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第一印象は変な少女、だった。
手頃な雑用係を求めてギルドのパーティー掲示板を覗いた時、丁度いいEランク冒険者を見つけた。
雑用係とは文字通り雑用を任す人であり、戦闘には参加しない。だから、自分達と同じDランクでなくEランクでも十分務まる。
それに、高ランク冒険者は人件費が高い。正直自分達は雑用係にそこまで高度な事を求めるつもりはないので、低ランクで安く雇えるに越したことはない。いないよりはマシ、という程度の腕前を求めていた。
そうして紹介されたのは、余りにも小柄で幼い少女だった。
いや、これは流石に無理だろう。4人ともそう思った。
冒険者に年齢制限はない。子供の冒険者も当然存在するし、自分達だって初めて冒険者ギルドに登録したのは僅か15や16の時だった。
それでも、街の外に出て魔物と戦闘することは殆どなかったし、街中の雑用ばかりしていた。
その頃の自分達よりも若い十数年程度しか生きていないような少女が、街の外で働けるというのだろうか。
勿論、この少女だって望んでそんな人生を歩んでいるわけではないだろう。こういう子供が冒険者として危険に晒されながらも生きていかねばならない状況というのは、大抵『訳アリ』だ。
彼女も冒険者として稼がねば生きていけないのだろう。そんなことは分かり切っている。だが、それとこれとは話が別だ。
「僕はアイザ、丁度一緒に依頼をこなす仲間を探していたDランク冒険者だ。君は?」
「私はミスト、Eランク冒険者です。」
取り合えず笑顔で応対する。冒険者同士、相手が子供だったとしても最低限の礼儀は払わねば。
その直後突っかかったリリカを宥め、ついでに質問をしていく。
何でも魔法が使えるらしい。ミーゼ曰く、魔法は習得に時間がかかるものでありこんな小さな子が使えると言うのも怪しい話だ。
とはいえ、嘘をついているようにも見えないし、実力詐称をする程愚かにも見えない。多少話を盛っているかもしれないが、最低限探知魔法が使えるならそれでいい。
一番大事なことは、戦闘に加わらずに周囲の警戒をしてくれる人を雇う事だ。
正直不安もあるし、他の3人も思う所はあるだろう。
だが、魔法が使える人材を安く雇えるメリットは大きい。ここは1つ、試しに雇ってみるか。
そう思って初めて行った依頼は、実にスムーズに終わった。
誰も想像しなかったほどに、何の問題もなく。
「前方、目的の魔物が5匹います。周囲に他の魔物はいません、攻め時です。」
一言で言うと、『手慣れている』。
Eランク、それも数か月前に冒険者になった程度のあの年齢の子が、ここまで手際良く仕事をこなせるだろうか?
彼女は時々ぐるりと見渡す様に首を動かし、状況に変化があればすぐに報告をする。その範囲は広く、例え影狼のように素早い魔物でも我々に奇襲をかけることは不可能だろう。
それに、精度もいい。魔力探知といえば、魔物の持つ魔力を辿る方法である。『あそこに何かいる』程度しか探知できない人が殆どで、リリカも同様だ。それがこのランク帯では普通だ。
魔物の種類と数を正確に把握できるほどの探知能力の使い手は大抵魔力操作を得意とする高ランク冒険者で、間違っても彼女の様な歴の浅い低ランクが使いこなせるものではない。
彼女の連れている魔物だって、どこかおかしい。
いくら蠍蜂が低級魔物とはいえ、スライムよりは格上である。しかし、あのスライムは勢いの付いた蠍蜂を何の抵抗もなく捕らえ、飲み込んでしまった。それに水筒に入るほど小さく体を縮めたと思えば、一瞬で人の視界を覆う程に膨らむ伸縮能力だって聞いたことが無い。
あのゴブリンも只のゴブリンじゃない。明らかに体格が異常発達しているし、纏う魔力だって多い。
シルハの狂気ならある程度説明がつくだろうが、それなら彼女は一体どうやって彼らを使役したのだ?原因不明の奇病で狂い襲い掛かってくる魔物を彼女の様な子が簡単に手懐けられるとは思えないが……
冒険者同士で事情の深入りは禁物だ。しかし、気になるものは気になるし、事情次第ではこちらも彼女の能力をうまく生かした立ち回りができるかもしれない。
果たして、彼女の生い立ちを聞いてもいいものか。正直に話してくれるだろうか。
「どうされましたか?」
目の前の少女は無表情のまま首を傾げた。いけない、丁度我が家で今日の謝礼を渡すところだった。考え込み過ぎて計算ミスをして、誤った金額を渡してはならない。
「ああ、いや何でもない。今日はお疲れだったな。」
彼女は受け取った報酬を確認すると、一礼して懐にしまった。
「それでは、おやすみなさい。」
「ああ、また明日な。」
彼女はこの家の離れに住まわせることにした。何でも、この町に来たばかりで住む家がないらしい。狭くて蜘蛛が巣食っている部屋だが、野宿よりはマシだと何1つ文句なく使い魔達と過ごしている。
今までも自分の力でお金を稼いで、何とかやりくりしてきたのだろう。
不審な点は幾つもあるが、それ以上に彼女は冒険者として有能な人材だ。これからは彼女と依頼をこなすことも増えるだろうし、パーティーメンバーも異論はないだろう。
もう少し仲良くなった時は、彼女の生い立ちをそれとなく聞いてみようか。ただでちゃんと教えてくれるとは限らないけれど。
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「グリハ、どうしたの朝から。」
『準備運動!』
簡素なベッドの上で目を覚ますと、一緒に寝ていたはずのグリハがいつの間にか目を覚まし、隣でぴょんぴょんと跳ねている。
狭い部屋で何を暴れているのかと思えば、どこでそんな概念を覚えてきたのやら。
「相変わらず朝早いね。」
『ゴブリンは皆早起き!日が出たら起きて働く!』
朝から騒がしいグリハに起こされたのか、そもそも寝ていたのすらよく分からないミズハももぞもぞと動いている。
『今日はどこ行くの?また山?』
「いや、今日は休み。パーティーメンバー――昨日一緒にいた仲間達が皆休むからね。」
本来労働時間の決まっていない冒険者に決まった休日と言う概念はないが、かといって毎日働いている訳でもない。
パーティー全体で活動する日と休む日を決めておき、休日は各自自由行動が普通である。
今日は元々決めておいた休日のようで、アイザも朝早くから1人でどこかへ行ってしまったようだ。
さて、何をしようか。といっても、やれることは大体決まっている。
1人で魔物の居る地域に行くことはできないし、下手にお金の浪費をする訳にもいかない。
ならばやることは1つ。
調べものだ。
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ギルドには魔物や地形に関する情報を集めた書類があり、冒険者は無料で読める。
元々字が読めない人が多いため、あまり利用している人は多くないが。
冒険者ギルドは書物を読むには余りにも騒がしい。昼間から酒を飲んで騒いでいる人がいるからだ。
何とか集中しながら、この辺りに住む魔物の情報を頭に入れていく。
この辺りはシルハの森とは違い、やはり大型魔物が多いようだ。対処法や弱点を頭に入れておくだけで万一の時の手際は変わる。
「おい、竜が出たって噂は本当なのか?」
突拍子もない言葉が聞こえ、思わず顔を上げてしまう。
その言葉は背後の見知らぬ冒険者達のものであった。昼から飲んでいるのだろう、妙に足取りがふらふらしている。
「本当だったらとんでもないことだ。どうせ腰抜けがトカゲ型魔物を竜と勘違いして、噂好きが好き勝手広めたんだろう。」
「やっぱりそうか。竜なんて出たらこの町丸ごと終わっちまう位って言うしな。軍隊を丸ごと派遣して何とかなるかってレベルの天災が来たら堪ったもんじゃない。」
「そもそも竜なんて本当に存在するかも怪しいっていうぜ。何でも最後に観測されたのが100年以上前だからなあ。」
ハッハッハと酷く上機嫌な様子の冒険者達は、千鳥足でどこかへ行ってしまった。噂についてもう少し聞きたかったが、まさか追いかけてまで聞きに行くこともできまい。
竜。彼らは確かにそう言った。
以前シルハの神父に言われたことが蘇る。
『龍は力を失って数百ものかけらに分裂し、その子孫が竜として今もこの世界に生きています。』
この話をした天使たちが嘘をついていなければ、竜は龍――同胞の魂を不完全ながらも受け継いでいることになる。
もしかしたら、何かこの世界に関する手がかりを得られるかもしれない。この街の近くにいるというなら、それは私にとってまたと無いチャンスだ。
ふと懐かしい記憶が蘇る。
龍達が地上に住んでいた世界の事を。もう2度と戻ってこない現実を。
あの頃に戻りたいと思うが、どうせ願ったって帰ってこない。
それならば、一縷の望みをかけて彼らの子孫に会いに行くのも悪くはない。
だが、問題はどうやって竜に会うか。
書斎の本をパラパラめくり、竜について記載されたページを探す。
索引を使えば探すのはそう難しくなかった。超大型魔物よりも後ろのページにひっそりと書かれた情報を頭に叩き込む。
『竜は、魔物とも普通の動物とも異なる強大な存在である。
トカゲの様な胴体と尾を持ち、翼と強い顎が特徴的な存在。姿こそはバラバラであるが、一目見ればその強大さからすぐに竜だと分かるだろう。
天使によれば、古の存在である龍の鳴れの果てであると言われているが、その強大さはいまだ健在である。
個体数も少なく、滅多に人の住む場所に来ることは無い。
だが、もし人を害するのであれば冒険者だけでなく、国の軍隊をも動かさなければならないこともある。』
これだけか。もう少し具体的な情報が欲しい所だが、仕方ない。100年単位で目撃されていなければ情報も失われて行くのだろう。
それに、噂話は噂話だ。信憑性なんて微塵もない。竜がこの近くにいるとは限らない。
それでも、万一にでも竜がいるのなら……その時は、何とかして会いに行こう。