ねじを巻く
とても静かな夜。澄んだ空にいくつもの星が瞬いている。何一つ動くものの気配はない。交差点に設置された信号機の色が赤から青に変わる。それを見る歩行者も自動車もいない。整然と並んだ家々。灯りはすべて消えている。明日に備えて皆、深い眠りに落ちている。仕事ですっかり疲れ果ててしまった彼もぐっすりと眠っている。その時、空から大きな手が伸びて来る。手はぐんぐん伸びて彼の家の窓を開ける。鍵は掛かっていなかったのだろうか? それとも空から伸びて来た手には鍵は意味をなさないのだろうか? 手はやすやすと彼の部屋に侵入する。そして彼のねじを巻く。ゼンマイで動くおもちゃのロボットのねじを巻くように、空から伸びて来た手が彼のねじを巻いている。彼は気付いていないが、こうして毎晩、彼のねじが巻かれている。一日活動するのに十分なだけ、ギリギリとねじが巻かれている。朝になると、爽快な気分で彼は目覚める。それはおそらくねじが巻かれたおかげなのだろう。
いくつもの手があらゆる家に伸びているのが見える。彼の友達の家にも手が伸びている。その手は彼の友達のねじをギリギリと巻いている。堅牢なセキュリティに守られた大統領の公邸にもすっと手が伸びている。そして大統領のねじを巻く。大統領は操られているのかもしれない。
いったい誰がねじを巻いているのだろう? いつからそうなのだろう? 時々私は本当に自分の意思で生きているのだろうかとひどく不安になることがある。私には自由意思があり、自分の望むように行動している。生き延びるために、あるいは幸せをつかみ取るために日々努力を積み重ねている。でも本当にそうだろうか? 誰かが私のねじを巻いて、それで動いているだけじゃないだろうか? もしかしたら私たちが決して近付くことのできない視座から私たちを見下ろし、私たちを操っている存在がいるのではないだろうか? 地面を這いつくばってせっせと餌を運ぶアリの行列を私たちが見ているのと同じように、その存在は私たちの暮らしぶりをじっと眺めているのかもしれない。そしてかつてあったことと同じようなことを私たちに命じているのかもしれない。歴史は繰り返すと言うが、私たちは同じ歴史を繰り返すような行動を命じられているだけかもしれない。
静まり返った夜に赤ん坊の泣き声が響く。何処かで新しい命が芽生えたようだ。長かったお産がやっと終わって、じっとりと汗の滲んだ服を着た母親はぐったりしているが、とても幸せそうな顔つきをしている。ずっと付き添っていた夫が小さな命を抱えて喜んでいる。そこにすっと手が伸びて来て、赤ん坊のねじを巻く。赤ん坊がおぎゃあと泣き声を上げる。




