わかっている。


 竜は蛇のように首をもたげ、こちらの様子を伺っている。

 しかし、やがて取るに足らない相手だと判断したのだろう。

 長い体を捻り、尾をきゅっと丸める。薙ぎ払いの構えだ。


 ああ、ダメだ。

 最初の一撃で腕をダメにしたのだ。2撃目を耐えられるはずがない。

 竜の動きがスローモーションで見える。脳が必死にここから生き残る道を探してフル回転しているのだろう。

 そんなこと、できるはずが無いのに。


 なんて情けない。

 1人で勝手に突っ走って、1人で勝手に死んで。

 何て禄でもない。こうなる位なら、父の仕事を大人しく継いでいれば良かったか。


 置かれていく仲間に申し訳ない。しかし、後悔は先に立たない。

 ギュッと目を瞑る。


 硬いものがぶつかり合う衝撃音が鳴り響く。

 しかし、予想していた衝撃は来なかった。


 そっと目を開けてみれば、目の前には、盾で薙ぎ払いを受け止めたアイザ。

 その横を見れば、他の仲間たちもいた。


 助けに来てくれた。

 数秒してその事実をかみしめ、思わず涙が溢れそうになる。



「おい、竜なんて聞いていないぞ。」

 勇敢に突撃した割に、アイザは震えていた。剣がブルブルと小刻みに揺れ、その構えも若干自身なさげだ。

 他の仲間たちも大して変わらない。息をのみ、相手を凝視している。

 無理もない。


 なんたって、相手は竜である。

 古代より存在していた神の代替の子孫にして、未だに凶悪な存在とされる。軍隊すら手こずると言われる相手に、平凡な冒険者がたった5人で相手できるわけない。そう思っている。


「やっぱりこれ、無理だろ。」

 アイザが諦めモードに入る。ちらちらと後ろの扉を眺め、撤退することを考えているのだろう。

 生憎、全員が全員無事に撤退できるとは限らない。背中を見せた瞬間に誰かは犠牲になる。

 それでも、全員やられるよりはマシだと判断したのかもしれない。アイザは一歩、また一歩と後ずさりをして――


「戦いましょう。」

 ミストははっきりとそう言った。

 彼女は唯一仲間たちの中で幼馴染でない子。幼く、その年は妹とはさほど変わらないはずなのに、どこまでも大人びている。正直、不気味とすら感じられるほどに。

 その彼女が、冷静に目を細めて竜を観察している。その灰色の目には、何が映っているのだろう。


「無茶だ、竜は軍隊すら屠る相手だ。それを我々5人が相手するのは不可能だ。」

 リリカが冷静に、弓を引きながら告げる。その額には汗がにじんでいる。

「大きな体躯、4つ足に翼の跡、長い首に尾。まさに竜の特徴と一致している。こうやって対峙して立っているだけでもやっとだというのに。」

 ミーゼも小さく頷いた。


「いいえ、戦えます。というか、戦わねばならないのです。」

 彼女はじっと目の前の影を見据えた。

「あの竜は、思ったよりも細長い。撤退しても狭いダンジョン内を追いかけてくる可能性があります。それに、何より動きも早い。背を向けて逃げても、必ず追いつかれるでしょう。」

 その言葉に、全員が竜を見る。確かに、その体は思っていたのよりも長い。丸まっていたせいでがっしりした体格だと勘違いしていたが、実際は蛇のような体格だったようだ。

 これだと、狭いダンジョンの通路でも簡単に追いかけてくるだろう。そうなれば、のろまな人類に逃げ場はない。


「やるしかないってことか。」

 リリカが笑った。虚勢だ。でも、ミーゼはその虚勢に乗った。

 ジズに回復を遠距離からかけると、血は止まり、肉は瞬く間に再生した。それだけにとどまらず、彼女はじっと竜を見ている。隙あらば小さな一撃を加えようとでも思っているのだろうか。

 以前はビクビクしていたのに、いつの間にか随分頼もしくなったものだ。


 それを見て、ジズも自分の武器に手を掛けた。

 これは、自分が引き起こしたことだ。ならば、自分がけじめをつけなければ。

 助けに来た仲間にも、示しがつかないだろう。


 アイザは相変わらず震えている。いつものようなリーダーっぽい振舞いはできず、言葉にも詰まっている。

 そんな彼に、思わず言葉を掛けた。

「アイザ、正直悪いと思っている。」

「何がだ。」

「ダンジョンに落ちてからずっと、お前にストレスを掛けさせたことだ。お前、昔から責任感の強い完璧主義だったもんな。」

「今謝られても困る。」

「そうだな、だから。」


 顔が緩む。

「この戦いが終わった後、また謝らせてくれ。」


「……生きて帰れると?」

「そう信じるしかないだろ。」

「相手は竜でも?」

「やるしかないだろう。」

「……そうだな。」


 アイザは息を吸い、吐いた。

 竜は相変わらずこちらを見ている。警戒心が余程強いのか、動く気配がない。


「終わったら、覚えとけよ。」

 アイザの震えが止まった。覚悟を決めた。


 全員が武器を出していることを確認すると、アイザは剣先を竜に向ける。

 竜はこちらの敵意を感じたのだろう、唸り声を上げる。空気が震え、身体が痺れそうになる。だが、逃げ腰になる者は誰もいない。


「全員、構え。」

 その合図は、戦闘開始の合図だった。



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