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聖龍様の仰せのままに  作者: カルムナ
シルハの狂気
17/53

14

 驚いた、だって突然影狼が流暢に言葉を発したんだもの。

 私が反応をしたせいで、影狼の方まで驚いている。


『お前、我の言葉が分かるのか。』

「私もびっくりよ。まさか私が魔物の言葉を理解できるなんて。」

 原因は分からない。ずっと一緒にいたゴブリンの言葉も理解できなかったのに、初対面の魔物の言葉は分かるなんて。

 肩に乗っているゴブリンの顔を見ると、状況を理解できていないのか、小刻みに震えながら困惑している。


『言葉が交わせようともすべきことは変わらない。……だが、人間よ。お前はもういい。後ろのゴブリンを寄越せ。』

 よく見れば、図鑑で見た影狼よりも随分痩せ細って見える。昼間にこんな場所をうろついていた辺り、本当に暫く食べておらず飢えているようだ。

「どうして?確かに人は肉の乗りは悪いし、雑食性だから不味いとは思うけど。そんなにやせ細ってるなら、少しでも多く食べたいんじゃないの?実際さっきまで私の事を食べようとしてたみたいだし。……まあ、殺される気は無いけどさ。」

 私に噛みつこうとしてきた影狼たちの方を見ると、皆毛を逆立てながら縮こまり、震えている。


『お前はおかしくなった元仲間と同じ匂いがする。住処の近くで奇妙な死体が増えた時、餌に困ってその1つを食った。すると、それを食った仲間は皆おかしくなって、仲間に牙を剝いたのだ。』

「……なるほど。多分狂った魔物の死体を食べて、それで移ったのかな。だから溢れる死肉も食べられず、生きている個体も狂っているから狩れず、飢えてこんなところまで来たのね。でも、匂いってどういうこと?」

『狂気の匂いだ。溢れる死体からも、狂った仲間からも似た匂いがした。冷たいものを嗅いだ時のような、鼻が利かなくなりそうな虚無の匂い。』

「驚いた、そこまで判別できるなんて。余程鼻が優れているのか、それ程濃いのか。」


 ボスの影狼は杖を突きつけられたまま、ぐるりと顔をこちらに向けた。細い顔に埋め込まれた黒い瞳が、私の背後のゴブリンに向けられている。

 私はともかく、ゴブリンは狂気の匂いがしないのだろう。


「それでもだめよ、この子は私の仲間。手を出そうというのなら、もっと痛い目を見ることになる。でも、貴方達が飢えているというのなら別にいい方法がある。このまま森を抜けて、近くの山にでも移住すればいい。私が聞いた限り、この狂気が蔓延しているのはこの森だけ。森さえ出れば狂気に苛まれることもない。」

『ずっとこの森で生きてきた我々が今更遠くに行けるとでも?山には既に他の魔物が縄張りを張っているだろう、我々が行っても無駄だ。』

「どうせ飢えて死ぬなら、縄張り争いに負けても関係ないでしょ?それに言ったでしょ、私はこの狂気を静めに来たの。暫く山の方で凌いで、収まったら帰ってくればいい。」


 ボス狼は疑わしそうにこちらを見ている。私に勝てないことを悟って大人しくしているが、素直に従う気はあまりないようだ。

『どちらにせよ、お前のせいで怪我をした我々は長距離を移動できない。』

「それなら、治してあげる。私のせいで死なれるのは嫌なの。」


 私はボス狼から杖を離し、そのままつかつかと怪我をした影狼たちへにじり寄った。

 影狼たちは怯えながらも、ボスに期待の目を向けた。今ならこの人の子を殺せる。ボスに突きつけていた武器を外したどころか、背を向けているのだから。

 しかし、ボスは動かなかった。動けなかった。

 目の前の人ならざる存在が秘める可能性に、怯えてしまったから。



 回復魔法の使い方は簡単だ。魔力を纏って祈ればいい。

 何を祈るのか?生き物の命に対して祈るのだ。

 この世界を作った神に対してではなく、ましてや天に住むものに対してでもなく、ただ目の前にある命に真摯に向き合う。それが怪我を治し、病気を癒し、寿命を延ばす。


 最初は傷ついた箇所を隠す様にして威嚇していたが、最初の1匹を無理矢理治して見せると唖然とし、その隙に私は彼らの怪我を治して回った。

 魔力針の刺さった関節部分や落下時の打撲跡を治していくと、影狼たちは次第に私への警戒心を解いていった。


『折角追いつめた敵を回復する馬鹿がどこにいる。人間でもそんな馬鹿は滅多にいない。』

「別に、私は目の前で生き物が死んでほしくないだけよ。私のせいで生き物が死ぬのは嫌。私の居ない所で、私に関係なく死ぬ分には全く問題ないけれど。」

『自分勝手な。それは人間の傲慢さ故か?』

「いいえ、私の本能故よ。」

 ひっくり返ったまま骨が折れて動けない影狼たちの脚を取り、骨をしっかりと真っすぐに伸ばして固定する。

 キャインと痛そうに悲鳴をあげたのを無視し、そのまま回復魔法で骨を再生していく。ものの数秒で脚は元通りだ。


「……私だって好き好んでそんな性格してる訳じゃ無い。本当は魔物も人間もどうだっていい、勝手に狂って勝手に死ねばいいと思ってる。でもね、私の本能がそうさせてくれないの。お前達を捨て置きたいという考えも、この利他的本能には勝てない。」

 私の精神は人間だ。人間的価値観で、人間的に物事を判断する。自分に襲い掛かってきた怪物たちに同情するなんて愚の骨頂。そんなことは分かっている。

 だが、私の身体は聖龍のもの。聖龍の身体は勝手に涙を流し、心を締め付け、命を助けようと動く。

 苦しい。この矛盾が、同時に発生しぶつかり合う感情が、ただひたすらに苦しい。


『本能?生き物なら、如何に他者を出し抜いて生き延び、子孫を残すかだけが重要だろう。それとも、人間とは魔物にまで協調性を発揮する生き物なのか?』

「さあね、どうだろう。でも、人間も魔物と同じような欲を持っていることは確かよ。」

『我々は獲物を求めて移動する。お前が怪我を治した結果、他の人間が襲われて命を落とすことになっても良いのか?』

「それは私のせいじゃなく、自然の摂理よ。生き物は生き物の犠牲の上で成り立っているだけ。」


 首を傾げるボス狼に、私はハッと自嘲気味に笑って返した。

『……お前のいう事はめちゃくちゃだ。全く理解できやしない。だが、それでも1つはっきりした。お前は、人間じゃない。お前は、人間でも魔物でもない、ましてや生き物ですらない。何か、もっと、我らには理解できぬような、』

「分からなくて結構。そうよ、私は人間じゃないの。人間ですらない私の考えなんて、魔物であるあなたにはきっと理解できないでしょう。でも、私が何者かなんてあなたには関係ないのよ。……これで、よし。」


 最後の狼を治療し終えた。全ての群れの狼は立ち上がり、何事もなかったかのように完治した身体に戸惑っている。

 殺されることを覚悟で襲い掛かったのに、まさか温情を掛けられるとは思わなかったのだろう。

 まだ裏があることを疑い、私を警戒し続けている個体もいる。勝手に警戒してくれて構わない、どうせ私は何も企んじゃいない。


「じゃ、私達はこのまま進むから。スライム、出ておいで。」

 私に声に、ようやく地中に潜り込んでいたスライムが出てきた。

 ぴょーんと飛び上がり、私の元へとすり寄ってきた。暢気なものだ、きっと時間感覚も普通の魔物より遅いに違いない。

 ずっと背負っていたゴブリンは、狼たちの治療時に地面へ下ろしていた。座ってゆっくり休憩できたらしく、元気!と両手を頭の上にあげている。


「貴方達は勝手に生きなさい。この子達は私と一緒に居るからダメだけど、私の見ていないとこだったら何をしてもいい。自然の摂理の範囲内なら、ね。」

 私は魔物2匹を引き連れたまま、森の奥へと歩みを進めた。背後で影狼たちが呆然としているが、関係ない。

 また気が変わって襲い掛かられたら面倒だから、少し早歩きで離れよう。


 ああ、でも、どうして影狼のボスとだけ会話できるのかは気になるな。もっと観察すべきだったか。

 まあいいか、どうせ本人(あの狼)には分からないだろうし。


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