19 戻ってきた世界
久しぶりの更新ですが、よろしくお願いします。
「くーっ、お疲れ様でした。これにて初代ダーケストストーリーの世界は、完全に修復が完了しました! いやあ、なにもかもカタギリさんのおかげですよ!」
「……まあいい。世界が救われたのなら、それでいいさ」
「世界を跨ぐこの感覚。何度行き来しても慣れないものだな」
ダーケストストーリーの世界を救った俺とエレノアは、再び俺の元居た世界へと戻ることができた。しかし世界から弾き出されるように戻ってきたので、またしても俺はエレノアの下敷きだ。
「だが本当に問題ないのか? 俺はともかく、エレノアがこちらに居ても」
2回目に救ったダーケストストーリーの世界には勇者も姫も居なくなってしまったはずなのだが、それでもシュレディンガーという世界の癌が居なくなったほうが優先されるのだとか。
「姫の一人や二人が世界に与える影響なんて、もの数ではありませんよ。ダーケストストーリーの世界は複数の世界線が並列上に存在するゲームの世界です。先程のカタギリさんのように完璧な勇者として攻略する世界線もあれば、前回のように意味のわからないバグ技でクリアした歴史もあったかも知れない。そうでなくても勇者の装備を集めきれずギリギリの戦いを勝ち取った勇者もいるでしょう。ではどれが一番正しい歴史なのかと言えば、クリアさえしてしまえばそのどれもが正しい世界線なのですよ」
「本当ならクリアだけで終わるはずが、シュレディンガーによって邪魔されたせいでそうはならなかった、というわけか」
「はい。本来ならあのふざけたメス猫を駆除するのも私たちアカシックレコードの仕事なのですが、ゲームの世界に逃げられてはそれも叶いませんでした。重ね重ねお礼を言います。本当にありがとうございました」
あちらの世界に居たときは諸悪の根源に思えていた紅子が、こうも深々と頭を下げてくると調子が狂う。
「俺への礼はいい。好きなゲームの世界には一度行ってみたかったんだ。その叶うはずのない願いが叶ったんだから、俺としては最高の体験だった。だけどな、紅子。彼女には、もう一度誠心誠意を込めて謝罪をしてくれ。彼女が居なければ、この世界を救うこともできなかったんだからな」
そう言ってエレノアを紅子の前に出すが、俺の心中とは違いエレノアはもう吹っ切れた様子で笑った。
「いや。もういいんだカタギリ殿。彼女が居なければ、わたしはこうしてあなたの隣に立つこともなかっただろう」
「……エレノア……」
「あのときの苦しみと悲しみが無くなった訳では無いが、それ以上にあなたといることのほうが幸せなんだ。だから、彼女のことはもういいさ」
少し棘のある言葉だが、エレノアはきっと本心から幸せなのだろう。今の彼女の表情に、以前のような影はみられない。
「幸せなら良かったですね、雑魚勇者。しかしあなたに助けられたのも事実です。カタギリさんのために謝罪と感謝を。あなたが弱かったせいで何度も殺してごめんなさい。そしてこの世界を救ってくれて、どうもありがとうございました」
慇懃無礼とはまさにこのことだろう。言われたほうがムカつく謝罪が本当にあるのだと逆に感心した。
だがエレノアは紅子の言葉に気を乱されずに笑って返す。
「ふふ、謝罪を受け入れよう。あなたは、よく見れば子供なのだな。そう思うと今までの言動も可愛らしく思えてきたよ」
「そうですか。ところでカタギリさん。今後はこの方をどうするつもりなんです?」
「どうするって……?」
紅子の言葉に俺はエレノアの方を見やり、彼女と目があった。
「そうだな。しばらくは俺のアパートに一緒に泊まってもらうようになる、のか?」
「わたしはこちらの世界のことは全くわからないからな。カタギリ殿の意向に従おう」
ボロアパートだが2人で寝れるだけのスペースはある。退職金もあるからしばらくは無職でも不自由させることもない。
そんな風にエレノアとの今後を考えていたのだが、紅子は大きくため息をついた。
「あのですねえ。彼女は異世界からやってきた人間。この国での扱いは無国籍者です。不法入国者です。こんな田舎にこんな美人がいれば、すぐに噂になって調査が入るに決まっているでしょう? 私が気にかけたのはそこですよ」
「美人だなんて、嬉しいことを言ってくれるな」
エレノアは満更でもなさそうだが、問題はそこじゃないぞ。
「そんなこと言ったって、エレノアの国籍なんてどうすればいいんだ? ……闇で買うとか?」
「そんな手段、カタギリさんにあるんですか?」
「いや、つい口から出ただけだ。でも、そうか。彼女のこの世界での扱いなんて、いったいどうすれば……」
そんなことまでは全く考えていなかったために、回答がすぐには思いつかない。
彼女のこの世界での権利。基本的な人権は保護されているだろうが、それ以上のことはどうすればいいのか全く思いつかなかった。
「ふふふ。困っているようですね、カタギリさん」
「ああ。というか困るような質問をしてきたのはお前だろう? なにか答えがあるんじゃないのか?」
「はい、もちろん。私はこの世界のすべての記録を持っているアカシックレコードの端末。しかも記録を持つだけでなく、その記録を修復も出来るんです。修復ができるということは、少しくらい書き加えることだって簡単ですよ?」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ紅子の微笑みがシュガーと被って見えた。
「カタギリさん。この世界でもエレノアを助ける代わりに、また私と取引をしませんか?」
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