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聖龍様の仰せのままに  作者: カルムナ
チャリゼの竜
39/53

35

 ミミズ――本来ならば、土の中を蠢く目も無き小動物。ただひたすらに腐葉土を食み、音もなく地中を移動する、取るに足らぬ存在。

 だが、それが人の胴よりも太く、長さは視界を超えて続くとなれば話は別だ。青白く揺れる光に照らされて見えたのは、蛇のように長い身体。だがその質感は異様で、まるで内臓を透明な殻で包んだかのような粘性と光沢に満ちていた。


 その巨体が突進してきた瞬間、空気が震えた。肉が潰れたような音を残して、魔物が通り過ぎる。

 アイザが即座に反応し、剣を振るった。だがその刃は魔物の殻をかすめただけで、身にはかすり傷1つすらつかない。


「ジズ、胴を頼む! 俺は頭だ! リリカは尾を牽制しろ!」

 戦闘指揮は的確。だがその裏には、危ういほどの無謀さがあった。アイザはミーゼの治癒魔法を当てにして、迷いなく猛突進する。ジズも呼応し、逆側から大剣を振り下ろす。リリカは……慎重だった。後衛を守りつつも、余計な傷を避けるように動いている。それでは火力が足りない。


「リリカさん、ミーゼは私のスライムが守ります。どうか、遠慮なく撃ってください。」

「……すまない、任せた。」


 リリカが唇を噛み、矢に魔力を込めた。詠唱が響く。空気が揺れ、張り詰める。


「グリハ、貴方も行って。回復は私が請け負う。」

『うーん、ミストがそう言うなら。』

 ゴブリンのグリハが棍棒を掲げ、跳ねるように前へ出る。


 ミミズの魔物はなおも蠢く。眼球は見当たらない。だが、動きには確かな意志があった。匂いと振動を感知しているのだろう。歯車のように円を描いた口が、絶えず開閉し、空気を啜っている。その口が突進を繰り返し、血肉も共に啜ろうと画策している。

 そして、何よりも硬い。柔らかい体を覆っているのは、透明な殻。それが剣を弾くようで、アイザは苦戦している。

 一方で、グリハのこん棒やジズの大剣は振るわれるたびにミミズがピクリと尾の方を振るわせている。……効いているのは、打撃だ。


 その事実に、私と前衛の二人が同時に気づいた。


「……なるほど。斬撃ではなく、打撃が通るのか。」

「見ろ、棍棒の一撃であの尾が明らかに反応している。」

「大剣も重量で押しているんだ。俺の剣だと軽くてダメージが通らない以上、注意を引いて援護に回ろう。」

「分かった。」


 戦略を決めた後の手際は早い。

 アイザはただ切りつけることを優先するのではなく、ミミズの顔の前で注意を引き続けている。どこまでも引きずり込まれそうな暗い口付近で剣を振るい、突進をすんでのところで避けたり盾で防御したりし、ミミズは苛立ったようにそれを追い続けた。

 その隙に、ジズとグリハがひたすら重量で叩き続ける。胴体や尻尾に吹き飛ばされないようにだけ気を付ければ、下手に攻撃を食らうことは無い。


 戦況は、好転しているはずだった。

 しかし、私は胸の奥に微かな疑念を抱いていた。


 ――この魔物、本当に“強敵”なのか?

 私は確かに魔力探知にて、このミミズを強敵だと認識した。だが、蓋を開けてみればそこまででもない。

 巨体の突進と硬い殻は脅威だが、所詮それだけ。打撃が効くと分かった今、攻略の糸口は見えている。


 だが――


「クソ、中々しぶといな。いつになったら倒れるんだ?」

「いやジズ、待て。……こいつ、本当に()()()()()()()?」

 アイザが疑念を声に出す。


 違和感。それは、変わらないミミズの動きと反応。

 斬撃を通さない堅い殻に、何故か効果的な打撃。

 アイザは戸惑い、動きを止めた。一方で、ジズの猛攻は止まらない。


「これで終いだ!」

 ジズが大剣を振り下ろす。あの質量だ、直撃すれば粉砕は間違いない。だが。


 ――ミミズは、避けた。


 巨体とは思えぬ俊敏さ。ぐるりと首をひねり、軌道を外した。


 直後、肌が粟立つ。魔力が、湧き上がる。


「離れて!」

 グリハは私の言葉に俊敏に反応したが、ジズは若干反応に遅れが生じた。

 私は即座に魔力壁を展開。ジズと魔物の間に滑り込ませる。


 直後、空中にふわりと透明な球が浮いた。ふわふわと幾つか漂うそれは、まるで幻想的なシャボン玉のようだ。

 しかし、数秒滞空したシャボン玉は突然震え、破裂した。

 途端に噴き出す透明の液体。高圧水鉄砲のように射出された液体が魔力壁に接触すると、シュウゥと音を立てて蒸気を上げる。


「あれは何だ。……酸性液、か?」

「そのようです。あれを吹き出す直前、魔力の高ぶりを感じました。あれはあの魔物が使う魔法のようです。」

 人間が魔法で水を出し操るのと似ている。

「魔法を使う魔物……? それはもう、Cランク級の領域じゃないか!」


 ジズの声が震える。無理もない。

 魔物は基本的に魔力を有するが、魔法として扱うことは少ない。

 大抵魔力の多い魔物は体が強くなる傾向にあるが、所詮はその程度。筋肉量を増やしたり、スライムのように身体を伸縮する程度にしか使われない。

 何故なら、魔法行使には高度な知性が必要だから。だが、目の前の“それ”はいとも簡単に魔法を使って見せた。


「と、いうことはあいつに知性があるということか?とてもそうには見えないが……」

「……これはあくまで予想ですが。」

 私は魔物の頭部を指差した。酸性液を外したミミズはシュルシュルと音を立てながらこちらの様子を伺っている。先ほどまで無暗に突進してきたとは思えない慎重さだ。

「先ほどまであの魔物は斬撃には反応せず、打撃にのみ反応していました。尾を震わせて。」

「そうだな、だからこそ俺らは重量を意識した戦い方をしていた。」

「それが、あの魔物の演技だとしたら?」


 途端に全員が魔物を見る。確かに、魔物はぴんぴんしている。先ほどまで攻撃していたにもかかわらず、全く傷ついていない。

「……なるほど、重量武器が効くふりをして、俺たちの油断を誘っていたという訳か。」

「ええ、斬撃よりも打撃の方が隙は大きいですから。魔法も最初から使えたにも関わらず、敢えて使えないふりをしていた。」

 最初は敢えて魔法が使えることを隠し、自分の性質を偽る。そのうち相手が油断するようになった瞬間、一気に刈り取る。

 それができる魔物がどれだけいようか。

 いや、これが今自分達がいるダンジョンの基準なら?このレベルの魔物がうようよいるとしたら?


「……余計なことは考えず、やり切る事だけを考えよう。どうする?」

 武器の攻撃が効かない。とすれば、選択肢は自然と狭まってくる。


 するとリリカが口を開いた。

「あいつ、意外と魔法には弱いかも。私の魔力を込めた矢は必死に避けていたから。」

 彼女の言う通り、確かに、リリカの攻撃を先ほどから異様な程警戒していた。リリカが詠唱をする度にミミズは体をくねらせ、最優先で避けていた。

 たまたま前衛の攻撃とタイミングが被ったのだと余り意識していなかったが、彼女が言うのならば一理ある。


 因みに催眠は定期的にこっそり試してはいるものの、効いていない。同じ魔法でも攻撃魔法と精神魔法では耐性が異なるのはよくあることだ。


「それならリリカ、お前に任せるしかない。……それにミスト、お前もある程度なら魔法が使えるんだろう?ミーゼは攻撃魔法が全く使えない、リリカ一人では無謀だ。加勢してくれ。」

 返答に、迷った。

 確かに私は魔法が使える。攻撃魔法だって見様見真似で使うことはできるだろう。


 だが、殺せない。あのミミズとて生きている。

 殺すだけの威力を持つ魔力を込めるだけならできる。けれど、撃てない。撃った先に“死”があると分かっていて、魔法を自らの意志で飛ばすことはできない。

 今までのようにただ生き物同士の殺し合いを眺めるのとは訳が違う。自分が介入するのだから。


 では、このまま加勢せずに見守るか?自然の成り行きに身を任せ、仲間たちを見殺しにするか?

 良心が咎める。ここまで共に歩んできた仲間に、情が移ってしまったから。

 それに、自分1人残されたとして、このまま地下から脱出できるとは限らない。天上どころか地上にすら出られず、永久に彷徨うことになるのは嫌だ。


 ならば、やることは1つ。

 表面上は中立に徹しながら、アイザ達に勝ってもらおう。


「私自身は攻撃できません。周囲の警戒が最優先ですから。しかし、有効な戦略を思いつきました。リリカさんにそれをお教えします。」

 情報。それは直接的な暴力にはならないが、勝敗を分かつ重要な要素。

 聖龍の本能に引っかからない上で、仲間たちに貢献する方法はこれしかない。


「……分かった。任せたぞ。」

 途端に前衛が走り出す。先ほどと同じく、アイザがメインでターゲットの注意を引き、ジズとグリハが胴体を攻撃する。先ほどまでと違うのは、後者2人もデコイだということ。

 本命は、奥に控えたリリカだ。


 私はリリカに近づき、彼女だけに聞こえるように囁いた。

「最初に、雷属性を付与した矢で胴体を撃ち、麻痺させてください。あの殻が本当に魔法を通すのであれば、雷が一番手っ取り早いはずです。」

 リリカは黙って静かに頷き、集中しながら弓を引き絞った。

 彼女はその矢に魔力を付与することで、ただの物理攻撃ではなく、魔法としての攻撃を相手に加えることができる。今までは無属性の魔力を込めていたが、今は私の指示通り雷属性を纏わせている。


 前衛達に気を引かれていたミミズはリリカの矢を避けられず、雷の矢は胴体に直撃した。伝播した電気がミミズの殻を貫いて肉体に流れ、ミミズは甲高い鳴き声を上げた。まだ麻痺する程の電気を流せていないが、やはりあの殻は絶縁体ではない。魔力が通るという彼女の読みは当たったようだ。

 刹那、ミミズその長い体をブンッと振り回した。

 体の小さいグリハは身を屈めて避け、アイザは盾を持ってそれを受け止めた。だが、ジズは重い大剣のせいか攻撃をまともに食らってしまった。


「ジズ!」

 ミーゼが叫び、一瞬のうちに回復魔法を掛ける。気を失いかけていたジズははっと意識を取り戻し、再び立ち上がった。

 それを見たミミズは怒りに身をくねらせ、今度はミーゼ目掛けてシャボン玉を飛ばした。


 リリカはその一瞬目を見開き、魔法を解除し弓を引く手を止めようとする。

 が、どちらにせよ間に合わない。

 酸性液がミーゼの方に放たれた――が、それがミーゼにかかることはなかった。


「あ、スライム……」

 ミズハが体を張ってその液を受け止めたからだ。薄く伸びた粘液はミーゼの前に壁を張り、私の命令通り完璧にミーゼを守って見せた。

 だが次の瞬間、ミズハは急激に収縮と伸長を繰り返し始めた。暴れるようにのたうち回り、ボコボコと水泡を体に浮かべ、渦を描いている。

 酸を吸収したせいで、苦しんでいる。


 ミーゼが慌てて回復魔法をミズハにもかけようとしたが、私は大声でそれを制した。

「その子は大丈夫、他の回復を優先して!」

 ミズハはまだ大丈夫。魔力を見た限り、酸はコアにまで達していない。そのうち上手く排出できるだろう。

 それよりも、前衛が一人でも欠ける方が致命的だ。

 ミーゼは慌てながらも言われた通り、再び前衛の方へと集中し始めた。


 その隙にリリカは、1本、また1本と雷の矢を打ち込んでいく。確実な重い一撃が、ミミズの外殻を貫いて肉に突き刺さる。

 ミミズは矢が刺さる度に体をくねらせ、突進と魔法で暴れている。


 先程までとは違う、全身の反応。演技ではなく、明らかに効いている。

 ミミズの動きは徐々に俊敏さを失い、ついにその時が来た。

 伸ばそうとした体躯が突如びくりと跳ね、そのまま縮こまる様に震え出した。麻痺だ。


「頭部を狙ってください。大きく開いた口の中に、炎を付与した弓矢を打ち込んでください。」

 透明な殻だから透けて見える内臓は、普通の生き物と何ら変わらない。寧ろ普段は殻で守られている分、中身はそれに頼りきりで脆弱に作られていると容易に想像できる。

 ならば、唯一殻が体を覆っていない場所。そこから、熱で直接焼いてしまえばいい。

 炎は魔力を糧にして、確実に燃え広がる。いくら魔物が魔法を使えたとて、内臓にまで魔法を出現させることは不可能だ。


 しかし、問題はすぐに生じた。

 リリカは言われた通りに炎魔法を込め弓を引き絞ったが、その魔力は今までと打って変わって弱い。このままではいくら口腔内に矢を打ったとして、内臓全体を焼くことはできないだろう。


「……すまない、炎魔法は苦手なんだ。」

 リリカの手が震えた。人には得意な魔法と苦手な魔法がある。リリカの場合、後者が炎らしい。

 さて、どうする。今から苦手克服の特訓をする訳にはいかない。しかし、それと同等の効果を発揮する手法は存在する。


「ならば、やり方を教えましょう。」

 私はリリカの肩に手をそっと置いた。その瞬間、魔力を込めて()()を流す。

 リリカは驚いたように肩を震わせた。それも当然、今彼女の魂に直接、炎魔法の使い方を知識として流し込んだから。


 方法としては、精霊が私に地脈の操り方を教えた時とほぼ同じだ。違いは、精霊は自身そのものを代償とした一方で、私は膨大な魔力を代償としたこと。地脈の操り方を教えるには魂諸共犠牲にしなければいけなかったが、精々魔法の扱い方位なら魔力で代替できる。

 聖龍の利点である底なし魔力の良い使い方を教えてくれた精霊には感謝が絶えない。


 おかげで、リリカは一瞬にして苦手だったはずの炎魔法を習得したようだ。

 弓につがえた矢から熱が漏れ出し、陽炎を生み出す。熱された金属切先が赤く光り、空中で発火する。


 それでも彼女は弓を構える手を緩めない。熱に手を放すことなく詠唱を続け、矢を空へ解き放った。


「これで、最後だ!」


 リリカの叫びと共に放たれた一矢が、ミミズの頭部を正確に射抜く。それは、これまでで最も強く、最も純粋な魔力を宿していた。

 闇を食らうような丸い口へと吸い込まれていった矢はそのまま内臓へと刺さり、炎が揺らめく。途端にミミズは今までにない程の悲鳴を上げ、のたうち回った。


「離れろ!」

 急いで前衛達はその場を離れ、成り行きを見守った。

 透明な殻から見える内部は炎でライトアップされ、ピンク色の臓器と筋肉が焼け焦げていく様がしっかりと見える。

 炎魔法は通常の炎と異なり、空気の代わりに魔力を燃やす。消す手段を持たなければ、内部から溢れる炎に抗う術など無い。


 私自身は、ミミズを殺したわけではない。生き物に、知恵を授けただけだ。

 だから、聖龍としても問題ない。


 ――それでいいのか?

 本能が、静かに問いかけてくる。


 ――お前は、度々そうやって本能(わたし)の抜け道を探し、目的を果たそうとする。自分には許されないことを他者に任せ、あたかも自分は関係ないかのように知らん振りをする。形だけ殺しの罪から逃れ、他者に手を汚させ、自分は綺麗なままでいようとしているのではないか?

 聖龍である私の核が、そう囁く。私を咎めるように。


 確かに、その通りだ。

 愛しているからこそ、手を下せない。だが、手を貸している。この矛盾は、まるで神の顔をした悪魔だ。口では命を尊ぶと言いながら、その実、誰かの死を“容認”しているだけ。私はどこまでも、自分勝手なやり方で、命の天秤を操作している。

 それが本能的には気に食わないのだろう。


 ――聖龍は、生き物を殺してはならない。生き物の命に、優劣をつけてはならない。

 分かっている。痛いほど、分かっている。けれど、分かっていても、今この時だけはそうせざるを得ないのだ。

 地に降りた以上、天上の理だけでは生きられない。全てに対して利他的に振舞うことはできない。


 ならば、こうするしかない。最終決定権を生き物に委ねつつ、私は先を見守る。

 天上に居た頃と変わらない、同じことをやっているだけ。それ位は許されているはずだ。


 それに、あの時の精霊は言った。

「全ては、聖龍様の仰せのままに。」と。

 ならば、私は自らの意志に従おう。

 聖龍の名を冠しながらも、聖龍らしくない私の意のままに。

 本能の隙を突き、上手くやっていく。いつか再び天に戻る為に、必要な力をつけるまでは。


 ――やはり、お前も同じだな。

 誰かの笑うような、嘲るような声が、私の内で響いた。

 ――直接殺すことは今まで通り許さない。だが、それでも本能(わたし)を出し抜くというなら……苦しめ、存分に。

 “同じ”とは何か、苦しめとはどういうことか――それを問いかける前に、声は静かに、深く沈んで消えた。


 本能はまるで納得したように大人しく引き下がり、体の主導権は私の手に戻る。

 耳が開き、世界の音が戻ってきた。


 悲鳴が、ゆっくりと減衰していく。

 そのミミズの魂の輝きが一気に失せるのを、確かに私は感じ取った。

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