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聖龍様の仰せのままに  作者: カルムナ
シルハの狂気
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13

 影狼は文字通り、影の様に真っ黒な狼たちだ。

 普段は夜行性で闇に紛れ、素早い動きで相手を翻弄する。奇襲して獲物が混乱している隙に鋭い爪と牙で相手を少しずつ切り刻み、少しずつ追いつめていく集団暗殺兵のような魔物である。

 そんな魔物に真昼間から出くわすのも珍しい。今は寝ている時間のはずなのに。それも奇襲する訳ではなく、真正面から囲んで襲おうとしているなんて、影狼にしては要領が悪い。


 ダメそうだったら逃げよう。

 そう決めて、私は影狼に話しかけた。

「影狼たち、どいて。私は貴方達の狂気を解きに来たのよ。」


 影狼たちはびっくと身体を震わせ、互いに顔を見合わせた。まさか人間が魔物に通じる言葉で話しかけてくると思わなかったに違いない。

 しかし、直ぐに体勢を立て直し、更なる威嚇を仕掛けてきた。

 この地域はまだ、影狼の生息域じゃない。本来ならもっと深い場所に居るはずだ。

 それにも関わらず彼らは狂っている様子もなく、寧ろ弱っているようにも見える。もしかしたら、彼らは縄張りを追われて飛び出してきた被害者なのかもしれない。


「影狼たち、私の言葉が分かる?元居た場所から追い出されてきたんでしょう、私はそれを直しに行くの。どいてちょうだい。」

 何とか戦いを避けられたらラッキー。それくらいの気持ちで、再び話しかけてみた。

 それを聞いた再び影狼たちは硬直している。単なる聞き間違いじゃなかったと気づいた分、警戒心が増大しているようだ。

 影狼たちの中でも一番大柄な個体がボスだろうか、彼は仲間と一瞬だけ目線を合した後、余計に大きく低い唸り声を上げた。

 それは獲物に多する最後通告と同時に、空腹に苛まれた悲鳴のようにも聞こえた。


 交渉決裂。


「スライム、融けて!」

 私の合図と共に、スライムは液状に融けて柔らかい腐葉土の中へと瞬時に吸い込まれた。

 影狼は素早いスライムの動きに目を一瞬取られたが、所詮スライムが逃げただけだと認識し直すと、直ぐにこちらに注意を戻した。


 私とゴブリン、スライムは魔物と遭遇した時に備えて予め作戦を立てていた。

 ゴブリンやスライムは魔物の中でも下級も下級、最下級。最も弱い魔物だ。森の奥に生息する魔物、それも狂って攻撃的になった魔物とまともに戦闘する事すら敵わないだろう。

 一方で、私も戦うことは難しい。大抵の魔法は使えるが、死ぬ気で攻撃してきた相手を殺すこともできないのだから。


 だから、スライムには接敵時真っ先に融けて地中に逃げるよう指示しておいた。

 スライムは体の99%がただの液体であるが、その中に柔らかい透明なコアが混ざっている。このコアを破壊されるとスライムは死んでしまうので、普段は液体中に隠している。

 このコアごと地中に身を隠すことで、相手の戦意喪失を狙うという作戦だ。


 コアは魔力探知で探される可能性もあるため、私は予めスライムの身体に幾つか魔力の塊を放り込んでいる。これで他の魔物にはコアが幾つも潜んでいるように見えるから、本体が壊される可能性も低くなるだろう。

 そもそもスライムは肉体を持たない上弱い為、他の魔物にとっても狩る意味がない。狂った魔物の目から逃れられればそれだけで生存できるはずだ。

 作戦通り、影狼たちはスライムへの興味を失った。彼らの目に映るものは美味しそうな肉体を持っている私とゴブリンだけ。


 素早い影狼の攻撃に合わせ、私はゴブリンの身体を抱えて飛び上がった。勢い余った影狼が背後の木にぶつかり、ガサガサと大きな音を立てて葉がはらはらと落ちてゆく。

 そのまま木の上の細い枝の上に飛び乗り、影狼の様子を見る。影狼たちは突然飛び上がった私に困惑しながらも、まだあきらめる気は無いようだ。

 彼らの脚力なら、私の飛んんでいる高さ位まで余裕で届くだろう。木の枝ごと引き摺り落されてしまう。


 かといって、彼らの牙が届かないところまで高く飛び上がることもできない。

 周辺の木よりも高く飛べば、そこは鳥系魔物たちの縄張りだ。目を付けられれば最後、死ぬまで追い回される。

 辺りを逃げ回ったところで、あの素早い群れはどこまでもついてくるだろう。むやみやたらに移動すると現在位置を見失うし、他の魔物に見つかる可能性もある。


 こういう時、どうすればよいか。

 自分を襲えば餌を得る以上の損失が出ると悟らせればいい。


 動物というのは非常に論理的だ。

 何かを得るリスクとリターンを計算して生きている。それは本能に刻まれている場合もあるし、思考で得る場合もある。

 捕食を諦めさせるのも、獲物の戦略の1つ。


「悪いけど、私達もただやられる訳にはいかないの。」

 腰に下げていた杖をローブから取り出し、一瞬のうちにして構える。無骨で飾り気のない杖だ。それでも、ある程度魔力をそのまま形にした、基礎攻撃だ。

 属性のない純粋な魔力塊である魔法弾は影狼の頭にぶつかり、驚いた影狼は短い悲鳴を上げてそのまま落ちていった。

 少し同情して心が痛むが、死を目撃した時ほどじゃない。ほっとしたのも束の間、代わりに次々と別の影狼たちが襲い掛かってきた。


 何度も魔力弾を撃ち込み、影狼を木の麓に落としていく。

 それでも、決定的なダメージは与えられていないらしい。少しよろめく程度で、また元気に駆け上がってくる。

 彼らも餌を得る為に必死なのだろう。


「ちょっと強く反撃するから、死なないでね。」

 手で掴んでいたゴブリンを背中に背負い、両手で杖を握りしめる。

 木の上じゃ安定しない。地の利を捨ててでも、安定した地上に降りた方がいい。

 ふわりと地上に降りてくるなり、影狼たちは好機とばかりに複数方向から飛び掛かってきた。鋭い爪と牙が私達に迫り、ゴブリンが怯えて肩を強く握った。


「大丈夫。」

 そっと呟き、魂から魔力を引き出す。

 私は実に色々な魔法が使える。天界に居た頃、地上に居た様々な生き物の魔法を真似していた故だ。

 だからきっと、現在の人間が使う魔法とは色々と違うのだろう。私としては、使えれば何でもいいけれど。


 魔力塊を今度は針状に変形して金属のように実体化させ、高速で前方放射状に撃ち出した。胸や頭は狙わない。狙うのは脚だ。

 脚にいくつもの針が刺さった影狼は呻き声を上げ、手足をびくっとばたつかせた。関節部分に上手く刺さったようで、もんどりうって痛みに悶絶している。

 同時に背後から襲い掛かってきた影狼の方を振り向き、魔法の壁を作り出して牙を弾く。勢い余った影狼は壁に頭から激突し、昏倒している。

 追撃とばかりに質量のある魔力弾を頭に撃ち込むと、頭を強く打ち完全に意識を失った。


 しかし、まだまだ無傷の影狼たちも残っている。彼らは特攻部隊が全滅して怯えたが、後ろのボス個体が一声吠えると、すぐさま戦闘状態に入った。

 あのボスを何とかしないと止まらないか。


 戦闘態勢で構えている影狼たちの群れを統率するように、ボスは一番背後で吠えた。

 その声を聞いた手前の影狼たちがジグザグに動き出し、不規則な動きをしながら距離を詰めてきた。

 ゆらゆら揺らめく影が互いに交差し合い、周囲の草陰に隠れて視認し辛い。前後左右に影狼がぐるぐる回り、光る眼だけが残像を残して頭が痛くなる。

 何匹もの影狼たちが走り回り魔力があちこちに残るせいで、魔力探知での位置把握もできない。


「グルルッ、ガアッ!」

 彼らの姿が完全に靄となって視認できなくなった時、これを機としたのか一斉に私に飛び掛かってきた。

 私の頭に、腕に、足に、様々な部位目掛けて飛んでくる。動きが早すぎて、避けようにも反射神経が追い付かない。普通の魔物ならこれで積みだ。


 しかし、彼らが手応えを感じることは無かった。

 力強く噛みつこうとした牙は空を噛み、互いの身体に衝突し合う。

 私がいたはずの場所には何もなく、ただ靄と共に消え去る幻影が仕掛けられていた。


 ---


 ボスは油断していた。

 相手は最弱の魔物ゴブリンと、まだ小さく幼い人間。

 飢えた体にはうってつけの獲物だ。返り討ちに合う危険性も低く、動きも遅いので逃げられる心配もない。

 多少魔法が使えるようだが、それでも脅威という程ではない。こんな子供が強力な魔法を使える程魔力がある訳ないのだかから。


 だが、ふたを開けてみればどうだ。

 影狼の得意な戦法で追いつめたと思えば、先ほどまで戦っていた相手は魔法で構成されたただの幻影。しかも、魔力探知ですら気づけなかったほどの精巧な幻影だ。

 いつから入れ替わっていたのかは分からない。

 分かるのは、幻影をおとりにした本体がいつの間にか自分の背後を取り、触れる程に近づいて杖を頭に突きつけている事だけだ。

 仲間達は動揺し、恐怖で凍り付いたように固まっている。自分と同じだ。


「貴方達じゃ私を狩れない。命まで失う前にここを去りなさい。」

 少女の透き通った声が頭に響き渡り、意思が言葉となって魂に刻み込まれるようだ。

 この少女はただの人間じゃない。化け物というには余りに神聖な、人ではない()()


 ここまで接近してようやく気付いた。

 彼女が発する気配は魔力じゃない。もっと穢れのない、純粋な力。

 それはまるで、狂った我らの元仲間が纏っていたような、神々しい光にも見えて。


『命はどうあがいても失われる。狂わず飢えぬためには、お前達を肉塊とし食さねばならぬ。』

 魔物の言葉が通じるとは思っていない。

 元より影狼の言語は影狼同士で連携を取るためのもの。

 だから、この言葉も仲間を鼓舞するために呟いただけだ。死ぬ気で食すか、この少女に殺されて死ぬか。


 だが、予想に反して少女は目を大きく開き、鈴の鳴る声で呆然と呟いた。

「あら、貴方喋れるの?」


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