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バンディード! バンディーダ!  作者: 実茂 譲
2.パンプキン
10/13

10.

 ラジオ小説の探偵には助手がいて、探偵にはちょっと知性が劣るけど、ここぞというとき、探偵に襲いかかるチンピラゴロツキをぶちのめしてくれる。他にも事件解決の思わぬヒントをくれたり、困難な交渉を代わりにやってくれたりと、コンドームの自動販売機みたいに便利な助手のことをききながら、おれにもそんな助手が欲しいなと思ったが、前述のように人生と運命と好機はベルが死ねばいいと思っているので、助手に殺戮双子をあてがった。


 もし、運命と人生と好機が人の体をもって、ベルの目の前にあらわれたら、こいつは最高のキノコだぜ、トべるぜ、と言いながら、ゴミ捨て場に生えているキノコを巻いてくれてやるのに。


「メン・マを手に入れたら、誰か殺そうよ」

「そうだね、殺そう殺そう」


 第一の不安。殺すのってオレのこと?

 第二の不安。これをきいていたら、殺人謀議に加わったとみなされるだろうか。以前、ベルが道のど真ん中に座って、やたら大きな紙スプーンでウナギのゼリー寄せを食べていたら、そばに車が停まって、そのなかでふたりのデベロッパーがベルに気づかず不動産詐欺について話し出した。賄賂をケチったのか、ふたりが警察に捕まると、ベルまで共同謀議の疑いでしょっぴかれ、何とか自分の無実を訴えて、釈放されたが、持ち物を返してもらうとき、ウナギが返ってこなかった。押収品の横領はドラッグやラクダの毛のジャケットなんかで起こることだと思っていたが、ウナギ・ゼリーを横領するやつがいることにベルはひどく驚かされたのだった。


 革命主義保存地区は証券商通りとセント・アルバート街、そして、〈斧の法官〉通りに囲まれた三角形で三つの角にはウォッカの無料配給所があった。この配置には革命主義の貧乏デルタから抜け出そうとする同志諸君が配給所を見て、今週分の配給をもらっていないことを思い出し、亡命を思いとどまらせる効果があった。三つの角度の和がなぜか百八十度にならないなど、些末な問題もあるにはあるが。


 ベルにとって、この地区は住人のふりをして配給ウォッカを受け取るくらいしか用のない街で、うかうかしていると芋掘り遠征に連れていかれ、コンヴァーチブルのバックシートを泥だらけにされる危険な街でもあった。資本主義経済はベルを負け犬呼ばわりするから、そこまで義理立てするものでもないが、資本主義を否定した革命世界のラジオが選局不可能でひとつの局しかきけず、おまけにどの局がきけるかは工場で決められるので何がきけるかは買ってみるまで分からない。そして、走っている車が二十年以上前のモデルという現実を見せられると、資本主義の犬でいようとベルは思うのだ。


 ジェルジェ・カラジェルジェはそんな革命地区の反ギャング活動委員会というギャングのボスで、将来は教育に携わることを夢見ていて、その前に反革命分子を殺せるだけ殺したいという現実的な側面も持つ、狂った男だった。一度、仕事をまわされ、ある人物の手首が薬品漬けになっているから探してくれと言われ、警官に二度殴られ、ギャングには弾が一発だけ入ったリヴォルヴァーを立て続けに三回引き金を引かれた末に手首を見つけたのだが、そのとき会ったジェルジェは間違いなく、重度のジャンキーだった。スコップ型の顎髭の上に落ちくぼんだ頬があり、多少後退気味の額が腫れて見えたが、それは額以外の肉がげっそり削られたせいで大きく見える視覚トリックがなせる業、むしろ額はこの狂乱の化学的ダイエットのなかで中庸を保つべく戦っている、あっぱれな顔面パーツなのだった。


 怖いのはその極めて不健全な依存症がチョコレート・シェイクで作り上げられたということだった。チョコレート・シェイクを注射器で静脈に流したのか、それとも尻から突っ込んでカカオ成分のきついのを吸い上げたのか。チョコレート・シェイクを飲み過ぎれば出荷も考えたくなるデブになるが、さらに過剰摂取を続けていれば、その先にはデリシャス・ジャンキー・ワールドが待っている。


 後部座席では双子がドライブ・バイ・シューティングをやるなら、ブロックの曲がり角からやるか、ブロックのなかほどでやるかで、楽しい討論会を始めている。ケルベロス・デンの模範的会話だ。上半身入れ墨だらけのギャングを切るとき、入れ墨を避けるべきか、思いきり真っ二つにするか。首から吊るして骨を折るか、骨を折って吊るすか。爆弾は投げるか、抱えて突っ込むか。


 鉄道馬車ロータリーの中心にあるノルマ表示塔は数字部分だけが黒板でできていて、ひとりの労働者に一日で千トンの鉄鉱石を掘ることを強要していた。ノルマとカルマには「いまから貴様をどついてやるねん」と宣告されてどつかれるか、忘れたころにいきなりどつかれるかの違いがある。車を流していると、筋金入りの革命労働者たちが、自分たちはドラッグで汚染された資本主義保存地区よりもいい暮らしをしていると信じているのを目にする。もちろん、ベルのように資本主義世界と革命社会を自由に行き来する人間は真実を知っている。どちらもクソみたいな暮らしをしていて、優越はない。違いはドラッグでラリパッパになるか、配給ウォッカでベロンベロンになるか。ノルマとカルマみたいにゴミ箱へ通ずる選択肢は一応与えられている。派手な色彩と尖ったデザインが許されていたアヴァンギャルド時代はそこそこ話が分かる場所だったが、ポスターに三色以上使うものはブルジョワ的堕落と見なすようになってから、ベルのような人間には生きづらくなっていた。ただ、締めつけの強さとウォッカの度数とのあいだには比例関係があり、そこに暴君支配の秘密がある。


 メン・マがジェルジェの手にあるなら、革命主義保存地区にいる他の誰かも手に入れているかもしれない。既に車は地区のなかを走っている。無料ではないウォッカ配給所が空き瓶を買い取って、小さなウォッカの瓶を渡し、それを飲み終わると、小さな空き瓶を買い取って、さらに小さなウォッカの瓶を渡す。この負け犬まっしぐらなシステムは〈人民奉仕〉と呼ばれ、多くの同志諸君がこのお世話になっている。一度、党のエリートたちが費用とルンペン的堕落の問題から〈人民奉仕〉制度を廃止すると言ったとき、全地区で暴動が起き、本当の革命が起こりそうになった。結局、党の幹部と民警の署長、それに労働組合のトップが数人生きたまま火のなかに放り込まれたが、党執行部が全てのウォッカ配給所で無料配布を行うと声明を出すと、暴動はおさまり、革命の危機は去った。この騒動はウォッカ配給とは無関係のはずの周囲の資本主義地区の住民にまで飛び火して、建物から家具を投げ出し、デモに参加したベルも暴徒鎮圧係の民警をそばに寄せ付けまいと〈ノー・ウォッカ ノー・革命〉のプラカードを振り回した。

「結局、おれたちは見世物だからよ」と、そのとき一緒に留置所に入れられたラメッキオという無政府主義的アコーディオン弾きが言った。ふたりは性器の落書きがしこたま書かれた壁に寄りかかり、何とかこっそり持ち込めたキノコをかわりばんこに吸いながら、だべった。「こうやって、革命がろくでもない結果になってることを示しておかないと、政府のやつらが本気でつぶしにくるだろ? だから、おれたちはへいこらするしか能がない、しがない酔っ払いだってことをアピールしなきゃならねえんだよ」

「前から気になってたんだけど、無政府主義者ってのはどのくらい無政府主義的なんだ。つまり、どのくらい人とつるんじゃダメなんだ?」

「そりゃあ、ピンキリだぜ? 無政府主義的政府ってワケ分からんもんを立ち上げるやつもいれば、ちっこいド田舎の村長くらいならいいんじゃねえかってやつもいるし、人間最後はひとりだっていじけて誰とも絶対につるまないやつもいる。おれはバンドをやるくらいの人数でつるむのはアリだと思ってる。まあ、ぶっちゃけた話。ブツさえあれば、どんなふうにつるんでもいいと思ってるぜ」


 アコーディオンがきこえる有料ウォッカ配給所の前で車を止め、双子には動物ビスケットを与えて、大人しく待っているように言い、店に入った。ラメッキオは一発キメた回転ドアみたいにくるくるまわりながら、プレミアム級の騒音をまき散らしている。最初のほうは歌になっていたらしいが、回転数が五百回を超えたあたりから、ろれつがまわらなくなり、いまは自分の意思に反して回転していた。ここで善のカルマを積んでおくのも悪くないと思ったベルはラメッキオの足を払って、たったひとりの無政府主義的オーケストラを解散させた。


「最初は無政府主義的ハーモニカ奏者と無政府主義的ギタリストがいたんだが、いつの間にかいなくなっててよ」

「音楽性の違いってやつだな」

「正直なところ、あいつらが本当に無政府主義的だったか怪しいし、それ以上に楽器を演奏できたかも怪しい。お徳用ウエハースのことをハーモニカだって言い張ってたし」


 ふたりは負け犬サイズのウォッカ瓶をチビチビなめながら、塩漬けの魚卵とそば粉のパンケーキをチビチビ食べた。ベルはさりげなくジェルジェ・カラジェルジェについてきいてみた。


「御大、まだ死んでねえよ。いつ死んでもおかしくないけど、死んでねえ。むしろやつの後釜を狙ってたやつが一ダース、健康ではちきれんばかりだったのに次々とくたばった。それよりも革命資金の高利貸どもが集まって、新しいギャングを結成した。その名もポテト・バッグ・ギャング。ギャングの目標はジェルジェを三十個の鉄アレイと一緒にポテト・バッグに詰め込んで、生きたまま沼に放り込むことだ。革命も曲がり角だよ。ウォッカの売上が詰まった革命金庫の鍵はポテト・バッグの高利貸が握ってる。やつらは外の連中にも高利で貸して、チョコレートをストロベリー・ショコラに格上げさせても、向こう百年、点滴に困らないだけのカネを転がしてる。ブルジョワどもから利子を取り立てて、それを人民に還元するってことで体裁を整えているが、おれはそんな還元マネーは一度も見たことがないね。最近じゃ、でかいリムジンが走っても珍しくもなんともねえんだから、まいっちまうぜ。革命党がそんな有様だから、いまだに革命を信じてるやつらはおれみたいな無政府主義者に期待しているってわけよ」

「何を?」

「堕落したお偉方に爆弾を投げろってさ。おれはアコーディオン弾きなんだぜ?」

「オレ、ジェルジェに用があるんだけど」

「ポテト・バッグは見当たらないな」

「よせやい。オレが組織犯罪のゴタゴタに首突っ込まないのは知ってるだろ?」

「その気がなくても、いまジェルジェに会うのはまずい」

「でも、ジェルジェが持ってるもんを手に入れないと、オレ、例の双子に殺される」

「例の双子って、あの例の? いまどこに?」

「オレの車のバックシートで動物ビスケットをぱくついてるよ」

「ベル。あんたって人間はつくづくトラブル体質なんだな。そのジェルジェの持ち物だけど、よそじゃ手に入らないのか?」

「珍しい食い物なんだ。メン・マっていう」

「ジェルジェが食べ物を持ってる? いまのジェルジェはソーダ・ファウンテンと直接つながって、シェイクを血管に流してるって話だ。たとえ豆ひと粒でもジェルジェは消化しきれないんじゃないか。どんな食べ物だよ」

「分からないんだよ。ラー・メンに欠かせないらしい」

「気をつけろよ、ベル。ジェルジェにしてみたら、食べ物を口から接種して、胃で消化できる人間はみんな嫉妬の対象だ。あんたの胃袋切り刻んで、人民に配給しちゃうかもしれないぜ」

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