14 突然の(レベリングの)終わり
2連戦のボス戦では再戦する度に1戦目からの戦闘になることを利用したレベリング。これはタイムアタックでも使用されているテクニックだ。
「というわけで、リベンジマッチと行こうか!」
「そのリベンジマッチも、どうせ逃げ出すのだろう?」
再び盗賊たちの集まるアジトの前の広場。団長も当然元通りになっている。
エレノアは呆れたような視線で見つめてくるが、当然一度倒したら逃げる。そういう戦術だからな。
「ちっ、ここまで来やがったか!」
「一応お約束だから言っておくか。お前たちの逃げ場はもうないぞ」
「ふん。逃げ場がないのはお前たちも同じことだ!」
「逃げ場がないなら逃さないでほしい。お互い正当堂々と戦え」
団長が両手に斧を構えて戦闘開始。と言ってもやることは変わらない。
それよりもエレノアの言葉と視線に少し棘があるな。必要なレベリングなんだからいいじゃないか。
「ウインドエッジ!」
「この程度の風で歯向かうなど片腹痛いわ!」
おや、先ほどとセリフが違う。いや、元々このゲームには戦闘時の会話は殆どない。途中で喋るのはラスボスの魔王だけだ。
リアルになったことで団長が強がりを言っている、というだけだろう。
それはともかく3発のウインドエッジで団長を倒す。
「こ、ここで負けるわけにはいかん!」
「団長!? まさかアレを使うつもりですか!? 危険ですぜ!」
想定通り団長は懐から宝石を取り出し、鎧装備の魔族に変身する。
ちなみにこの鎧魔族は後々魔王の城にも普通に出てくるので実は雑魚敵扱いだ。だからこそ逃げられるのだが、そのせいで経験値も不当に安い。団長が600なのに対して、変身後は200ほどだったはずだ。
「クククク、魔族ノチカラ、味ワウガイイ!」
「よし、逃げるぞ!」
「ああもう、なにも良しではない」
「オイ、待テ!」
今回は1度目で逃走に成功。被ダメは変身前の団長から受けた15のみ。薬草の回復量が25前後なので少々もったいないが、ここは安全を取って回復する。
もう2レベルも上がれば2戦に1度の回復で済むようになるし、回復魔法のヒールも覚えたので暫くは狩りを続けることができそうだ。
「さあもう一戦!」
「……今更だが騎士道とか、勇者のプライドとか、そういうものはないのか?」
「エレノア。そういうものは平和な世界にしかないんだ。勇者のプライドとは、世界を救うために全力を費やす覚悟だ。そのためにはどんな卑怯な手でも使う。正々堂々と戦ったけど魔王には負けました。これが勇者といえるのか? 俺たちを信じたみんなに顔向けできるのか?」
「……それは、……しかし…………」
「納得できないことも飲み込んでいくしかない。勇者の道は騎士道でも王道でもない。覇道だ。進む道が正義だと信じきれた者だけが勇者なんだ」
未だに納得しきれていないのか複雑な表情のエレノア。別作品の主人公の師匠の名言なので効くと思ったのだが、やはり俺ではダメか?
「それに俺はすでに世界を非正規の方法で救っている。それこそ今更だろう」
「……そう、だったな。あのときは死に物狂いで戦う、本当に勇敢な勇者だと思っていたが、よくよく考えてみれば、ダメージを受けても平気な卑怯な戦術だと言っていたな」
「そうだ。卑怯で結構。打てる手立てがあるのに使わずに負けたというのは弱者の言い訳だ。そもそも魔王は、この世界の敵は強い。ならどんな手段だって使うさ。そうしなければ、世界は滅びるらしいからな」
◆
その後も薬草とヒールのための魔力が切れるまで、俺は変身前の団長を倒し続けた。
「よし、レベル10か。今日はここまでにしておいてやる」
「こ、ここで負けるわけにはいかん!」
「団長!? まさかアレを使うつもりですか!? 危険ですぜ!」
「……ああ、あのやり取りをもうすでに十数回聞いていると思うと気が狂いそうだ……」
エレノアの顔色も悪い。この世の中で一番の拷問は徒労らしい。同じやり取りを何度も見るというのも同程度には苦痛なのだろう。俺? 俺は経験値が増えているので何も同じではない。
「一度村に帰ろう。宿で回復して薬草を買って、また狩りの続きだ」
「……まだ続けるのか?」
「目標は22レベル。あと400回ほど団長を倒す計算だな」
「ナンダト!?」
突然の声に驚いて振り返ると、声の主は絶望した表情の魔物化した盗賊団長だった。戦闘中だということをすっかり忘れていた。
「オ、オマエ…… 今ナント言ッタ!?」
「……あと400回ほど、変身前のお前を倒す。魔物化したお前はその最後に倒す」
「…………ヤッテラレルカ!」
「だ、団長!?」
盗賊団長は魔力の籠もった兜を脱ぎ捨て、握っていた宝石も足元に投げ捨てる。
「それは魔族の方から貰った大切な魔石!」
「知るかそんなもの! お前たち拾うんじゃないぞ! もう我慢ならん! 俺たちの仕事はここで勇者を足止めすることだ。だが目の前のこいつはどうだ!? 最初は魔族の力に恐れをなして逃げ出したのかと思っていた。だがすぐに戻ってきたかと思えば、何度か魔法を撃ってまた逃げ出す。そのうえ戻ってくる度に強くなっているんだ! 一体どういうことかと思っていたが、俺を使った狩りだと!? ふざけるんじゃねえ! いくら魔族の指示とはいえ、これ以上やってられるか!」
団長は捨てた宝石を何度も踏みつけ、ついに耐えきれなかった宝石は大量の魔力を吹き出して砕け散ってしまった。
「お前なんてことしてくれるんだ!」
俺はその行為につい声を荒げる。アレがなければ団長は変身することができない。つまりこの狩りはここで終わってしまう。アカフォンを操作してリセットも可能だが、セーブしたのは森に入る前。4レベル分の狩りを無に返すのは流石にきつい。
「ハッハッハッハッハ! これでお前の目論見はすべておしまいだ! さあ、正々堂々俺と戦え!」
「クソッ、やるしかないのか!? ここまで来て、普通に戦うしかないのか!?」
「……なんなんだこれは。どういう状況なのだ?」
困惑しているのはエレノアだけではない。よく見れば周囲の盗賊たちも団長の暴挙にお互い顔を見合わせている。
勝てるはずがないのに、弱体化してまで立ちはだかる2戦目なのに通常状態の団長。一応逃げるコマンドを選択してみるが、選択できなかった。つまり1戦目と同じ判定だ。
「さあこい、勇者!」
「う、うわあああああああ! ウインドエッジ!」
勝負は、最初と同じく3ターンで決着が着いた。
しかし最後の一撃。ウインドエッジの竜巻で吹き飛ばされていく団長の顔は、なぜだかとても満足気だった。
◆
「だ、団長ー!」
「クソ、団長がやられちまった! 俺たちもずらかるぞ!」
「これで終わったと思うなよ!」
団長が吹き飛んでいったことで、周囲にいた盗賊たちは散り散りに逃げ去っていく。
「待てお前たち! カタギリ殿、追いかけるぞ!」
「……いや、追わなくていい。あいつらはもう悪さはしないさ」
彼らはこのあと野生化し、通常の雑魚敵としてこの先の道中で現れる。しかし彼らのせいで被害に遭う町や村はない。もう盗賊の被害は出ないんだ。
「まさかこんな結果になるなんてなあ」
「戦闘中に喋っていたのが悪かったのだろう。しかしそうか、彼らにも記憶があったのだな」
俺はエレノアの言葉にハッと我に返る。
そうだ。この世界はゲームの世界。ゲームでできたことは全てできる。
しかしゲームの世界であっても、この世界にとっては現実だ。彼らにも倒され続けた記憶は残り、だからこそ団長はあんなに晴れやかに散っていったのだ。
……まあ団長はその後別の町の牢屋にいるので死んだわけではないのだが。だとしても俺が盗賊団長にしたことは、紅子がエレノアにしたのと殆ど変わらない仕打ちだ。
彼が最後に残したのは経験値600と、2戦目の勝利報酬150ゴールド。ゴールドの入った革袋は、いつもより重く感じられた。
「……悪いことをしたかな」
「何を今更」
落ち込む俺をエレノアが後ろから優しく抱きしめる。
「卑怯者だとしても、正義だと信じて道を歩み続けるものが勇者なのだろう? わたしはそんなあなたを信じることにしたのだ。こんなところでいきなり挫けないでくれ」
「……俺は弱いな。ありがとうエレノア、本当に、本当にありがとう」
村に戻った俺たちが、翌朝も紅子からのクレーム電話で起こされたのは言うまでもない。
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