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ダンジョンは基本的に入り組んだ通路と様々な広さの部屋で構成されており、魔物は大抵丁度いい大きさの部屋を住処にしている。
目的の魔物はそれぞれの部屋に小数の群れを成して生息しているようで、それはつまり、相手のテリトリー内に突撃して戦闘をしなければならないという事だ。
「流石に疲れた、そろそろ休憩しよう。」
3つ目の魔物の巣を掃討した辺りでジズがそう言ったのも仕方ない。これは精神的にも肉体的にも疲弊する。
「そうしようか。その辺りに座って、携帯食でも食べよう。」
アイザの言葉に、皆はほっとしたように座り込んだ。
皆疲れていたのだろう、壁にもたれかかったり、床に寝転んでいたりとリラックスしている。
そんな中でも、私は気が抜けない。私の役目は、常に魔物に襲われないように探知し続けることだから。
とは言っても、ゆっくり座る位は許されるだろう。グリハも歩き続けて疲れたようで、私の膝を枕にして寝転がっている。グリハはたまに戦闘で降りかかる火の粉を振り払ったり、荷物持ちとして活躍してくれている。
「やあ、上手くやっているか?」
不意にかけられた言葉に思わず見上げれば、リリカが私の頭上で手を振っている。
彼女はさっきまでミーゼと話していたはずだが、いつの間にかこちらに移動して来たらしい。私の直ぐ隣に腰かけ、取り出した携帯食を食んだ。
「最近はどうだ?この町にも慣れたか?」
「お陰様で職にも住む場所にも困っていません。ありがとうございます。」
「お互い様だ。以前よりも大分マシになった。」
何が、とは言わない。言われなくても分かる。戦闘のことだろう。
以前はリリカが周囲の警戒役を兼ねていたようだから、きっと今以上に大変だったのだろう。
「お前の実力を見誤っていたよ。最初にあった時、きつく当たってすまなかったな。」
リリカを見ると、その目は真っすぐこちらを見ていた。
彼女は真っ直ぐな人だ。周囲を気遣いながら立ち回る戦闘スタイルにも如実に表れている。
「お前の実力を疑ってしまった。見た目で人を判断してはならないと母上に教わったはずなんだがな。」
「別に気にしなくて大丈夫ですよ。リリカさんは、パーティーの為に自らの身を盾に出来るお方ですから。下手に実力のない者を入れたくはなかったんでしょう。」
私が言うのも何だが、この見た目だ。未熟な者を警戒するのは当然である。
「まさにその通りだ。このパーティーは絶妙なバランスで成り立っている。」
「と、言うと?」
「互いの長所を生かし、互いの弱点をギリギリ補えている。例えばアイザは剣術に優れ、魔物への攻撃力はパーティー随一だ。しかし、その分攻撃を食らうことも多くてな。剣術に夢中になるあまり、盾で防ぎきれない攻撃を食らうことも多い。だが、次々に増えていく捻挫や切り傷をミーゼが治してくれるから、大怪我には至らない。」
「なるほど、確かにミーゼさんの回復頻度が高かったのはそういう理由があったんですね。」
普通僧侶と言えば、回復魔法だけでなく味方の生命力や魔力を上げる支援魔法を使ったり、敵を呪って戦いやすくするものだ。しかし、ミーゼは基本的に回復魔法をかけてばかりだった。
あれは仲間の怪我の頻度が高かったからか。
「そうだ、ミーゼは同ランク帯の僧侶の中では回復魔法に特化した能力を持っている。その分自分の防御はからっきし。私が身を挺して守らねばならない。」
「守るのはタンク役、ジズさんの役目ではないのですか?あと、確かリリカさんも回復魔法を使えると聞いたのですが……」
「痛いとこを突いてくるな。ジズは1対多数戦では殆どの魔物を引き付けてくれる一方、後衛に向かった魔物の対処はできない。たまたま後衛に向かってしまう魔物もいるし、そうでなくとも賢い魔物は前衛を無視して後衛を狙おうとするもので、ジズはそう言った魔物に対処する術がまだまだ甘い。防御力が高い分、機動力がない証拠だ。また、私は戦闘で前衛を支援しながら回復魔法を使えるほど器用じゃないし、魔力量に余裕がない。このパーティーの中で、一番役割が潰れてもリスクが低いのは支援職。私が犠牲になるしかない状況が多いんだ。」
リリカは苦虫を潰したような顔でため息をついた。
ああ、この人は周りをよく見ている。
集団の為に何が一番得になるかをよく考えて動いている。
だから、私と言う実力が分からない人間が入るのを嫌がったんだ。
雑用係と言ってもその実態は様々だ。完全に戦闘ができない者からある程度戦況を理解できる者、多少支援に入れる者。
「もし私が戦闘中に庇われなければ怪我をしてしまうようであれば、その分他のパーティーメンバーに負担が行くことになる。そうすれば、ギリギリのバランスで成り立っているこのパーティーが上手く回らなくなってしまう。ギリギリなんだ、色々と。」
「それは、大変ですね。」
リリカはハハ、と困った顔で笑った。
アイザを筆頭とするこのパーティーは全体でDランクと格付けされている。個々のメンバーが平均してDランク冒険者相当の力があるという事だ。
最初に見た時は連携力がしっかりしており、それぞれがしっかりと己の役割を果たしていると感じた。個々の能力自体はDランクの中でも上位ではないかと思えるくらいに。
だが、よくよく観察すれば実際にはそれぞれの得意分野でギリギリを保ち続けている。自分の得意分野を追求する余り、それ以外、即ち他のメンバーのカバーは一切できない。事故で誰か1人でも落とされれば、途端に崩れ去ってしまう儚いバランス。
ギルドは彼らのそう言う不安定さを含めてDランクと評したのかもしれない。
「さて、そろそろ休憩終了だ。まだまだ依頼は終わっていない。先へ進むぞ。」
アイザの言葉に、それぞれはゆっくりと立ち上がった。
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何だか落ち着かない。
「ミスト、どうした。」
「いえ、大丈夫です。ちょっと慣れなくて落ち着かないだけで。」
大丈夫、支障が出る程じゃない。仕事はきちんと遂行できる。無理はしていない。
しかし、何だこの感覚は。背筋がぞわぞわするし、肌はピリピリする。
まるで、誰かが自分を監視しているような、自分という存在を追い出そうとしているような……いや、考え過ぎか。慣れない閉じた空間にずっと滞在したせいだ。
「ねえ、何かおかしくない?」
最初にそう言ったのはリリカだった。
「何が?」
「道が、よ。ミスト、貴方もそう思うよね?」
ああ、そのことか、と私は頷いた。
リリカは不思議そうな顔をする他のメンバーに地図を見せた。
「ここよ。事前にギルドからもらった地図とはちょっとズレているの。」
指差した先は、現在地からそう遠くない分かれ道。迷路のように入り組んだ道でも、流石に3本道が2本になっていれば気づく。
「ダンジョンの構造が変化したってことか?あり得るのか、そんなこと。」
「大型ダンジョンでは罠の一種で道が変わってしまう事があるらしいけど、このダンジョンにはそもそもそんな大規模な罠なんて存在しなかったはず。」
一瞬訪れた沈黙。
何かの間違いじゃないか?と言いたげなジズとアイザの不安そうな目と、間違いないと主張するリリカの強い目が交差する。
「でも、事実構造は異なっているはずですよね?私も一緒に見ていましたが、やはりちょっと違う気がします。」
「その地図は何人ものの冒険者達によって編纂されているから、間違っているという事も無いだろう。リリカとミストが共に道を間違えたか、構造が変化したかのどちらかだ。前者ならまだいいが、後者なら……」
ジズの言葉に、アイザは頷き、リリカの方を向いた。
「おいリリカ、現在のダンジョンの状態でマッピングはしているか?」
「ええ、丁度ミストに教えるために一緒にやっていたところよ。」
「では、このままそのマップを埋めて、ギルドに報告しよう。今後もこのダンジョンに人が入るかもしれないし、何よりダンジョンに関する報告の類は報酬が発生する。」
冒険者は情報が命。もしこのダンジョンが本当に形を変えるのなら、その情報は高く売れる。
「このまま進んで大丈夫?新しく罠とかが発生しているかもしれないのに。」
「ほぼ全ての罠は魔魔力探知に引っかかるはずだから、ミストが事前に発見できるだろう。それより、まだ本命の魔物討伐が達成できていない以上、もう暫くはこのダンジョン内をうろつかねばならない。その序にマップの範囲を広げた方がより効率的だ。」
アイザの言う事は論理的に正しく、リリカもまあそれなら、と納得した。
アイザに他の皆が賛同するのであれば、私が反対する理由もない。私はダンジョンについて全く知らないが、報酬はある方がいいだろう。
「では、魔力探知をしっかり張り巡らせておきます。」
「そうしてくれ。お前なら大丈夫だと思うが、小さい反応も見逃さないようにな。」
そうして変わらず進んでいく。
たまに出てくる魔物を倒し、丁寧に1匹ずつ討伐数にカウントしていく。空白だったマップも大分埋まってきた。
「構造全部が変わった訳じゃ無いね。この辺を中心に、少しずつ道がズレている。壁だったところに小さな隙間ができて、道があったところが塞がれていて……」
リリカは次々に変更のあった場所に指を差していく。
ギルド編纂の地図との相違点は大体一か所に収束しており、そこから離れると道は地図通り。
つまり、この辺りに何かあることは明白だ。
「ここら辺って何かありましたっけ。」
変化した場所の中央を指差し、周囲をくるくるとなぞった。範囲はそう広くない。
「仮に構造が変化したとしたら、きっと壁が動いて道をつぶしたり、新しい道ができたのでしょう。例えば、この場所。この壁が動いたとしたら、この地図と元の地図の差が説明できます。」
「そうだな。地図を見る限り壁が動いているという推察は正しい様に思える。そう考えると……まるで、この辺りの空間を避けるようにして壁が動いているような。仮にそうだとしたら、この辺りに空間ができそうだ。」
横からアイザの手が伸び、地図の一か所を指差した。
「確かに……確かこの辺りにまだ通っていない道があったわね。そこに行ってみれば何か分かるかも。」
リリカの言葉に、他のメンバーたちはアイザの方を見た。一斉に黙って指示を待っている。そして、アイザはそれに応えるように頷いた。
「よし、ではその場所へ行ってみよう。」
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その場所は思ったよりも狭い道で、人が1人ようやく通れる程度の隙間しかなかった。
「大丈夫か、向こうから敵が来たり罠があったら全滅するぞ。」
「魔力反応はありません。」
「それならいいがな、どうしても不安になってしまう。」
若干狭い道は、そう長くはない。警戒しながら進んだその先は、拍子抜けするほど何もない小部屋であった。
「ここが新しくできた部屋か?確かに、元の地図には無いようだが……」
全員が丁度入れるくらいの小さな部屋。その部屋をぐるりと見渡したが、通路と同じような壁に囲まれていること以外何も変わったことは無い。
変わったお宝が存在する訳でもなく、魔物の生活跡がある訳でもない。
「魔力反応もないですね。」
「うーん、じゃあ何の為にこの部屋はあるんだ?」
アイザが壁にそっと手をなぞらせた。
「……うん?おいジズ、何か言ったか?」
「いや、何も?」
アイザとジズは共に首を傾げた。
「いや、だって今、低い唸り声が……」
アイザがそう言った瞬間、低く鈍い音が鳴り響いた。それは人の唸り声にも聞こえるが、違う。もっと響き渡るような空洞音。
そしてその音の出所は、私達の足元。
「逃げろ!」
アイザがそう言った時には既に時遅し。頑丈に見えたはずの足元に亀裂が入り、次々に伝播してゆく。
床が粉を噴き上げながらバラバラの残骸になり果てるまでに、部屋の扉に辿り着いた者はいなかった。
崩落する床、その下にある空間に私達は為すすべなく全員吸い込まれて行った。