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21 兵士たちとの決別


「おい! フォグリナまでは途中で一度宿を取ると言っただろう!」

「賢者殿! 今は一秒でも時間を惜しむべきときです! 我々が道中の護衛を果たし、王子の体力はあれから変化はありません。何時間も休む必要などないでしょう!」


 NPCであるはずの、しかもゲーム中ではフォグリナに到着するまでなにもしていなかったはずの兵士たちの援助という名の反乱。

 これは俺にとって全くの想定外だった。俺から王子マルクへの指示は悉くかき消され、今もまた宿をスキップされそうになっている。

 この世界に俺を飛ばした紅子は、この世界のすべてはゲームの通りになると言っていたはずだがダーケスト2では調子が狂いっぱなしだ。


「……体力は減らずとも疲れはあるだろう。気持ちはわかるが休ませるべきだ」

「なにを馬鹿な。我々兵士などでは足元にも及ばない、一騎当千の勇者の血を引く応じマルク様がこの程度の移動で疲れるわけがありません! そうでしょう、マルク様?」

「あ、ああ。そりゃ身体は疲れてねえけどよ」

「ほらどうですか! マルク様は平気そうでいらっしゃる。であれば、あなたの指図を受ける筋合いはありませんね?」


 戦闘をしていないマルクの身体は疲れていないかも知れないが、精神的には疲れが来ていそうだ。俺もこの兵士たちにはうんざりしている。

 なにも町に寄るのは体力回復が全てではない。装備の更新や回復アイテムの補充、セーブポイントの設定などゲームではすべきことが多々あるのだ。

 この世界の住人であったとしても兵士なら回復や休息の重要性は理解できそうなものだが、なぜか彼らはそれを否定してくる。

 俺にはその理由がわからなかった。


「回復の重要性は、お前たちも国を守る兵士なら休息の重要性はわかるだろ? フォグリナの状況がもし本当に王様に言われたとおり滅んでいるのであれば、町は魔物の群れに占拠されている可能性が高い。そうなれば調査などと言っている暇もなく戦いになる。そんなときにきちんと体力を回復しておかなければ、回復アイテムを用意して置かなければ、例え勇者であっても勝てる戦いが勝てなくなってしまうだろ? だからこそ町で休むのは必須なんだ」


 実際にゲームをプレイしていた俺は、残念だがフォグリナがすでに滅んでいることを知っている。事実として町での調査中に兵士たちは魔物に襲われるし、マルクが最初に戦うボスはマルクが囮になることで発生するものだ。

 俺はマルクへの指示をこの世界で生きているつもりで兵士たちにも説明したのだが、彼らの考えは変わらなかった。


「もし滅んでいるのであれば、それこそ急ぐべきなのです! 一人でも生き残りがいるかも知れない! いや、まだ滅ぶまでには間に合う状況なのかも知れない! だからこそ、こんなとこで休んでいる暇はありません!」

「それに我らはアンタクシアの兵士です! この先に未来のアンタクシアの敵がいるのなら、今のうちに叩いておかなければ!」

「それで戦いになって、お前たちまで死んでしまっては元も子もないだろう!? お前たち兵士の意地にマルクまで付き合わせるつもりなのか!?」


 アンタクシアからフォグリナまでの短くはない道のりで、マルクのレベルは攻略に最低限必要な水準にはなっている。

 しかしそれは装備とアイテムを揃えた状態で、リセットを前提とした運ゲーチャートでの最低ラインだ。通常クリアでも余裕という数値では決してない。更に言うならそんな運ゲーをするにしてもアイテムの補充は必須だ。

 特にマルクは完全な戦士タイプであるがために回復を含めた魔法は使えず、自己回復スキルも今作にはまだない。マルクの体力は高いが回復無しで倒せるほど最初のボスも弱くはない。このままでは自殺行為だ。

 とにかく今は兵士たちをコントロールしなければいけない。そう思っていたのだが、彼らの言っても聞かない言い草に俺は冷静さを失っていた。


「魔物の群れ程度を相手に、マルク様がそんな場所で死ぬはずがありません! 王子は勇者の血を引いているんですよ!」

「その勇者の血を引いていたフォグリナが滅ぼされたんだろうが! 戦士だろうが魔法使いだろうが、勇者だろうが人はいつか負けるし、いつか死ぬ! だがそうさせないために俺がここにいるんだ! 黙って言うことを聞いていろ!」


 だから、俺は彼らとの決定的な決別をしてしまった。

 俺が勇者は死ぬと言った瞬間から、兵士たちは急に静かになった。


「……賢者殿は勇者を、その勇者の血を引くマルク王子を軽んじているのですね」

「そうは言っていない。だが現実を見ろ。フォグリナは邪教神殿の手に落ちた。……可能性が非常に高い。如何に勇者が超人でも、マルクがその血を引いていても、今のままではフォグリナの二の舞いだ。勇者だからといって、準備を怠っていい理由にはならない」

「賢者殿の意見はよくわかりました。そのうえで……王子は、こんな発言をする賢者にまだ付き従うのですか?」


 俺を見る兵士たちの目は先程までの情熱を失っている。俺はこの目を知っていた。

 これはあれだ。理解できないものを見たときの、人を人として見ていない、そんなときの目だ。

 なぜこんな事になったのかわからず、咄嗟にマルクの方に視線を向けるが彼も気まずそうだった。


「……俺は、それでも賢者カタギリの言うことを信じる。彼が勇者への信仰を持っていなくても、彼の言うことは正しい。補給の重要さは、なにも間違っていない」


 勇者への信仰?

 ゲーム中でもサイドストーリーでも攻略本でも聞いたことがない、未知の単語だ。

 だがそれのせいで、一応は仲間である兵士たちとのコミュニケーションに重大な決裂をもたらしたのは確かだった。


「…………わかりました。王子、あなたはもはや我々の仕えるべき勇者の血筋ではない。フォグリナには、我々だけで向かわせてもらいます」

「なっ、それは待て! お前たちだけでは無謀だ!」


 俺は立ち去ろうとする兵士たちを止めようと手を伸ばすが、それを制止したのはマルクだった。


「……カタギリ。今はやめておけ」

「なにを……! 彼らはマルクの護衛だろう? 調査の仕事も兼ねているかも知れないが、彼らだけでの行動は危険すぎる!」


 俺はこのあとの展開をすでにゲームで何度も見てきている。

 彼らが向かうフォグリナはすでに廃墟と化し、今では邪教神殿の信者たちが支配している状況だ。

 勇者と兵士たちはそうとは知らずに被害状況を調査し、その途中で兵士たちが信者の召喚した魔物に襲われる。

 間一髪のところで兵士と魔物の間に割って入る勇者こそマルクであり、そのまま兵士を逃がすための時間稼ぎの戦い、最初のボス戦となる。


 もし勇者がいない状態で彼ら兵士たちが魔物と出会ってしまったら?

 そんな状況はゲームのストーリー上発生しない。

 しかしここは現実だ。そして発生しないはずのイフが発生することこそ、世界崩壊の原因でもある。

 ということは、逆説的に兵士たちをあの助けなければこの世界が終わる……?

 まさかこんな序盤で? あり得ないだろ。あの兵士たちは今後のストーリー展開に関わってこない完全なモブのはずだ。

 だが、だからこそのイレギュラー。存在しない物語の断片的な上書き。それが崩壊の原因とも考えられる。


「ああクソ! なんでこんな事になってるんだ! マルク、すぐに道具屋で薬草を補充して、それからセーブを……!」

「カタギリ、お前まで取り乱すんじゃない。生意気な連中だが、アンタクシアの屈強な兵士だ。ここまでの道のりであいつらの連携を見ただろ? そう簡単にやられることはない。どのみちあんたのプランではここで休む手はずだった。それは……今の俺じゃ勝てる見込みがないってことなんじゃねえのか?」

「……本人に言いたくはないが、そうだ。無理ではないが、かなり確率は低い」

「やっぱそうなんだな」


 マルクは今を生きるこの世界の住人であり、俺のようにゲームで先の歴史を知っているわけではない。それなのになぜ彼は俺の言葉をここまで汲んでくれるのか。

 仮にも王子であり、魔物相手には攻撃的な性格が出る彼が俺を信用しているのは、俺が賢者だからというだけ以上の理由がありそうだ。


「一つ聞いていいか? なぜマルクはそこまで俺を信じてくれるんだ? ここまでの道中では後ろから指示をするだけだし、それで乗り越えてきたピンチなんてものもない。その上で俺は今のままでは敵に勝てないとまで言い切った。あの兵士たちみたいに怒ったっておかしくないと思うんだが」


 俺の疑問に、マルクも複雑な表情で返してきた。


「俺だってな、弱いと言われりゃキレもする。だけど、なんつーかあんたの、賢者の言葉はすっと入ってくるんだ。たぶん、どんな理不尽な内容でも俺はそいつに逆らえない気がしている。……それが勇者の血筋の、ある意味での呪いなんだ」

「勇者の、呪い……?」


 勇者信仰に続いて勇者の呪いか。またしてもゲームでは聞いたことがないものだった。


「なあマルク。俺はその勇者の呪いも、彼らの言っていた勇者への信仰とやらも知らない。だけど、どうしてもそれが引っかかる。それを知らないままにしておいてはいけない気がするんだ。知っている限りのことでいい。この世界の住人にとって勇者とはなんなのか、教えてくれないか?」



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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