5 バグアーマー
「そういえばまだ名乗ってなかったな。俺は……カタギリ。今は勇者カタギリだ。改めてよろしくエレノア」
「あ、ああ。こちらこそ、よろしく頼むカタギリ殿。まさか本当にこんな事が起きるなんて……わたしをあの地獄から救ってくれて、なんて言ったらいいのか。感謝してもしきれない。本当に、本当にありがとう」
彼女はアザの消えた右手をさすりながら涙ぐむ。
ありがとう、か。そう言ってもらえると俺も助かる。結局これは自己満足でしかないのだ。だがそれでも彼女は救われたと言ってくれた。俺からも感謝をしなければならない。
「さあ、行くぞエレノア。俺達の冒険はこれからだ」
ひとまずは彼女の見た目を隠さなければならない。ローブを脱ぎ、彼女に渡す。
「ま、待て! なぜ突然ローブを脱ぎだすんだ!?」
「なぜって、エレノアは外見は勇者のままだからな。とりあえずその見た目を隠さなければ。万が一にも狙われると困る」
アカフォンのステータス画面にエレノアの名はないが、想定外ということもある。
今の俺は装備なしの状態だが、外目は元の世界にいたときのシャツとジーンズ姿であり全裸というわけではない。ちなみにレベルは4なのでステータスは敗北前のエレノアの状態をそのまま引き継いでいる。
「な、なら、わたしの装備を……」
「いや、いらない。その装備は、ないとは思うが自衛のために持っていてくれ」
本当なら剣くらいは欲しいが、今の俺は怒っている。何も知らないエレノアを勇者にして苦しめたこの世界と、所詮はゲームの世界と何度も見殺しにしてきた紅子に対して、今すぐにコントローラーを叩きつけたいほどキレている。
本当ならするつもりはなかったが、紅子の言葉が正しいならこの世界はクリアすればそれでいいらしいし、ゲームで出来たことはすべてできるらしい。
ならば、俺が選択するのはバグ利用any%チャート一択だ。
このダーケストストーリーはレトロゲームゆえ、攻略情報の整った現代の通常プレイでは4時間程度でクリア可能だ。
だが今の俺は一刻も早くエレノアをこの世界から救うために手段は選ばない。ゲーム性を損なうのでやり込み以外では推奨したくないが、俺は世界記録を出したこともあるバグ利用チャートでクリアを目指すことにした。
しかし本当にバグまでこの世界が再現しているのか、まずはそれを確認してからだ。
「一先ずは金策からか」
「……すまない。わたしが死んだばかりに、所持金はなくなってしまった」
「エレノアのせいじゃないさ。とりあえず村長の所に行こう」
元のダーケストストーリーのゲームでは敗北すると所持金が0になる。黎明期の作品らしく、死んだら一律で所持金は全没収。死んだら終わりだからということだが、いくら持っていても無一文になるので結構シビアだ。
だが一応の救済措置としてなのか、この村だけは村長に話しかけるとゲーム開始時の初期状態に戻れるように50ゴールドが貰える。まあ城から近い町に中ボスが配置されているせいで、通常プレイ時の利用者は少ないらしいが。
今回はこれを利用して金策を試す。
「ワシはイチの村の村長じゃ。勇者殿、少ないですがこれをお使いください」
「おお、かたじけない」
「ありがたく使わせてもらうよ」
まずは1回目。通常通りの50ゴールドをエレノアが頭を下げて受け取る。先程エレノアが負けてしまったため、これは普通にもらえる分だ。
だがこれでは通常プレイ。金策とは呼べない。ではどうやって稼ぐのか。
このミニイベント『村長からの軍資金』は、簡単に言えば敗北したことでフラグが立ち、所持金を参照してイベントが発生する。そしてイベントの終了フラグは存在しない。通常ならこのイベントの後は50ゴールドを持っているので、再度話しかけても通常の挨拶だけだ。
しかし実際には所持金のみを参照しているので、所持金さえなければまた貰えてしまう無限イベントとなっているのだ。
俺はすぐに雑貨屋に向かって所持金が0になるようにアイテムを購入し、もう一度村長に話しかけた。
「ワシはイチの村の村長じゃ。勇者殿、少ないですがこれをお使いください」
「……よし!」
検証成功。これはバグではないが、紅子の言っていたゲームと同じことがこの世界でも起きるというのは本当らしい。
ゴールドの入った革袋を受け取りつつ、エレノアは首を傾げる。
「どういうことだ? 村長、資金は先程受け取ったはずだが……」
「気にするなエレノア」
更に都合のいいことに、このダーケストストーリーでは買値と売値が一緒だ。アイテム上限の関係でこの村だけで所持金をマックスにすることは出来ないが、そもそもバグ利用ならそこまでの金額は必要ない。
雑貨屋で軍資金をアイテムに替え、また村長の元へ。
「ワシはイチの村の村長じゃ。勇者殿、少ないですがこれをお使いください」
「……勇者殿。これは騎士道に反するような……」
「ワシはイチの村の村長じゃ。勇者殿、少ないですがこれをお使いください」
「騎士じゃない? そうは言っても、流石に人として……」
「ワシはイチの村の村長じゃ。勇者殿、少ないですがこれをお使いください」
「世界のためとは言っても、やっていいことと悪いことが」
「ワシはイチの村の村長じゃ。勇者殿、少ないですがこれをお使いください」
「……」
「ワシはイチの村の村長じゃ。勇者殿、少ないですがこれをお使いください」
「……もう好きにしてくれ」
以上のやり取りを十数回繰り返し、薬草17個と最後のセーブ地点に戻る『巻き戻りの書』、木の盾と革鎧を手に入れる。装備も含めてアイテム所持上限の20個ぴったりだ。
「……こんなひどいやり方で装備を整えるなんて……」
「今は世界の危機だ。世界を救ったら王様に言って村を支援してもらえばいい」
「それも人を頼るようなやり方ではないか。ところで、武器は装備しなくていいのか?」
エレノアの指摘通り、俺の装備は盾と鎧の防具のみ。だが、そもそも敵を倒す必要がなければ武器など不要だ。もちろん武器があれば歩き狩りができるので全くの無駄ではないが、残念なことにこの村に武器屋はない。
「ああ。まずは最強の防具を取りに行く」
「!? 最強の防具だと? そんなものが近くにあるなら、なぜ先に教えてくれなかったのだ!」
俺の言葉にエレノアは憤慨するが、それはあくまでバグ利用下での最強であり、その場所も決して近場ではない。
「そう怒らないでくれ。そもそもこの村の近くではないんだ。東の山脈を大きく迂回して、南の沼地を突っ切る。その先にある滅びた町の隠しアイテムがその防具だ」
「沼地……? まさか、あの毒の沼地か!? あそこを歩いて行くなんて不可能だ!」
「そのための薬草さ。草を食べながら突っ切っていく」
無茶だとか、無理だとかエレノアは叫んでいるが、俺は聞く耳を持たない。村長金策がこの世界で出来たのだ。ゲームで出来たことが、リアルのこちらでも再現可能であることは証明された。
そして沼地強行軍はレベル2から可能だった。なら現実のこちらでもできるに決まっている。
俺は彼女の警告を無視し、沼地へと向かった。
◆
「すごい……歩くだけで全身を蝕まれる沼地と聞いていたが……宙を歩いているような気分だ」
「はあ……それは……はあ……たぶん……エレ、ノアだけ……だぞ……」
エレノアは毒の沼地を歩くのは不可能と言っていたが、今なら理解できる。ここはまさに生き地獄だ。
一歩踏み出すたびに全身がじくじくと痛い。これはあれだ。ひどい熱病に魘されているときに近い痛みだ。あるいはひどい腹痛の痛みが全身に響いているような、足つぼマッサージの板が全身に張り付いているような、とにかく不快な痛みだ。
アカフォンのマップを見ながら、地平の果てまで真っ黒な沼地を進む。まだほんの数マスしか歩いていない。
ちなみに隣りにいるエレノアは俺と役割を替えた外の世界の『賢者』になっている。そのため毒沼を歩いても謎のオーラによってフロート移動をしている状態らしい。
「だが、……一つだけ良いことも、あるな」
闇に覆われた空模様。空中には小さな点になっているカラスのような魔物がいるが、降りて襲ってくる様子がない。ゲーム中は屍肉を食らうという設定の魔物だったが、そのエサがないため降りてこないのだろう。
周囲を見回せばいくらか飛んではいるようだが、設定に忠実なのか全く襲ってこない。なので薬草にはだいぶ余裕がある。
「しかし滅びた町か…… 私がもっと強ければ……」
「……エレノアのせいじゃない。いつ滅んだのかは定かではないが、はるか昔から滅んでいる町だ。勇者だったからと言って、何でもかんでも背負い込もうとするな」
「……ああ、すまない」
「謝ることもないさ」
ちなみにアカフォンのゲーム上のマップで一歩ごとに1ダメージなので、体力の減りは実際よりもずっと少ない。
しかし痛みだけは持続しているので、もしエレノアが勇者のままだったらと思うとぞっとする。彼女なら、この痛みにも無言で耐えて歩き続けたのだろう。
だけど今それを知れてよかった。知っていたなら、絶対にこんな拷問のような真似させていなかっただろうな。
◆
マップ上ではたったの60マス。ゲーム時間では数十秒の、しかし実時間では何時間歩いたかわからない距離を踏破し、ついに滅びた町に辿り着いた。
「この町の住人、一見人に見えるものはすべてリビングデッドやゴーストだ。絶対に話しかけないでくれ」
「ああ。……だが、いくらなんでもアレに話しかけようとは思わないぞ?」
「…………」
滅びた町に入る前にエレノアに一応の注意するが、そのエレノアの指差す先にいたのは見るからにくちた死体、ゾンビだった。
アカフォンのマップ上だと人に見えるのだが、アレには俺も話しかけない。リアル志向のゲームなら全モザイクだろう。ゴーストの方も明らかに背景が透けて見える。
ちなみにダンジョン扱いの町なので話しかけなくても普通に敵モンスターとしてエンカウントするが、足が遅いので逃げるだけなら問題ない。
「さて。敵はともかく最強装備だ。このへんのはずなんだが……」
配置された魔物たちから逃げ隠れしながら町の中を進み、マップ上では1マスだけの沼に向かう。だが発見したその沼は、実際には毒のプールのようになっていた。
「……まさか、ここに入るのか!? 自殺行為だぞ!」
「ああ。俺もそう思うが、それでも飛び込むのが勇者だ!」
「勇気と蛮勇は違う! 勇者殿!? 勇者カタギリ殿ー!!」
エレノアは大げさに叫ぶが、せいぜい水深は1メートルほど。泳ぐようなことにはならなくてよかった。濃度が薄いのか全身がピリピリと痛むが、先程よりは全然マシだ。
探し回ること数分。俺はついに最強のバグ鎧を手に入れた。
「見つけたぞ! これが最強の鎧、『マッスルアーマー』だ」
「おお……!! おお……? ……なんというか、筋肉の模様のついた皮? にしか見えないが、これが最強、なのか?」
マッスルアーマー。その見た目はエレノアの言うような筋肉模様の薄い布の肉襦袢、マッチョのきぐるみに近い。リアルでもゲームでもネタ装備にしか見えないだろう。
実際にこの防具はネタに近く、防御力ではなく体力の上限を増やすこのゲーム唯一の防具だ。体力は大幅に増えるが、防御力は当然減るために被ダメージは逆に大きくなる。通常プレイなら実用性はないに等しい。
早速装備し、アカフォンを確認。体力は100増えて現在132。よし、性能も問題ないな。
「体力が増えるのか! たしかにそれだけ体力があれば盗賊の攻撃にも耐えられるな。では巻き戻りの書を使って……勇者殿? 何をしている?」
「自傷ダメージ稼ぎ」
「は?」
マッスルアーマーを装備した俺は、早速マップ上の地面と沼を往復する。
リアルでやると毒プールに足を抜き差ししているだけにしか見えないが、それだけで体力が1ずつ減っていくので自分でやっていても笑えてくる。いや、あまり笑えないな。普通に痛いし、よく見れば足がどす黒く変色している。
「待て待て待て! 体力が凄い勢いで減っているぞ!?」
「いいんだ。体力がなくなる寸前までこれを続ける。絶対に止めないでくれ」
「カタギリ殿…… だ、だが、一体何のために……?」
心配そうな表情のエレノアは薬草を握っているが、万が一にもそれを俺に対して使うなと注意する。下手をすると本当に死んでしまう。
アカフォンでステータスを確認し、体力が9以下になったところで沼から出て、マッスルアーマーを外す。
「!? そんなことをしたら体力がなくなって! し、死、……なない?」
「は、はっはっはっはっはっ! 成功だ! 大成功だ! この世界でもバグ技は可能だ! あっはっはっはははははは!」
アカフォンに表示される俺の現在体力は-91。そう、体力が0以下になっているにも関わらず俺は死んでいないのだ。
このバグは実に単純な組み合わせだ。
前提としてマッスルアーマーで増えた体力は装備を外すとそのまま上昇値の100が引かれる。このとき体力が100以下だった場合、1残るわけでも、死亡するわけでもなく、そのままマイナスされる。
そしてゲーム中のプレイヤーの死亡判定は、体力がプラスの値から0以下になるダメージを受けたときにのみチェックされる。
この2つの特性で生まれた技こそがこの「バグアーマー」。現在体力がマイナスの値ならいくらダメージを受けてもマイナスのまま。つまりどんなダメージを受けても死亡判定のない、無敵状態になるのだ。
「これぞ、どんな攻撃でも倒れることのない最強の勇者! 通称ゾンビ勇者だ! エレノア。俺はあと一時間でこの世界を救うと誓おう!」
「え、ええ……?」
驚いた表情のまま困惑しているエレノアは俺の言葉があまりわかっていないようで曖昧に頷くが、バグが利用可能とわかった以上、この世界はもはやクリアしたも同然だった。
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