新商品
ズルズルと何かをひきずる音がする。
なんだ? ああ、まだ腹が痛い。
かすれた視界に誰かの背中が見える。
しなやかな肢体に白の髪がさらさらと揺れている。あと何かふわふわと白い綿毛がゆらゆらと揺れている。
「……重い、のだー。でも……命を救って……から、放っておけい……。ヤンカは……律儀……」
ああ、自分が引きずられているのか。
触りたいなあのモフモフ……。
腹が痛い。あと背中も痛い。ああ、ダメだ……また意識……。
〇〇〇
「……………っ」
ばちりと目が覚めた。
「ここ、小屋か?」
目を覚ますと小屋の中のようだった。
外はすでに日が沈み辺りは真っ暗闇。森との境界線は無くなっている。
「なんでぼくここに。そういえば誰かに引きずられていたような……誰か助けてくれたのか? でもいったいだれが?……あれ? お腹、痛くない」
ぼくは腹に手を当てた。腹痛が治っている。腰袋と鉈とインパクトドライバー、それにヘルメット全部ある。
「……何が……」
「にゃ~」
闇に銀色の瞳がキラッと輝いた。
一瞬身構えたがすぐに警戒を解いた。
「あ、猫(仮)? お前! ついてきたのか。しょーがないやつだなー」
川で助けた猫(仮)が闇から姿を現しこちらにトコトコと歩いてきた。
「まさかお前がここまで連れてきてくれたわけじゃないよなー。……そんなわけないか」
猫(仮)は、ぼくに身をすり寄せてくると顔をあげ「にゃ~」と何かせがむように鳴いた。
「なんだよ。腹でも減ってるのか?」
猫(仮)はぼくの言葉を理解したように「にゃー」と鳴く。そしてじっとぼくを見つめてくるのだ。
くっ、そんな瞳で見るのはやめろ。
うーん、こっちの世界に来たところで頼まれると断れない性格が治るわけでもないようだ。
赤ん坊くらいから人生やりなおせば少しは違うのかもしれないけど。
そういえばぼくも結局何も食べていないや。……飯にするか。
「いいか? ここには猫用のご飯なんかないからな。それでよければご馳走するぞ。あ、あと味は保証しないからな」
猫(仮)はきょとんと首を傾げてくる。
その仕草に異世界に来て初めて可愛いなーとポジティブな感情を抱きながら立ちあがり台所に向かっていると、モフモフ獣も尻尾を振りながらついてくる。
「とりあえず森に行く前に発掘した食べ物はここにまとめてたけど……。果たして食べられるのかどうか。これなんかどうかな、ツボに入ってた干し肉っぽいやつ」
ちらりと足元にお座りしてこちらを見上げている猫(仮)を見た。
喉をごくりと鳴らす。この子が食べれるならぼくも問題なく食べれるんじゃないかな?
ぼくはツボの中から1枚の干し肉を恐る恐る手にとる。
べ、別に毒見をさせようとかそんなんじゃ……、そうだよあんなつぶらな瞳で見つめられたんじゃ先にあげ、あげないわけ、には――。
足元には今か今かとご飯を待っている猫(仮)に、そーっと干し肉を持った手を下げていく。
「毒、毒見を――」
もし食べれなかったら?
脳裏に猫(仮)の苦しむ姿が浮かんでくる。
……ぼくの良心はそれに耐えることができるのか?
少し考えた。
できない。できるわけがないじゃないか! 猫(仮)よ。すまんぼくはなんて考えを。
降ろした干し肉をさっと引き上げる。
「食べるなら、苦しむなら、一緒だ猫(仮)よ!」
しかし、引き上げた干し肉を猫(仮)は超絶すごい脚力で飛び上がりぼくの手からあっさりと奪い取ってしまった。
「――うおっ」
さっさと台所の陰へと入り躊躇うことなくがつがつと食べ始めている。
ぼくは取り上げようか? と一瞬考えるがすぐにやめた。ああなった猫(仮)に手をだすと手痛い爪攻撃をやられるのがオチだ。
「大丈夫かい?」
そーっと覗き込んでみる。眼を血走らせながら食っている。おお、まさしく獣だ。あっという間にたいらげこちらにつぶらな瞳でおかわりを要求してくる。
結果的に毒見をさせることになってしまったけど、どうも大丈夫そうだ。
ぼくはツボからもう1枚干し肉を取り出すと猫(仮)の手元にそっとおすそ分けする。
再びがつがつと食べ始める猫(仮)。
その様子をしばらく見つめていると、なんかむずむずと心が湧きたってくる。ぼくは無意識にそーっと手を忍ばせていた。猫耳がピクンと反応し、「シャー」っとしっかり威嚇され、泣く泣く手を引っ込めた。
「少しくらい撫でさせてくれてもいいじゃないか」
後ろ髪引かれる思いでツボの肉に視線を向け、干し肉を取り出した。
見た感じ普通の干し肉である。しかし、いったい何の肉なのだろう。いや、干し肉にしているということは前に住んでいた住人はこれを食べていたということだ。
ちらりと猫(仮)を見る。美味しそうに食べている。
「……ええい、ままよ!」
一気に口に放り込んだ。
「――んっ」
……これ旨いぞ。
うんうん。いける。少し獣臭いけど口に入れるとピリッとしたスパイスが先にきてかめばかむほどに肉の旨味が口に広がっていく。
「こりゃ旨い」
『スキル【新商品】によりホーンボアの干し肉を獲得』
「――ん? なんか聞こえたぞ? ホーンボアの干し肉を獲得? スキル? そういや川の水を飲んだときもなんか聞いたような……スキル【新商品】っていったよな」
「にゃ~」
猫(仮)が次をよこせと眼で訴えてくる。
「ん? ああ、ごめんごめん。とりあえず食べようか」
ぼくはその場に座り込みツボの中にあった干し肉を猫(仮)に差し出す。そして1人と1匹であっという間に平らげたのだった。
○○○
「ふう……」
満たされた腹を撫でながらベッドの上に仰向けに寝転がった。窓からはすっかり夜がふけた様子が伺えた。
猫(仮)が窓枠に体を丸め眠りについている。
夜気の風が流れ込み猫(仮)のひげを揺らしている。風がぼくのもとまで届き肌をなでていく。
その心地よい感覚に意識を持っていかれそうになりながらも、これから先のことに思考を巡らせた。
異世界に来てようやく1日目が終わる。さて、これからどうすべきだろうか。
水場は見つけたけど、あの蜂のせいで無我夢中に森を突っ切ったので正確な道はわからず仕舞い。
ぼくをここまで運んでくれた人物が現れてくれればいいのだけど、小屋にはぼくしかいなかった。手がかりは揺れる白いモフモフだけだ。いったい誰がぼくをここまで運んできてくれたのか。
それと1つ気になることがあった。
ぼくは意識を集中しステータス画面を表示した。
ステータス画面は視界の中心に意識を集中することで開けるようだった。
佐藤たける
〖職業〗ホームセンター万年平社員
Lv.1 HP18 MP8 SP7
攻撃力17 物理防御10 魔法防御3 素早さ6
武器装備,錆びた鉈 防具装備,安全ヘルメット 布の服
スキル【ホームセンター】【新商品】【オリジナルブランド】
「攻撃力と物理防御が上がっている。そうか鉈とヘルメットのおかげか。気が付かなかったな。スキルは……ホームセンター、新商品、オリジナルブランド……。さっき確かに頭の中に直接響くような声が【新商品】って言っていた。これだ。これ、説明みたいなのって出ないのかな?」
ステータス画面に表示されたスキル【新商品】にためしに意識を集中してみる。すると――。
『【新商品】。体内接種または霊気接種をすることにより発動。獲得成功により【ホームセンター】に新たに【新商品】として選択可能アイテムに追加』
「アイテム追加!? それってもしかしてーー」
ぼくは腰袋に手をいれ川の水を思い浮かべた。
『ショートカット機能により、スキル【ホームセンター】を発動。通路番号8から異世界コーナーを選択。検出開始――棚番1の棚段4段目から川の水を特定。川の水――取寄せ可能』
yes? no?
――っ。
「yes」
『承諾しました。水の量を選択してください』
量? そうか。今までは具体的な個数をイメージしていたけど、今ぼくは漫然と川の水ってだけを想像している。じゃあとりあえず1リットルほどを想像して――。
『川の水1リットル承諾しました。SPを消費します』
「やったぞ! 予想通りだ。スキル新商品によって得たものはホームセンターで選択可能になるんだ。ということはもしかしてこれで水問題も食料問題も解決するんじゃないか? さっきホーンボアの干し肉を獲得したとか言ってたし。ん? そういや水ってどうやって出てくるんだ。今までだと腰袋から出て――あああああ、腰袋から水が溢れてきてるー! な、何か入れ物は!?」
ぼくは急いで台所にあった空の干し肉のツボに腰袋から溢れる水を入れた。猫(仮)はそんな慌てるぼくに気づき、何事か? 食い物か? と一瞬興味持ったようにこちらを銀色の瞳で見ていたが、食い物ではないなと判断を下したのかあくびをし、再び眠りに入ったようだった。
とにかくこれで飲み水は確保できそうだ。