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4 勇者交代


 気がつくと、俺はいつの間にか教会にいた。

 古ぼけたステンドグラスには見覚えがある。ここは村の教会だ。村を出る前、念のために用意しておいたセーブポイント。紅子のプレイでは確認できなかったが、きちんと機能しているようだ。

 アカフォンを確認するとエレノアのレベルは4。村を出る前まで戻ったことになる。


「っ……! クソッ!」


 気づかないうちに噛み締めていた歯がギリギリと音を立てる。

 負けたんだ、盗賊相手に。悔しさのあまりアカフォンを叩きつけたくなるが、それは抑えた。

 教会内の静寂に混じった啜り泣き。エレノアがすぐそこにいたからだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 近寄る俺に気がつかないのか、彼女は俯いたまま謝り続けていた。

 それは誰への謝罪なんだろうか。負けたことか。それとも俺の指示を無視したことか。

 いや、そもそも、セーブした時点まで戻っているなら、なぜ謝っているんだ?


「エレノア……」


 彼女の名を呼ぶが、掛ける言葉は見つからない。なぜ泣いているのか、なんて聞けるはずもない。

 だから名前を呼ぶことしかできることがなかった。


「……エレノア、大丈夫か……?」

「ごめんなさ……け、賢者、どの……? う、うう、うわあああああ!!」


 俺に気がつくと、エレノアは掴みかかり大声で泣き叫んだ。


「ああああ!! あああ、あああああ、もう、もういやだよおお! 気がついたらこんな世界にいて! いきなり勇者の子孫だなんて言われて! 触ったこともない剣の修業をさせられて! なんで、なんでわたしばっかりこんな目にあわなきゃいけないの!? なんでわたしだけが戦わなくちゃいけないの!? なんで、なんでわたしだけがっ!」


 泣き腫らした彼女の目は絶望に染まっていた。

 一心不乱に叫ぶ彼女の言葉を、俺は理解してあげることができない。

 勇者にだって、この世界を生きてきた以上過去がある。だけどそれは俺の歩んできたそれとは違う人生だ。到底理解できるはずもなく、俺は力なく彼女の肩を抱くことしかできなかった。


「なんでわたしだけが、何度も何度も死に続けなきゃいけないの!? もう、もういや……! もう、死にたくないよぉ……」

「…………え?」


 わかってあげられない。そう思ってただ無言で慰めようとしていたが、今漏れ出たエレノアの言葉に俺はつい反応してしまった。

 今、彼女はなんて言った? 何度も死に続ける?

 泣き崩れ力なく床に伏してしまった彼女に、俺はするべきではない確認をしてしまった。


「何度も死に続けたと言ったのか? まさか、まさか君には記憶があるのか? 俺に会うよりも前の、俺ではない賢者との旅の記憶が?」


 俺の追い打ちに近い問に、エレノアは小さく頷いた。

 なんてことだ。それなら俺の指示を無視したのにも理由があったのだ。

 彼女を追い込んで、崖の淵から後押ししたのは俺だった。過去の記憶があれば、あの盗賊はトラウマどころではない最悪の絶望だ。

 思えば兆候はあった。町に向かうと言った時から顔色はあまり良くなかったようにも思えるし、動きも鈍かった。

 町になんて入らなくてもクリアはできた。それなのに俺は何も考えず、ただ順番通りに攻略を進めてしまったのだ。

 この旅に出ること自体、心が折れていただろうに。それなのに自分を押し殺し使命を果たそうとした彼女を、俺はなんの手助けもせずに、殺したのだ。

 なにが賢者だ。なにが世界を救うだ。こんな女の子一人守れずに、なにが……


「すまない、エレノア。本当に、本当に申し訳ない」


 泣き崩れたエレノアに平謝りしかできない自分が情けない。俺は自分のせいで弱った彼女から逃げるように教会をあとにした。


「少しだけ待っていてくれ。必ず、君と世界を救ってみせるから」


 教会から離れ、人気のない場所を探す。この有様の元凶と話すために。


「出ろよ紅子、お前には出る義務がある」


 数回のコールのあと、紅子は呼び出しに答えた。


「やっちゃいましたね、カタギリさん。やっぱりそのゲームは難しいですよね」


 全智無能の悪の元凶はそれは楽しそうに、どこまでも無邪気だった。





「紅子、彼女に過去の記憶があるのはどういうことだ」


 俺は静かな怒りを込めて紅子に問うた。それは理不尽な怒りだったかもしれない。だが紅子は俺の声色を気にする様子はなかった。


「彼女は今のこの世界の主人公ですから。ある意味でこちら側に近いイレギュラーな存在です。記憶があるのは、一種の救済処置ですね。どこで間違えたのかわかっていれば、同じ間違いを繰り返さずに先に進めるはずです」

「救済措置、だと……?」


 そんな酷い話があるか。もし彼女一人での冒険なら、あるいはそうだったかもしれない。だがこの冒険には俺や紅子(プレイヤー)がいて、彼女はその命令に従うしかなかった。どんな結末が待っているか知っていても、同じことを繰り返させられても、従うしかなかったんだ。


「しかしなぜ彼女は命令無視をしたんでしょうか。アレがなければ今回こそはクリアだと思ったんですけど……」

「……っ!」


 それはお前のせいだろう。そう怒鳴りたかったが、ぐっと言葉を飲み込む。

 いいや、あれは紅子だけのせいではない。エレノアだって騎士である前に1人の少女だ。心に傷を負った少女に、彼女を殺し続けたトラウマに今度こそ勝てるなんて言えば、無茶もするだろう。


「それは俺が悪い。俺が彼女に無茶をさせたんだ。彼女のせいじゃない」

「そうでしょうか? なんにせよ彼女は弱すぎです。わたしにもカタギリさんにも迷惑をかけて、彼女がもっと強ければ、もっともっと早く修復は終わっていたはずです」


 紅子の言葉に怒りで頭に血が上る。

 弱いだって? 何度やり直されようと立ち上がり、すり減った心で戦い続けたエレノアが、弱いはずがない。あの若い勇者の心を削りきったお前に、弱いだなんて言う資格はない!

 怒りのあまり怒鳴り散らかしそうになるが、ふっと息を吐いて冷静さを取り戻す。コントローラーを投げても敵は倒せない。

 落ち着け。俺は紅子に怒りをぶつけるために連絡をとったわけではない。彼女の人を人とも思わない態度に、危うく本題を忘れるところだった。


「とにかく彼女の身に起きたことは俺が原因でもある。彼女にこれ以上冒険はさせられない」

「はて? 彼女が主人公である以上、彼女が冒険を進める以外ありえませんが……」

「それでだ、紅子。俺を主人公に変えることは出来ないか?」


 元のダーケストストーリーのゲームでは主人公は自分(プレイヤー)だ。見た目は男性だったし、そもそもゲーム中にはエレノアという名前のキャラクターはいない。

 王様にはエレノアは騎士だと紹介されたが、元のゲームの主人公は騎士ではない。勇者の証のアザを持つ流浪の戦士だ。それによくよく思い返せば彼女は気がついたらこの世界にいたと言っていたし、剣にも触ったことがなかったという。

 これは俺の想像だが、彼女は今回の歴史の修正に合わせて辻褄が合うように創造された主人公であり、元の世界には存在しなかった人物ではないのか?

 なぜそこはゲームと同じではないのか、彼女は何者なのか、本来の主人公はどこへ行ったのか。疑問は尽きないが、もし俺の仮説が正しければ、主人公として魔王を倒すのが彼女である必要性もない。

 紅子はこの世界の住人が倒す必要があると言っていたが、そもそもエレノアがこの世界の住人なのかどうかも怪しくなってきた。


「カタギリさんの言いたことはわかります。あんな使えない娘より自分自信で世界を救うほうが、はるかに簡単でしょうからね」

「……」


 全然わかっていないが、代わりたいという事が伝わったのでよしとしよう。言い争いをする時間はないのだ。


「結論から言うとそれは可能です。でもオススメはしません」

「そうか、出来るのか……なら、今すぐにでも俺を主人公にしてくれ」


 まず最初の問題は片付いた。代われなければ、またエレノアを傷つけることになっていただろう。もしそうなれば、彼女以上に俺が耐えられない。


「まあまあ、まずは話を聞いてください。もし立場を入れ替えた場合、一時的にですが、カタギリさんはその世界の住人になります。ダメージを受ければ痛みもありますし、クリアするまでこちらに戻ることは出来ません。そしてここからが一番重要なのですが、もしその世界の崩壊までに修正が間に合わなければ、カタギリさんはそこで死んでしまいます。それでもカタギリさんは代わりたいですか?」

「ああ。俺はエレノアを救いたいんだ。これ以上、彼女に辛い思いはさせたくない。……どのみち修正ができなければ、俺がいた現実の世界そのものも崩壊するんだろう?」


 長い沈黙の後、紅子は諦めたようにため息をついた。


「はあ…… 元々壊れかけていた世界です。主人公の入れ替えくらいわけないですが、絶対にクリアして、絶対に戻ってきてくださいね?」

「……ありがとう。で、どうすればいい?」

「では教会に戻ってください。彼女にある勇者の証、右手のアザを移し替えます。手を握るだけでいいですよ」





 教会に戻った俺に気がついたエレノアは、立ち上がって気丈に笑ってみせた。


「遅かったではないか賢者殿。先程は取り乱してすまなかったな。だが今はこのとおりだ」


 剣を抜き、簡単な演武を披露するエレノア。だが彼女の手は震えていた。袈裟斬りから振り向き、斬り上げた後に手首を返し剣を仕舞う。その最後の動作で、彼女は剣を落としてしまった。


「あ、あれ? こんなはずじゃ。も、もう一回、いや、とにかく大丈夫だ。だから安心してくれ」


 立ち直りきれていないのだろう。無理に笑おうとして、不安に呑まれている笑顔が辛い。


「……エレノア、ひとつ聞いていいか?」

「あ、ああ。なんでも聞いてくれ」

「嘘偽りなく答えてくれ。大事なことだ」

「…………」


 彼女の顔が真剣なものに変わる。しかし不安の色は拭いきれていない。


「エレノア。もう冒険は終わってもいいと言われたら、どうする? もうこれ以上戦わなくていいし、これ以上……無駄に死ななくていい」

「な、なにを言っているんだ賢者殿、そんなこと……出来るわけが……」

「もう一度聞く。もう終わりにしないか? 今までどんなつらい目にあってきたか、俺にはわからない。でもさっきの、泣いていた君の言葉は本心だったと思う。すべてをやり直せるわけじゃないかも知れない。でももうこれ以上剣を取らなくてもいいんだ。俺がすべて引き受ける」

「そんな、そんなのって、な、ないよ。わたし、今まで、なにを……全部、むだ……?」


 呆然と崩れるエレノア。とっさに抱き支えるが、鎧を纏った彼女の身体は死んだように重く、力は入っていなかった。

 きっと彼女の心の支えは勇者としての使命だったんだろう。その使命を、俺は捨てないかと聞いた。

 それは支えであると同時に、彼女の心を削り続けてきたオモリだ。今ならまだ戻れる、俺はそう信じるしかなかった。


「エレノアは今まで頑張ってきた。辛くても悲しくても、何度も何度もその使命を成し遂げようと立ち上がった。それがどんな結末を迎えるか知っていても、それでも立ち向かった。それは決して無駄なことなんかじゃない。昨日まで、エレノアにしか出来ないことだったんだ。でも、でももういいんだ。全てを投げ出して、逃げ出しても、誰にも文句は言わせない」

「う、ああ、うう、うわあああああああああああああ」

「やり直そう。もう一度だけ。次は俺が勇者になる。エレノアは見ているだけでいい。世界が救われるところを特等席で見せよう。世界最速の救世を、君に見せるとここに誓おう」


 泣きじゃくるエレノアをそっと抱きしめる。震える彼女は小さくて、こんな少女に世界の命運を託していたのかと怒りが湧いてくる。そんな少女に戦わせていたのかと胸が苦しくなる。

 だがそれも今日までだ。彼女を救ったという自己満足に浸り、彼女の右手をそっと手に取る。

 少しの熱とともに、俺の右手の甲にアザが浮かぶ。歪な紋章だが、次は俺が勇者だ。ダーケストストーリーのすべてを知り尽くした人間の力を、この世界に思い知らせてやる。


「あとは俺に任せておけ。現代知識で異世界無双、その力を見せてやる」



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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