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聖龍様の仰せのままに  作者: カルムナ
シルハの狂気
21/43

18

 広大な樹林の中、深い深い地の奥に、それは広がっていた。

 地図にも載っていないが、隠されていたと考えるには大きすぎる。ここ直近でできたものに違いない。

 雄大な自然に囲まれた中に存在する、異質な柔らかい光。

 その光は、この森を分かつように開いた巨大な地の裂け目から漏れ出していた。


 あれほど騒がしく暴れていたはずの魔物はこの辺りに一切おらず、死体すら残っていない。

 恐らく早々に逃げだしたのか、とっくの昔に死んでいたのか。

 代わりに木々や虫、小鳥や両生類、爬虫類たちが穏やかに暮らしている。魔物がいなくなった分を埋める様に、魔法が使えない一般生物たちが繁殖したのだろう。


「結構盛大に広がっているわね。」

 地割れを起こしたように横数キロに渡って裂けた地面の隙間は深い崖となり、その下から真っ白な光が湧き出ている。底は深く、眩しいせいでどうなっているか視認できない。

 この森に狂気を齎したエネルギーはそこから出ていた。


『これ何?』

「地脈よ。この世界全体に、木の根のように張り巡らされた地脈エネルギーの通り道。そして。死者の魂が還り、輪廻転生を待つ場所よ。」

『輪廻転生?』

「生まれ変わりのことよ。貴方も死んだらここに戻って、別の生き物に生まれ変わる時にここから出てくるの。……でも、それだけじゃないわ。ここは地脈エネルギーが宿る場所でもあるの。貴方達を狂わせた力の原因ね。」


 地脈エネルギーはこの世界を保つ上で重要な働きを持つ。

 肉体を持たない魂を安定させ、自然を豊かにする。更に、地上が混乱に陥った際はこのエネルギーを適切に使って元通りに戻す。

 いわば、この世界の血管である。

 神が作った力の1つであり、この世で最も純粋で穢れなき力だ。

 しかし、その純粋さは既にこの世に生きるものにとっては狂気、毒となって牙を剥く。なぜなら、生き物の本質は混ぜ物であるから。


「大昔にね、このエネルギーを使って地上を支配しようと考えた者達が居たのよ。まあ、身の丈に合わない力を欲したせいか、失敗に終わったけれど。」

 強欲な人間達が地脈の存在を知って掘り出し、自分のものにしようとしていた時期があったな。結局地脈エネルギーは人間の手に負えず暴走し、龍達が後始末をしたっけ。


 本来は天界に住む者がこの地脈を操り、分配を決めて、地上や地中に住む龍達が管理、護衛をする役目を持つ。

 が、今まで地脈を管理していた龍もいなければ、操る聖龍もいない。管理されなくなった地脈が何らかの原因で露出して、こうやって周辺にエネルギーが溢れてしまった。

 魔物は特にこの地脈エネルギーに対する耐性が低い。曝露時に普通の人間含む一般生物よりも影響を受けやすく、少し触れただけで魂に影響をきたしている。


『どうするの?』

「そりゃあ、ここまで来たんだもの。何とかして塞いでくるから、貴方は後ろに下がって待っていなさい。」

 グリハとミズハが言われたとおりに後ろへ下がるのを見届け、私は前へと歩み出る。

 あと一歩踏み出せば光り輝く奈落の底、その淵に立って両手を構える。


 淡く光る地脈エネルギーは今この瞬間も次々と地上に溢れ出している。絵具が水中に溶け出す様に、ガスが部屋中に充満する様に、光の粒子がふわふわと上空へ舞っていく。

 自らの魂を鼓舞し、その粒子一粒一粒に祈りを込める。マクロな視点で見れば大きな絶望の波に見える地脈エネルギーも、ミクロな粒子の集合体に過ぎない。


 地上に墜ちて3000年、されど私は聖龍。

 地脈を操る許しを神から得た、唯一の存在。


 ---


 グリハは、ただの弱い魔物であった。

 森の端に住処を作り、小さな群れを成して小動物を狩りながら生きる種族、ゴブリン。決して強い魔物ではない。自分よりも強い魔物や人間に狩られながらも、高い繁殖能力と社会性でそれなりに繁栄してきた魔物。

 そしてその一員として生まれたことに、何の疑問も抱かなかった。

 だが、その妥当な人生は突如現れた謎の現象によって破壊された。


 最初はただ仲間同士の仲が悪くなっただけ。喧嘩が増えて、狩りの協力も上手く行かなくなってきた。

 広い縄張りも維持できず、他の魔物に一部を奪われて余計に仲が悪くなった。

 ただし、これ位は()()の範疇を超えない出来事。群れで暮らす魔物にとっては珍しくもない、ただの喧嘩だ。

 それでも、この狂気は()()でなかった。


 このまま群れに居てもダメだ、殺される。

 狂暴化した仲間達を目にし、即座に群れを離れ、別の地へ逃げる判断をした。その判断自体は正しかった。

 しかし、弱い魔物が策もなく単体で生き延びれるはずがない。何とかその辺のスライムを餌付けしてついてこさせることには成功したが、戦力には程遠い。

 結局狩りも上手く行かず、死肉を漁る日々が続いた。


 そんな時だった、彼女と出会ったのは。


 都合のいいカモだと思った。人間は大抵食料や道具を持っているから、上手く奪い取れば自分のものにできる。

 大抵は強くてゴブリンだと束になっても敵わないが、彼女は幼く小さく、そして1人だった。

 これはチャンスとばかりに襲い掛かったが、不思議なことに彼女は魔物である自分達に()()を話した。それどころか、害を与えようとした自分達を許し、受け入れようとまでしたのだ。

 余りに異質。しかし同時に、自分はこの人についていくしか生き残る方法はないと感じた。


 それ程長くない旅路だったが、その中で自分が変化していく様を自覚していた。

 彼女に触れられて、どんな魔物も逃れられなかった狂気から守られた。

 ただのゴブリンだったはずの自分が、スライムや彼の協力があったと言えど、巨大化したオークを打ち取るほどの気概と知恵を手に入れた。

 彼女に名付けられた瞬間、身体の底から更に湧き上がる力を感じた。

 それは、森で広がっていた狂気のせいではない。明らかに、目の前にいる彼女のおかげ。


 そして、それらを与えてきた彼女が人間でないことはうすうす気づいていたが、今まさに目の前ではっきりと示された。


 異常な程白い肌に蜘蛛の糸のような髪。全くの色を持たない容姿は、この世界に広がる雑多を寄せ付けず、常に純粋さを保っている。

 彼女はオークに殺されかけた時でさえ、死の恐怖を感じていないようだった。生にも死にも執着しない無気力な瞳は、いつも天を見上げている。

 自分と同じ生き物というには余りにも神々しく、無機質。


 そんな彼女は今、この森の混乱であろう地の裂け目から湧き上がる強大な力を、まるで自分のもののように操っている。

 彼女が願えば、あの力はこの森一帯を完全に滅ぼすことだってできるだろう。

 しかし、彼女がしている事はその真逆。狂気を孕んだ魔物たちが纏っていたあの近寄り難いオーラを自ら身に纏い。元あるべきへ返している。

 迷った子羊を群れへ返す様に、力は次々と裂け目へ吸い込まれていく。


 しかし、肝心の裂け目は開いたまま。いくら地脈に返しても、次から次へと湧き上がってくる。


「ダメね、キリがない。」

 彼女は目を開き、そして一歩踏み出した。

 その先は遥かなる崖下、輝く地脈エネルギーの根源。

 ふわりと風に一瞬煽られた小さな影は、次の瞬間には当然の様に下降し始める。


『待って!』

 咄嗟の叫びも虚しく、彼女は裂け目へと吸い込まれて行った。


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