7 vs魔王
◆エレノア
彼は何もない空中を怯むことなく進んでいく。まるでそこに何があるのかわかっているかのように。塔よりも高いはるか上空、魔王城のある浮島を真っ直ぐに見据えて。
今のわたしには彼の背中しか見えない。足元を見たら、何もないとわかって落下してしまうかもしれないからだ。
いや、もっと前からわたしは彼の背中だけを見続けていた。彼が相手にしている敵はとっくの昔に自分の戦っていた魔物化した獣とは違う。本当だったらもっとずっと先で出会うはずの凶悪な魔物たちだ。
彼の戦い方は、とても戦いと呼べるものではない。謎の力によって不死身になった肉体で強引に攻撃を受け止め、その返しに鞭を振り回して叩きつける。
きっと戦いなどしたことがないのだろう。腰の入っていない、型も術もない、ただ腕で振り回すだけの攻撃で、しかし敵を倒していく。
今までのわたしの戦いは何だったのだろうと、最初はバカバカしく思えていた。
だがそれは間違いだった。
彼は無敵だと嘯いていた。それはたしかにそうなのだろう。彼の体力はとっくの昔に0以下だが、死ぬ素振りは見せない。
しかしその全身のアザは、斬り刻まれる痛みは、咳とともに吐き出される血は、全部本物だ。苦痛にうめき、それでも敵から逃げることはしない。
一歩一歩、魔王城に近づいていく。
彼はわたしを地獄から救ってくれた。だがそれは、単に彼が私の地獄を肩代わりしてくれただけだ。
彼はわたしが泣いていたから、ただそれだけでわたしを救ってくれた。
きっと彼はあの調子のまま魔王を倒し、その事を気にも欠けずに消えていく。わたしを助け、進んで地獄を歩む彼の後ろ姿を見て、そんな確信があった。
わたしは、彼に何を返せばいいんだろう。カタギリの迷いない歩みを見つめながら、そんな事ばかり考えていた。
◆カタギリ
「クックック、よく来たな勇者よ。この世界の闇を晴らさんとする光の使徒よ。貴様はこの世界の闇に溺れて死ぬがよい!」
魔王。ダーケストストーリー1作目のラストボスには名前がなく、ただ魔王と呼ばれている。ローブを着た老人のような見た目だが、裾や足元から見える肉体は白骨化している。リッチやネクロマンサーのような感じだ。
「……御託はいい。かかってこい」
「ふん。そんなに死に急ぎたくば、喰らえ! ダークフレイム!」
魔王の持つ杖から放たれる、邪悪な紫の炎。勇者の鎧でなければ防げない毒付きの魔法攻撃だが、バグアーマーの前には無力だ。ものすごく熱いし、動くだけでも全身が痛いが、ダメージにはならない。
「ぐああああ……! クッソ痛え! だが、俺には効かん!」
炎を受けながらも鞭の射程に捉え、横薙ぎに振るう。よし! クリティカルを引き、30ダメージ与えることができた。これは幸先がいい。道中の狩りでもレベルが上っているため、かなりの好タイムが……いやここはゲームの世界であってゲームではない。記録には残らないんだったな。
そもそもこいつを倒す目的はエレノアをこの世界から救うためだ。余計なことは考えるなと自分を戒める。
「うおおおおお!!」
「なぜだ、なぜ死なない!?」
毒の炎魔法だけでなく、威力に優れた闇の爆発魔法や1ターン行動不能になるマヒ攻撃など、本来なら一発一発が必殺技のような魔王の攻撃の数々。大ダメージ相応の激痛に気を失いそうになるが、その痛みが俺を覚醒させる。嫌な永久機関だ。
俺の返しの一撃はクリティカルではなく1ダメージ。しかし想定内。何度だって繰り返すさ。なぜなら俺は死なないのだから。
そんな釈然としない攻撃の応酬を繰り返すこと10ターン。ついに魔王の第一形態を突破する。
「ぬ、ぬおおおおおおお!? なぜ、なぜこの私があああああ!?」
杖を落とし膝をつく魔王。その頭蓋骨が落ちてローブから闇が吹き出す。
「やったか!?」
魔王との決戦を遠くから見ていたエレノアがフラグのような発言をした。だが問題ない。当然第二形態があるとわかっているし、倒し方は同じだ。
「いや、まだだ! エレノアはそこを動くな!」
「おのれええええええ! この私を本気にさせたこと、後悔するがいい!!」
落ちた頭蓋骨が巨大化し、その姿がおぞましい化け物に変わっていく。逆さになった頭蓋骨の眼窩から触手のような脚が何本も生え、口の中からはゾンビのような上半身が現れる。長さの違う4本の腕はそれぞれに剣や斧を構え、そして本来あるべき場所に頭はなく、巨大な眼球が3つ浮いていた。
先程までの魔法に加え2連続通常攻撃や更に強力な闇魔法を備えた魔王第二形態。
本当の最終決戦だ。
「……!? なんて邪悪な気配だ……! 勇者カタギリ、本当にこんなやつを……!」
「問題ない! そこで見ていろ! あと300ダメージで、この世界は平和になる!」
どれだけ姿が変わっても、どれだけ強力な攻撃を備えていても、俺はダメージを受けないし、魔王は回復をしない。
この世界がダーケストストーリーの、ゲームの世界である以上、どれだけ時間がかかろうともチェックメイトだ。
「闇に溺れろ!」
「もう溺れてるようなもんだよ!」
バグに手を出した以上、俺は正しい勇者ではない。だが、それでも救わなければいけないものがあるのだ。
◆エレノア
その戦いは、とても戦いとは呼べないあまりにも凄惨なものだった。
魔王の攻撃の度に勇者カタギリは大きく吹き飛び、壁に大穴を開ける。弱々しく立ち上がる彼の足取りは重く、力の入っていない鞭が緩やかに悍ましい魔王の一部を叩く。
わたしのほうが鋭く剣を振るえそうなものだが、しかしその弱々しい鞭は着実に魔王の体力を削り、何故か魔王は苦しげに呻く。
不思議な光景だった。
攻めているはずの魔王はその生命を失いかけ、死んでいても不思議ではない猛攻を受ける勇者カタギリがそれを成している。
敵わない。どれだけわたしが力をつけようとも、あの魔王の前では足が竦んでしまうだろう。勇者カタギリの、言動こそ意味不明だが、その自信は、その勇気は、とてもわたしには真似できない。
この恩は必ず返す。それを胸に誓い、彼の勇姿を目に焼き付ける。
「これで、終わりだあああああああ!」
「ふ、ふざけるなあああああああああ!! ぐおおおおおおおおおおおお!?」
あまりにも無惨な状態の、死にかけの男の弱々しい一撃。しかしその一撃はたしかに魔王の体力を0にし、見た目はほとんど無傷のままに、魔王の全身から魔力が抜けていく。
「お前は、魔王であるこの私を倒したお前は、一体何者なのだ!?」
「……名乗るほどの、もんじゃねえよ……ただの、バグ走者だ……」
「訳のわからんことを言うな!? ぐおおおお、私の、私の魔力が抜けていく!? く、くそおおおおお!! もはやここまで……! シュレディンガーに、栄光あれ!!」
魔王は最後になにかの名前を叫び、派手に爆発して消えていった。勇者カタギリは驚いた顔でそれを見つめ、ふっと笑ってこちらに戻ってきた。
その足取りは重く、今にも倒れそうだったが、嬉しそうに笑っていた。
「帰ろう。魔王は倒した。これでこの世界に平和は戻ってくる」
「……ああ! 帰ろう! 見ろ、勇者カタギリ! 暗雲が薄れて、青空が……!!」
魔王の爆発は天にも届き、世界を覆う闇を晴らしていく。
空は青くどこまでも広がり、宙に浮く魔王城は徐々に高度を落としていく。着水と同時に大きな水柱が幾つも上がり、巨大な虹が魔法の架け橋のように世界中へ繋がった。
その虹の橋のうちの1つは、自分たちが来た方角に伸びていた。勇者カタギリが歩いた、あの透明な橋だ。
「エレノア。本当は世界各地に居る魔王の手下を倒して、虹の橋でここまで渡ってくるんだ。……今回はズルをしたがな」
「ふふ。勇者カタギリ、あなたは不思議な人だ。本当に、なんでも知っているんだな」
「何でもは知らない。ゲームの、この世界のことだけだ」
「ならなんでも知っているじゃないか。なあ、本当はどんなふうになるはずだったんだ?」
「そうだな、どこから話すか。まずは……」
城までの道のりは、来たとき同様に長い旅になった。
しかしその足取りは、今までよりもずっと軽かった。
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