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7.

 リヴァイアサン通りにはよく分からない靄が立ち込めている。それに対する解釈は様々で、地下水脈から湧き出した悪霊の人食い息だという悪魔崇拝者の説、リヴァイアサン通りの住人が安心して悪事に励めるよう製作した目くらまし用の人工霧だと言い張る性悪の説、吸い込むとハイになれると信じる無邪気なジャンキーの説がシノギを削っている。靄のなかを運転していると、いろいろ見えてくる。安ホテルのどぎついネオンサインや質屋に並んだアル中、道路の端から端へ悶絶しながら往復する〈蜜〉中毒者。精神世界の負のカルマが現実世界に噴出しているようだ。なぜカレンヌがこんな場所を滞在先に選んだのか、ベルには見当もつかない。リヴァイアサン通りが役に立つことがあるとすれば、そこの住人を眺めて、おれはあいつらよりまともだ、と自己満足に浸るくらい。


 カレンヌの泊まっているホテルは一階から四階までがキセル窟になっていた。物欲しげなジャンキーたちがなかを覗けないよう窓を目張りした部屋で、ガリガリに痩せた生ける屍リビング・デッドたちがまだ起重機のごとく元気だったころに自動車から引っぺがしたシートに横たわって、キセルのなかでじりじり焼けている一滴の〈蜜〉からケムリをちゅうちゅう吸っている。〈蜜〉の原料はある種の鉱石でそこから〈蜜〉を精製するには、工場マニアならそれが存在すると考えるだけで勃起する最新の巨大コンビナートが必要だとか。だから、〈蜜〉は基本的に街の外から入ってくる。専門の訓練を受けた運び屋たちがコンドームに詰め込んだピンボール大の〈蜜〉を十個二十個と飲み込んで、ケルベロス・デンにやってくる。そして一番最初に目についたトイレに駆け込んで指を喉の奥に突っ込んで、ゲーゲーやる。あるイカれた麻薬組織が敵対組織の密輸ルートを潰そうとして、コンドーム係を買収し〈蜜〉の代わりに爆薬を詰めたことがあった。世界じゅうで運び屋が爆発して『死のゲップ事件』と呼ばれて大騒ぎになったが、〈蜜〉の禁断症状はドラッグのなかで一番きついからゲップ爆弾くらいで彼らがお楽しみをあきらめることはなく、運び屋のなり手も減ることはなかった。


 ベルのキノコ仲間ルーマーのなかにはキノコから〈蜜〉へステップアップして二目と見られないゾンビになった連中がいる。ゾンビに同胞愛などというものはなく、その頭のなかは〈蜜〉をせしめることでいっぱいで一滴の快楽のためにあらゆるものをかっぱらう。ダチをタレこむなんて朝飯前。警察は未解決事件の犯人をでっちあげようと思えば、ゾンビを引っぱって、禁断症状が出るまで閉じ込め、押収品倉庫のトリプルダイヤル金庫のなかに大切にしまわれた〈蜜〉のほんの一滴と引き換えにタレこみを強要する。ベルだってゾンビのタレこみで何度しょっぴかれたか分かったものじゃない。でも、ベルはゾンビたちを憎むことはできなかった。


 だって、ンなの無理じゃん。


 いつかケムリと一緒に昇天する連中には憎悪も慈悲も意味がない。そもそも、ベル自身誰かを憎んだり説教したりできるほど立派な生き方してるわけでもないし。


 逆にカレンヌは誰かを説教するために生まれてきたようなもので、何か落ち度はないかとカレンヌの経歴を探るのなら、それこそ、ンなことやめてヤクやろうぜ、って話。そのカレンヌはタレこみゾンビのカルマが渦巻く安ホテルの五階に部屋をとっている。ドアの前でノックしようか考えた。ラジオドラマのスケベコメディではこういうとき、いきなり開けたら着替えの最中で、きゃあエッチ! というシチュエーションだろう。ベルが体験したドラマのシチュエーションなんて刑事ものでよくあるやつで、分厚い電話帳でぶん殴られながら、お前がやったんだろ、吐け!とかそんなのばかりだ。もちろん、カレンヌの着替え現場に突入したら、きゃあエッチ!じゃ済まない。死ぬかもしれない。でも、カレンヌが来たせいで、こっちはハラホレヒレハレな目に遭うかもしれないんだ。かまうもんか。オレにはご褒美が必要だ。


 ノックもせず、ドアノブをまわす。ベルの頭蓋の端っこでこっそり生き延びている理性は鍵がかかっていることを期待したが、鍵はかかっていなかった。部屋のなかで、カレンヌはボタン襟元までぴっちり、ズボンの折り目パリッの近衛連隊の軍服を着て、仁王立ちでベルを待っていた。ベルがラッキースケベを期待してノックもせずに突入してくることを誰かからタレこまれたのだろうか? だとすると、一体誰が? 考えるとパラノイアになりそうなタレこみラビリンスが大きく口を開けていて、その入り口でサーベルと大型の自動拳銃を装備したカレンヌが立っている。


「進展があったのか、ベルサリエリ」

「あったっちゃあ、あったんだけど。でも、なかったことにしちゃえ、っていうなら、オレ喜んで協力――」

「どこまで分かった?」

「居場所」

「言え」

「骨職人街のホテル・カロン」

「よし。行くぞ、ベルサリエリ」

「待って待って。オレの話きいて。その双子、この街全部吹っ飛ばせるほどの銃買い込んで、おまけに帝国のアルフレート・フォン・ツィタデレとかいう吸血鬼の王子さまみたいなやつも双子を探してる。おれ、そいつに、あんたが言ったこと教えなかったらここから生きて出られると思うなって脅迫されたんだよね。あ、ここっていうのは獲物街のすっげえホットドッグがうまいレストランで――あ、わかった。行くよ。だから、サーベルはしまって、さ、ほら、もっとピースフルにいってもいいんじゃない?」

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