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バンディード! バンディーダ!  作者: 実茂 譲
2.パンプキン
9/13

9.

 ベルはこれまでいろいろなものを預かったことがある。


 たいていはヤクか銃、ときどき車。預け主はすぐに取りに来てくれたし、お礼にチーズバーガーを奢ってくれた。危険度でいうなら鰻男(イールマン)というあだ名の政治ゴロから預かった時限爆弾が最高記録だったが、あれだって信管が抜いてあったのだ。


 キノコ吸いルーマーのなかで育児経験のあるやつを頭のなかで探してみるが、どいつもこいつも家庭というものにトラウマを持っている連中であてにはできない。気を失った最凶の殺し屋ふたりをひとりずつ抱きかかえて、事務所の長椅子に座らせると、脚本が破綻したラジオドラマを一撃で片づける夢落ちが自分にもやってくるかもしれないと思い、ラパトカクル産のブツを一本巻いて火をつけた。


 ノックの音がして、カレンヌが迎えに来たのだと思ったベルは濃密な煙が絡みつく空気を手でバラバラに散らしてから、ドアを開けた。そこにいたのは最近、コミック雑誌で流行りつつあるサイボーグ人間だった。ただし頭はカボチャである。カボチャ・サイボーグの装備はワイシャツにネクタイ、それに警察が着る肘当てがレザーでできているネイビーブルーのセーターに多目的カーゴパンツだが、その多目的というのは密造酒を隠せるポケットがついているとか、金属探知機の探りを跳ね返す夢のようなポケットがあるといった、やましい目的だ。


 これはもしやサイボーグ・コップだろうか? サイボーグ・コップのガサ入れを食らうほどの悪さをなにかしたかと思ったが、巷を騒がす殺し屋双子が長椅子にいるのを思い出した。

 するとバッドトリップして裁判所でベルに終身刑を食らわせようとする意地の悪い司法関係者の顔が次々とあらわれた。いや、これはキノコがもたらす幻覚かもしれない。ラパトカクル産のブツはまだ十本分あるが、こんな質の悪い幻覚を見るのなら、特上のブツだぜとか言いながら恩着せがましくヴィクターとアレンに下げ渡すことも考えないといけない。


「あの、私立探偵のベル・ジェイスさんの事務所で間違いありませんか?」


 ベルのことを知り合いはベルと呼び、カレンヌはベルサリエリと呼ぶ。警察は『腐れジャンキー』、ギャングは『クソガキ』と呼ぶが、はて、オレのことをベル・ジェイスさんと呼ぶのはどんなやつだろう?

 ひとつ確かなことはケルベロス・デンの人間じゃないくらい。


 ベルの顔から『あんた何しに来たの』光線がじゃんじゃん発せられていたせいだろう。サイボーグは警戒を解いてもらうつもりで言った。


「あの、仕事の依頼できたのですが?」


 知り合いはベルと呼ぶが、依頼人はなんと呼んだか?


「まあ、入って」


 ミスタ・パンプキンヘッドを双子の殺し屋のあいだに座らせると、デスクのタイプライターを引っぱって、いつもの書類をつくるふり。依頼人との始まり方はいつだって危険と隣り合わせ。依頼人も最後のほうになると、ベルのことは名前で呼ばず、『金返せ、役立たず』と呼ぶようになる。このサイボーグとのあいだの関係がそこまで落ちるのにどのくらいかかるだろうかと考えたが、双子が目を覚ますよりは後だろう。


「なあ、あんた、人間なの?」

「はい」

「気ぃ悪くしないでほしいんだけど、どのくらいが人間?」

「脳と心臓。それに肺もひとつだけは人間ですよ」

「うーん、どうしてそうなっちゃったの?」

「戦争ですよ」

「じゃあ、戦争があんたの骨から肉から、チンポコまで持ってっちゃったってこと?」

「そうですね」

「そいつぁ、まあ、なんちゅーか、どえらいことになっちまったな。よっぽど前世の因果律が悪に支配されなきゃそんなことにはならないよなあ」

「因果や魂の循環は僕には関係ないんです。僕は共和国から戦死扱いになっていますから、書類上、僕は生きていません。でも、実際は死んでないし生きているんです。そうなったら、もう自分の人生は国家とか軍とかに捧げるのも馬鹿らしいですからね」

「なんか菜食主義者の集会にいるみたいな気分になってきた」

「カボチャにとって菜食主義者は恐怖の象徴ですよ」


 菜食主義者をおそれるカボチャだが、依頼は食べ物のことだった。


「生き別れになった兄弟姉妹を探したいって話? でも、それって、調べてみたら、パンプキン・パイにされてたなんて話がさ――」

「いえ、わたしが探しているのはラー・メンです」

「ラー・メン?」

「東方の彼方にあると言われる伝説の料理です」


 伝説の料理というと、この世で最後一匹となった絶滅危惧種の動物をミートパイにしてしまうくらいのものだ。


「ラー・メンはヌードルの一種なんです」ベルの想像の沃野が地上を丸ごと食べようとする前にミスタ・パンプキンヘッドが言った。


「そこの角、曲がったところに世界じゅうのヌードルを食べさせてくれる店があるんだ。五十クレジット払えば、ケミカルを練り込んだヌードルを出してくれる」


 ミスタ・パンプキンヘッドは大きな頭を左右にふった。


「いえ。そこの店は調査ずみです」

「そうだよね。うん。ねえ、あんた、どこの生まれ?」


 名前は覚えられなかったが、なんとなく金がうなっていそうな都市の名が出てきた。警備兵に高い金払って、貧乏人を寄せないゲート・コミュニティでは治安は抜群によいときくが、そういう場所にカボチャの頭をしたサイボーグは住むことができるのだろうか? そして、コミュニティをはじかれた際、差別を糾弾する組織はあるのか? カボチャ保全協会とか、緑黄色野菜頭部連合とか。


「謎の料理でヌードルの一種」

「ケルベロス・デンでなら、お金次第でなんでも手に入るときいて、ここに来たのです」

「いやあ。手に入らないものも多いよ。人徳とか真の愛とか三十六年型フランクリン・デイズのロードスターとか」


 ミスタ・パンプキンヘッドがラー・メンと出会ったのは戦争中のことだった。そのときはまだ頭はカボチャではなく、トーマス・コーヴィル伍長と呼ばれていた。東部戦線の屋根瓦を載せた門だらけの都市で何気なく入った料理屋でラー・メンを頼んで食べたのだが、そのうまいことと言ったら天国に昇る調子だった。実際、昇りかけた。敵の一二〇ミリ重迫撃砲が発射した砲弾が店に飛び込み、戦友を吹き飛ばし、ラー・メンを吹き飛ばし、ラー・メン製造の鍵を握る店主を吹き飛ばし、トーマス・コーヴィル伍長の脳と心臓と肺片方以外の全てを吹き飛ばした。

 

「ラー・メンには欠かせない材料があります。メン・マ。スゥ・プ。チャア・シュウ。この三つが必要です。メン・マについては手がかりは得ているんです。ジェルジェ・カラジェルジェという人物がメン・マを持っているらしいのです」


 ここにきて、メン・マが殺戮兵器or吸い込んだら月までぶっ飛ぶ強烈な麻薬の可能性が出てきた。カラジェルジェが所有するということはそういうことだ。どうして、人はベルに、達成困難な依頼をするのだろう。学校教育に導入されたら、順調に挫折感満載の負け犬たちを作るような依頼だ。


 だが、まあ、簡単だ。歌にもある。断ればいい。もう、エル・レイは帰ってきているし、まだ金貨は少し残っている。カレンヌに殺されないよう頑張った自分にはご褒美が必要だ。サウスアイランド産の極上キノコを使うのは今しかない。


「とてもおいしそうね、エミリオ」

「食べてみたいね、エミリア」


 双子が目覚めた。人生と好機と運命はベルをとことん嫌っていて、化け物女が棲むという底無し井戸に彼を放り込み、板と釘で蓋をしてやろうと狙っている。双子は美しい瞳をキラキラさせて、カボチャを見上げている。


「やあ、子どもたち。そうなんだ。ラー・メンはとてもおいしい。ぜひとも食べるべきだよ」


 依頼を断ったらぶち殺されるかどうかではない。ぶち殺されるとき、この大きな目からハイライトが消えるかどうかの賭けが受けつけられている。


「わたしたちも手伝うから、ラー・メンを食べてみたいね、エミリオ」

「うん。僕らも手伝うから、ラー・メンを食べてみたいよ。エミリア」


 純粋な殺戮双子にねだられるように見つめられるのは何てスバラシイことだろう、クソッタレめ!

 だが、仮の話を持ち出すくらいはできる。


「あのさ、ブラザー・アンド・シスター。もし断ったら、オレ、どうなっちゃう?」


 クスっと笑う双子がお互いを見つめ合いながら、


「殺しちゃうよね、エミリオ」

「うん。殺しちゃうよ、エミリア」


 ねー、と笑い合うと、パンプキンヘッドはそれがブラックジョークだと思って、笑い出した。

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