6 魔王城へ
「鎧の次は武器だ」
「ああ、それなら聞いたことがある。攫われた姫とともに持ち去られた勇者の剣。あの剣がなければ魔王には傷一つ付けられないと言われているが……まさか、持ち去られた場所を知っているのか!?」
「知っている。だが勇者の剣は魔王城にあるんだ。そう簡単に取りに行くことは出来ない」
「……やはりそうか。しかし魔王城とは…… では、それまでの武器ということだな?」
エレノアは残念そうに唇を噛み、暗い空を見上げる。
たしかに魔王は勇者の剣でなければまともにダメージを与えられない。それは魔王の防御能力がゲームの上限値である255であり、対して勇者の最大攻撃力は128。相手の防御力を一部無視する勇者の剣でなければ1ダメージしか入らない。
しかしクリティカル判定は別だ。クリティカルダメージは通常ダメージ計算後に攻撃力の半分が上乗せされるため、クリティカルさえ出れば初期装備でも素手でも一応倒せる。
だが問題はそのクリティカル確率1/16。いくら無敵状態とはいえ、もう少し手早く済ませたい。
「というわけで、ここは月の塔。通常ならレベル15程度で来る場所だ」
「……もはや何も突っ込むまい」
道中の敵をすべて無視し、北へ歩き続けること現実時間にして約2分。目の前にあるのは通常プレイなら4番目くらいのダンジョンだ。
俺は首のない鎧の騎士に殴られながら逃げるコマンドで無視して階段を登っていく。あとに着いてくるエレノアは首なし騎士に怯えながら俺に引いているが、どれだけダメージを受けても俺は死なない。斬られると痛いが、腕が取れるようなことはないのでそこは安心だ。
「さて、この辺りのはずだが……」
目的の階層まで辿り着いたので、俺はアカフォンを確認しながら壁にもたれ掛かる。ゲーム画面だと1マスなのだが、現実だと20メートル近くあるのでわかりにくい。
「……なぜ壁に身体を擦り付けて歩いているんだ?」
「マップ上ではここに隠し部屋が…… あった!」
「勇者殿!?」
エレノアの視界からは俺が突然消えたように見えたのだろう。悲鳴に近い叫びが聞こえるので、隠し部屋の宝箱から目当てのアイテムを取り出しすぐに戻る。
「うわっ! 壁から勇者殿が!?」
「ここは隠し部屋。今行ったように壁が通り抜けられるようになっているんだ。他のダンジョンにも結構あるぞ? それよりもこれが探していた武器、魔王を倒す最終装備だ」
「……? 勇者の剣ではないのか?」
俺の手にある武器の名は『ハイドラウィップ』。多頭蛇の名を冠する8つ股に分かれた鞭だ。
これは攻撃力は高くないが敵全体に通常攻撃ができるという優れものである。続編では武器種ごとに攻撃対象が分かれるようになり、鞭は全体攻撃の役割を担うのでその先駆けとも言える。
しかし本命はそこではない。この鞭は半分の確率でクリティカルが出るぶっ壊れ武器なのだ。後に開発者は「鞭が8本あるから攻撃回数を8倍にしたかったが、却下されたのでクリティカル率を8倍にした」と語っている。それで通るのもどうかと思うが、今はこの壊れ性能がありがたい。
現在のレベルは4。攻撃力は装備込みで39。クリティカルなら20ダメージを上乗せで与えられるので、ラストボスの第一形態の体力200を最短10ターンで削りきれる。流石にそれはあり得ないが、試行回数が倍の20ターンとしても通所プレイより早い。
「これで準備は完了した。魔王城へ行くぞ!」
「いや。いやいやいや、いくらなんでもそれは無理だ。あれを見ろ」
俺の言葉を否定したエレノアが指差すのは、月の塔からでも見上げる位置にある魔王城。
魔王城があるのは空中に浮かぶ、抉られた大地の上だ。
「あそこは空の上だ。どうやって行くのかは見当もつかないが、いくら無敵の体力と武器があってもそれだけで行くことはできないだろう?」
「いや、あそこに行くのは簡単だ」
「なに?」
通常プレイではいくつかのボスを倒し、集めたアイテムを使用することで虹の橋が掛かる。
しかしこの虹の橋、見えていないだけでもうすでに存在自体はしているのだ。フラグ管理というより、容量の問題で出し入れすることができなかったらしい。なので座標さえ知っていれば最初から向かうこともできるため、もちろんしっかりとそれを利用させてもらう。
そのためにまず最初の村へと『巻き戻りの書』で戻る。
「ここは、あの村長から巻き上げた村か」
「今はそれは関係ない。ここが一番近いだけだ」
通常プレイならもう少し先の街があるが、今回は行っていないからな。
村から元々魔王城があった、今はなにもない大穴になった場所まで移動する。途中からダンジョン化しているため今までで一番の長旅だが、今度は武器があるためしっかりと狩る。
狼やクマといった生物寄りのモンスターから、ゴブリンや狼男、子供のような魔族のインプなど徐々に強くなっていく。
しかしバグ利用の前ではどんな敵も無意味だ。適当に鞭を振っているだけで、俺の前に現れた相手は経験値となって消えていく。
「……戦いとは、虚しいものだな」
「正直言って俺だってこんなことはしたくない。ゲームプレイを損なった、ただの作業だ。だが世界を救うためには、仕方のないことなんだ」
まあそれでもレベルが上っていくのは楽しいことだが。
レベルが10になった頃、抉られた大地まで辿り着いた。上空には切り離された大地が浮かび、そこに魔王城がある。
「さて、戻るぞ」
「やはり移動手段がないのでは諦めるしかないのか。西の町では気球なる空飛ぶ乗り物があるらしいが、それを使うのか?」
「ん? 違う違う。魔王城までは橋がかかっているから、歩いていくんだ」
「…………は?」
エレノアは地上と浮かぶ魔王城を何度も確認する。
「……橋などないが……」
「あるんだよ。見えないけどな」
アカフォンのマップを確認しながら数マス戻り、小さな森の中へ。現実の目で微妙なズレがないかを確認する。
ゲームでできたことが現実で起きる。バグさえ利用できたんだ。ここまで来て、透明な橋がないはずがない。
とは言えマップ上は小さな森でも現実ではそれなりに広い。これは骨が折れそうだ。
「この辺で、そうだな、光の屈折がおかしい空間がないか探してくれ」
「そんなことを言われてもな……ん? 勇者殿、あれはなんだ?」
「もう見つけたのか?」
エレノアの指差す方向。そこには小さな水たまりが有り、虹色に輝いていた。
「……これかもしれないな」
その虹色の水たまりに向けて一歩踏み出しすと、足は水に振れることなく空中で踏み留まる。
……これだ。まず間違いなく。
魔王城の方向へ向き直り、あると信じて次の一歩を踏み出す。2歩目もまた、空中を踏むことができた。
「勇者殿は…… 空を飛べるのか?」
「いいや。言っただろう? 橋があるんだ。エレノアにも歩けるさ」
一度地上に戻り、エレノアの手を取って見えない橋をまた進む。4歩目を踏み出したところで、エレノアの足が止まる。
「……勇者殿、わたしは、その、さ、流石に何もないところを歩くのは、はじめてで……率直に言うと、今、とても怖い……」
「俺もだよ。あるとわかっているけど、何を踏んでいるのかもよくわからないこの透明な橋は怖い。でも俺を信じてくれ。この先に魔王城がある。そこで魔王を倒せば、それですべてが終わる。あと少しなんだ。あと少しだけ、俺を信じてくれ、エレノア」
彼女の顔は青いままだが、その目からは怯えが消え、俺の手を強く握り返す。
「わかった。元よりカタギリ殿に勇者を託した時点で、わたしに選択の余地はない。信じよう。信じて進もう。だから、必ず目指すところまで辿り着いてほしい」
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