17 消えた姫
「気味の悪い砦だな。こんなところに囚われているなんて……」
「魔物の群れに落とされた砦だからな。姫はここの地下牢に閉じ込められている」
「……なんて酷いことを」
閉じ込められているが、死んでは居ない。むしろ地下牢とは名ばかりの豪華な部屋に改装されていて、居心地は悪くなさそうなのだ。なぜそんなに大切に扱われているのかは明かされないため誰も知らない。
ボスとして立ちはだかるのは、今後のダーケストシリーズの代表的な敵となる『〇〇○の影』。その後のシリーズでは様々な敵の影として現れるのだが、今作は魔王の影であり第一形態と同じ見た目で毒攻撃を持つ劣化版のラスボスだ。
通常プレイでは毒と相まって見た目以上に高火力なので注意が必要だが、今のステータスと装備では敵ではない。
砦自体に特に仕掛けはないので、湧いてくる雑魚を倒しながら地下室へ向かう。
アカフォンのマップ上では記憶の通りだが、途中から違和感がある。今歩いている階段には王城にあったもののような豪華な赤い絨毯が敷かれていた。しかしマップではそんな見た目ではない。
そして降りた先はきれいに磨かれた大理石の通路。上の階はゴツゴツとした石造りだったのでここも綺麗すぎる。もちろん通路の真ん中には階段から引き続き赤い絨毯がある。
「……地下牢?」
「……そのはずなんだが、ここまで豪華だったか?」
ゲームの方では部屋の前までは通常の砦と変わらなかった。しかしゲームと同じであるはずの現実のここは、完全に別の場所のように美しく装飾されてしまっている。
「まさか、これがシュレディンガーの仕業?」
「ありえるな。だがこんなところを改変して何になるんだ? とにかく進んでみよう」
本来なら出現するはずの雑魚敵もこの階層では出現することはなく、進んだ先には大きな扉。
「……罠ではないのか?」
「初代には罠というシステム自体がない。魔物が出てくるくらいはあるかもしれないが、開けるぞ」
大きな音を立てて開く扉。隙間から漏れ出す魔力に思わず俺は息を呑む。
この先にボスが居る。しかしそれはあくまでも中ボス程度のボスだ。こんなラスボス並の強大な魔力ではない。
「あら? 遅かったじゃない」
「……何者だ?」
部屋の中は思ったよりも狭く、そしてありえないことに年代は古いが現代的な作りだった。作業机にはブラウン管のモニターが置かれ、壁際にはサーバーのような巨大なパソコンからいくつもの配線が繋がっている。
そしてそのモニターの前に座っていたのは白い少女。髪も目も白く、よく見れば頭の上には動物の耳がついている。アレは猫だろうか。フリルまみれのロリータ姿は可愛らしいが、その目は鋭い。
「私はシュガー。あなたたちの敵よ」
「シュガー……? なるほど、お前がシュレディンガーか」
「その名前は可愛くないわ? 私はあなたたちの夢と希望を甘く溶かす融解系女子のシュガーちゃん。気軽にシュガー様と呼んでいいわよ?」
「なにがシュガー様だ。お前がわたしの居た世界を壊していることは知っている。今度こそ、ここでお前を倒す!」
エレノアが息巻いて前に出るが、彼女の手に武器はない。結局俺が戦うことになるのだろうが、何かがおかしい。戦闘状態にならないのだ。
「倒す? ふふ、できるものならやってみるがいいわ?」
「なんだと? カタギリ殿! こいつが姫を拐った敵なのだろう? 今までのように軽く倒してしまえ!」
「……それはできない。こいつは倒せないんだ」
「なに……? ここまで来て、いったいどうして!? 今までのように訳のわからん戦術があるのだろう? そうでなくても今のレベルは最高値だ。巨人を蒸発させた強力な魔法もあるではないか!」
戸惑うエレノアと薄く笑うシュガー。確かにやつから漏れ出す魔力は絶大だ。しかし倒せないのはそれが理由ではない。
「あいつは、シュガーは、敵じゃないんだ」
「カタギリ殿? 一体何を言っている? 今まさにわたしたちの敵だと宣言していたではないか!」
「ああ、それはもう、この上なく敵だ。……ただし、それはこの世界にとって、俺たちの目的に対しての敵という意味だ」
「……どういう意味だ?」
シュガーの笑みがさらに深くなる。恐らくやつは今のこの状況を楽しんでいるんだ。
改変された地下通路。消えてしまった雑魚敵たちと中ボス。そんなことが気にならないほどの、凶悪な世界の改悪。
こいつは、イベントそのものに自分を組み込みやがったんだ。
「そいつは、そこにいるシュガーは……俺たちが助けに来たはずの、拐われた王女なんだ」
「ピンポンピンポンピンポーン、だーい正解。さあ、私を助けて勇者さま? 私を連れてお城に帰って? ああ、もう敵は居ないから外に出るだけでいいの。とっても簡単でしょう?」
「……ッ!」
思わず舌打ちが出る。
姫救出エンド。やつの狙いは正規ルートと呼ばれているものだ。前回の世界では姫を助けずに魔王を倒したため、主人公は世界を巡る旅に出るというエンディングを迎えた。
しかしそれでは世界の修正は完了しなかった。そのため紅子はストーリー通りにクリアをしろと言ってきたのだ。
ああ、紅子の指示は正しかった。なにせ重要な分岐点そのものが破壊されていたんだからな。だがその目的がわからない。
やつを救い出せばそれでクリアのはずだ。世界の崩壊が目的なら、助けられないように邪魔をしてくるはずだ。
それなのになぜシュガーは助けて帰れと言っているんだ?
「……こいつが姫? そんな馬鹿な」
「では聞きますけど、あなたは姫様を見たことがあるんですか? 勇者さまはどうです? 誰も知らないでしょう? なら、捕まっていた私が姫だと名乗るのなら信じるしかない。そうでしょう?」
後半の理論は無茶苦茶だが、しかしシュガーの言う前半は正しい。初代のストーリーではすでに姫が拐われた状態から始まっている。
そしてその誘拐話は王様ではなく、城内や城下町の兵士から話を聞くことで判明するのだ。そのため元々は旅人であった主人公もといプレイヤーは、姫の顔を知らないままに助け出すことになる。
今いる俺やエレノアもそうだ。この世界に来たときにはすでにゲームと同じ状況になっている。前回は騎士という設定で城に居たエレノアは知っていたかもしれないが、今回の世界に適用できるとは限らない。
「拐われた姫だと言うなら、なにか証拠があるはずだ。カタギリ殿、そうなんだろう?」
「いや……そんなものはないし、正直証拠はどうでもいい。こいつが姫なのは、他に姫らしい人物も居ないし戦闘にもならないから嘘ではないんだろう。だが一体何が目的なんだ? 姫になりすまして世界の崩壊を妨害するのは、まあわかる。だが助け出してしまえばその妨害はそこまでだろう? 魔王を倒し、それで終わりのはずだ」
「ふふ、姫を助けた勇者さまがその後どんな結末を迎えるか、あなたは知っていますよねえ?」
俺の問に、シュガーは歪んだ笑みを浮かべたままだ。
「……姫を助けた勇者は世界を救った後城に戻り、姫と結ばれて王家を……まさか」
「ええ、勇者さま。いいえカタギリさま。あなたはあなたの世界を救うためにこの世界を救い出す。どう足掻いても、どんなに邪魔をしようとも、ゲームである以上クリアは必然。ですが、ああ、ですが! その間のお話なら? あなたがこの世界をクリアしたとき、勇者と結ばれる姫は私です。私というこの世界にとっての癌は、世界を救った勇者とたくさんの子をなし、その後の世界を歪めていくでしょう。ええ、それを止めることはできません。だってそうでしょう? 続編の主人公は勇者の子孫なのですから」
思わず言葉を失う。俺の世界の崩壊の原因は確かにダーケストストーリーにあった。前回の姫を救出しないエンディングも確かに間違いではないが、直接の続編は姫救出を前提にストーリー展開されている。だから修復されきっていないのだと考えていた。
しかしまさか、姫そのものが世界崩壊の鍵にすり替わっているとは。ゲームと同じならこいつは戦わないパーティメンバーとなり、どこまでもついてくる。古くからのネタプレイとして王女を連れたまま魔王討伐というものもある。
都合のいいことにそれを阻む中ボスはもう居ない。恐らくシュガーの手によって消されたのだろう。
この世界を救ったら、彼女の悪意がこの世界にばらまかれて俺の世界は崩壊。この世界を救わなかったら、そもそも世界の修復に失敗してやはり崩壊する。どう考えても詰みだ。
「さあ、早く助けてください? ゆ・う・しゃ・さ・ま?」
◆
どれだけの間があっただろうか。動けずに居る俺の懐から、この場にそぐわないファンシーな音楽が流れる。
「何だこの音は? これもやつの仕業か?」
「……違う」
「電話、鳴ってますよ? あの赤いのからでしょう? 出たらどうです?」
どうやらシュガーは紅子のことを知っているらしい。戦闘にならないため問題はないと思うが、シュガーからは視線を外さずにアカフォンの通話に出る。
「紅子か?」
『はい。早速ですが、カタギリさん。今目の前には何が居ますか?』
「……? シュガーと名乗る白い少女だ。拐われた姫に成り代わっていた。こいつがシュレディンガーなんだな?」
紅子の質問に少し首を傾げる。彼女もモニターで見ているはずだ。見えている姿をありのままに話すが、彼女から返ってきた答えは驚くべきものだった。
『なるほど。そちらではそう見えているんですね。私の見ているモニターにはローブ姿の黒い影、魔王のようなものが見えています』
「なに!?」
思わず大声が出る。ローブ姿の黒い影なら、それは間違いなく魔王の影。本来なら中ボスである存在だ。
『シュレディンガーは姫に成り代わっていたんですね? 私はこのゲームをクリアしたことがないので、敵モンスターが拐われた姫に化けているのかと思って様子を見ていたんですが、いつまで経っても戦闘が始まらないので、あれ? と思って電話したんですが、これは正解でしたね』
「……ああ。だがどうすればいい? やつとの戦闘が始まらないんだぞ」
シュガーは姫を名乗ってはいるが、成り代わっていたのは魔王の影だったということか。確かに一部のボスは戦闘前に会話があり、魔王の影もそのうちの一体だ。
それなら戦闘にならずに会話をすることも可能だし、そもそもリアルであるこちらから見れば魔王の影だろうが姫だろうが、見た目がシュガーのままならわかりようがない。
彼女の言っていた続編の崩壊も、結婚した姫が魔王の影なら納得だ。影シリーズは変身能力を持った闇の世界の住人という設定であり、それが勇者の子孫として世界中で繁栄していく計画なのだから、そうなってしまえば簡単に世界は闇に堕ちる。
しかしそうなると、姫はまだ別にいることになるのか?
『戦い方なんて私が知るわけないじゃないですか。だからこそ攻略はカタギリさんにお任せしているんですから。まあ、敵ということはわかったのでそいつをサクッと倒して世界を救ってくださいね~ 時間はもう少ないですからね~』
「あ、おい、待て!」
紅子はそれだけ言って通話を切られるが、だとしても戦う方法がない。戦闘に入らないのだから戦いようがないのだ。
「紅子はなんと?」
「目の前のシュガーは敵で間違いないとさ。だから倒せと言われたが……」
「戦いませんよ? 戦えませんからねえ?」
くつくつと笑うシュガー。なんとか彼女が敵だと暴ければ、本物の姫を探し出すことができれば、問題は解決する。
だがこの広大な世界で、顔も知らない姫を探し出すことなんてできるのか?
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