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 神は世界を作り賜うた。何にも代えがたいこの尊い世界を。


 最初はただ無垢な世界だけが広がっていた。何色にも染まらぬ、純粋な力だけが満ちた世界だった。

 神はそれを良しとしなかった。


 神は最初に魂を作った。全ての生き物の根源となる力の源を。

 魂は永遠で、決して壊れることが無い。神は生き物たちが自分と同じく永遠の存在であることを望んだのだ。

 魂は1つずつ生き物たちへと与えれられ、彼らは神の軌跡と同種の力を手に入れた。それを生き物たちは、『魔法』と呼んだ。


 しかし、生き物は神が思ったよりも脆かった。

 彼らの肉体は永遠とは程遠い。すぐに朽ち果てて腐ってしまう。

 それもそのはずだった。肉体は神の領域ではなく、この世界に元から存在していた土や水を捏ねて作られたものにすぎなかった。

 生きていくには他の生き物を利用、或いは犠牲にして己の姿を成り立たせる続けるしかなかったのだ。

 故に、神は生き物に生死の概念を与えた。死した者の魂を循環させ、新たな命に宿す輪廻転生の仕組みを作った。

 こうすれば生き物は肉体の制限を超えた永遠性を保持できると神は喜んだ。


 次に神は、生き物が生きていくための補助として、龍と精霊を生み出した。

 龍は4つ脚と翼を兼ね備えた強大な肉体を持ち、世界の調律を保っていた。ある者は山となり、ある者は海底に沈み、ある者は空を飛び回っていた。

 精霊は肉体を持たない精神だけの存在で、生き物たちの魂が正しく転生できるように案内役を務めていた。前世に未練のある魂を慰め、忘却させた上で次の人生へと送り出した。

 生き物たちが神の望み通りに生きるには、彼らの助けが必要だったのだ。


 ところで、龍の中にも特別なものがいた。

 彼らは自他共々から『聖龍』と呼ばれていた。一切の色を持たない真っ白な体で、唯一構造色だけが彼らの身体を彩っていた。形こそ他の龍と似ていたが、その美しさは他に比べようもなかったと言う。

 彼らは神に最も近いとされる地『天界』に住まい、地上には干渉せず、ただ静かに世界を見つめていた。


 だがある日、天より一体の聖龍が地上に降り立ち、人の前に現れた。

「貴方がたこそ天界にふさわしい存在です。お連れ致しましょう。どうか、今の聖龍に代わって天を治め下さい。」


 人々は驚いた。

 なぜ聖龍が突然地上に? 天界にふさわしいとはどういう意味なのか? 質問は尽きなかった。

 聖龍は語った。

「私は天より逃れてきた。今の聖龍たちは地上を平定する力も意志も持たない。だが、地上を技術と知恵で治めてきた人間こそが、世界の統率者にふさわしい。だから天へと昇り、代わって支配してほしい。」と。

 しかも、かの龍は天に昇る方法を知っていた。当時高度に科学技術を発展させていた人類でも、到達し得なかった高みに、連れていくというのだ。


 天界はいつでも人類の憧れであった。無限に湧き出る力、永久の命を約束された住人達。

 天界に行くなら今しかない。そう思い、人間達は力を結集して地上から天へと攻め込んだ。

 結果は圧勝だった。聖龍達は碌な抵抗もできずに死んでいったからだ。

 こうして当時の人間は天界を聖龍から奪うことに成功し、地上の支配権を手に入れた。


 当時天に攻め込んだ勇気ある人間達は天使となり、今でも世界を見守っているんだとさ。

 めでたし、めでたし。


 ---


 私は本をパフッと閉じた。

 タイトルに記された『創世記神話』の文字が無駄に装飾されており、その豪華さがまた腹ただしい。その文字を無意識に思いっきり睨みつけてしまった。

 本当は何か怒鳴りつけてやりたかったところだが、生憎ここは教会だ。変な注目を集めたくないから静かにしておこう。


 話は少し前に遡る。

 昨日この世界について知ると息巻いたはいいものの、まずどこから情報を得れば良いか分からなかった。

 取り合えずまずはこの世界の常識について学びたい。そうギルドの受付嬢に聞いてみると、

「教会はいかがでしょう?あそこには色々な本もありますし、分からないことは神父さんやシスターさんが分かりやすく教えてくれますよ。」

 なるほど、ということで、たまたま近くにあった教会に足を運んだわけだ。


 今日は平日。祈りに来る人は少ない。周囲を見回しても、杖をついた老人が数人いるだけ。子供の姿は私以外にない。

 私がきょろきょろと周りを見渡していると、丁度居合わせた神父が話しかけてきてくれた。

 白い髪と髭を薄く生やしたもの穏やかそうな人だ。私が記憶喪失で、この世界について知りたいと言うと、彼は私を歓迎し、そばの本棚からこの本を貸してくれた。

 それで読んでみれば、こんな内容だったわけだ。


 たぶん、私は顔に出ていたのだろう。苦い表情を浮かべていたらしく、神父が少し驚いたように近づいてきた。

「どうしましたか、嫌な事でもありましたか?」

「いいえ、ちょっと内容が難しかったので。分からないことがあったもので、考え込んでしまいました。」

「なるほど、そうかもしれません。貴方の様な孤児が文字を読めるだけでも十分凄い事ですから。何か分からないことがあれば是非私にお聞きくださいね。」

 そう言って神父はにこりと微笑んだ。人当たりのいい顔だ。

 折角だからいくつか質問しておこう。知識は武器だ。この世界の人間がどこまで把握しているのかを知る必要がある。


「じゃあ、いくつか聞きたいことがあります。この物語、凄く詳しいですね。これは本当にあったことなんですか?」

「良い質問ですね。そうです、これは3000年も昔に本当にあったことなんですよ。そしてこの話が詳しいのは、実際に天使様たちから聞いた話をそのまま書いているからなんです。」

「天使様が?今でも天使様はいるんですね?」

「はい、勿論です。天界には今でも天使様たちがいらっしゃいます。私達の生活を見守っていてくださるんですよ。」

 神父は両手を胸に当て、祈りの姿勢を取った。


 そうか、まだあいつらは生きているんだ。それは良かった。

 3000年も経って復讐相手がいなくなったのではないかと心配していたが、どうやらそうでもないらしい。


「次の質問いいですか?結局『聖龍』ってなんだったのでしょうか?」

「それは難しい質問ですね。聖龍についての実態は現在でもよく分かっておりません。かの天使様方も当時から聖龍については謎が多いと仰っておりました。他の龍達が地上を支配している中、聖龍だけは地上に姿を現さずただ天界に住むため情報が無く、唯一降りてきた聖龍も決して多くを語らなかったそうです。」

「そうなんですね。知ろうとはしなかったのでしょうか。」

「……それはわかりません。天使様方のお気持ちを推察するなど、恐れ多いことです。或いは何か知った上で我々には告げていないのかもしれませんが、いずれにせよ我々の知らぬところです。」

 神父は少し困った顔をしている。現在の人間にとって天使というのは絶対的な存在らしく、彼らはこの世界の神とほぼ同一視されているらしい。


「それでは最後です。龍や精霊は今もいるのですか?」

「ああ、それも良い質問です。人間が天使となった時から、この世界は大きく形を変えました。理由は分かりませんが、現在では龍も精霊も、人の目には触れなくなっています。龍は力を失って数百ものかけらに分裂し、その子孫が竜として今もこの世界に生きています。龍のような圧倒的な力は無くとも竜は希少で強力な生き物で、1体で街1つ消し飛ばしたという話がある位です。精霊については……分かりません。かつては目にすることもあったそうですが、今は全く見られなくなりました。」


 うーんと考えこむ私の姿を見て、神父は少し困ったような顔をした。

「随分と勉強熱心ですね、良い事です。しかし、そろそろ教会が閉まってしまいます。どうでしょう、今日のところはもうお帰りになって、また別日にいらっしゃればもっとたくさんお話しできますよ。」

「閉まる?たしかまだお昼だったはず……」

 ふとステンドグラス越しに外を見ると、既に空は夕日で赤く染まっている。午前の依頼を終わらせてすぐに来たとはいえ、本を読むのに時間をかけすぎてしまったらしい。


「すみません、外を見ていませんでした。また来ます。今日は色々教えてくれてありがとうございました。」

「うむ、またおいで。熱心な若者は尊いものだ。次はもっと時間を取ってあげましょう。」

「はい、お願いします。」

 軽くお辞儀をすると、神父はホッホッと目を細めて私を見送ってくれた。

 外に出て扉を閉めると、ガチャリと重厚な音が響く。外気はもう冷たい。


 さて、またあのボロ家に帰ろう。また明日世界の事について調べて、今後どうやって力を付けていくか考えよう。

 大丈夫、時間ならたくさんある。私に寿命はないし、滅多な事では死なない。


 だって、私は聖龍だから。


気が向いたら評価とブクマお願いします。

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