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聖龍様の仰せのままに  作者: カルムナ
シルハの狂気
31/43

微睡 - 3

 今日はこの世界に生まれて初めて、地上へ降りる日だ。


 私は生まれてからこの日までの数千年間、私はひたすら天から地上を観察して生きてきた。何もない原始的な環境から生き物達は己の世界を築き、戦い、繁栄する様子をずっと見てきた。

 数千年という時間は人間としてはとてつもない単位だが、聖龍としては大した時間ではない。ノミが人間の寿命を永遠に感じるのと同じように、私もまた人間としては永遠の時間を当たり前のように過ごしてきた。


 そしてその間、自分から地上に降りることはなかった。いや、正確には許されてなかった。

 聖龍は基本的に天から見守るための存在であり、実際に力を行使して地上に働きかけるのは地上に住む龍と精霊だ。だから余り地上に降りることは推奨されていないし、他の龍達も滅多に地上に出ることはない。――たった1柱を除いては。


 しかし、私は元人間だ。

 元人間の感性が未だに残っているし、地上の様子をずっと見ていると何だか懐かしくなってしまった。ただ見下ろすだけでなく、生きていた頃のように物に触れ、匂いを嗅ぎ、味わいたい。

 今までも何度か地上に出たいと話をしたが、皆私がまだ若いからとずっと渋い顔をし続けていた。理由は色んな意味で心配だから、とのこと。正直私としては何が心配なのかも分からず、ずっと不満を募らせるばかりだった。

 しかし、ついに昨日、初めて地上に降りる許可を得たのだ。


「許可を得た次の日に地上に出るなんて、随分せっかちだよねえ。いい?12番目、地上に降りた時は周りの生き物たちに気を付けなきゃだめだよ?生き物は皆必死に生きているから、それを邪魔しちゃダメなんだ。殺すなんてもってのほかだよ。」

「そうだよ12番目、僕たちには『不殺の本能』があるんだ。僕たちはあくまで天から生き物達を導く役目を持つ存在、即ち世界の歯車の1つなんだ。だから、生き物を殺すのは我々の存在意義を反故にするのと同じこと。もし生き物を殺そうとすれば、恐ろしい苦痛に見舞われることになるんだからね。」

「その話は何度も聞いた。大丈夫、頭に入ってるから。」

 地上に行く前に何度も私に同じ話をするのは10番目と11番目。彼らは私と年が近く、私によく話しかけてきてくれる。地上観察の合間によく話したり、追いかけっこやクイズで遊んだりしている。


 彼ら以外にも聖龍はいるようで、今は私含め12柱。

 1番年上の龍が『1番目』。2番目に年上の龍が『2番目』と言う形で呼び名が定着しているようで、つまり私は12番目に生まれた龍ということらしい。

 だから1桁台の名を持つ龍達も同じ天界に住んでいる事には住んでいるのだが、あまり関わることはない。5から9番目辺りは話しかければ答えてくれるが、基本的には瞑想したり同じ世代の龍達と小難しい話をしている事が多い。

 更に数字の小さい1から4番目の龍達は静かに眠るように地上を見ていることが多く、話しかけ辛い。10番目と11番目だけが元気に私に話しかけてくれる、所謂兄弟らしい兄弟だ。


「何度も言うのは難しいからだよ。2番目が言っていたもん。特に生き物達と関わる時は小さな行動1つでその個体の人生を狂わせることがあるから、自分が与える影響には気を付けなよって。」

「そうそう、僕たちは制約の代わりに普通の生き物じゃ使えないような強大な力を持っているから、それをうっかり使っちゃうと簡単に地上が混乱してしまう。力を使う時はできるだけ最小限に、かつその力が生き物自身を傷付けることがないように見守らなくちゃならない。分かる?」

「言われなくとも、そんな大それたことをするつもりは無いよ。ちょっと地上の様子を見て、精霊とお話して帰るだけ。」

「その『ちょっと』が大変なんだってばぁ。そうだ、足元の草木を傷付けない様にちょっと浮いて歩く練習とかもしないと……」


 何だか私よりも11番目と10番目の方が慌ただしい。これが末っ子というものか。

 あれもこれもと付け加える彼らを何とかいなし、大空を羽ばたく白鳥へと姿を変えた。龍のまま降りて行ったら大パニックを起こしてしまうから、そうならない為の配慮だ。

 鳥の羽ばたき方は何年も見てきたからよく分かる。私は高く一声鳴くと、天界から地上へと一気に加速し、降下した。


 ---


 天気も温度もない天界の冷たい空気とは違って、地上は温かくて明るい。

 色とりどりの植物が太陽光の元で輝き、動物たちの多彩な鳴き声が空気を震わせている。


 ああ、天で毎日見ていた光景がここにある。


 今となっては大昔だが、まだ人間として生きていたころの記憶が蘇る。

 どんな生活を送っていたかももう思い出せない。欲も感情も、もう聖龍のものに変化してしまった。

 しかし、確かに私は生前人間だった。その感覚だけが私の中に残っている。


 私は歓喜し、そのままあちこち飛び回った。広い森に高い山に、深い海。今も生き物達が生存権を掛けて戦っている。

 必死に戦い抜き、自分の遺伝子を後世に残し、静かに散ってゆく。

 自然というのは、なんと美しいのだろうか。


 感動して暫く飛び回った後、ふと辺りを見渡すと見慣れないものがあった。

 自然生成されることのない巨大な直方体が幾つも並び、その隙間を沢山の大きな魂達が行き来している。そんな変なものがそこらにある山よりも大きい範囲に広がっている。

 そうだ、あれは人間の住む町だ。


 折角だから見に行こう。

 そう思い、私は白鳥姿のまま一番目立つ建物へと飛び立った。

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