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9 ダーケストの物語 再び


【続・ダーケストストーリー】


 それはスマートフォンが普及する以前の、ガラケーと呼ばれる携帯電話が一般的だった頃のサイドストーリー作品。

 3DダンジョンRPGと呼ばれる、主観視点のみで進行していくゲームだ。

 初代同様に主人公は自分であるが、ガラケー特有の操作方法の制限により様々な機能が削除された結果、レベル上げとダンジョンクリアだけを目的としたものになってしまった、所謂ポチポチゲーの1つ。

 クリア時に表示されるメッセージによりそれがダーケストの初代主人公の偉業の1つだと説明されていくのだが、ダンジョンをクリアしたら街ができたと言われるだけで、街の画像すらなくいまいちピンとこない。割と虚無ゲーだ。

 そもそもにして初代と2作目の間を縫っただけの作品であり、この作品の前に2作目があるため当たり障りのないことを書くように指示した、と当時のディレクターが語っていたはずだ。

 正直いつサービス終了したのかすら書かれていないし、非公式のまとめサイトにしか載っていない公式の黒歴史。


「……まさか、本当に? そんな所に原因があるなんて……急いで向かいましょう」


 紅子は信じられないといった表情だったが、すぐにダーケストストーリーの世界の本を別の機器に取り付けてその世界へと向かった。

 壁面モニターに紅子の視点であろうダンジョンが映し出される。


「彼女が向かっていったが、大丈夫なのか?」

「あれは初代よりもずっと簡単なものだ。暇潰しに連打するだけのゲームで、なにを失敗するっていうんだよ」


 この【続・ダーケストストーリー】はレベル差だけが物を言うので、きちんとレベルを上げて挑めば誰でもクリア可能だ。操作も通常攻撃とスキルを使った強攻撃、アイテムでの回復くらいしかない。

 誰でもクリア可能だと思っていたのだが……


「では、カタギリさん。お願いしますね」

「……算数わからんか?」


 序盤はボタン連打でクリア可能だったが、ステージ3からはレベル上げのために1つ前のステージを何周かしないといけなくなる。ダンジョンに入る前にそのように説明されているのだが、紅子はそこも連打して無視し、ダンジョンに突入。

 そして無事死に戻りし、目の前でヘラヘラと笑っている。今回は彼女の主観視点のみだったので、紅子に殺される犠牲者は居なかったのが幸いだ。


「カタギリさんが行かないなら、世界が滅びますよ?」

「今更だが紅子。このゲームに明確な終わりはない。やるのは構わないが、俺の記憶では1300ステージを超えているとまとめサイトにあったぞ? もはや現実には存在しないため確認できていないが、ほんとうにそんな世界を修正する必要があるのか?」

「これを言い出したのはカタギリ殿ではないか」


 ゲームと言えばゲームだが、きちんとしたストーリーはない。序盤は初代と同じ構成なので、そこだけはストーリーと呼べるが、それなら先程クリアした。中盤以降は虚無だ。

 エレノアが言うように自分で言っておいてなんだが、これは外れではないか?


「そうは言ってもですね? ダーケストストーリーの世界崩壊からのこちらの世界の連鎖崩壊、それはまだ止められていないのです」

「魔王は倒しただろう?」

「そうなんですが……」

「初代には隠しボスや裏ボスのような存在はない。移植された続編にも居ない。続・の世界にもラスボスクラスの存在は居ない」


 後半のザコ敵は魔王より強いが、それはストーリーとは関係がないだろう。


「では、魔王以外になにか原因があるということではないか? そういえばカタギリ殿、やつが最後に口に出していた、シュレディンガーとは一体何なのだ?」


 エレノアに言われて思い出す。あのときは激痛で気に留めていられなかったが、魔王は散り際にそんなことを言っていたな。


「あー、シュレディンガーは確か人の名前なんだが……そんな奴はダーケストの世界には居ない。一体何なんだろうな」

「……シュレディンガー? 今シュレディンガーと言いましたか?」


 先程まではしゃいでいた紅子の声から突然温度が消える。振り向けば目もいつかのように何処か虚空を眺めている。


「あ、ああ。カタギリ殿が魔王にとどめを刺した時、やつはシュレディンガーに栄光あれと、そう叫んでいた」

「そうですか。そうですか、ああ、そうですか。カタギリさん、原因がわかりましたよ」

「シュレディンガーか? そんなやつはダーケストには……」

「ええそうです。シュレディンガーはダーケストストーリーの世界には本来いない存在。ですがそれが居る。居てしまっている」

「……なんなんだ? そのシュレディンガーってのは?」


 俺の問に、紅子は首を振った。


「今の私には答えられません。ですが問題の解決方法はわかりました。もう一度、ダーケストストーリーの世界に行ってください」

「またクリアすれば良いのか?」

「はい。たぶん、途中までになると思いますが……」

「どういうことだ?」

「今度は正規の順番でクリアしてください。バグアーマーや仕様の裏をつく小技くらいなら大丈夫ですが、正しいストーリー通りにお願いします」

「それでどうなる?」

「その何処かに、シュレディンガーは居ます。今度は魔王ではなく、そいつを倒してきてほしいのです」





「勇者の血を引くものよ、よく来てくれた。紹介しよう、こちらは賢者エレノア。彼女はこの国を裏で支える賢者の1人だ。彼女には貴殿のサポートをしてもらう。まだ若いが優秀な賢者だ。彼女の言葉は儂の言葉だ。よく聞きその役目を果たせ」

「よろしくエレノア。必ずこの国を救うと誓うよ」

「ああ、よろしく勇者殿」

「長く苦しい旅になるだろう。だが必ずや魔王の討伐を果たされよ。賢者もお前の力になってくれる。お前だけがこの国の最後の希望だ」


 厳かな国王の言葉とともに、俺達の冒険は再び始まった。エレノアが居るのは、紅子曰く操作権を確保するために必要な措置だとかなんとか。

 プレイヤーは主人公であっても同一の存在ではなく、ゲームの中の存在と外の存在が分かれている。そのため俺が単独でゲームの世界に来ても、操作するための存在が別でなければ齟齬が出るらしい。


 ところでこの世界に来てすでに違和感があった。王様がエレノアが主人公だったときと違うのだ。

 城を出てすぐにエレノアを呼び止める。


「なあエレノア。ついさっき魔王を倒した時の王様は、あんな太ったおっさんじゃなかったよな?」

「言われてみればそうだな。わたしを鍛えた王様はもっと鋭い目を持つ、それこそ歴戦の勇者のような方だった。というよりあまりにも違いすぎて、カタギリ殿に言われるまで王様だと認識していなかったぞ? それよりも、また戻ってきてしまったんだな……魔王が倒れる前の、この世界に……」


 エレノアが不安そうに見上げる空は、どこまでも暗雲立ち込めるダーケストストーリーの空だ。

 設定的には復活した魔王の闇の力によって光が奪われたためであり、ゲーム的には昼夜の表現がシステム的に追いつかなかったので昼夜の概念そのものを消したためだ。

 そこでふと思う。現実のゲームと実際に存在するゲームの異世界、どちらが先に生まれたのだろうか。


「カタギリ殿。いきなりで悪いが、わたしは前回同様にただあなたの後ろを付いて回ることしかできない。荷物持ちくらいはしようと思ったのだが、それもできないようだ。何から何まであなたに頼ることになるが、許してほしい」

「そんなことを気にしなくていい。紅子がどうしても賢者ポジションの人間が必要だと言って、俺がエレノアを選んだんだ。紅子が賢者だと、今度は俺が殺されてしまうからな」


 冗談めかして笑うが、エレノアもふっと笑みをこぼす。


「……それは大変だ。せっかく助けてもらったのに、カタギリ殿がそんな目に合うなんてわたしには耐えられない」

「おそらくそれは今回だけじゃない。あの机に積まれた山を見ただろう? 今後もそういった機会があるはずだ。その時は、一緒について来てほしい」

「っ! ああ! もちろんだ、カタギリ殿!」

「では早速だが服を脱ぐ。アカフォンでの操作になるから貸してくれ」


 ぱっと明るくなったエレノアの表情が一瞬で怪訝なものになる。しかしこれは必要なことなのだ。装備中のアイテムは売ることができない。


「……疑っているわけではない。疑っているわけではないが、なぜ突然防御を捨てるのだ? 前回のときわたしは着たままだったが……」

「エレノアに脱げなんて言えるわけ無いだろう?」

「……それは、そうだが……」


 ゲーム同様に装備を外しても見た目が変わる訳では無いが、何かこうスッキリした気分になった。

 武器も含めて装備を外したら次の目的地へと向かう。前回は道具屋へ向かったが、今回道具屋に用はない。


「む? 前は道具屋に向かったはずだが? 通り過ぎてしまったぞ」

「ああ、防具屋に用があるんだ」


 前回エレノアにはさせられなかったパワープレイが俺にはできる。あの時は普通プレイで、狩り歩きをするため薬草を買った。だが今回は違う。薬草はいらない。


「カタギリ殿。知ってはいると思うが、50ゴールドではなにも買えないぞ?」


 エレノアの言うとおりだ。旅の始まりは50ゴールドと銅の剣、そして兵士の鎧。

 それに対して店売りの防具は一番安い木の盾ですら60ゴールド。確かに足りない。だが金がないわけじゃない。


「まず鎧を売る」

「……え?」

「これで20ゴールド確保だ」

「まてまてまて」

「そして銅の剣。これは80ゴールドだ」

「カタギリ殿!? それは確かに安物だが、武器は勇者の命だぞ? それを合わせても鉄の剣には届かないが……」

「必要なのは武器じゃない。防具だ」


 うろたえるエレノアを無視し防具屋に売りつける。眼の前でそんな会話をしていたのを訝しんでいるようだが、取引は問題なく完了した。


「最初の所持金と合わせて150ゴールド。これで木の盾と軽鎧をくれ」

「そいつは構わないが、本当に武器なしでいいのか?」

「問題ない、大丈夫だ」


 兵士の鎧は防御力1。それに対して軽鎧は4。盾も4なのであわせて7上がったことになる。逆に攻撃力は10下がったが、戦わなければどうと言うことはない。


「本当に問題ないのだな……? それではネズミ1匹倒せないぞ」

「気にするな。どうせ戦わない」


 今更だが俺は剣を振った経験なんてほとんどない。部活の勧誘で竹刀を振ったことがある程度だ。

 ゲームの世界とはいえここは現実。魔王相手に鞭を振っていて思い知ったが、俺の戦い方は相当に格好が悪い。

 エレノアのような華麗な剣技でなくてもダメージは与えられるが、俺にだって少しくらいの見栄はある。なら少しでも格好の良い戦い方をしたい。

 そんな武器が近所で手に入るなら、誰だって拾いに行くだろう。例えば散々行こうといった森とかに。つまりそういうことだ。


「紅子殿には正規の順にと言われていたが、本当に大丈夫なのか?」

「まあ見ていろって。次はあの村に向かうぞ」


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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