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18 トゥルーエンドのその先へ


 敵は目の前にいる。

 それがわかっているのに手出しできないなんて。今の俺は勇者だというのに、無力感に苛まれる。


「ささ、王城に帰りましょう? ああ、時間がないのでしたね。なら魔王城にでも行きましょうか? あなたが必要なアイテムを揃えているのは知ってるんです。さあ、さあ!」

「敵だとわかっている人間が拐われた姫だなんて…… なんとも歯痒いな」


 エレノアも腕を組んだままシュガーを睨んでいるが、このままずっとそうしているわけにもいかない。


「こうしていても時間の無駄だ。なんとか本物の姫を探す。それしかこいつを倒す方法はない」

「私が姫だと言っているでしょうに。ですが諦めない気持ちは尊重しますよ。勇者さま」


 くつくつと笑うシュガーの声が妙に耳に残る。

 ともかく真の姫を探すべく、まずは城下町に戻った。念のため、姫の捜索をしている兵士に確認するためだ。だが……


「おお、勇者さま! 拐われた姫を無事助け出してくれたのですね!」

「……やはりだめか」


 そこまで期待はしていなかったが、やはりこいつらにも姫に見えるらしい。続編には真実の姿を暴くヴェールなどもあるのだが、今作にはない。

 そして今更ながらに気がついたことがある。

 ゲームが現実になったことで、当然ながら街中に人間が居るのだ。キーパーソンとなる人物はモブも含めてアカフォンのマップで確認できるため今まで気にしていなかったが、ゲーム上は表示されていないモブもいる。そうなるといよいよこの中から姫を探し出すのは不可能に近い。


「せっかくここまで来たんですし、お城に戻りましょう? そこでご褒美を貰って…… ああ、でも今の勇者さまには必要ありませんね」


 確かに俺のレベルは最大であり、前回のラスボス戦で使用したハイドラウィップも手元にある。ここで貰えるアイテムはなくても別に問題ない。


「……ギリギリまで姫を探そう。それでもダメなら、直接魔王に向かう」

「しかしカタギリ殿。それではこの世界は一時的には救えても、後世になって破滅が齎されてしまうのだろう? それどころか、あなたの世界そのものが崩壊してしまうと言っていたではないか」

「わかっている。わかっているが……」

「わかっているなら諦めましょう? そうだ。特別にカタギリさんは私が保護してあげますよ。この世界は滅びて、あなたの世界も壊れてしまう。でも考えてみてください? たかがゲームが1本世界から消えるだけです。代わりの作品が台頭して、ゲーム業界はそちらを中心に盛り上がっていくかも知れない。そんなイフの世界もあるんですよ? カタギリさんは今の世界とイフの世界、両方楽しめるんです。これってとってもお得では!? あなたの知らない、生まれてこなかったはずのゲームが、その世界にはきっとたくさんありますよ」


 シュガーの声が脳に響き、頭がくらくらする。立っているのに寝ているような気分だ。

 それに、ああクソ。こいつの言うイフの世界。なんとも楽しそうで仕方がない。

 だがそれでもその選択肢を選ぶことはできない。なぜなら、


「……その世界には、ダーケストシリーズはないんだろう?」

「ええ、もちろん」


 満面の笑みでシュガーは笑うが、俺はそれが一番許せないのだ。

 コミュ症陰キャな俺でも、子供の頃に唯一友達と遊べていたツールこそがゲームだ。

 そんなゲームと出会わせてくれた作品こそがダーケスト5だ。初代じゃないのかって? それが出たのは生まれる10年以上前だよ。

 しかしこの初代が消えてしまえば、俺の人生を構築していた初めての1本目である5作目が消えてしまう。そうなった時、シュガーの力でイフの世界に渡った俺は、俺でいられるのだろうか。

 いいや、あり得ない。断じてない。俺なんてどうなってもいいが、この世界が消えることだけは許せなかった。


「ならありえないね。俺はなんとしてでもお前という異物をこの世界から取り除く。ダーケストは俺の歩んできた人生の一歩目だと言っても過言ではない。それがないなら、俺は俺じゃないんだ。それだけ俺はゲームを愛している。たかがゲーム? ゲームを舐めるんじゃねえよ」

「そうですか、残念です。ですが気が変わったらいつでも言ってくださいね。それもまた、イフのあなたなのですから」


 つまらなそうに肩をすくめるシュガーだが、しかしその笑みを崩さない。なんともムカつく表情だ。アニメやゲームのクソガキがリアルに居たら、きっとこういう感じなんだろうな。


「よく言ったカタギリ殿! それでこそ勇者だ。私にできることは少ないだろうが、この世界を救うためならどんなことでもする。2人で手分けして姫を探そう! ひとまずここの住人に話を聞いてくる。何かヒントがあるかもしれない!」


 エレノアも何かをしないと落ち着かないのだろう。本来は指示役のはずなのに、勝手に聞き込みに行ってしまった。


「無駄な努力を……ご苦労なことです。止めなくていいんですか?」

「その原因はお前だろう? 彼女にとってもこの世界の、その後の崩壊は許せるものではないんだ。魔王を倒すだけでは意味がないんだから、出来ることをするしかないんだろう」

「ああ、いえ。そういう意味ではなく。あなたと違って勇者でもこの世界の存在でもない人間が、この世界の住人に話しかけても無駄なのになあと」

「……」


 ふと、シュガーの言葉によってエレノアという存在が、この世界でどういった扱いなのかが気になった。

 普段は俺という勇者に指示を出すプレイヤーとして、賢者という扱いで常に俺と共に居る。そのためアカフォンのマップ上では俺しか表示されていないし、宿屋でも1泊分の料金しか取られない。

 そういった意味で俺と彼女はゲーム上では1人という存在だ。だが、


(いやー、昨日はお楽しみでしたね)


 いつかの下世話な宿屋の言葉。あのときは聞き流していたが、本来あのセリフは一人旅の勇者が、誰か(・・)と一緒に宿へ入らなければ聞くことができない。

 その誰かは2人しか居らず、1人は主人公の旅に面白半分で着いて行こうとする武器屋の娘。彼女はこの町に居て、今も俺の視界の中で看板娘として店先に立っている。

 そしてもう1人は……

 俺は思わずアカフォンのマップを確認した。俺を示す勇者のアイコン。隣りにいるシュガーは姫のアイコン。それはいい。今までと変わらない。

 だがそこには先程までとは違うものがひとつだけある。そのマップ上をちょこまかと動くもう1つの人物アイコン。リアルな視界で見ればそこにいるのはエレノアだ。


「……は、はは……マジかよ」

「どうかしました? タイムリミットですか?」


 気が付かないわけだ。なにせずっと隣りにいたのだから。ずっと自分のアイコンと重なっていたのだから。

 マップ上を動き回るエレノアを示すアイコン。それは隣りにいるシュガーと同じ、姫を示すものだった。


 思えば彼女の昔話を聞いた時に、ヒントはあったのだ。

 王は跪いてエレノアが勇者になってしまったと語ったと言っていた。そもそもそれがおかしい。ただの旅人であったはずの主人公に、いくら世界の危機だからといっていきなり跪くはずがない。

 だがそれが姫だったとしたら? 実の娘になら王でも跪くこともあるだろう。あるいは失意のうちに膝から崩れたのだろう。

 記憶を持たずに王の前に居たエレノアという状況も、それなら説明がつく。なにせ最初からそこに居たのだから。姫という役割をシュガーに奪われたことで、その記憶も失われたのだ。

 そして本来この世界にあって、しかし存在しない異物のための枠がある。それが旅人である勇者だ。だがシュガーはそこには収まらず、姫の枠を奪い、姫を追い出されたエレノアが勇者になった。なってしまった。


 とんでもない悲劇だ。姫が勇者になっただけでも恐ろしいのに、その上彼女は紅子に殺され続けたのだ。彼女が勇者として立ち続けられたのは、あるいは彼女が王族の血を引くものだったからなのだろう。

 だがそれももう終わりだ。


「……魔王城に向かう」

「ふふ、これはもういよいよダメそうなんですね」


 俺はシュガーを一度睨み、魔王城へと視界を向けた。

 今度こそ、完全に決着をつける。

 すべての悲劇の元凶を、今度こそこの手で打ち取るんだ。





 魔王城地下室。そこは複雑なダンジョンである魔王城にあって最もシンプルな作りであり、一言で言えば極端に長いだけの廊下だ。


「この先に勇者の剣がある」

「おやおや? クリティカル装備で倒せるのに、時間もない中でわざわざ勇者の剣を? 時間足りるんですか?」

「カタギリ殿、悔しいがそいつの言う通りかも知れない。こんなに長い廊下を往復して、更に上のダンジョンを攻略している時間はあるのか?」

「時間は問題ない。勇者の剣を入手するとイベントが発生し、直接魔王の目の前まで飛べるようになるんだ」

「そ、そうか。だがこの深い闇のような足場はどうする? これは明らかに毒沼よりも危険だぞ?」


 エレノアの言うようにこの地下室は一直線に結界が張られていて、マップ上で1歩ごとに最大体力の1割もダメージを受ける。だがこの結界もまた問題ない。


「浮遊魔法『エアステップ』。足元のダメージを回避できる魔法だ。これで後は進むだけ。……念のためエレノアにもかけよう」

「あれあれー? お姫様にかけ忘れていますよ?」


 エレノアをエスコートするように手を取り、闇色の通路を進む。シュガーは文句を言っていたが、もちろん何のダメージも受けずに歩いてついて来ている。

 通路の最奥。より深い闇のクリスタルの中心に、弱々しく輝く剣があった。あれこそが勇者の剣だ。


「シュガー。『王女のお守り』を出せ」

「ふ、ふふふ。やだなあカタギリさん。忘れちゃったんですか? お守りは王城で貰うんですよ? ここにあるわけないじゃないですか」

「な、なんだと!? なんということだ。ここまで来てそんなミスをするなんて……! い、いや、責めているわけじゃないんだ! 今からでも急いで戻れば!」


 俺は慌てて引き返そうとするエレノアの肩をそっと掴み、首を横に振る。


「戻る必要はない」

「……カタギリ殿?」

「あれあれ、諦めちゃうんですか? ここまで来て、そんなにあっさり?」


 シュガーは嘲るように笑うが、だからこそやつは知らないのだろう。エレノアこそが姫であるという事実を。


「シュガー。お前は王女のお守りなんて持っていないんだろう?」

「……ええまあ。今更ですけど私は姫でも王女でもありませんし? あなた達もずっと疑っていたじゃないですか? 今更そんな設定を信じてこんなところまで来たんですか?」

「やはり……! ついに本性を表したな!」

「だからといって戦いませんけどね。偽物とわかっていても、倒せなければ意味はない。偽物だから当然キーアイテムはここにない。そうなれば勇者の剣のイベントによるショートカットも使用できない。いよいよ詰みですね」

「こんなところで、こんなところで諦められるものか! 偽物だとわかっているのに! 勇者の剣がそこにあるのに! こんなところで……!」

「諦める必要はない。エレノア」

「カタギリ殿! しかし、もう打つ手が……!」


 俺は左手でエレノアの右手を取り、自分の装備を投げ捨てる。今までありがとうウインドアックス。いつの間にか装備していたことを忘れていたが、このイベントは武器を装備していてはダメなんだ。


「教えてやろうシュガー! 勇者の剣を入手するためのキーアイテム『王女のお守り』。それは条件のひとつにすぎない! 王女を連れたまま城に戻らずゲームをクリアするネタプレイ、観光プレイでもクリアできるように、王女と一緒にいればこの『勇者の剣』は回収できるようになっているんだよ!」

「!? まさか!!」


 俺は闇のクリスタルに向かって空いた右手を突っ込む。本来なら闇の魔力で弾かれるのだが、今の俺は前回の姫であったエレノアと一緒にいる。彼女から発せられた眩い魔力によってクリスタルは消え去り、俺の右手に勇者の剣が握られていた。


「な、何だこの魔力は……? なぜわたしから、こんなに温かい力が……?」

「あり得ない! あり得ない、あり得ない、あり得ない! なぜその剣が取れる! なぜ姫がここにいる!? 姫は、私が勇者にした姫は! 主人公として世界をクリアして、この世界から消えたはずじゃないか!」

「ああそうだ。だから、その勇者がまた世界を救いに来たんだろ」


 主人公は、プレイヤーは、何度だって世界を救いにやってくる。いったい俺が何度ダーケストストーリーをクリアしたと思っているんだ。

 たかだかもう一回エレノアが来たくらいで、動揺されても困る。


「あ、あああああ!!!!!! 私の計画が、私たちの夢が! こんなところで終わってたまるものか! まだ、まだお前を殺せば私の計画は終わりはしない!」

「っ……! 何をするつもりだ!?」


 怒れるシュガーから真っ白な魔力が吹き上がり、そこに現れたのは白く塗りつぶされたラスボスである魔王だった。


「殺す殺す、ここでお前を殺す!」

「それは無理だぜ? 俺のステータスを忘れたのか?」


 白く塗りつぶされてこそいるが、そこにいるのはただの魔王。シュガーは気がついていないが、それはただ単にイベントが進んだだけのことだ。


「死ね、氏ね、4ね! ダークフレイム!」

「色が違うだけで性能は同じか! それじゃ全く効かない!」


 白い毒の炎の魔法。前回は凶悪なダメージ(バグアーマーなので致命傷にはならない)だったが、今回は装備とステータスのお陰で全く気にならない。

 そもそもサクサク進めるためにレベルをカンストさせていたのだ。

 第一形態は2発。第二形態は4発。カンストした勇者の剣の通常攻撃の前では、ラスボスなど消化試合でしかなかった。


「ああ、ああああああああああ! もはやここまで……! シュレディンガーに、栄光あれ!!」


 ゲームと同じように爆発し、消滅していく白い魔王。煙が晴れた向こう側には何もなく、空を見上げれば暗闇は晴れていった。


「今度こそ、終わったのだな」


 エレノアの言葉に振り返ると、そこに勇者の鎧を着たローブの少女はもう居なかった。


「魔王は倒した。この世界の異常の原因、シュレディンガーも倒した。紅子も何も言ってこないってことは、今度こそ、この世界に平和が戻ってくるさ」


 俺が振り返った視線の先。そこには青いドレスの王女が満面の笑みを浮かべていた。


「そうか。では、戻ろうか。……私たちの世界に」



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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