2 通常プレイ1
一部わかりにくい箇所を修正しました。
『もしもし、カタギリさん聞こえますか?』
「……ん。ここは……」
紅子の声で目が覚める。どうやら俺は椅子に座った姿勢で気を失っていたようだ。
視線を巡らせると気品のある洋風の部屋にいることがわかる。大きな机には地図が置かれ、光源は熱のない魔法のランプ。
先ほどの会話からここは城の中なのだろう。だが目の前の机の上には異世界には全く似つかわしくないスマートフォンが置いてあり、紅子の声はそこから響いていた。
『もしもーし、カタギリさーん?』
「はいはい、聞こえてるよ紅子。聞きたいことは山ほどあるが、まずこのスマホはなんだ?」
『おっと、すみませんでした。本来であればカタギリさんをそちらの世界に送る前に、ソレについて説明するべきでしたね。そのスマホはこちらとそちらを繋ぐ便利道具、アカシック・イミテーション・モバイルフォン。略してア』
「あーわかった、それ以上は言わなくていい。アカフォンだな」
不穏な略称に危機感を感じた俺は言葉を遮る。そのせいで紅子は不満そうに説明を続けるがその名称はだいぶ拙い。
『……まあいいでしょう。簡単にざっくりと説明しますが、それは私との通話以外にゲームでいうところのステータス画面が表示されます。ステータスやアイテム欄、会話や調べるコマンドなど、ゲームで表示されていた情報のすべてがその画面に表示されるのです。もちろんマップも表示できますよ』
試しに開いてみるとマップは見覚えのあるゲーム画面の2Dドット絵だ。現時点では俺は主人公ではなくプレイヤーなのでステータスや所持品はない。だが会話コマンドとはなんだ。
『主人公である勇者はもちろん、賢者であるあなたもこの世界の人々と普通に会話はできます。ですがゲームで村人と延々世間話をしていたわけではないでしょう? コマンドに現れるのは最適解の選択肢です。そこから言葉を選べば、ゲームでいうところのイベントに進むわけですね』
ゲームで起きたことは全て起こると言っていたが、まさか会話までそうなのか。
そう考えるとゲームの方での意味不明な辻褄が合う。会話コマンドで村人Aが村の名前を言い続けたのは、この世界的に言えば村の名前を主人公が問い続けたせいというわけだ。
普通は何度も尋ねるものではないが、もう言いましたと断られないだけマシだろう。
「オーケー。まあゲームのとおりなら問題ないだろう。コレについてはわからなくなったらまた訊く。それで、このあと俺はどうなる?」
『もうすぐ兵士の方が現れます。王様の元へ案内されて勇者と出会い、あとはゲームと同じです。このスマホを見ながら勇者へと指示を出し、世界を救う。勇者はカタギリさんの知っている通りに動いてくれるはずですので、ゲーム通りの操作ができますよ。では、ご武運を』
「あ、おい待て、俺はどうすれば帰れるんだ?」
『ツー、ツー、ツー……』
俺の最後の質問への返答はなく、通話は一方的に切られてしまう。だがかけ直そうとは思わなかった。しばらくは異世界を堪能し、帰るのは世界を救ってからでも遅くはないだろうと考えたからだ。
兵士とやらが来るまで暇だったので部屋を少し探索してみると、クローゼットからローブを見つけた。今の格好は元の世界で最後の仕事をしていたときと同じ、ゲームロゴのシャツにジーパン姿だったので、羽織ってみたら少しは賢者風に見えるだろうか。
うん。着心地は悪くないが、顔を覆う大きなローブだったので陰キャの気配が増幅されている気がする。
しばらくローブ姿で賢者っぽい立ち姿を研究していると扉がノックされた。紅子の言っていた兵士だろう。
「賢者殿、旅の準備はお済みでしょうか」
「ああ、準備万端だ」
準備と言われてもここでできることはほとんど何もない。返事をして扉を開けると、そこには金属鎧を纏ったいかにもな兵士がいた。当然二頭身ではない。
「賢者殿、国王様がお呼びです。どうぞこちらへ」
兵士のあとについて部屋を出る。廊下に飾り付けなどはなく、全体的に質素な感じだ。国の危機だからと言うよりはそういう趣なのだろう。ゲームの方でも花壇や燭台くらいしかなかったしな。
案内された玉座の間もゲームで見た通り。しかしより荘厳な雰囲気が漂っていた。
「国王様、賢者殿をお連れしました」
「うむ、下がれ」
兵士は一礼して壁際の配置に戻った。勝手な想像だが王様は太っているおっさんだと思っていた。
だが目の前の国王は歴戦の騎士のような鋭い眼光を放ち、細身だが服の上からでも鍛えられた肉体だとわかる。自身で魔王を倒しに行けそうなほど強そうだ。
「賢者殿、よく来てくれた。こちらが騎士エレノア。勇者の血を引く者だ。賢者殿には彼女のサポートをしてもらう。まだ若いが優秀な騎士だ。そしてエレノア、彼がこの国を裏から支える賢者の1人だ。彼の言葉をよく聞き、その役目を果たせ」
ここが本当のゲームなら、ダーケストストーリーの主人公である勇者は自分自身だ。しかし紅子が言うには、この世界を救うのはこの世界の住人でないといけないらしい。だから勇者は自分ではなく彼女に置き換わっているというわけか。
エレノアの外見は兵士の鎧と変わらないが兜はなく素顔をさらしている。金の長い髪を一纏めにしていて、美しい顔立ちながら強気な青い瞳が印象的だ。ここがゲームの世界じゃなかったら目を合わせられなかっただろう。
「よろしくエレノア。必ずこの国を救おう」
挨拶とともに握手を求めて右手を出すと彼女はとても驚いた顔をした。もしかしてこの世界では握手とかしないのか?
そう思って引っ込めようかと思っていたら、彼女はすぐに平静を取り戻し握手に応じてくれた。
「はじめまして賢者殿。わたしはエレノア。この国の騎士だ。今度こそ、よろしく頼む」
「エレノアよ、長く苦しい旅になるだろう。だが必ずや魔王の討伐を果たされよ。賢者殿もお前の力になってくれる。お前だけがこの国の最後の希望だ」
厳かな国王の言葉とともに俺達の冒険は始まった。
◆
現在所持金は50ゴールド。何度確認しても50ゴールド。勇者の共通の価値だ。世界を救う英雄の値段は50ゴールド。あと銅の剣。
「なあエレノア。なんでこんなに金がないんだ?」
ゲームのお約束ではあるが、理不尽な状況ではある。世界の命運をかけて出発する勇者の軍資金が、最初の村の宿屋換算で12泊分とちょっとだ。
こんな状況をこの世界の勇者はどう思っているのかふと気になったので、城を出てすぐに当人に尋ねることにした。
「賢者殿。現在我が国は、いやこの世界そのものが危機的な状況にある。軍資金を頂けるだけありがたいと思わなくてはいけない」
エレノアは俺の問に生真面目に答えた。
もちろん状況は理解しているが、それでもこの扱いはあんまりだ。
「でも君は騎士だったんだろ? 給料とか出てないの? 今までの貯蓄とかは?」
「今回の旅は過酷で危険な旅だ。戻れないこともあるかもしれない。当然死ぬつもりはないが、万が一のときのために、すべて孤児院に寄付した」
彼女は胸に手を当てそう言い放ち、俺は顎が外れそうになるほど呆れた。
彼女は金があったのにそれを、言い方は悪いが捨てて旅に出ることにしたのだと言う。騎士道精神の献身は認めるが、誰もそこまでしろとは求めていないはずだ。
「その貯蓄を軍資金にするとか、新しい武器を買っておくとか、そういうことは考えなかったのか?」
俺の言葉に彼女は真顔で沈黙した。なにか地雷でもあったか?
不安を覚えるほどの長い長い空白の末、彼女は小さな声でボソリと呟いた。
「…………その手があったか。しかし賢者殿、いまはそんな些細な事を気にかけている場合ではない。限られた資金でやりくりをせねばな」
「……もちろんそれはそうなんだが……」
もっともらしいことを言っているが、こいつバカなのでは。
だが彼女の言葉は正しい。限られた資金で攻略を進めるのがゲームの醍醐味でもある。
「いや、君の言うとおりだな。確かに資金は限られている。それでどうにかするのも賢者の仕事だ。とりあえずその金で薬草を六個買って来てくれ」
「! ああ、わかった。待っていてくれ!」
俺の最初の指示に、何故か嬉しそうな表情で駆け出していくエレノア。
薬草は一つ8ゴールドなので残りの所持金は2ゴールド。最初に使う村の宿は一人4ゴールドだが、そういえば俺はどういった扱いになるんだろうか。
紅子から預かったスマホの画面を再度確認してみるが、ステータスやアイテム欄等に俺はいない。
「買ってきたぞ。次はどうすればいい?」
「そうだな、少し考える。待ってくれ」
本当なら、初期装備の防具も売って追加の薬草に変えてしまいたい。なぜなら最序盤の敵からの被ダメージは2か3。このゲームの最小被ダメージは1だが最序盤では2であり、クリティカル判定で3ダメージになる。
そしてこのクリティカルなのだが、攻撃側と防御側のダメージ計算後にクリティカル判定があり、クリティカルになると直接数値が上乗せされるためどれだけ防具を積んでもクリティカルのプラスダメージを軽減できない。そのため初期の防具はなくても問題ないのだ。
更にこの最序盤から一段階上の敵が出る頃にはこちらもレベルも上がっているため、通常プレイなら最初のボスまでも防具無しで問題ない。
「……しかしなあ」
だが、言えるのか? 今ここで鎧を脱ぎ、それを道具屋に売ってこいと。
彼女の真剣な眼差しと目が合う。強気だが、それでもどこか弱さが見える。
……無理だ。白昼堂々道のど真中でストリップショーをしろなどと、いくらゲームとはいえ少女騎士に言えるわけがない。
「……この東に町がある。だがそこは迂回し、その先の村まで一気に向かおう」
「む? 町へは進まなくていいのか?」
エレノアは俺の判断に首を傾げるが、紅子が散々引っかかったデストラップに俺までもかかる必要はない。
「ああ。さっき聞いたが、あの町は盗賊に襲われているらしい。助けたい気持ちはあるが、今はまだ君の実力も知らないし、助けに向かうにも情報収集は必要だからな。だから一度回避し、力をつけてから救出に向かおう」
さっき聞いたというのはもちろん嘘だ。一応ヒントはあるが今聞いたわけではない。元から知っているゲームの知識だ。なにからなにまでゲームのままだという紅子の言葉を信じるなら、フラグ以外の情報収集は必要ない。
「そうか。町へは行かなくていいのか……」
どこかほっとしたようなエレノアに違和感を覚えるが、まだまだ始まったばかりだ。今はまだレベル上げすらしていない。
それに俺の方も完全クリアまでの知識はあるが、スマホの画面に表示された見慣れた2Dマップとリアルな世界との差異にまだ慣れない。村にたどり着くまでに縮尺と仕様を把握しないとな。
「まあそのうち行くとは思うが、今はまだな。村までは距離もあるし魔物も出る。適宜薬草を使用し、狩りながら進もう」
「ああ、わかった。よろしく頼むぞ、賢者殿!」
◆
気になっていた戦闘は驚くほどスムーズだった。というかゲームそのままだった。賢者だからそういう風に感じるらしいとのことだが、どうにも奇妙な感覚だ。
エレノアは俺の指示まで動くことはなく、モンスターもエレノアが動くまで行動をしない。まるで時が止まっているかのようにも見える。だが一度指示を出せば即座に世界が動き出し、止まっていたのが嘘のように素早い戦闘が繰り広げられた。そして1ターンが終了するとまた世界が止まる。
どうにも慣れない感覚だが、ゲームと同じ処理なのは正直助かった。これがリアルタイムシミュレーション風だったら、エレノアも細かな指示に対応できないかも知れない。
魔王復活の余波によって巨大化したネズミを切り伏せ、エレノアが振り返る。
「どうだ賢者殿。それなりに力がついてきただろう」
戦闘はいい調子だが、戦闘後の処理にはまだまだ慣れない。
エレノアが斬りつけ、飛び散る血の匂いは本物だった。つまりネズミの死体も本物であり、魔力となって消えるまで生きていた頃の熱がそこに残っているのがなんとも不気味だ。
「ああ、そうだな。なかなかいい調子だ」
ネズミの落としたゴールドを拾いながら返事をする。今の戦闘でレベル3だ。累計74ゴールド。それなりの成果だった。
回復魔法のヒールも覚えたし薬草にも余裕がある。ゲームをしていたときの勇者よりも彼女のほうが強いように感じるが、たぶんステータス上昇の上振れを引いているのだろう。下振れを引いたときが怖いが、この調子なら村をカットして森に向かっても良さそうだ。
「エレノア、ちょっといいか」
「なんだ賢者殿? 村はすぐそこだぞ」
村へ向かって進んでいたエレノアを呼び止め、スマホからマップを見せる。マップ上で3マス分。リアルではだいたい6キロくらいか。
言うほど近くもないわけだが、ここから村までと同じ距離に次の目的地の森がある。村で新しく仕入れるものはないしアイテムに余裕があるので、チャートを1つ飛ばしてしまおうというわけだ。
「最初の予定ではこのまま村へ行くつもりだった。だが思っていたよりも君は強いし、見ての通りアイテムも十分だ。そこで村よりも先にあちらの森へ向かおうと思う。ここには隠された宝があるはずだ」
宝というか隠された武器なのだが、これを手に入れれば攻撃力は大幅にアップする。道中ももっと楽になることは間違いない。
しかしエレノアは俺の意見に首を横に振って否定した。
「お褒めの言葉はありがたいが、わたしはまだまだ未熟ではないか? もう少し経験を積んだほうがいいと思うが……」
彼女の言い分もわかる。森の攻略推奨レベルは6だ。出現する敵は強くないが、毒や麻痺など対処が厄介なモンスターが現れ始める。勝てない相手ではないがとにかく面倒であり、森に向かった場合は武器までの道のりは全て逃げて進むことになるだろう。
無理ではないが、事故がないチャート変更ではない。急ぐ旅でもないし、ここは彼女の意見を取り入れて堅実に進むことにした。
「君がそう言うなら、このあたりでもう少しレベルを上げてからにしようか。そうだな、ヒールを使用できる魔力が切れたら村に行こう」
「ああ。私が未熟なばかりに、すまないな」
◆
進んだ先の村のマップもゲームそのままだった。マップの位置に小屋があり、マップの通りに井戸がある。外に並べられたオブジェクトともそのままだ。
それならばと宿へ向かう前に少し試してみることにした。
「エレノア、ちょっとこの壺割ってくれ」
「な、賢者殿! これは村人のものだぞ!? いきなり壊せとは、一体何を考えてるんだ!」
……それはそうだ。いくら勇者とはいえ、あれを現実でやれば普通は犯罪だ。エレノアには良心があるのだと感心するが、しかし俺はどうしても確認したかった。
「わかったわかった。じゃあ壊さなくていい。その代わり、中になにがあるか教えてくれ」
「? そのくらい自分で見ればいいだろう。……これは薬草だな」
「やはりな。じゃあそれを拝借、はしなくていい」
本当ならここで薬草を回収したいのだが、エレノアに睨まれたので止めておく。べつに薬草くらい貰ってもいいじゃないか。
「次はあの井戸を調べてくれ」
「井戸を調べろと言われても……む? 賢者殿、革袋が落ちていたぞ。中身は……50ゴールドだ。これも神の思し召しだろう。ありがたくいただこう。それでなにを調べればいい?」
「ああいや、もういい。わかった」
「?」
薬草はダメで50ゴールドはいいのか。それとも落ちていたら所有者がいないからいいのか?
ともかく俺の記憶は正しく、この世界はゲームのままだった。
紅子の言葉を思い出す。すべてゲーム通り、知っていることは全て起こる。ならばもはや攻略したも同然だろう。
「でもまだまだクリアまでは長いな。とりあえず宿に行くか」
「そうだな、疲れも溜まっているし湯浴みもしたい。今日はゆっくり休もう」
この時の俺は気楽に考えていた。
ゲーム世界と違いリアルになったこの世界では通行人にブロックされることはなく、スムーズに道が歩けることに満足していた。
何通りもある攻略チャートからどれで世界を救おうかと夢中になっていた。そのせいで自分自身がゲーム通りの存在ではないことをすっかり忘れていた。
宿は1泊朝食付きで4ゴールド。勇者は1人だから当然4ゴールド払って部屋へ向かう。だが俺は?
「…………賢者殿、なぜ入らないのだ?」
「あー……」
なんと俺も同じ部屋に案内されたのだ。宿の主人曰く、国の大事に立ち上がった賢者様から金は取れないとのこと。
それはありがたいのだが、なぜかこの宿はゲームの通りに部屋が一つしかない。村で唯一の宿屋なのにそんな事があるかのかと、店主のお前はどこで寝るんだと言いたいのだが、宿は一部屋だけ。
だから相部屋しかない。
「ほら、早く入ってくれ。扉を閉められないだろう?」
ちらりと部屋の中を見る。ベッドとタンスが1つずつしかない。ここもゲーム通りか。それと湯浴み用と思われる大きな桶。カーテンはあるが、元々一人部屋だ。仕切りなども一切ない。
「…………」
いや、やはりよくない。いくらゲームとはいえ、会ってまだ数時間の少女と相部屋なんて、俺の精神が持たない。昨日はお楽しみでしでしたね? 無理だ。ゲーム以外のことを喋れる気がしないし、かといってゲームの話に付き合わせるのは良くない。彼女はきちんと休んで体力を回復するべきだ。
「部屋を分けよう。俺は野宿でいい」
こう言ってはなんだが、俺は野宿は得意だ。学生時代にはゲーセンの開店待ちで散々やった。ダンボールがあればなおいい。
しかしこの提案もエレノアは却下する。
「早まるな賢者殿。外には魔物も出る。村の中だからと言って安全の保証はどこにもない。外に出るならわたしだろう」
「それはダメだエレノア。魔王討伐のためにも休息は必要だ。薬草でごまかしていても疲労は貯まる一方だろう。俺が外に出る。君は安め」
外で休んだとしても彼女の体力が回復しなければ宿屋の意味が無い。逆に外でも体力が回復するなら宿代を返してほしい。たった4ゴールド、ネズミ2匹分とはいえ序盤には貴重な4ゴールドだ。
しかし俺は体力どころかステータスがない。散々歩いてきたが疲れた感覚もない。そんな俺が彼女の4ゴールドを使うなんて許されない。
「駄目だ賢者殿。賢者殿の知識と機転はこの旅に必要なものだ。わたしにも夜警の経験はあるのだ。一晩くらいどうとでもなる。わたしが外に出る。賢者殿はゆっくり眠るがいい」
「勇者は身体が資本だろう。体力が回復しなければ、もう一晩この村で足止めになるぞ。いいから君が残れ」
そんなやりとりをしていているうちに宿の主人が現れた。なにか解決策があるのかと思ったが、彼が告げに来たのは時間切れだった。
「勇者さんたちぃ。悪いんだけども、俺っちももう今日は寝るんだぁ。んだから悪いんだけども外さカギ閉めるでね。狭いとこだけども、我慢してけれぇ」
なまりの強い宿屋の主人はそれだけ言って、俺たちを部屋に押し込んで去っていく。外のカギと言っていたが、この部屋の鍵も閉められてしまった。
「諦めよう……俺は床に寝る。エレノア、君はベッドを使え。それでいいか?」
「わかったよ、賢者殿。次は二部屋ある宿にしよう。…………ところで、あ、その、言いにくいんだが」
「……なんだ?」
なるべく壁の端に寄り横になったところで、彼女の声に振り返る。肩越しに見た彼女の顔は真っ赤だった。
「すまないが賢者殿。こっちは見ないでほしい。絶対、絶対にだぞ!? 今から湯浴みをするが絶対にこちらは見るな、覗くな! 聞き耳もだめだ。耳も塞いでくれ。そ、そうだ。これを使って顔を覆うというのはどうだ!?」
「……わかった。わかったって、わかってるよ。おやすみ、エレノア」
エレノアは強引にカーテンを外し、俺に渡してきた。
そんな芸人のフリのようにまくし立てられると覗きたくなるが、腕力では勝てないし、きっとゲーム以外の命令は効かないだろう。もちろんそんなことをさせるつもりも勇気もない。
俺はカーテンで目元と頭を覆い、余った部分を身体に羽織って寝ることにした。
エレノアはしばらくこちらを見つめていたようだが、視界をカーテンで覆っているのを確認し、ようやく落ち着いたのかガチャガチャと鎧を外していく。
「お、おやすみなさい、賢者殿」
薄いカーテン1枚向こうから聞こえる衣擦れの音に興奮を抑えられないが、俺は賢者なのだと必死に戒める。まだ賢者になってないけど俺はもう賢者なのだ。賢者になりたいがもう賢者なのだ、と。
訳の分からない思考を回していたが、結局彼女が床についた後も悟りを開けぬまま、一睡もできずに朝を迎えた。
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