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四肢を奪われた騎士

四肢欠損、暴行、強姦等、残酷表現があります。

詳細な描写はありませんが、閲覧注意です。

数年ほど、人道に反した見せ物小屋にいた。

四肢を切断された男を、死なない程度に殴る娯楽施設に。

公安から咎められなかったのは、見世物である俺が旧王国貴族だからだろう。

尊厳なんてものを忘れ去った頃、成金の紳士が俺を買い取った。


男を殴ることで鬱憤を晴らしていた客たちが、「ついに、男色家に買われたか」と嘲笑った。

元貴族の元騎士は、整った顔の男が多い。

線の細い美形より、骨太で男っぽい方が、そういう欲望を持つ客に人気らしい。多くの騎士が男娼になったが、同性の客も少なくないと聞いた。

腕から下、膝から下を切断された俺にさえ、そういう需要があった。人間の闇は、底が知れない。


紳士は屋敷に入るまでは鷹揚だったが、ふたりきりになると「遅くなって、申し訳ありませんでした」と、平伏した。


「俺は、貴方を知らないのだが」


「今でこそ義肢装具メーカーの社長ですが。若い頃は、イース公爵家で馬具の手入れを担当しておりました。大勢いた鍛治士のひとりです。記憶にありますまい。お嬢様の婚約者は、騎士の中の騎士でして。お嬢様をお救いするために王都から逃し、自らは最後まで主君を守って戦われました」


「…………」


そんな歴史は存在しない。

俺は、ただオレステス陛下の側にいただけだ。

革命軍に悪と見做された王侯貴族たちが、葡萄を潰すように処刑された現場に。

あれは、法治国家が成す、罪人の処罰などではない。

常態化した集団ヒステリーだった。


最期の王オレステス陛下が無血開城と退位の調印をしたとされているが、実際にしたのは影武者のルシアスだ。

落城前夜、ルシアスは陛下を気絶させ、服を取り替えた。

さらに、陛下の顔と喉を酸で焼いて、城下に放り出した。つまり、下僕に八つ当たりする暴君を演じて見せたってわけだ。

協力したのは、陛下の側近である俺やホレイシオ様だ。ケイロン様には、「やりすぎだ」と呆れられた。ケイロン様が『止痛の聖魔術』の使い手だから、やらかせたんだがな。



ルシアスは笑って投獄されたよ。


「あいつらは、兄上だと信じて俺を殺すんだ。ザマアミロ」


ルシアスは、異母兄のオレステス様の身代わりとなり死にゆく自分を誇っていたと思う。

だが、残虐すぎる暴力は、やがて彼から正気を失わせた。

変わり果てた姿で、瀕死の状態で、断頭台に寝かされた彼は、惚けたように微笑んだ。

断頭台って、うつ伏せで膝まづかせるもんだろ?

それを仰向けに寝かせて、ギロチンの刃とご対面て。

反吐が出そうな悪意だよ。考えついた奴の脳みそって、どうなってるんだろうな。

俺は、断頭台の紐を引かせるために連行されて、その場にいた。

忠臣に引導を渡される愚王の物語を紡いで、後の世に伝えんとする脚本家でも、いるんだろうよ。

だが、そいつらは知るまい。あのギラついた刃に、ルシアスの瞳が安らいだことを。

引導を渡すのが俺と気づいた彼が、一筋の涙を流したことも。


「ルシアスが処刑されるなら、イアソンに幕を引かせるなら、父上(あんなやつ)を殺すんじゃなかった!」


処刑の直前、歓声に混じってそんな慟哭が聞こえた。きっと、幻聴だろう。



この頃には、ケイロン様とホレイシオ様も処刑されていた。結婚していたら、妻子も連座だっただろう。そうなるとわかっていたからこそ、茶番を演じて婚約者たちを逃したのだから。

俺の家は父がうまくやったのか、革命軍に寝返っていたのか。除籍された俺が、禁固刑になっただけだった。

後ろ手で手錠をかけられ、地下牢の床に転がされたのも、俺だけだ。

他の囚人たちは、男は暴行を受け、女は犯された。

騎士でありながら、何もできない。誰ひとり守れなかった。阿鼻叫喚を聞きながら這いつくばり、歯軋りするしか。


同じ牢の部屋で、日夜ヘレナが犯された。

対外的には夫婦で、俺がベタ惚れしている設定だからだろうか。

彼女の美貌は、男たちを狂喜させた。そのお陰か、他の女と比較すれば、汚いことや痛いことをされなかったように思う。

それとも、絶世の美女でなければ、早急に殺してもらえたのだろうか。


獄中の王妃ヘレナは、決して取り乱さなかった。

体力を温存したかったのか、ひとりになるとこんこんと眠り続けた。人を不安にさせる眠りだった。


「これは、イアソンくんたちの婚約者さまたちを、傷つけた、罰だから。わたしだけルシアスに愛されて、幸せになった罰だから。ちゃんと受けるよ」と、笑った。


こんな罰が、あってたまるか。

これで溜飲が下がる令嬢がいるとしたら、間違いなく気が狂っている。


1か月後、使用人に扮したオレステス陛下が、地下牢に煙幕を投げた。俺の手錠を壊し、意識が混濁していたヘレナを抱え、王族だけが知る経路をひた走った。


「傀儡の王族と腐敗した大貴族が、僕が、君たちが、断頭台に散る覚悟はしていた。毒を煽る覚悟も。だが、これほどの暴力を、辱めを受けねばならん理由が、どこにある?!」


…………オレステス陛下は、愛すべき世間知らずだ。


ここまでせねば、気が済まぬ者たちがいた。引っ込みがつかなくなった者たちも。

命乞いをしながら惨殺された男たちの中に、暴利を貪り、民を虐げた者たちがいる。

犯されて殺された女たちの中に、気に入らぬ女中に犬をけしかけたり、欲しい品がないと商店を潰した者がいる。

貴族たちは、意識的にしろ無意識にしろ、平民を傷つけた。不当な搾取を繰り返した。復讐や八つ当たりを正義の鉄槌と信じた結果、暴力が日常化した。それだけの話だ。


ここまでされる謂れがない貴族は、敬虔な聖職者だったケイロン様、贅沢が身につかなかったヘレナ、そして選民思想と無縁なオレステス陛下くらいだろう。

俺とホレイシオ様は、たいがい後ろ暗いことをしてきた。

因果応報と言われたら、理解はする。納得はしないがな。


逃亡中に、ヘレナの妊娠が発覚した。

誰の子かわかったもんじゃないのに、生まれてみれば陛下やルシアスにそっくりで。

黒髪に瑠璃色とアメジストのオッドアイで。


子は、シリウスと名づけられた。

地獄を生き抜いた天使。希望の光。


オレステス陛下の子である可能性? ないな。絶対にない。なぜ言い切れるかって?

彼の方は、婚約破棄の直後に断種されている。自分の血を、直系嫡男の血を断ちたいと言ってな。

まあ、本音はカサンドラ嬢への贖罪だろうな。彼の方は、彼の方が思う以上に、婚約者を愛しておられた。

絵師スピカの作品群を、切なげな眼差しで見つめておられた。

ヘレナのことも愛していたがね。大切な異母弟の妻として、義妹として、だな。

結婚は嘘っぱちだったが、ホレイシオ様もケイロン様も俺も、やはりヘレナを慈しんだ。

娘がいたら、こんな子がいいなと思っていた。俺の方が年下だったのに。


……そうか。あの娘は、死んだか。


滅びゆく国と、落日の世界で、まるで太陽みたいな存在だったヘレナ。地獄に落ちたであろうルシアスを、照らしにいったのだろうか。




ああ……傷痕が気になるか?


あなたが開発された義足と義手は悪くねえが、まあ、騎士だった面影は消えたかな。


切断面より、背中や首が痛々しい?


脱獄後に捕まったからな。小さくねえ傷が残る程度の折檻は、されたさ。

捕まったのは、王都からだいぶ離れて、シリウスが無事に生まれて、しばらくしてからだ。

情けないが、気が緩んでいたんだよ。

俺はしんがりを務めて、オレステス陛下とヘレナを逃した。

革命軍の、義勇兵どもだった。

義勇兵なんて、その場しのぎの使い捨てだ。雇用を切られて腐っていたところに、逃亡中の王妃と脱獄犯を見つけりゃあ、な。

ひとしきり暴れて捕まった俺は、鞭で打たれ、引き回された末に、四肢を切断された。

居場所を吐けって言われたって、知るかよ。

陛下は甘っちょろいが、ヘレナは肝が座ってるからな。有事に身を隠して、俺を切り捨てるくらいする。

やりたくなくても、やりきる。

あれは、そういう女だ。ルシウスが、そう仕込んだからな。ワリィが、カサンドラ嬢よりもヘレナの方が、王妃に相応しいと思うよ。ひどい暴行を受けても壊れず、愛した男との結晶を守るって役割の王妃なら、な。


その後は、見世物小屋に売り飛ばされて、現在に至るってわけだ。






「…………だそうですよ。お嬢様」


俺の話をひとしきり聞いた男は、隣室に繋がる扉を開いた。

女がいた。

絶世の美妃と謳われたヘレナ妃よりも、美しい女が。


「ペンテシレイア……?」


俺の幼馴染だったその女は、瀟洒なベッドに身を起こしていた。蝋のように青白い肌。痩せこけた頬に。健康的でややふっくらしていたはずの少女は、鶏ガラのように痩せた病人になっていた。


「呼び捨て、しないでくださる? 人妻ですのよ」


「失礼した。マダム」


ぎこちなくだが膝を折ろうとすると、善良な淑女は慌てて椅子を薦めてきた。義足で座りやすい高さの椅子を、部屋の数だけ作らせたらしい。


「追放されて神の花嫁(シスター)になった私は、辺境で公国が発足した頃に還俗いたしました。最初の公王になった元辺境伯は、奥様に先立たれていましたでしょう? ご子息が成人されるまでの間、白き結婚を要請されましたの。先ほどの方が、現在の夫です。共和国を厭い、公国で会社を興したいと申すので、名義貸しで結婚しました。今度も白い結婚。旦那様には、とても素敵な彼氏がいらっしゃるの。今度、紹介するわね?」


「…………」


そういえば、俺を身請けしたとき、男色家を仄めかしてたな。俺はともかく、他の奴隷にも興味なさげな様子で。


「何度も結婚したのに処女だなんて、可笑しいでしょう?」


「いや……」


可笑しいものか。

波瀾万丈だとは思うが。


「可笑しい女で結構。無垢で純真な女では、愛した殿方に結婚していただけませんでしたもの。高潔な癖に低俗を気取る、手足を失ったのに麗しくて、誰より馬鹿な男に、知らずに守られてしまったのですわ!!!」


彼女は、俺だけを愛してきたというのか。

こんな俺を、今でも愛しているのか?

俺が、彼女だけを愛してきたように?


「レイア」


「……はい」


「ヘレナが辺境で果てたなら、オレステス様はいずこにおられるのか。幼馴染の病状よりも、そればかりが気になるような男と、4回目の結婚をする気か?」


病魔に侵された女は、笑ってうなずいた。

榛色の髪がさらさらと流れた。

若い日の俺はこの髪に触れたくて、髪にさす花をプレゼントしまくった。

痛ましいくらいにか細くなった、髪。

小さな花なら、軽い花なら、飾れないだろうか。柔らかななクリーム色やオレンジが、きっと似合うはず……。


「もと公妃で大会社の社長夫人を、舐めないでくださいませ。共和国も場末の見世物小屋にいたあなたを見つけ出し、合法的に引き取りましたでしょう? オレステス様も、探してだしてみせますわ。必ず」


気がつけば、慣れない義手で手を伸ばしていた。

涙は拭えたが、やつれた頬に触れている感覚がない。


「だから、ここにいなさい。友を処刑した罪人は、結婚してたった数ヶ月で妻を看取るの。必ず訪れる死に立ち会うの。私を侮辱した罰よ? さあ、覚悟なさい!」


俺が愛した女は、俺を傷つける言葉を知らない。

穢れ果てた俺を、労わることをやめない。

変わらない優しさを、労りを、瞳に宿る慕情を、まるで隠せていない。


初恋で最愛の女は、どうしてこんなに嘘が下手なんだろうな……。





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