使いなれた道具こそ信頼できるにくいやつ
月明かりの下、蠢く影一つ。
ふっふっふ。という薄ら笑いを夜闇に響かせチョロチョロと用意したツボに液体を注いでいく。
ツボに液体が満ち、男は満面の笑み浮かべ言った。
「よし！ 水を飲むぞ」
とりあえずツボ一杯に川の水を溜めた。ただこれをそのまま飲むわけにかいかない。何故なら腹痛を起こしたからだ。
いくら透明できれいな水だとしてもやはり生水は危険であるということは先刻承知済みである。。
「煮沸だ。煮沸が必要だ」
うるさかったのか寝ていた猫(仮)が起きてきて「なんだ、なんだ」という顔で近づいてきた。
「お前も一緒に水飲むか？」
猫(仮)はきょとんとした眼をしているが興味があるのかぼくの後をついてきた。
もしかしてまた何か食い物をくれるのかもしれないと思っているのかもしれないな。
「台所の釜戸が使えるはずなんだ」
台所に向かう。暗くてよくは見えないけど全然見えないわけじゃない。所々に開いた壁の穴から月明りが差しているので慣れれば割と明るい。
「でも昼間の蜂みたいなのが入り込むかもしれないから、小屋全体直していかないとな。この小屋何があったのか至るところボロボロなんだよな……なんか、まるで魔物にでも襲われたような……？」
そこまで考えて止めた。全身を悪寒とともに恐怖が走ったからだ。
「考えるな。考えるな。とりあえず今は水だ」
釜戸にはヒビが入っていたが、使えないこともなさそうだ。釜戸の上の穴には以前の住人が使っていたのか鍋がそのまま置いてある。
「埃やなんかで汚れているけどこれも使えそうだ。それに下の穴には薪をくべたあとがあるから、納屋に薪があるのかもしれない。あとは火だけど――」
ぼくはちらりと猫（仮）を見てにやりと笑みを浮かべつつ腰袋に手をいれる。そしてある物を思い浮かべた。
『ショートカット機能により、スキル【ホームセンター】を発動。通路番号６から工具コーナーを選択。検出開始――棚番８の棚段４段目からガスバーナーを特定。ガスバーナー――取寄せ可能』
yes？ no？
「yes」
『承諾しました。SPを消費します』
手に感触が生まれる。取り出したのはガスバーナーである。本当はライターで充分なんだけど、ライターの場所はアウトドア系なので担当区域外なのだ。
「にゃ！」
予想通り猫(仮)が驚く。ぼくはその反応を見て満足する。
「ふふん。すごいだろ？ ぼくはなんでも取り出すことができる魔法が使えるんだぞ？ これさえあれば火なんかあっという間さ」
バーナー部分にガス缶を取り付けトリガーを引く。するとボッと青白い炎がつく。
「――っにゃ！」
それに驚いた猫（仮）は、さっと闇夜に消えていった。
「……あ、ごめん」
〇〇〇
薪を取りに納屋へやってきた。
月明りが納屋を照らし、中は一層暗さを増している。入口なんか暗闇がいっそう濃く、まるで異界への入口のようだ。
喉をごくりと鳴らす。
「夜が明けてからにしようかな……、でも、もう喉がからからで我慢できそうにない。水があるのに飲めないとか生殺しもいいとこだ。なに、何にもでやしないさ。幽霊なんかいないさ」
ちらりと足元を見る。そこに猫(仮)はいない。
できれば猫(仮)の手も借りたいならぬ、猫(仮)でもいれば安心するのだけど、さっき驚かしたせいで、どっかに逃げちゃったみたいだ。
ううう。バカなことをした。一時の優越感のために己の窮地のハードルを上げてしまった。ううう。猫戻ってきてくれ～。
「べ、別に怖くなんかないさ。ぶっちゃけ、小屋のほうも似たようなもんだしね。それにモンスターが出てきたとしてもぼくのこの鉈さばきで、ちょちょいのちょいさ」
ぼくは鉈を握りしめて、振り回す。これは強がりでない。強がりではないのです。いざ納屋へと足を向ける。
「失礼しまーす……。入りますよー。入ったらダメなら今のうちに言ってくださいねー」
返事はない。誰もいない。ぼくは胸を撫でおろし、
そっと足を一歩踏み入れた。
納屋は当たり前だが月明りが入り口までしか届いておらず真っ暗であった。
昼間に入ったときは入口の脇に鉈が立て掛けてあり、奥のほうまでしっかりとは見ていなかった。
納屋はそんなに広くないので薪はすぐに見つかるはずだ。と、すぐにうっすら暗闇に積み上げられている薪が目に入った。
「っと、あったあった。いいねあれだけあればしばらく燃料には困らないぞ」
と、薪を取ろうと近づくと顔に何かが絡みついた。
「ぶわっ、何だ！ うわっ、口の中にっぺっぺ」
顔にべったりと何か粘着質の網目状のものが引っついた。これ、いわゆる。
「蜘蛛の巣！？ うわっ、うー。なんだよー。テンションダダ下がりだよー。ぼく蜘蛛嫌いなんだよな」
放置された古民家などでよく見かける光景ではある。異世界にも蜘蛛のような虫がいるんだなと辟易した気持ちになる。
それにしても随分でかい巣だな。そういや映画なんかだとこの後、バカでかい蜘蛛が出てきて脇役なんかが犠牲になるんだよね。
「……まさか、ね」
ふいに物陰が蠢いたように見えた。
「…………いや、そんな、そういうベターなフラグあるわけないって……ない、よね？」
木箱の奥からガタガタガタっと音がした。
心臓をぎゅぅと鷲掴みされた苦しさに思わず引き付けを起こしそうになりながら、その木箱の奥に視線を向ける。
「そ、そんな、まさかね。それはないよ。あっ、そうか猫(仮)がどこに行ったのかと思ったらそこに隠れてんだな？ まったく驚かすなよな。おーい猫(仮)、バレてるから出てきなさーい」
声を掛けると積み上げられた木箱の横からひょっこりと物音の主が姿を現した。
八本の足と顔についた無数の眼。赤く光りギョロギョロと周囲を見渡している。カサカサと鉤爪のような脚が器用に壁をはい回り、赤い無数の眼が一斉にぼくを見た。
すごく分かりやすくいえば巨大な１匹の蜘蛛だ。
「嘘だろ、で、でたー！」
回れ右で全速力で逃げようとするが、蜘蛛の化物が口からシュッと何かを吐き出した。それが足に絡みついた。
「――あっ。ぐっ、これ、う、動けないっ」
暗くてよくは見えないが、どうもあの蜘蛛の化物から発射された糸のようだった。力任せに足を引き抜こうとするが、まるで接着剤のように粘りがあり抜け出せない。
獲物が上手く罠にハマったと蜘蛛の化物は音も立てずに起用に八本の足で木箱に着地し、ぼとっと地面に降り立った。
そして八本の足が異常な速さと動きでぼくとの距離を一気に縮めてくる。
きしゃぁぁぁ――っ。
「く、来るなぁ！」
ぼくは持っていた鉈を一心不乱に振るが糸もたやすくそれは口から発射された糸によって背後の壁に縫い付けられた。
「――ぐあっ」
唯一の武器を失い絶望とともに蜘蛛が迫ってくる。
そのギョロギョロと蠢く無数の赤い目がぼくを視界に捉えた。牙が覗く口ががばりと開かれた。
「や、やめ、し、死にたく、ないーー」
何かっ、何か武器になるもの――っ。
混乱していく頭でその辺を手当たり次第に探る。そうだ腰袋にある工具はと手を突っ込むが焦っているために上手く掴むこともできない。そうだスキルだと頭にひらめくが蜘蛛がぼくの足に到達し八本の足で音もなく這い顔までよじ登ってくる恐怖に思考がマヒしていく。
蜘蛛はぼくを覆いかぶせるくらいにでかかった。
納屋に入ってものの数秒で命の危機に瀕している。ぼくは数秒前の自分を呪った。自分の軽率な行動に怒りを覚え数秒前の過去にいって殴り飛ばしてやりたい。
けど、そんなこと無理だし今さらどうしようもない。
「いやだ、まだ、死にたくない……」
押しつぶされていくようなその恐怖が、ある感情と映像を鮮明に色濃く呼び寄せそれだけが脳裏を支配した。
それはこちらの世界に来た原因である合板の束に押しつぶされた時の映像。
危ないという声と合板に埋め尽くされた視界が苛立ちとともに脳裏にぶれる。そしてぼくはある意味はあちらの世界で死を迎えた。
腹の底から渦巻くような怒りがこみ上げ、激昂した。
「冗談じゃないっ。もう二度と死んでたまるかっ！」
その手が腰袋のホルダーに下げていたインパクトドライバーを掴む。
ーーっ、二度目の死はごめんだ。
手に電流のようなしびれが流れ、インパクトドライバーのトリガーを引く。空気を摩擦し切り裂く音とともにドライバービットが稲光とともに高速回転する。
「し、死んでたまるかァァァァァァァァ！」
高速回転するドライバービットを蜘蛛のどてっぱらに打ち込んだ。
腹にドライバービットが血しぶきと共にズブりとねじ込まれ、蜘蛛の口からガラスに爪を立てたような音が響き渡った。
叫びをあげる蜘蛛の化物はぼくから瞬時に飛びずさり、抵抗した獲物に警戒心を張り巡らせるように距離を取ってきた。
このまま、どこか逃げてくれると願うが、その眼はぼくを諦めた様子はなくこちらの隙を伺っているようだった。
「くそっ、浅かった！」
インパクトドライバーの先にセットしてあるドライバービットは精々長さが１０センチ程度。いくら腹を突き抜こうとも、あの巨大蜘蛛に致命傷は与えられない。
どうする――？！
蜘蛛の化物は慎重にこちらを伺っている。眼がギョロギョロと蠢き、手に持っているインパクトドライバーに目線が集中した。まるで冷静に自分に攻撃を加えたのがなんなのか見定めているようだ。
せめてこの足の糸がとれ、体制だけでも立て直せれば――。
蜘蛛は理解したように眼の動きが再開した。そして八本の足が駆ける。
だ、ダメだ、やられるっーー。
「にゃーなのだー！」
声とともに銀光が一閃、蜘蛛の化物の表皮を切り裂く。突然の攻撃に見舞われた蜘蛛は再び飛びずさる。
はっと振り向くとそこにはフサフサの尻尾を携えた白髪猫耳美少女がいた。
彼女の手には短剣一振りとぼくがスキルで取り出したガスバーナーが握られていた。
「あっ、それ、っていうか誰！？」
「話はあとなのだー！ 赤八目蜘蛛の糸は熱に弱いのだ。これで焼き切るのだー」
猫耳美少女はぼくの足首に巻き付いた糸にガスバーナーを当てた。ボーっと青白い炎が糸を溶かしていく。
「あっつい！ 熱いよ！」
「我慢するのだ！ 男の子だろー」
「――やった、取れたっ」「逃げるのだっ」「逃げないっ」「なっ――」
ぼくはその場に立ち上がり腰袋に手を突っ込む。
「逃げないっ。ぼくの自由を邪魔するやつは何者であろうともう許さないっ！ 特大のドリルをお見舞いしてやる！」
『ショートカット機能により、スキル【ホームセンター】を発動。通路番号７から電動工具コーナーを選択。検出開始――棚番５の棚段４段目からを特定。ドリルチャック――取寄せ可能』
yes？ no？
「yes！」
『承諾しました。SPを消費します』
手に感触が生まれる。引き抜き、インパクトドライバーのドライバービットを引き抜き、ドリルチャックを装着する。
「ぼくのインパクトドライバーの口径は６．３５ミリ、極太軸１３ミリドリルを入れるためにドリルチャックを装着」
再度、腰袋に手を突き入れる。
『ショートカット機能により、スキル【ホームセンター】を発動。通路番号６から電動工具コーナーを選択。検出開始――棚番１の棚段４段目からを特定。木工用ドリル３２ミリ――取寄せ可能』
yes？ no？
「yes！」
『承諾しました。SPを消費します』
手に感触が生まれる。引っこ抜く。
腰袋から長さ３０センチほどの長さの木工用の極太ドリルがぬっと出てくる。
ドリルチャックをすばやく回転させ口を開く。装着部分を差し込み逆回転。手で力の限りに締めつけ固定。
「右手はトリガーに、左手はモーター部分に、右手の脇を締め、狙いを定めーーーートリガーを押す！」
中指に電流のようなしびれ生まれバチバチと火花を散らす。
インパクトドライバーに無理やり極太のドリルを装着しているために高速回転すると先のブレが酷くまるで暴れ馬のような振動が手に伝わってきた。
「――っこなくそっぉぉぉぉ」
それを気合で抑え込み、飛び掛かってくる蜘蛛の化物を見据える。
「木材に穴をあけるときは木工用のドリルがおすすめだ」
蜘蛛が糸を吐き出す。それを前に飛んでなんとか避ける、蜘蛛は一瞬獲物を見失ったようであの無数の赤い眼をギョロギョロとさせる。
今度はぼくの番だーー。一気に蜘蛛との距離縮めるために駆ける。眼が一斉にこちらを捉えた。蜘蛛が跳びはね再び襲いかかってくる。蜘蛛が吐き出す糸が頬を掠めるがそのまま突き進む。そして蜘蛛の腹部分にドリルの先を押し当てた、一気に壁に叩きつける、そして、全体重をかけ押さえつける。
「理由は、木工用ドリルは先の部分に誘導ネジっていう突起がついている。少しトリガーを引いてあげればねじ込まれ」
軽くトリガーを引くと突起が蜘蛛の腹にねじ込まれる。その違和感に蜘蛛は気づかない。
「穴をあけるためのブレ防止になるからだぁァァァァ！！」
中指がトリガーを引く。暴力的な回転音が稲光とともに大氣を震わし、先ほどとは比べ物にならない血しぶきと蜘蛛の断末魔が夜の静寂を切り裂いていく。
そして、再び夜の静寂が戻ってきた。
「その結果、まっすぐ、きれいに穴をあけることができる」
切り替えスイッチを押しドリルを逆回転させ蜘蛛の腹から引き抜く。
「この場合、風穴っていうのかな」
事切れた蜘蛛の化物がそのまま地面に落ち無残にひらいた大きな風穴を見せていた。
『経験値を３０獲得。レベルアップしました』
Lv.１→Lv.２
MaxHP１８→２４ MaxMP８→１２ MaxSＰ１２
攻撃力７→９ 物理防御４→５ 魔法防御３→４ 素早さ６→７
『スキル【新商品】により、蜘蛛の糸を獲得しました』
