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3/21

3 通常プレイ2

残酷な描写があります。


「……ん。ふぁ……」


 翌朝。結局俺は一睡もできなかったが、思ったよりも早く朝になった気がする。移動での疲労はなかったが、むしろ彼女と一緒の部屋にいた事実のほうが精神的に疲れた。


 眠れない間、俺は今の自分の状態を考察していた。

 なぜ疲れがないのか。これはたぶんゲーム内時間とプレイ時間の差異だろう。ゲーム上ではまだまだ序盤。実プレイなら10分も経っていない。歩いた距離だってマップ上では合計30マス程度。敵とエンカウントしなければ30秒しか歩いていないことになる。

 それに加えて俺はステータスのない非実在キャラ、あるいは賢者だからか、空腹も特には感じていなかった。夜間の時間が短く感じられたのも、ゲーム的には表示されない時間だからか?


「……賢者殿、起きているか?」

「おはよう、エレノア。ああ、今起きたところだ」

「そ、そうか。おはよう賢者殿。……こ、こっちを振り向かないでくれ。今から着替える」

「わかってるよ」


 横になったまま返事を返す。振り向くなと言わず、部屋を出ろと言えばいいのにと思ったが、言い返しはしない。衣擦れの音が妙に心地いい。

 同じ部屋で美少女が着替えている。眠る前に同じことが起きていたが、本当に夢のような状況だ。

 寝ていた美少女と同じ部屋にいたのに手を出さないヘタレと言われればそれまでだが、今までにこんな経験をしたことはないし、寝込みを襲うなどと非紳士的な行いはできない。ヘタレにはヘタレなりのプライドがあるのだ。

 念のためアカフォンでステータスを確認する。エレノアは体力、魔力ともにしっかり全回復していた。ゲームとはいえ、この世界は都合がいいな。


「よし、準備は整った。今日も一日よろしくな」





 朝食を済ませ、エレノアと次の目標を確認する。と言っても基本はレベリングだ。


「では今日も近隣の魔物を狩る、ということでいいんだな?」

「そうだな。もう1,2レベルほど上がったら森まで足を伸ばしてもいいと思うが、どうだろう。ここよりは少し手強いが、歯がたたないわけじゃない。それに前にも言ったが森には宝が隠されている。これを手に入れれば序盤の道中はかなり楽になるが……」

「賢者殿、わたしはまだまだ経験不足だ。賢者殿を疑うわけではないが、自信を持って期待に添えられるかと言えば、正直疑わしい。それに失礼だが、隠された宝の場所まで知っているわけではないだろう? 宝の場所を確認しないまま森に入り、もし迷ってしまったら…… 正直なところ今のわたしでは、地理も詳しくない森の中で賢者殿を守って帰れるだけの力はない」


 自分の力不足を認め、悔しげに俯くエレノア。そこまで自分を過小評価することはないと思うが、自分のステータスなんて普通は知らないだろうし仕方ないことか。


「ふむ、エレノアがそういうなら無理強いはしない。確かに宝の具体的な場所までは把握していないしな。きちんと順番通りに解決していくか」


 アカフォンに表示されているマップ上での宝の位置は把握しているが、ゲーム上のマップとリアルになった世界では縮尺がメチャクチャなのだ。

 例えば村の中のゲームマップ上で壺1つまでの距離が2マスあった場合、リアルだと4メートル距離がある。しかしこれが村の外のゲームマップだと2マスは4キロメートルほどの距離になる。

 ここで問題なのは、ダンジョン扱いの森は一体どちらなのかと言うことだ。外と同じ扱いなら1マス当たりかなりの距離があることになるので、宝の捜索はかなり難しい。しかし村と同じなら森は狭く、宝は簡単に見つかるだろう。もしかしたらダンジョンの縮尺はそれらとはまた違う可能性だってある。


「すまない賢者殿。わたしの力不足で方針を曲げてしまって」

「気にするな。自分のことは自分が一番わかっているだろう。これからもどんどん意見を出してくれ」

「ああ、わかった。ではわたしは薬草を買い足してくる。賢者殿も準備を済ませて待っていてくれ」


 小会議を終え、道具屋へと向かうエレノア。どうにも彼女は安全マージンを取りたがる傾向にあるように思える。だがそれは本来当然の行動か。ゲームだから死んでも復活すると知っているのは、あくまでも主人公がプレイヤーだったから。

 そういえば紅子はセーブすらしていなかったので、エレノアが負けたらセーブポイントで復活するのか知らないな。彼女もきっとセーブポイントで復活すると思うが、誰だって死にたくはないだろうし、俺だって死なせたくない。

 本当なら森の隠しアイテムを取ってからの方が圧倒的に効率がいいのだが、今回は彼女の意見を尊重し普通プレイでいいだろう。万が一にも目の前で死なれるのは嫌だしな。

 だが念のため、教会でセーブをしておくか。





「はあっ!」

「ギキーッ!」


 エレノアは飛びかかる大ネズミを盾で弾き返し、体勢を崩したところへ構えた剣で横一閃。そのまま振りぬく力に身を任せて身体を捻り、背後から忍び寄っていたコウモリAの攻撃を躱す。

 舞うように戦うとはこのことだろう。躱したコウモリAには一瞥もくれずにもう1匹のコウモリBへ振り上げの一撃。見惚れている間にコウモリAも袈裟斬りにし、戦闘は瞬く間に終わった。

 もはや指示を出すまでもない。今のエレノアはレベル6だ。レベルだけで言えば初めの森ですら問題なく通過できる。そろそろいい頃合いだろう。


「もうだいぶレベルも上がったし町へ進もう。これ以上の狩りは時間の無駄だ」


 今の彼女なら最初の町くらい余裕で突破可能だ。それに最序盤のネズミとコウモリはもう見飽きた。


「あ、ああ。町か。そうだな、町に進むのか。……森ではなく、町なのだな?」


 だがエレノアの反応はあまり乗り気ではなさそうだ。だが通常プレイなら町の盗賊退治が正規ルートであり、盗賊たちを倒すことで森に隠された宝へのヒントが貰えるのだ。

 リアルな森のマップがわからない以上、正規ルートで進むほうが良いだろう。


「今のレベルなら盗賊との戦闘は問題ない。武器は心許ないかもしれないが、城下町の武器屋まで戻るほどの敵でもないし、資金も少ない。だが薬草の用意は十分あるしレベル上げでは魔力も使っていない。この状態なら今日のうちには町を突破したいところだが」

「ああ、いや。賢者殿が言うなら大丈夫だろう。……今度こそ必ず、わたしは……」


 渋い表情で俯くエレノア。そんなに強い敵ではないのだが、今までの雑魚モンスターと違って盗賊は一応人間だ。魔王に寝返った相手とはいえ、魔物とは勝手が違うのだろう。


「相手は盗賊だ。魔物とは違い躊躇いもあるだろう。だが奪われた町の人々は今も救いの手を待っている。勇者としての初仕事であり、俺たち以外には出来ないことだ。きちんと勝てるように指示を出すから、心配しないでくれ。君なら勝てるさ」


 世の主人公共はよくもまあこんなクサいセリフがすらすらと吐けるな。なんとかそれっぽく言葉をつなげ、慣れない言葉でエレノアを励ます。(つたな)い激励だがその甲斐もあってか彼女は普段の表情を少しだけ取り戻した。


「ああ、そのとおりだ賢者殿。覚悟が決まった。行こう、奪われた町を取り返そう。わたしたちの冒険は、これから始まるんだからな」


 そうは言ったものの道中、心なしかエレノアの足取りは重かった。

 雑魚モンスターは雑魚なのでレベル差もあり問題なく狩り歩いているが、どうにも先ほどのキレがないように見える。まだ覚悟が決まりきっていないのではないだろうか。少しだけ不安がよぎるが、もう町は目の前だ。


「やっとついたな」


 町の入り口で立ち止まるエレノア。彼女の表情は不安げだ。


「本当に、本当に今のわたしで大丈夫なんだな?」

「大丈夫だ、問題ない。今のレベルなら初期装備でも勝てる。体力、魔力は十分で、追加の回復アイテムもある。勇者の力を魔王軍に見せつけてやるんだ」

「わかった。賢者殿、行くぞ!」


 町へ踏み入るとすぐに盗賊が現れた。

 

「ああ? 見ねえ顔だなあ?」


 盗賊は三人組だが、まずは二人との戦闘が始まる。こいつらを二人とも倒すと三人目、盗賊頭との連戦に入る。

 これがこのダーケストストーリーで最初のデストラップだ。町に入ると強制的に戦闘開始。頑張って倒しても回復の隙を与えず連戦だ。何人もの初プレイ勇者がここで屍の山を築いたことだろう。

 一応盗賊頭との戦闘は確定で逃げられるようになっているが、普通はボス相手に逃げるなんて気がつかないし、途中で逃げても全員倒すまで町に入り直す度に何度も連戦だ。

 魔王軍の恐ろしさを知らしめる要素ではあるのだが、開発者の悪意が濃い。いや今は実際の世界なのだが。

 後に開発者も反省していると語っていたが、なぜかリメイク版にもこのまま実装されていることで有名なみんなのちょっとしたトラウマだ。その仕様もこの世界が実際の異世界だという証左なのかもしれない。


「ここは通さねえぜ?」

「コロンの町は俺たち盗賊団が占拠した!」

「通りたかったら身ぐるみ置いてきな!」


 お決まりのセリフとともに襲いかかってくる二人。関係ないがこの町の名前はこいつしか教えてくれない。


「我が名はエレノア。お前らを討ち、この町を救うものだ!」


 最初の中ボス、盗賊×2。回避行動持ちで体力は低いが、代わりに攻撃力が少し高い。しかし行動パターンはゲームプレイで把握済みだ。今のエレノアならその辺の雑魚と変わらない。


「エレノア。奴らは回避行動をしてくるが、今までの敵とそう変わらない。落ち着いて、指示通りに対処すれば問題ない。まずは正面の相手から攻撃だ。回避の予備動作は俺の方でわかる」

「ああ、賢者殿。指示は任せた!」


 ターン開始時に、様子を伺い身構えている、とログが出ていれば回避動作だ。確定で攻撃魔法も回避する完全無敵行動なのだが、逆に言えばそれだけ。こちらから攻撃さえしなければ回復やバフ、デバフを投げる隙になるのでデレ行動とも言える。まあむさ苦しい盗賊のデレなんて嫌だが。

 それにここの盗賊は2回連続では回避をしてこないので、回避行動後は攻撃チャンスにもなる。


「行くぞ盗賊! 町は返してもらう!」

「やれるもんならやってみな!」


 怒声とともに飛びかかる盗賊Aの斬撃を、エレノアは盾で受け止め斬り返す。盗賊Aはすぐに飛び退くが避け切れず、エレノアの刃が彼の腹部を掠める。

 一連の動きを見計らっていた盗賊Bがエレノア目掛けてナイフを投擲。エレノアの隙を突いた一撃は、しかしマントの下の鎧に弾かれ致命傷にはならなかった。

 アカフォンのログを見れば、エレノアが盗賊に与えたダメージは11。対してエレノアが受けたダメージは合計で19。盗賊の体力は30なのであと2発で落とせる。エレノアの体力は初期防具ゆえの脆さで残り33だが、次ターンからは盗賊の回避が入る。そうなれば被ダメージは半減だ。回復は十分間に合う。

 しかし、これが人間との戦いか。大した敵ではないと勇者に言ったが、とんでもない。奴らの殺意は見ているだけの俺にも伝わってくる。その辺の雑魚モンスターとは大違いだ。


「エレノア、飛び退いた盗賊は次は攻撃をしてこない。やつはこっちの動きを読んで回避してくるぞ。ナイフを投げてきた方へ切り替えていけ!」


 この中ボス盗賊は完全パターン行動だ。1ターン目は2人とも攻撃をしてくるが、2ターン目からはAが回避でBが攻撃。3ターン目はAが攻撃でBが回避、と言った具合に交互に回避を挟んでくる。

 動きさえわかっていればターンあたりの被ダメージが減るだけで対処は簡単だが、知らなければ無駄行動が増えてしまう罠だ。

 紅子はきっとこの罠にもかかっていたことだろう。だが俺には通用しない。


「盗賊風情が! 逃げるな!」


 はずだった。


「……エレノア?」


 俺に指示を任せると言った彼女は飛び退いた盗賊Aに向かって疾走。上段から大きく剣を振り下ろした。当然身構えていた盗賊はそれを回避。勢い余って地面に突き立った剣を戻すのが間に合わず、追い掛けて来たBに背後から斬られてしまう。

 鎧が防ぐがエレノアはまともに攻撃を受けてしまった。残り体力は21。


「ぐ、背後からとは卑怯な! お前たちに騎士道はないのか!」

「そんなもんあるかよバァカ! それともお前を倒せば貰えるのか? ギャハハハハ」


 被ダメージは想定内だ。だがなぜ彼女は指示を無視したのか、俺にはそれがわからなかった。遠くて聞こえなかったのか?

 ともかくこのままエレノアの無駄行動が続けば状況は不利になってしまう。その前に体制を整えなくては。


「エレノア、挑発に乗るな! まずは回復だ。このままだと間に合わなくなる、一旦落ち着け!」

「ヒャハハハ! もやしみてえな兄ちゃんがなんか言ってるぜえ、イノシシちゃん?」

「賢者殿を馬鹿にするな!」


 しかしエレノアはまたも俺の指示を無視し、Bに対して振り向きざまに剣を滑らせる。

 俺の指示は絶対じゃなかったのか? 言い知れない焦りが募る。


「ギャハ、そんなもん当たるかよ?」

「ガラ空きだぜ!それともケツ振って誘ってんのか?」


 回避ターンである盗賊Bはエレノアの剣を受け流し、またしてもガラ空きになった背後から盗賊Aに蹴飛ばされ転倒。距離をとって立ち上がるが、エレノアの被ダメージが嵩んでしまっている。


「うぐっ、がはっ……はぁはぁ…………くっ……!」


 マズい、マズすぎる。最悪に近い状況だ。

 計算通りの与ダメージと被ダメージ。想定通りの行動パターン。問題なく勝てるはずだ。

 それなのにエレノアが俺の指示を無視するために、なぜか状況は悪くなっていく。このままでは、計算通りのダメージで致死量に達してしまう。


「エレノア、回復だ! ヒールでも薬草でもいい。とにかく回復だ、間に合わなくなるぞ!」

「っ! すまない……っはあ、頭に、血が上っていた……ようだ」


 ようやく俺の叫びが届いたのか、エレノアは震える手で薬草を取り出す。

 だがそれは、


「大丈夫だ、賢者殿……任せてくれ。もう、落ち着いた……から」


 遅すぎた。


「隙有りィってなあ!」

「賢者、どの……次、は……」


 なにを間違えたんだろうか。


 被ダメージも与ダメージも、相手の行動パターンも何もかも予想通りだったはずだ。


 なにが間違っていたんだろうか。


 盗賊の刃がやけにスローに見える。


 なんで間違ったんだろうか。


 所詮ゲームだと、たかを括っていたせいだろうか。


 なんで、なにが、ああ、一体誰が、間違っていたのか。


「あ、ああ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 かつて騎士だった少女は紅く黒い噴水に変わり果て、

 

 俺は彼女の短い冒険を終わらせてしまった。



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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