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バンディード! バンディーダ!  作者: 実茂 譲
2.パンプキン
13/13

13.

 翌日、ベルは双子を連れて、手持ちのブツを処分したい人間が集まるキュート・エクスチェンジへ行くことにした。ケルベロス・デンでもはや伝説として語り継がれるキュートな物々交換所で、チーズクラッカーやエロ漫画雑誌、ありきたりの交換殺人など極めてキュートな取引をしたいものは、みなここに来る。元は公爵邸か何かできっちり切りそろえた芝生の亡霊みたいなものが庭の土をごわごわにし、一階の正面の壁はみなぶち抜かれていた。黒板にはさまざまな硬貨のレートが書き殴られ、数字の横ににその暴落や暴騰のために自分の頭を吹き飛ばした人間のスコアが華麗な筆跡で綴られていた。


 ベルは以前、輸入物の極薄コンドームの箱を五つ手にしてここに乗り込み、暗闇でハイビスカスの柄が光る夜間用ニューウェイヴ・アロハシャツを手にして帰ったことがあった。だが、ベルの知らないところでコンドームに穴が開いていたとかで数人のショットガンマリッジ(できちゃった婚)・マンたちが本当にショットガンを手にベルのことを探しまわった。それ以来、なるべく近づかないようにしていたが、あの哀れな世帯持ちたちもカネのかかる子どものために売る麻薬のグレードを上げたり、密輸船に小銭を投資したり、あるいは離婚して親権を押しつけ合ったりするのに忙しくなり、ベルのことはすっかり忘れていた。


 元はサロンだった部屋に銃器交換コーナーが設けられていて、ヴィクターとアレンがスコープ付きのライフルをトレンチコートの襟を立てたティーンエイジャーに押しつけようとしていた。そのキュートなトンマは母親の語尾に「ざます」がつくような旧家の出で暗殺者に憧れて、このキュートな交換取引で愛用の武器を手に入れようとしているようだった。


「殺し屋になりたいなら」と、ヴィクターが言う。

「暗殺者」

「暗殺者になりたいなら、まさにこの銃はうってつけだよ」


 ヴィクターはその銃についてあることないこと、ぺらぺらしゃべりたてた。曰くこの銃で四十人の大物が死んでいるとか、曰くこの銃は呪われているとか、曰くこの銃を扱えるのは本物の暗殺者だけだとか。


「よくもまあ、ありもしねえこと、ぺらぺらと」


 アレンはベルにこっそり言った。


「あのトンマの眉毛の下についてるのが目ん玉なら、このライフルに銃剣がついてるのが見えるはずなんだがな」

「ああ、あれ、北部戦線で見たことあるよ。敵のエリート狙撃中隊があんな銃を持ってた。連中の塹壕から突撃のホイッスルが鳴ったときは信じられなかったね。だって、スナイパーのなかでも特に優れたウルトラ・スナイパーたちが、銃剣突撃してくるんだぜ? こっちは砲兵連隊三つでありったけの砲弾をぶち込んで、連中は銃剣付きスナイパーライフルごと吹っ飛んだよ。ひとり残らず。まあ、こっちの頭が吹っ飛ばされる可能性が大きく減ったのはいいことだったけど。あれ、本物?」

「グロヴリング・マーシュで大昔に買ったやつだ。おれがヴィクターのチンチンのデカさに初心にビビってたくらい昔。きいた話じゃ体が半分しかない男が置いていったんだってよ。で、ベル。おれの眉毛の下についてるのが目ん玉なら、あんたの後ろに双子が見えるぜ」

「おれにも見えるし、おれのスナックを食われちゃった」

「スナックってのは金玉か何かを表すスラングか?」

「フィッシャーマンズ・ポテトチップのオニカマス味。フリードリヒ、見なかった?」

「二階にいる。見ろよ、ヴィクターのやつ、あのポンコツを蓄音機と交換したぜ。最終的にはウォーターベッドと交換したいんだけど、まだ道は遠いな」


 二階はドアが全てぶち破られて、せっかちな交換屋が回遊魚のようにぐるぐるまわっていた。まともなレストランの調達係が十人ほど、ぎりぎりバターと言い張れるレベルのマーガリンを探しているようだ。白人のギャングたちはラジオを満載したトラックを襲うとき、黒人の仕業に見せかけるのに使うシューシャイナー印の靴墨を間違ってトラックごと盗んできたベビーパウダーと交換したがっていて、黒人ギャングたちは賭場の襲撃を白人の仕業に見せかけるのに使う真っ白なパウダーを間違ったトラックに箱詰めされた靴墨と交換したがっていた。ふたつのギャングが出会ったとき、お互いを助け合うかわりに銃弾が飛び交い、ツキのない女衒が弾を顔に食らって階段を転がり落ちた。そんな喧騒のなか、フリードリヒだけは優雅に王朝時代の長椅子に腰かけ、密造酒のグラスを傾けていた。


「ベルじゃないか。久しぶりだな」

「おひさ。コンドームの取引でしくじって、しばらくここに近づけなかったんよ」


 擦り切れたり煙草で焦がしたりして生地が死んだ燕尾服はフリードリヒの生まれとその没落を余すところなく教えてくれる素晴らしい比喩だった。ゲスの血を流す血管は結局ゲスの動きをもたらすとすれば、由緒ある貴族の血は優雅さを保証する。フリードリヒは夜空の星やスマートな化学反応を含めて、ケルベロス・デンで最も優雅な物体だった。キュート・エクスチェンジではさばききれない高価な国債や美術品を上流社会のコネクションを駆使して売りさばき、その手数料で暮らしているが、フリードリヒは大臣や外交官になるよりも、ずっと気ままな交換暮らしを楽しんでいた。


「仕事でラー・メンの材料を探しててさ。なんか知らん?」

「メン・マ、ス・ゥプ、チャア・シュウのことかい?」

「そう、それ。メン・マは手に入ったんだよ」

「ス・ゥプならどこにあるか知っているよ」

「それってギャングの金庫? それとも悪徳デカの腹のなか?」

「そんな犯罪絡みじゃないさ。人を塔から突き落とすのが犯罪じゃなければの話だが」

「塔の高さにもよるぜ。公園の砂場の子ども用の塔なら性犯罪扱いだけど、〈クロスボウの塔〉から突き落とすんなら、それはケルベロス・デンのお茶目な日常ってこと」

「なら、大丈夫だ。お茶目な日常ってことだよ」


 ベルは焦り始めた。


「でもさ、法律が問題ないって言ってもさ、算数の問題が残ってるぜ? 特に塔の高さが百メートルもあったら」

「幸い、あの塔を上るのに入場料はいらない」

「でも、あの塔のてっぺんに住んでるのって、ほら、なんつーか、オツムテンテンの――」

「そういう言い方はよくないな。メルビン博士は優秀な飛行機械学者だよ。彼が生まれるのが三十年早ければ、いまごろ爆撃機の積載量は三十倍になって、我々卑小な人類は絶滅していたと思うね」

「そりゃ、おれだってアタマのクルクルパー具合について人のことどうこう言える身分じゃないのはわかってるけど、それだってキノコやってないときはそれなりに常識で考えるんだぜ。ところが、あのじいさん、自分のこと、本物(モノホン)の魔法使いだと思い込んでる。紙と竹でつくった飛行機が飛べるか、あそこで試すつもりだって」

「情報が古いね。最近の博士は巨大なシャボン玉でヒトが空を飛べるか試している」

「空飛ぶシャボン玉? わあい!」双子が歓声を上げた。

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