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ケルベロス・デンに戻ると、ノースゲート・ストリートの揚げパン屋〈ネイトリー〉で玉ねぎとキノコの揚げパンを二つとブラック・コーヒーを頼んだ。店は山高帽にネクタイの勤め人風の男たちでいっぱいだった。〈ネイトリー〉はゲテモノ食いたちのあいだで聖地に定められている店の一つで、ラードの塊に手を置いて誓約をした教条主義的脂質マニアたちがカウンターを占領してステーキ入り揚げパンをがっつき、脂肪をためて、カルマを解消することで宇宙との調和を図っていた。
ベルは揚げパンを包んでいた新聞紙を広げて読み始めた。これからリヴァイアサン通りへ向かい、さらにそのままホテル・カロンへと連れて行かれるベルのような人間を救うスバラシイ助言がお悩み相談コーナーに掲載されていないか調べた。だが、載っていた質問は通販でペニス伸長器を買おうと思っているのだが、インチキ品かどうか見分ける方法を教えてほしいというものだった。これもそれなりに興味はあったが、答えの部分が油でデロデロになって読めるものではなかった。
一度事務所に、釘バットを取りに戻った。リヴァイアサン通りのような場所に車を停めるときの必需品で、これをバックシートに転がしておけば、ベルの車は凶暴な高利貸しの車に間違えられ、無敵のバリアを得る。リヴァイアサン通りまで来てくれる辻馬車やタクシーはないのだから、いざ逃げるとなったら、自分の車以外あてにできない。そして、カレンヌは運転ができない。ベルの運転テクニックはギャング映画で学んだものだが、映画のなかのギャングたちはパトカーに追い回されたあげく、無茶なカーブでアクセル全開にして道から飛び出し車もろとも火の玉になると相場は決まっている。映画製作者はギャング稼業が割に合わないことを青少年へのメッセージにしようとしたのだろうか。
ベルだってこんなに簡単に事件解決のゴールを見つけた自分の立場が実はラッキーなのだということは分かってる。推理小説くらい読むし――いや、読まない。ベルが最後に読んだ本は雑誌を除けば二年前、半魚人が地上を侵略しようとするという空想科学小説だ。当時、キノコ・パラノイアにかかっていたベルはそれがマジな出来事なのだと思い込み、地上人を裏切って半魚人の側につくには靴と尾びれのどっちをなめたほうがいいのか真剣に考え、運よく半魚人になれたらイソギンチャクとサンゴのブレンドをレンジャー社製の完全防水シガレットペーパーで巻いて吸ってやろうと期待を膨らませた。
いや、でも、探偵もののラジオドラマがあるじゃないか。それならいくらでも聴いているし、たいていはちゃんと本の原作がある。そこに出てくる探偵ときたらパイプなんか吹かしててどいつもこいつもめちゃくちゃクール。で、警察は間違った証拠で間違った人間をしょっぴき人権侵害で訴えられ賠償金をこってりしぼられるマヌケのチャンピオン。でも、そんな小説のなかのイカした探偵たちでさえ証拠品一つにありつくのにケッコー苦労する。犬の毛が絡んだブラシとか空っぽのコショウ瓶とかをゲットするたびに虫眼鏡片手に地面に這いつくばったり、警察から嫌がらせされたりとトラブルを抱えていくのだ。それに比べ、ベルはカレンヌの探していた双子をただ運だけで見つけたのだ。それが幸運なのか不運なのかはまだ判別がつかないというだけ。