8.
ホテル・カロンの経営者は移動遊園地から観覧車を買い、それをホテルの屋上につけて、ファックルームとして客に貸していた。ノーマルな性癖のやつ、アブノーマルなやつ、せまいところが好きなやつ、観覧車じゃなきゃ勃たないやつが上るゴンドラとともに最高潮に達し、やがて下りゆくゴンドラとともに冷静さを取り戻し、そそくさと身支度をするのだが、一周で満足いかなければ、サービス価格でもう一周借りることができた。
双子はどうやらその一つをファック以外の目的で借りていて、ゴンドラのなかをお菓子とおもちゃでいっぱいにし、ネオンビカビカの街を見渡して、普通の子どものようにはしゃいでいた。
ベルの目からすれば、観覧車はまさにファック輪廻の象徴であり、そこから生み出されたカルマはどんなものにも最高と最低があり、それは双子の殺し屋でさえ交互に巡り合うのだと教えていた。
そして、それを台無しにする不吉な彗星としてカレンヌが現れ、ホテル・カロンを舞台にした血みどろゲロゲロの大銃撃戦がケルベロス・デンの新たな歴史の一ページとして残るわけなのだが、後世の人々はその争いに巻き込まれた一人の私立探偵と彼のエル・レイ・コンバーティブル・クーペには目もくれない。
「エンジンをかけたままにして、ここで待っていろ」
銀行強盗ご愛用の台詞がかけられ、カレンヌは一分の隙もない近衛士官のなりでホテル・カロンのドアを押し、なかにはいった。ハンドルを握ったまま待っていると、もうこの商売から足を洗おうと強く感じるものだ。私立探偵なんてやめて、もっと安全で稼げるカタギの仕事――ヤクの売人かワイロの運び屋になろうと思う。
黒塗りのキャピタル・リムジンが獲物に突っ込むピラニアのごとくホテル・カロンのまわりに次々と現れ、千年経ったって消せそうにない、急ブレーキタイヤ痕をでこぼこ道に残して停まった。
車のドアが開いて、アルフレート・フォン・ツィタデレ大佐とその手下の黒服たちがショットガンと機関銃を手にホテル・カロンに飛び込むと、すぐ銃声がした。ホテル・カロンの窓が次々と弾丸に吹き飛ばされた。降り注いでくるガラス片を見て、ベルは慌てて車をバックさせた。イカれた双子の殺し屋VS歩く最終兵器VSワルモノ軍団が激闘を繰りひろげ、ホテル・カロンでは世界大戦が勃発していた。
ベルは愛車にガラス片や煉瓦片を浴びせまいと、バックと前進を繰り返した。全ての窓ガラスが吹き飛ぶと銃声はますます激しくなり、ゲームの難易度が上がった。セカンド・ステージではガラスのかわりに死体が降ってきた。腹に五発くらった死体や頭をサーベルで叩き割られた死体が降ってくるなか、ベルは自分にできるただ二つのこと――バックと前進を繰り返した。このまま車で逃げるアイディアは非常に魅力的だし実際何度も頭に浮かんだが、カレンヌの言いつけに背けば、生きたままケツの穴から裏返しにされるから、逃げることはできなかった。
ようやくホテル・カロンにも静けさが来たが、それが義務からの解放に直結しているのかどうかはベルにもちょっと予想がつかなかった。ベルが解放される条件は双子とワルモノ王子と、そしてカレンヌが全員共倒れになっていることだった。この条件が一度に満たされる可能性は限りなくゼロに近かった。それはカレンヌが倒れるというのがあり得ない話だからだ。さすがに戦車に勝ったことはないが、六輪装甲車に勝ったのは現実に目にしたことがあるし、その装甲車、六つの車輪のうち、後ろの四つがキャタピラに改造されていたから、まあ、見ようによっちゃあ、あれも立派な戦車ということになる。
だが、それを口に出していう勇気はない。いまベルが思ったことが戦車の定義にうるさい戦車マニアたちの耳に届けば「それは戦車じゃねえ、ハーフトラックだ、このバカ野郎」というお叱りの言葉とともに戦車で事務所もろともぺちゃんこにされる。とはいっても、ケルベロス・デンの戦車マニアのうち、本物の戦車に乗ってるのは一握りであり、ほとんどが催眠術師の暗示の力を借りて、改造したブルトーザーを戦車と思い込んで我慢している。
撃ち合いが終わって十分近く経過したのに、誰も出てこない。まわりの住人だって、何が起こったかすぐに飲み込んで、家に閉じこもり、知らんぷりを決め込んでいる。警察は来る。たぶん一週間後に。それにしても、カレンヌのやつ、まさかやられてないよね?
三分後、ベルはおっかなびっくり買ったばかりのオートマティックを手にホテル・カロンのドアを押したが、なかは死体の万国博覧会だった。頭がないやつ、腕がないやつ、足がないやつ、胴体に大きな穴があいたやつ、耳から脳みそが飛び出すまで素手で頭を握られたやつ。カレンヌの悪夢のような連勝記録は確認できただけでも十六連勝。
そういえば、年に一度、ケルベロス・デンの住人を罪の坩堝から救い出さんとする狂信的な修道士軍団が〈鷲の法官〉街に現れて、悔い改めよと叫びながら性病とケミカル・クロコダイルのコンビネーションで体がぐちゃぐちゃになった娼婦の写真を見せびらかし、立ち食いジャンクフード専門店〈ムーズ〉の客にゲロを吐かせるのだが、ここにある死体、その写真よりもひどいじゃん!
飛んできた銃弾がベルの頭上に浮かんでいたゲロ吐く〈ムーズ〉の想像図をつらぬくと、エロい妄想をたっぷりため込んだ頭脳を両手でかばいながら、階段のそばに置いてあるホットドッグスタンドに隠れた。〈ホテル・カロン〉でホットドッグを売るという商業的野心の成り立ちに興味はないが、次々と放たれる弾丸が自分で自分にマスタードをかける驚異のホットドッグ人間〈ミスター・ドッグス〉をバラバラにし、ホットドッグというくらいだから、犬の肉を使って何が悪いという開き直り的材料調達によってもたらされた犬肉ソーセージを二つに折れて、ベルの顔にぶつかってくるのはどうにかならんか。
「ミスター・ジェイス。そこにいるんでしょう?」
廊下のどん詰まりからきこえてくるのはワルモノ軍団の王子サマ、アルフレートだった。
「やあ、アルちゃん。撃たれたの?」
「ええ。あなたのご友人に」
「カレンヌがおれのダチ? そんなことカレンヌにきかれたら、あんた、ケツの穴から裏返されちゃうぜ」
銃弾が飛んできて、スタンドで唯一残っていた〈ミスター・ドッグ〉の名残であるマスタードまみれの足が吹っ飛んだ。
「なあ、アルちゃん。いや、アルフレート。これ、おれからのマジな提案。もっとピースフルに行こう。今すぐ、医者、っていうか医者みたいなやつを呼んでやる。そいつに弾を取り出してもらおうぜ。麻酔がわりに上等なウイスキーを一壜飲み干せば、痛みも消えるって。それに、成功するかは分からないけど、カレンヌに口添えしてもいいよ。あんたのこと、殺すのやめて、ってさ」
「ああ、くそ。血が止まらない。みんな、貴様らのせいだ……」
弾がまた飛んできて、ホットドッグスタンドがぶるぶる揺れた。ベルは弾切れを待ったが、もう十数発は撃たれているのに弾が切れる気配がなかった。ベルはスタンドからさっと体を出して、三発撃って、また引っ込んだ。弾が飛んでくると思って、括約筋をきゅっと締めて待っていたが、なにも起きない。おそるおそる頭を出すと、アルフレートがいない。アルフレートが立っていたそばの窓ガラスが割れていたので、そこから下をのぞくと、水路にアルフレートのマントと、それに若干の血液らしい赤い渦がぐるぐるまわっていた……。
「ベルサリエリ!」と大声で呼ばれて、びっくりしたベルは水路に落っこちそうになった。振り返ってみたら、今からでも遅くないから水路に落ちたくなった。カレンヌが両脇に抱えているのは、この数週間、ケルベロス・デンのお偉方を殺しまくった伝説の双子、エミリオとエミリアだった。どっちもぐったりとしていて細い手足がぶらぶら揺れている。
「え? これ、どういうこと?」
「ベルサリエリ。このふたりを運べ」
「でも、今更死体を隠すなんて殊勝なことしても遅いんじゃない?」
「まだ死んではいない。気を失っただけだ。さあ、二人とも持っていけ」