いざ、森へ!
SPは時間経過とともに回復するようだった。時計がないので日の傾き具合をみてそう判断したのだけど大体三時間くらいだろうか。
まあ一応今回に限ってはそのくらいで回復した。体のダルさも取れている。まるでマラソンした後のダルさがゆっくりと引いていくような感覚だった。
ちなみに今ぼくはスキルで出した安全ヘルメットを頭にかぶり納屋で見つけた錆びた鉈を片手に森の前で意気込んでいた。
「ふーふー、やってやるぞー。見てこれこのヘルメット工事現場で使われている最新のやつよ。これ装備してたら例え上からスパナが落ちてこようともへっちゃらのすぐれものよ。何故なら中はクッション性を持たせるためにバンドとヘルメットの間に空間があって、上からの衝撃をこのバンドが緩和してくれるんだからね。しかもこのバンドがまた超強力で耐久力抜群よ。もちろん耐候性だって抜群でーー」
森が鬱蒼と生い茂っている。日の光があまり差し込んでいないので薄暗い。奥にいくほど暗闇が濃くなっている。
「やってやる。やってやるさ。ぼくはやるときはやる男だ。高校生の頃だってはじめてのエロ本を必ず買ってやると本屋に数時間待機し、レジの店員がおねーさんからおじちゃんに変わった瞬間、契機は今だと見逃さずにエロ本コーナーから目的の品をあらんかぎりの速さで手に取り、そのままレジに猛ダッシュ、疾風のごとくレジにエロ本をだした。しかしおじちゃんがレジの操作に不慣れで結局おねーさんに変わってしまい恥ずかしさのあまりにお金をぶちまけクスクス笑われながらもエロ本を購入したのは今思えば懐かしい記憶のタペストリーさ……」
ぼくはやるときはやる男だ。それにスキルという今までにない力を身に着けたことで気が大きくなっていた。
「おねーさんの温かい視線の中、小銭をだすあの窮地に比べればこんなのピンチでもなんでもない!」
ぼくはそのとき少しハイになっていたのだろう。
水を手に入れるために足を一歩前へと進め、森への境界線を跨いだ。
〇〇〇
どこからともなく聞こえる何かの鳴き声に身を竦め、強烈な草木の匂いに鼻がマヒし、視界を塞ぎ行く手を阻む見たことない植物を鉈で切り落とし掻き分けていく。
「やればできる。やればできるじゃないかぼく」
まるで呪文のようにその言葉を繰り返した。普段のぼくからは想像もできないようなアクティブさに自分自身が驚きを感じていた。
きっとスキルという今までにない力を手にいれたことによる気持ちの高揚と、なにより水を確保しなきゃいけない切羽詰まったこの状況が否応なしぼくを突き動かしているのだろう。
「よしここに印だ」
ぼくは帰り道に迷わないように鉈で木にバツ印をつけていく。それはもう1メートルほどの間隔で。
だってしょうがないじゃないか視界にはまさに原生林といった光景が広がっているんだから。
赤い綿毛のような実をつけたこんもりした植物に、赤や青や黄色などのワイングラスに似たつぼみをつけた植物。ひょろひょろと長い木、骨のように葉をおとした木々があると思えば、大人10人くらいが手をつないでようやく囲めるほどの巨木がそびえる。
地面には木の根っこがあちこち這い出し青い苔を生やしている。心なしか光って見えるのは気のせいではないだろう。
「これが異世界の森か……、な、中々雰囲気があるじゃないか」
どこかで鳥か何かの鳴き声があちこちからしている。
「……怖くない、怖くないぞ」
恐怖心からか目の前の巨木の節がまるで眼に見えてくる。ぐねぐねと伸びた枝がぼくを捉えるために伸びてきて、その地中からはみ出した根っこを引き抜いて今にも襲い掛かってきそうだ。
「そういえばファンタジーものの小説にはよくトレントって木のモンスターが出てきたっけ、ははっ……ま、まさかね。さ、早く水を探さなきゃ、小川なんかが近くにあれば――っうわ」
黒い何かが目前を横切った。
な、なんだっ。
先ほどの勢いはどこか遠くに走り去り、不安がフーセンのように膨れ上がってくる。黒い何かが巨木のほうに飛んで行ったような……。
耳障りな音が聞こえてくる。
見たくなかったけど見るしかなかった。
宙に、耳障りな羽音を響かせる飛翔中の蜂のような虫が飛んでいた。
「……蜂?」
蜂の体は真っ黒で、お尻から針が突き出ている。トレントではなかったのでほっとしそうになったが、よく見れば蜂は拳大くらい大きかった。
「ちょっと待って、でかすぎない?」
蜂はちょうどぼくの目線の高さでホバリングをし、お尻の針をちらつかせている。まっすぐに向けられた眼からはしっかりと敵意を感じることができるのがほんとに辛い。
後悔した。ヘルメットを出すより虫よけスプレーを出しておくべきだった。
ブーっと羽音をたて、そのお尻の先の針が問答無用に目前に突っ込んできた。
「どおおおわああああっ――――」
苦し紛れに鉈を振り回し、ほぼ倒れ込むように避けた。背後でドスっと突き刺さる音が聞こえてくる。
振り向くと蜂の針が深々と木の幹に突き刺さっていた。
どんな貫通力だよ。
蜂は体制を整え再びぼくに狙いをつけ飛び掛かってきた。
「っうわあああっ」
鉈でなんとか追い払おうと振り回すが蜂は起用に飛び回りまるで弄ぶように避けていく。
力任せに振り回したせいか鉈の重さに体制を崩してしまった。ひゅんひゅん飛び回っていた蜂がビタッと止まり狙いを定め突進してくる。
――や、やられるっ。
体制を崩したまま妙な踏ん張り方をしたせいでずるっと地面を滑り尻もちをついてしまう。
そのおかげで間一髪、蜂は頭上を越えてその先の大木に激突、針がその太い幹に深々と突き刺さった。
えげつないほどに深く刺さっている。あんなの受けたら一発であの世行きだ。
背筋がゾッとした。
蜂は羽をブンブンと羽ばたかせ幹に針を突き刺したまま暴れている。
「針が深く刺さりすぎて抜けないのか? ――っチャンスだ」
ぼくは鉈を振りかぶった。こんなとこで死んでたまるかっ。異世界にきて初めてのモンスター討伐だ。
やってやろうじゃないか。
意を決し振り降ろそうとした瞬間、背後から羽音が爆発的に膨れ上がった。嫌な予感しかしない背後を冷や汗を滴しながら振り向いた。
あー、……あいたたた。
何匹いるだろう。数えるのがばかばかしくなるほどに視界は黒一色に染め上げられていた。
「っき聞いてないよぉぁぁぁぁぃっ」
ぼくは視界に迫る草木を鉈をぶんぶん振り回し刈り取り、死に物狂いで森を駆け抜けた。