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聖龍様の仰せのままに  作者: カルムナ
シルハの狂気
19/51

16

 ゴブリンとスライムが食事をしていた時、私は死体の確認をしていた。

 この集落が狂気によって滅んだものならば、闇コウモリの時と同様の特徴が現れるのではないかと考えたからだ。

 バラバラになった死体を見るのは怖くない。ただ、悲しくなるだけ。


 やはり想像通り、若くて小柄な個体が多い。

 死体がバラバラになっているとはいえ、その腕や足の太さから大体の体格を想像できる。個体数はちょっとわかりにくいが、大体数十程度だろうか。

 集落の大きさに対して死体の数が多いので、一見他の集落のオークと喧嘩したようにも見える。が、それにしたってこんなに肉体を細かく千切って投げ捨てる様な真似はしまい。


 疑問点は色々あった。が、今となってはそれどころじゃない。

 集中すべきは目の前の相手だ。


 本来のオークは精々2~3m程度、大きい個体でも滅多に4mはいかない。

 だがこいつはどうだ、ゆうに5m近くあるではないか。しかもその体重のせいで地面は凹み、足跡がくっきりと残っている。

 踏まれた植物はつぶれ、土は硬く踏みしめられている。


 緑色の肌は黒っぽく変色し、顔の皮膚も焼け爛れている。どこでそんな怪我を負ってきたのか分からないが、何とも痛々しい。

 思わずその怪我を治療したい衝動にかられ、少し手を伸ばしてしまった。


「ブルルルッ!」

 だが、オークはそれを攻撃の予兆と捉えたらしい。手に持った巨大なハンマーを構え、構わず私に振り下ろしてきた。

 咄嗟の判断で身を躱すと、勢い余ったハンマーは地面に叩きつけられ、地響きを起こしながら地面に亀裂を入れた。


 ダメだ、しっかりしろ。

 あれは私が傷つけた訳じゃない。だから、私が治療をしなきゃならない義務なんてない。寧ろむやみに手出しする方が聖龍としての在り方に反するだろう。

 今は何事もなく目的地へ向かうことを優先しなきゃ。


 軽々と振るわれたハンマーを左右にいなし、オークの懐へと飛び込んでいく。

 武器の振り方からして、力は強化されていても素早さは元のオークと変わらないようだ。杖を突きつけ、至近距離からオークの足元に向かって氷魔法を撃ち込んだ。

 氷の礫がオークの膝に当たり、その冷気に思わず奴は脚を引っ込めた。

 更にその隙を突き、すっと後ろに飛んで移動すると、今度は高等部目掛けて魔力塊を思い切りぶつけてやる。

 オークの皮は分厚く、生半可な斬撃や刺突は通用しない。研ぎ澄まされた剣でもなければ、こうやって質量で攻める方が効果的だと習った。


「ギャアア!」

 一瞬怯んだが、直ぐに怒りの声をあげて反撃してきた。見た目通り、中々丈夫な体をしている。

 怒りに任せた横なぎの大振り攻撃をふわりと浮き上がって回避し、そのままオークの顔面に向けて再び魔力塊をぶつけていく。相変わらず怯みはするが、決定打に欠けている。


「一応話しかけてみるか。オーク、私の言葉が分かる?私は今すぐここを去るから、見逃してくれる?」

「グギャアアア!」

 全く持って通じていない。そもそも同族ですら殺すような状態で、人の話なんて聞いてくれるはずもなかった。

「じゃあ、それなりに戦うしかないよね。」


 オークは鈍い。それは力で勝っているはずのゴブリンの集団に負ける程のデメリットだ。

 冒険者だってDランク以上のパーティーであれば負けることは殆どなく、寧ろオーク狩りを生業にしている人すらいる位。オークは街道に出て人を襲うことが多く、害獣として認識されることも多いから依頼が絶えないのだ。


 それでも、今の相手は何倍にも身体が膨れ上がった上に正気を失っている。

 ボコボコと一部肥大化した筋肉がブチブチ音を鳴っているが、気にも留めてすらいない。痛覚が麻痺しているようだ。

 さっさと昏倒させてやろう。


 私を踏み潰そうとしてきた足を間一髪で避け、そのままオークの身体に沿って飛び立ち、大きな顔まで急接近した。

 オークは驚きながらも、チャンスとばかりに大口を開けて噛みつこうとしてきた。

「口内を晒すなんて無防備ね。」

 その口の中目掛けて炎魔法を繰り出した。火炎放射器のように連続的な炎がオークの口内を焼き、奴は苦痛の悲鳴をあげながら暴れている。

 私を叩き落そうと手のひらで殴ってきたが、ちゃんと読み切っている。ひらりと躱し、地上へと降り立った。


 怒りに燃えたオークが再びハンマーを手にし、縦横無尽に振り回している。周囲の家の残骸や死体が土と共に打ち上げられ、私の頬を掠めた。

 ゴブリンとスライムの方は大丈夫そうだ。一安心。


 流石にこの状態では近づけないので、少し距離を取って再び魔法を発動する。

 魔力塊で攻めきれないなら、更なる質量をぶつければいい。

 水魔法。それは、何もない空中に水を呼び出し、操る魔法。


 召喚した大量の水は杖の先からオークの顔へと発射されていく。口内の炎がようやく消えて反撃体勢に入っていたオークはその水をハンマーで弾こうとした。が、無意味だ。

 ハンマーで弾かれた水は勢いを緩めることなく、物理法則に反して再びオークの方へとカーブしていく。

 オークをぐるぐると囲うように流れる水はやがて空中に大きな渦潮を形成し、奴の身体をその中に閉じ込めた。


 ごぼごぼと音を立ててオークが中で溺れている。狂っているとはいえ、空気が無いと生きていけないのは通常個体と同じだ。

 握りしめていたハンマーも手放し、ひたすら水の外へ出ようともがき続けている。が、鈍い動きでは大量の液体に為す術もない。


 少しずつオークの動きが鈍くなってきた。意識が遠のいているのか、顔が上空を見つめて私と視線が合わなくなった。

 もう少しでオークを倒せる。



 そう思った時、突然痺れるような痛みが脳髄に走った。

「うっ……」

 脳がぱっくり2つに割れてしまいそうな、頭を強く叩きつけられるような痛みに襲われ、脳いっぱいに警告音が鳴り響く。

 身体が言うことを聞かない。ああ、そうだ。本能(せいりゅう)のせいだ。


 気づけば水魔法は解除され、渦潮の形が崩れていく。あれだけ召喚した水は地面に落ちた後、何事も無かったかのように消えていき、オークは解放された。

 頭痛は収まらない。寧ろ少しずつ悪化している。まるで、私があのオークに危害を加えようとしたことを罰するように。

「仕方ないじゃない、あのままじゃ先に進めなかった。だから、ここでやるしかないのに……!」

 それでも、この本能は融通が利かない。ただひたすら、叱りつける様に頭を締め付ける。


 頭を抱えながらもちらりとオークの方を見ると、既に立ち上がっていた。

 朦朧とした意識の中でも攻撃性は維持されているのか、近くに落ちたハンマーの方へとふらふら歩みを進めている。視線は揺らぎながらもたまにこちらを捉え、しっかりと怒りを滲ませている。

 頭痛が収まらない。早く対処しないといけないのに。


 オークがハンマーを手にした。ズズズと引き摺りながらこちらに向かっている。まだ私は動けない。体が言うことを効かない。

 それでもだめだ、動かなきゃ。私がここでやられたら、この森は元に戻らない。そうなれば、あのゴブリンとスライムもおかしくなってしまう。

 何とか頭を押さえながらも立ち上がり、空中に浮きあがって避けようともがく。少し浮いたがまっすぐ進めない、ふらふらしてしまう。


 地響きが迫ってくる。余りにも鈍い足音だが、私はそれすら避けることができない。

 遥か頭上に持ち上げられた鉄槌が、今まさに振るわれようとして、その風圧が私の頬を掠めた。

 その時、


「グルルルァ!」

 聞きなれた声が鳴り響いた。オークの声よりも高く、小さな叫び声。その叫び声は紛れもなく魔物の声であるはずなのに、私の耳には言葉を紡いで聞こえてきた。

『そのヒトを殺すな!』

 その声と共にオークが悲鳴をあげ、ゴポゴポと音を立てながら後ろにのけ反った。私を叩き潰そうとしていたハンマーは手放され、轟音と共に地に落下した。


 何事かと空を見上げると、見慣れた水色の巨大な液体がオークの身体に纏わりついて動きを止めていた。

 ()()が何か、脳で理解するよりも早く、反射的に叫んだ。

「スライム!」

 巨大な液体はスライムだった。今まで見たことが無いほど巨大化し、オークの身体にぴったりと巻き付いている。顔にもしっかりとへばりついているおかげで、オークは息ができずに苦しそうに溺れている。

 なぜあんなに巨大化したのか?まさか狂った?

 いや違う、あのスライムが含んでいる水分に、私の魔力の残響がある。あいつ、私が使った水魔法を消える前に吸い込んで自分のものにしたのか!


 そして追撃するように、ゴブリンがスライムの身体を足場にしてオークの肩までよじ登り、その勢いのまま手にした首元に鋭利な短剣を突き刺した。

 あの短剣には見覚えがある。確か、さっきゴブリンがこの集落で見つけたと嬉しそうに見せてきた宝石の嵌った短剣だ。

 流れ出た真っ赤な血液がスライムの身体に吸収され、拡散して消えていく。オークを包む液体は尚勢いが増し、まるで水流を描くようにぐるぐると回転し始めた。

 間違いない、あのスライムは私の魔法を模倣している。


 ゴブリンはスライムにつかまりながら、何度も何度も短剣を首元に突き刺した。その度に血がスライムの体内へ流れ、吸収される。

 オークは粘液の圧力とねじ切るような流れに逆らえず、もがいても動けない。水よりも粘性が高い分、余計に力が入らない。


 必死にあがき続けていたオークの動きは次第に小さくなり、再び眼球が空を仰ぐようにぐるりと上を向いた。

 だらんと垂れた手足はピクリとも動かなくなり、スライムの動きもそれに伴って止まった。

 ゴブリンも察したのだろう、地面に飛び降りて、直ぐに私に駆け寄ってきた。


『完了!』

 呆気にとられる私の前で、ゴブリンは両手を挙げて喜びのポーズを取っている。

 あれだけ激しかった頭痛はいつの間にか消えていた。

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