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聖龍様の仰せのままに  作者: カルムナ
シルハの狂気
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19

 ぶくぶくと、まるで水中にいるようだ。

 いや、空気中も水中も、地脈中も本質は変わらないのかもしれない。


 瞼を閉じても光が貫通し網膜を焼いていくが、寧ろ心地がいい。借り物の体の目なんて元から無いようなものだ。

 霊魂となった無数の魂が川の中を泳ぐように地脈を漂い、次の新しい体を探し求めている。



 夢を見るような感覚だった。

 実際夢だったのかもしれない。

 視界では見えない、聴覚では聞こえない世界で、私は確かに()()()()を認識していた。


「『12番目』様。」

 懐かし響きだ。そう呼ばれたのは実に何千年ぶりか。

 その名を知っているのは、私と同じ位、或いはそれ以上の時を過ごしてきた者だけ。

 実体を持たない魂だけの存在でありながら、この世界の統率者に名を連ねる者。


「精霊。まだいたのね。」

 精霊と呼ばれた存在はないはずの体をくねらせた。

 彼らは肉体を持たない一方で、聖龍どころか普通の生き物ですら視認できる程に魂が濃い。

 大半はもやもやした煙や液体のような見た目をしているが、一部の精霊は人型や獣の形を取ることもある。単純に生き物と話しやすいからだとか何とか。

 私の目の前にいるのは、液状の無機質な見た目の精霊だ。


「ええ、ええ。聖龍様こそ、よくご無事で……私共はすっかり聖龍様はもうこの世から消え去られたのかとばかり思っておりました。その、12番目様以外は……」

「死んだわ。生きていたら何かしら連絡を取れているはずだもの。精霊こそ人間の前から姿を消したそうじゃない。」

「天界が人間に奪われたと聞いて、精霊王様が大層お怒りになったのですよ。精霊たちは皆地上から姿を晦まし、生きた者にはたどり着けない『楽園』へと隠れました。数少ない精霊――私のような者は、こうやって地脈や生き物の手の届かない所に残り、監視を続けているのです。」

「楽園?精霊王がまた新しく空間を作ったのね。精霊たちは空間操作が得意だから。今の人間たちが魔法を碌に使えないのも、精霊が人間に魔法を教えることがなくなったせいね。」

「そうですね、今の人間は独自の魔法を使用しており、我々精霊や聖龍様の使う魔法は古代魔法なんて呼ばれていたりします。……というか、聖龍様、そのお姿と言い、今は人間として過ごされているのですか?」


 精霊は私の体周りをぐるりと回り、不思議そうに眺めた。

「そうよ、聖龍だとバレたら殺されちゃうでしょう。……天から堕ちる前に仲間が魔法をかけてくれてね。3000年眠った後ようやく人間の子の姿で復活できたの。それでもかなり力を失っているのか、天にいた頃よりもずっと動きにくいけれど。」

「ああ、おいたわしや。だから我々も聖龍様のことを見つけられなかったのですね。」


 精霊は心配そうにぐるぐるとその場で回転し、小さく渦を描いた。

「そうだった、私はこの地脈の傷を閉じに来たのよ。分かってるでしょ、地脈が開いているせいで地上は大混乱よ。」

「そうでしょうとも。聖龍様が消えると同時に他の龍たちも力を失ってしまいましたから、管理できるものが居なかったのです。精霊は実体を持てませんし、生き物達は地脈には触れられませんし……」


 精霊から聞いた話は大体予想通りだった。

 地脈が開いたせいで、ここを漂っていたはずの魂はうっかり裂け目から飛び出してしまい、次々に地上に生命が誕生した。

 普通輪廻転生はそれなりの時間を要する。前世の記憶を削ぎ落し、擦り切れた魂を充填する必要があるからだ。更に地上の生き物の総数を増え過ぎないよう、或いは減り過ぎないように調節する機能もあり、この世界の生き物が滅多に絶滅しないのはこのお陰だ。

 しかし、次々に溢れる魂は不完全なまま魔物の赤子として生まれ、更に肉体を持った状態で地脈エネルギーに触れたせいで正気を失ってしまった。あの異常な繁殖速度と成長速度の原因だ。


「まあ、何となく分かっていたけれど。取り敢えず、この傷を塞がないことには何ともならないでしょう。ねえ、どうやったらこの傷を塞げるの?」

 私が精霊の方を見ると、精霊はきょとんとした様子で私を見つめた。

「どうやったら、ですか?どうやっても、できますよ。聖龍様が望めばね。なんたって龍という種族は地脈を神から預かっているのですから。」

「地脈エネルギーは昔操ったことがあるけれど、地脈そのものの修正はやったことがないの。」

「ああ、そうか、貴方は『12番目』様。聖龍の中で最もお若い上に、今は人間のお姿ですもの。他の聖龍様や精霊王様にも会えませんし……ああ、おいたわしや。」


 この精霊はどうも涙脆いのか、それとも不安定なのか。

 黙ってぐるぐると回る様子を見ていると、突然何か思いついたようにぴんと体を張って静止した。

「そうだ!私が犠牲となってお教えしましょう。」


「犠牲?」

「ええ、そうです。勿論手取り足取りお教えしてもいいんですがね、そうすると貴方様が地脈そのものを操れるようになるまで数十年はかかるでしょう。ただ、お優しい聖龍様のことですから、きっとその間に失われる命に心を痛めるに違いありません。しかし、私の魂を吸収すれば全てが解決します。」

「魂を吸収すると、地脈が操れるようになるの?」

「はい、その通りです。私は天が奪われるよりも前からこの地脈に住み、龍が地脈を管理する様子を間近で見てきたので、知識があります。精霊の知識とは、精霊の魂に結び付いた記憶です。ついでに魂を導く力と魔法の知識も授けましょうか。本来他の聖龍様や精霊王様から教わるはずの知識ですから、私が教えても問題ないはず。」


「ちょっと待って、それって貴方はどうなるの?」

「ご心配に及びません。確かに私と言う人格は消滅するでしょう。が、精霊とは多数いるようで、本来は1つの集合意識。私の代わりに、精霊王様が新たな精霊を生み出すでしょう。……ああ、でも聖龍様が生き残っているという記憶だけは残しておきましょう。貴方様についての記憶を地脈に流しておけば、いずれ王様の元へ届くでしょうから。」

 そう言うと、精霊は自分の魂の一部を千切り、手放した。魂の欠片は地脈に沿い、どこかへ流れて見えなくなった。


「そう……貴方がそれでいいなら構わないわ。」

「構いませんよ。」

「ああそうだ、私、もう1つ言っておきたいことがあったの。今後の動向というか、独り言みたいなものだけど。他の生物(ひと)には言えなかったから聞いてほしい。」

「何でしょうか?」

 精霊は首を傾げた。勿論比喩表現だ。


「私、天使達に復讐しようと思うの。」

 復讐なんて、聖龍らしからぬ感情だ。

 この世の全てを愛し、慈悲で包み、どんな罪も許す。聖龍とはそういう存在であり、実際私以外の聖龍ならそうするだろう。

 しかし、私は他の聖龍とは違う。生物(ひと)の心を持った上で聖龍の肉体を得た存在。だから、天使のことを許せない。


 それを、この精霊はどう思うだろうか?清いはずの聖龍が、こんな醜い感情を持つことを蔑むだろうか?


「いいじゃないですか、復讐。何でも好きにすれば良いと思いますよ。」

「……軽蔑しないの?聖龍なのに攻撃的だって。」

「いいえ、全く。確かに12番目様が他の聖龍達と比べてちょっと変わっているというのは聞いています。しかし、貴方は神や他の聖龍様、精霊王様から認められた12番目の聖龍様。この世界において、その地位は絶対なものです。……だからこそ、私もこの魂を犠牲にしてでもお役に立とうとするのです。」

 精霊は変わらず穏やかに笑いながらふわりふわりと漂っている。


「今だって、貴方は聖龍の不殺本能と利他的精神に支配されているのでしょう?実際に貴方は無関係で無利益な生き物たちの為に、わざわざここまで来て地脈を封じようとしているのですから。未だにその定めに縛られ続けている存在を、聖龍と呼ばずして何としましょうか。」

 彼らは、聖龍という種族に絶対の信頼を置いている。私が命を傷つけられないのと同じように、彼らは精霊として聖龍に付き従わねばならない。

 我々は生き物じゃない。「生きる為に」なんて言い訳は使えない。


「全ては、聖龍様の仰せのままに。」


 精霊の魂が輝き始めた。液状だった塊は蒸発するように霧状へ姿を変え、少しずつ私の体へ侵入してくる。

 その霧を吸い込む度に、自分のものでない記憶が次々と脳裏に焼き付いていく。

 今まで忘れていたものを一気に思い出すような感覚に若干の気持ち悪さを感じるが、じっと耐えなければ。


 長い長い時間のように思えた。もしかしたら、一瞬だったのかもしれない。

 今まで曖昧だった知識の穴を埋めるように記憶が補填されていく。ぼんやりとしか認識できなかった地脈の様子が、はっきりと輪郭を持って見える。

 これが、『知識』だ。


「……精霊よ、貴方の犠牲に感謝する。」

 生き物の死と全く違い、精霊の死は魂の消滅。

 でも、その記憶は私の中にしっかりと生き残っている。


 地脈を泳ぐように移動し、裂け目へと向かう。

 今この瞬間も沢山の魂が裂け目から外に飛び出している。

 私はその裂け目に手を翳し、指先を向けた。


 どうすればいいか手に取る様に分かる。

 今まで地脈を管理してきた龍を、最も間近で観察し続けた精霊の記憶が、私を助けてくれる。

 針と糸で布を繋ぎ合わせるように、傷口を端から縫い合わせていく。

 魔力の消費が激しいが、聖龍の膨大な魔力の前ではほぼ無に等しい。


 やがてあれだけ大きかったはずの裂け目は綺麗に閉ざされ、魂とエネルギーは完全に循環の中へ閉ざされた。



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