8 続・ダーケストストーリー
「おお、エレノアよ! 全ては伝説のとおりであった! 勇者の血を引くものよ! そなたこそこの国の救世主! そなたにはどんな褒美でも取らせると、王の名にかけて誓おう!」
国に戻る直前に、俺の勇者のアザはエレノアのもとへ戻っていった。慌てて紅子に確認すると、それが世界の修正の証明なのだと言う。なので俺は賢者に戻り、エレノアは勇者として王の前に伏せている。
「顔をあげよエレノア。なんでも願うといい。どれだけの大金でも、どんな領地でも、たとえこの王座であっても、そなたの望みは叶えて見せる」
「わたしの心は、すでに決まっています」
彼女には話していないが、本来なら主人公は自分の王座は自分で探すと自由を願い、新たな旅に出てしまう。
それが続編へと続くのだが、歴史の中にあって歴史上に存在しない主人公、エレノア。彼女は一体何を願うんだろうか。
「賢者カタギリ殿」
エレノアはこちらを見つめ、ふっと笑う。
一体何だ?
「王よ。わたしは賢者殿についていきます!」
「…………は?」
俺は彼女が何を言っているのかわからなかった。ついていくと言われたところで、俺にはどうやって戻るのかもわからない。紅子にはエンディングを見届けろと言われただけだ。
いや、そもそも俺は彼女に別の世界から来たと言ったか? 泣いている彼女の前でなにか言った気もするが、直接言及はしていないはずだ。
「そうか…… それはこの世界には収まらない、長く苦しい戦いになるであろう。それでも、それを望むのか?」
いやいや、待て待て。長く苦しい戦い? 俺が? なんで?
それよりも、なぜ王様までそれを知っているような言い回しなんだ?
「はい。わたしは彼に生命を救われた。今度はわたしが彼を支える番なのです」
「ならば行くがよい! 新たな勇者の旅立ちだ!」
跪いていたエレノアは立ち上がり、俺のもとに駆け寄ってくる。その後ろには、満足そうに微笑む王様。
何が起きている!? 俺はこんなストーリーは知らない。混乱している内に聞き馴染みのあるファンファーレ、そしてオープニングミュージックが演奏される。
「わ、な、なんだ!? いったいなにが……!?」
「!? カタギリ殿!!」
突然視界が暗転する。世界が歪み、思考が薄れていく。
なんだこれは? これでもとに戻るのか?
最後に見えたのは必死そうなエレノアの顔だ。なにか声をかけようとしたが、その前に俺は意識を失った。
◆
「お疲れ様でした。当初はどうなることかと思いましたが、さすがカタギリさん。クリアだけでなく本当に彼女をあの世界から救い出すなんて、やりますねえ!」
軽い衝撃と優しい匂い、そして柔らかな重み。仰向けに倒れたままそっと視線を下ろすと、そこにはエレノアが居た。
「……は?」
「着いていくと言っただろう? 突然消えようとするな、バカ」
ゆっくりと身体を起こし周囲を見れば、ソファには紅子が座っていて紅茶を飲んでいる。テーブルには山積みのカセット。ゲーム機に刺さった古い本は、あの世界に行く前よりきれいになった気がする。
「ぎりぎり間に合えばいいな、くらいに考えていたんですが、まさか1時間を切るなんて! これなら次の世界も余裕でクリアできそうですね!」
「ん!? お前、その顔は! わたしを殺し続けた無能賢者!」
「はい? 弱い勇者は記憶にありませんが、どちら様です?」
エレノアの言葉に紅子は首を傾げる。カッとなったエレノア紅子の襟首を掴みかかるが、覚えていないと言うより本当に知らないような態度に見える。
先程までモニターで見ていたはずなのに、一体どういうことだ?
「カタギリさん、この方は一体?」
「……さっき自分で言っていただろう? 俺が助けたダーケストストーリーの主人公だったエレノアだ」
「まさか、忘れたとは言わせないぞ!? 私が何度お前に殺されたか……!」
「少し待ってください。本体と同期します」
「な、おい! そんなに強く掴んではいないぞ!?」
紅子は突然死んだのかと思うほどに脱力し、そのまま崩れ落ちる。直前まで揺さぶっていたエレノアはその様子にパニックになるが、彼女が掴んでいなければ紅子は頭を床に打っただろう。
一先ずエレノアを落ち着かせ、紅子をソファに寝かせる。
数分後、紅子は何事もなかったかのように起き上がった。
「なるほど、理解しました。カタギリさんが助けたことで、こちらの世界に弾かれてしまったんですね。あちらの記録管理者には後で文句を言っておきましょう。ようこそエレノアさん。あなたにこちら世界での役割はありませんが、とりあえずはカタギリさんのトロフィーとして歓迎します」
「……何を言っている?」
先程までと打って変わって突然笑顔になった紅子に、今度はエレノアが困惑する。
「どういうことなんだ?」
「簡単に言えば、私はアカシックレコードの端末なので世界が修正されたことは理解しても、修正された状況にすぐには追いつけないのです。ゲーム風に言うなら、モニターをカメラ越しにキャプチャーしているとでも思ってください。ラグがあるのです」
「なんとなくわかったような、よくわからないような…… とりあえずラグがあるということは理解した。だがそれはそれとして、紅子。お前はエレノアに謝るべきだ」
「はい? 一体なぜですか?」
またも首を傾げる紅子。こいつ、本体と同期したんじゃなかったのか?
「彼女はお前の下手なプレイによって、あの世界の修正のために何度もつらい目にあったんだ。世界は直ったもかも知れないが、彼女の心の傷は癒えてはいない」
「ああ、そのことですか。申し訳ありません……」
思ったよりも素直に紅子は頭を下げる。あまり気持ちは伝わらないが、それを許すかどうかは俺ではない。
エレノアは決め倦ねているようだったが、続く紅子の言葉に俺は言葉を失う。
「申し訳ありませんが、カタギリさん。彼女がここにいることで続編の世界に影響が出ているのです。もう一度ダーケストストーリーの世界に行ってくれませんか?」
「……なんだと? わたしがここにいることと、カタギリ殿があの世界に行くことに何の関係があるというのだ? 魔王なら、カタギリ殿が倒したではないか!」
エレノアは声を荒げるが、顔を上げた紅子は困ったように笑う。
「ありありの大ありですよ。確かに魔王は倒されました。それはもう、しっかりバッチリ世界は直っています。ですが、本来あのあと主人公は世界を巡り、いくつもの伝説を残すのです。その役目を背負った人間が、なぜだか今こちらの世界で目の前に居る。問題のあった歴史は修復されましたが、その後の歴史が無くなってしまえば同じことなのです」
「なに……? どういうことだ、カタギリ殿?」
「……勇者は世界を救ったが、勇者の人生はそこで終わりというわけではない。ということだ」
紅子の言い分は理解した。続編へのバトンは、名もなき勇者の残した数々の伝説から繋がっていくのだ。
しかし同時に、ある矛盾が俺の中には浮かんでいた。
「紅子。そもそもゲームをクリアすれば世界は直ると言ったのはお前だ」
「ええ、その点は問題なく遂行されていますよ?」
「それは壊れていた部分がゲームと一致しているからだと言っていたな。であれば、ゲームとゲームの、初代から続編への物語は関係ないはずだ。それに初代の主人公は本来男だし、姫を助けて王家を引き継ぐというエンディングも存在している。マルチエンディングなんだよ。ダーケストストーリーは」
ほんの少しの差分でしかないが、続編はどちらの世界にも繋がっていく。後期の作品においても旅立ちエンドと姫と結ばれる王様エンドの両方の続編が作られているのだ。
イフの続編が存在する世界。パラレルワールドが共存するどちらにもなり得る世界なのだから、エレノアが、存在しないはずの女主人公が存在しない程度でダーケストストーリーの世界が崩れるとは思えない。
「まさか、そんな…… では一体なぜこちらの世界の崩壊がリセットされていないんですか? 原因はダーケストストーリーではない?」
「それはわからない。だが初代をクリアしてなお、続編に、2作目に影響が出ている。その原因がダーケストストーリーにあるのなら、考えられるのは1つだ」
「カタギリ殿、それは一体なんなのだ……?」
初代と2作目の間の歴史。それは存在しない空白を埋めるための、後付けの作品。運営がストーリーに携わっていない、黒歴史。
「……アプリ版、続・ダーケストストーリー。……すでにサービスを終了している、古の3DダンジョンRPGだ」
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