さあ、日曜大工の始まりだ
ぼくはヤンカさんに一通りこの世界に来たいきさつとスキルについては自分もまだよくわかっていないことを話した。
彼女はとても信じられないといった目でぼくをみるが、思うところがあるのか最後は納得した様子だった。
「なるほどにゃのだ。君の見たことのないアイテムを出せる不思議な能力。それは女神様のギフトにゃのだ。ヤンカも話だけは聞いたことがあるのだ。この世界アスラと別の世界テスラの話。女神様がアスラのバランスを保つために異世界人に不思議な力を与えこちらの世界に召喚するという話にゃのだ。異世界人の力はとても貴重で新しい価値を作りだすと言われているのだ。ある者は一国の王に、ある者は捕らえられ国の繁栄のために実験台になったなんておとぎ話もあるのだ。君は異世界の人か、本物見るの初めてにゃのだー」
ヤンカさんはぼくをまじまじと見つめ髪の毛をつかんではクンクンと匂いをかぎ、体をペタペタと触ってくる。なんだか照れしまう。いやというかこそばゆい!
「ちょっとこそばゆいですよヤンカさんっ」
それに彼女の話の中に異世界人に対する聞き捨てならない話が混じっていた。
「それで……ヤンカさんは何故、森の調査に?」
鼻をくんくんさせるのをピタリとめ、ヤンカさんは首を傾げ、うーんとうなるとポンっと手を打つ。
「まあ隠すことでもないので、教えるのだ。この森の木材は近辺の町にとって大切な資源だったのだ。だけど3年前ーー」
ヤンカさんは訥々と説明を始めた。
この森の木材は近くの町にとって貴重な資源だった。だけど三年前に……
「突然モンスターが大量に現れたのだ。そのおかげで町は容易に森に近づくことができず資源を手に入れることができなくなった。だけど町は森を諦めることができない、3年と時が経ち少しは森は落ち着きを取り戻してきだろうと町は冒険者ギルドにモンスターの大量発生の謎の調査を依頼したのだ」
その調査依頼を受けたのがヤンカさんということか。
ヤンカさんは何故か自慢気に鼻をフフンっと鳴らしている。
モンスター大量発生……その時に小屋の住人は逃げ出したのか。だから小屋に住人がいなかった。きっと命からがらに逃げ出したのだろう。
森のモンスターの大量発生の謎か。
もし、町の人たちがこれからもこの森に手出しできない何かが見つかれば?
「ヤンカさん。取引しないですか?」
「急にどうしたのだ? 森から抜け出したいならヤンカは協力を惜しまないのだ」
その提案にぼくは首を振った。ぼくは安易に森から離れる考えを捨て始めていた。
「あなたの森の調査に協力する代わりに、ぼくのこと町の人達に黙っていてくれませんか?」
「……うっ」
「さっきヤンカさん異世界人は女神から特別な能力をもらったとてもめずらしい存在だって言ってましたよね。その後、異世界人が実験台にされたとかって。それってもし町の人にバレたらぼくとしてはあまり思わしくないことになるんじゃないですか?」
「ぬぬぬ。中々するどいのだ。でも森の調査くらい一人でできるのだ。ヤンカには、メリットにゃいのだー」
「でかくて黒い蜂の巣の場所を教えますよ?」
「――にゃう! 森の黒い宝石と言われる黒曜蜂の巣の場所を知っているのか!? 黒曜蜂の蜜はそれはもうとても貴重で、甘くて、パンなんかにかけて食べるとそれはもう天にも昇る気持ちで――っしまったにゃのだ」
ぼくはにこりと笑みを浮かべた。
「取引成立ですね」
「な、なぜヤンカの目的が黒曜蜂の蜜や森の食材だと……しかも君はこっちの世界にきたばかりにゃ。なぜ黒曜蜂の蜜のことを」
「え、だってフードハンターって自分で名乗ってたじゃないですか。それに森に蜂蜜は定番ですから山をはりました」
「くっ、子供のくせに恐ろしい子にゃ。しょうがないヤンカも自由にやっているのだ。異世界人であろうとも君をどうにかする権利なんか誰にもにゃいのだ」
ヤンカさんは手を差し出してきた。
「……えーっと、そういや名前聞くの忘れてたのだ」
ちょっとこけそうになってぼくも名前を名乗るを忘れていたことに気づく。
改めてぼくは自分の名前を彼女に――。
名前。名前か……。
佐藤たけるという名前はぼくには荷が重かったな……。
苦笑した。
「??」
ここは新天地だ。まさに第二の人生。
あっちの世界でどんなに願っただろう。意気地のないぼくはなんとなく流れに身を任せダラダラとやりたくもない仕事をやっていた。
やりたくもない仕事? やりたくもない仕事だったっけ?
違う。子供の頃、父の日曜大工を見て育った。今思えば父は下手くそだったけど、ぼくは楽しそうに何かを作る父が好きだったんだ。
よく父に連れられてホームセンターに行ったもんだ。
気づけばそこで働いていた。
好きだったんだな。日曜――。
「……大工……」
「ダイクっていうのか?」
ダイク? ……ダイクか。うん。いいかもな。日曜大工好きのダイク。ダイク・ニチヨウ。いいんじゃないか。
ぼくは改めてヤンカさんに向き直り、手を差し出し告げた。
「そうです。ぼくの名前は、ダイク。ダイク・ニチヨウといいます」
「そうか。ダイクよろしくにゃのだ」
ぼくらは握手を交わした。
そして、鍋のお湯を小屋にあった木のコップに入れた。
まだ少し熱いかなと思いながらぐっとからからの喉に流し込む。
「旨い!」
川臭さが少し残るが、久しぶりの水にぼくは力がみなぎるの感じた。
調査を手伝うついでに彼女にこの世界のことを教えてもらい、ぼくはこの小屋を自由気ままな生活するための拠点にすることを目論んでいた。
幼い頃に思い描いた誰にも邪魔されないやりたい放題できる場所。この資源豊で人が安易に入り込まない森はぼくにとって最高の場所かもしれない。