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13/21

13 レベリング



「この森に来るのは2回目か。あれほど厄介に見えた魔物も、その武器の前では型なしだな」

「ウインドエッジ! まあな。実際ここに出てくる魔物は今後の状態異常のチュートリアルも兼ねている。序盤のくせにかなりキツイエリアだよ」


 チュートリアルなら順番に出せばいいだろうに、なぜだか殆どの状態異常持ちがここに集中している。ここで出てこないのは攻撃が命中しなくなる盲目状態だけだ。

 ついでに言うとウインドアックスは帰り道のための救済アイテムでもある。レトロゲーあるあるだが、接戦の末にボスを倒したが帰り道の雑魚に討ち取られた、なんてのは日常茶飯事だ。

 だがこのダーケストストーリーではボスを倒すと必ずご褒美があり、それを使用すれば帰りが楽になるように出来ている。


「わたしが言うのもアレだが、なぜ盗賊たちはその斧を使わなかったんだろうな。自分たちで使えば、わたしたちはもっと苦戦していたはずだ」

「ああ、それにはきちんと理由がある。武器の能力を引き出せるのが勇者の力なんだ」


 これはダーケストの続編にも継承されている設定であり、武器や防具の固有能力を発揮できるのは勇者の血統だけということになっている。そのため続編の仲間になるキャラでは能力が使えなかったり、逆に敵に使えるものが現れたりとあるのだが、その話は今はいいか。


「ということは、わたしにも使えたのか?」

「前回なら使えただろうな。だが今は俺が勇者だ。エレノアにはきっと使えないと思うぞ?」


 勇者の紋章となるアザ。今は俺の右手の甲にあるそれを見せながら説明を続ける。


「前回はエレノアにあった紋章だが、あのときは途中から勇者は俺に変わった。そのときにもこの紋章は俺に移っていただろう? 今回は最初から俺が勇者だから、紋章はここにある」

「そういえば、そうだったな。あのときは様々なものから開放された、なんとも言えない気持ちでいたから詳しく見た覚えがないが」

「……なあ。もし、エレノアが話せるならでいいんだが…… あの時エレノアは気がついたらこの世界にいたと言っていたが、その前はどこにいたんだ?」


 ふと頭をよぎる疑問。ゲームの設定ではこの勇者の紋章となるアザは血統にしか現れない。初代の主人公もそれは同じ。このダーケストストーリーは初代ではあるが、勇者の初代ではないのだ。過去にも勇者はいた。

 しかしこの勇者の証拠となるアザは、前回紅子の力で他者に移すことができた。今回は俺の右手にあるが、そもそも俺はこの世界の住人ではなく、ここから見れば異世界のただの日本人だ。当然勇者の血筋などではない。プレイヤーは主人公であるが、勇者ではない。

 だとするとエレノアもまた勇者の血筋ではない可能性もある。いや、下手をするとそれどころか……


「……すまないな、カタギリ殿。記憶がないんだ」

「っ、そうか…… 悪いことを聞いたな」

「カタギリ殿が謝ることではない。それに何も覚えていないわけではないぞ? 前回のこの世界。カタギリ殿に出会う前のわたしは紅子、あの無能賢者に殺され続けた」

「……もっと早くに助けられれば……」


 この世界に来るまで、俺もただ紅子がゲーム下手なだけで敗北しているだけだと思っていた。しかし実際にはゲームの世界もまた過去の現実で、そこでは何度も死に続ける主人公がいたのだ。

 そう思うと、ひょっとして俺が記録を出すためにリセットし続けたゲームの中にも、彼らの人生があったのではないかと思い始めてしまう。


「そう言わないでくれ。あのときは本当にそれが使命だと思っていたんだ。話はその紅子と旅をする前のことだ。1年ほどの時間だったと思う。わたしは勇者としての訓練をしていた」


 それは本来存在しない初代の勇者の過去。そして実在していたエレノアの過去。


「わたしがこの世界に来る前の記憶は本当に何もない。気がついたらわたしはあの城の、あの屈強な王の前にいた。その時すでにわたしは勇者の格好をしていたが、突然のことに狼狽えた」


 エレノアは右手の甲をさすりながら話を続ける。その視線はどこかとても遠くを見つめていた。


「今でも覚えている。当時の、あの鍛えられた鋼のような王は、混乱し狼狽えているわたしに跪いて静かに語った。お前が勇者になってしまった。本当にすまない、と。たぶんそのときにはこの手に勇者の紋章があったのだろう。それからは賢者と旅をすることになるまで訓練の日々だった。身体を鍛え、剣技を磨き…… レベルは1つも上がらなかったがな。大変だったが、みな優しく、楽しい日々だったよ」


 苦笑するエレノア。その表情は、どこか寂しさを感じさせるものだった。


「……俺は君を、あの世界は君を苦しめるだけのものだと勝手に決めつけて、勝手に救い出した。もし可能なら、もう一度この世界を救った後に、あの国に帰りたいと思うか?」

「いいや、それはない。一度世界を救ってくれたときにあの王にも言われたが、わたしはあなたに着いていくと決めたんだ。未練がないと言えば嘘になるが、どのみちわたしが過ごした国はここではない。今回の世界には、わたしの知った顔は誰もいなかったよ」


 そういえばそうだ。王様も鋭い視線の歴戦の戦士ではなく、肥えて太った童話の王様のようだった。俺は彼女を世界から救い出した。だがそれは同時に、彼女の帰る場所を消し去ったということ。

 それは、本当に正しいことだったのだろうか。


「エレノア……」

「カタギリ殿、もうそんな顔をしないでくれ。わたしは幸せだよ。いや、これからどんどん幸せになるんだ。こんなところでグズグズしている暇はない。また世界を救うんだろう?」

「あ、ああ」

「さあ行こう! この先に盗賊がいるんだろう? やつらを壊滅させて、今度こそこの土地から脅威を消し去ろう!」


 エレノアは俺の手を取り、アジトのあった場所へと歩き出す。

 やはり彼女は強い。自分で彼女の過去を聞いておきながら、勝手に傷ついている俺とは違う。


「ありがとう、エレノア。すまなかった」

「ふ、なにか言ったか?」


 彼女の笑顔は、闇に覆われた世界にあってなお、太陽のように眩しかった。





 盗賊のアジト。その手前の開けたエリアには何人もの盗賊たちが集まっていた。


「ちっ、ここまで来やがったか!」

「今度こそ引導を渡してやる。カタギリ殿!」

「お前たちの悪行もここまでだ。逃げ場はもうないぞ」

「ふん。逃げ場がないのはお前たちも同じことだ!」


 アジトから現れるクマのような男。盗賊団長。両手に斧を持った二刀流スタイルのボスだ。

 団長戦もこれまた2連続戦だ。一戦目は普通の団長。体力は80と多いがそれだけで、回避行動中も能力によるダメージは普通に与えられるので3ターンで決着をつけることができる。


「喰らえ、ウインドエッジ!」

「ふんっ、その程度の風が効くものか! 兜割り!」


 団長の攻撃は16ダメージとそこそこ痛いが、道中の狩りでこちらもレベル6になっている。残り体力は30だが初代ダーケストストーリーでは必ず先制できるため問題ない。そして団長であろうと攻撃パターンは盗賊と変わらない。

 2ターン目の団長の回避行動も無視し、ウインドエッジを叩き込む。


「くそが! その魔法、なかなかやるじゃねえか!」

「これで終わりだ。ウインドエッジ!」

「ぐ、ぐおおおおお!」


 3発のウインドエッジで団長の体力を削り切り、こちらも残り体力30を残して戦闘終了。経験値は破格の600だ。初期のオオネズミが経験値1。森の状態異常持ちの平均経験値が20前後なので、そちらと比較しても1体で30倍もの効率となる。

 そして続く2戦目だが……


「こ、ここで負けるわけにはいかん!」

「団長!? まさかアレを使うつもりですか!? 危険ですぜ!」


 団長は懐から怪しげな宝石を取り出す。包帯の巻かれたヘッドがそれを止めようとするが、団長は無視して魔法を発動する。

 眩い閃光のあと、そこには黒い鎧を着た団長が立っていた。


「フ、フハハハハハ! コレガ魔族ノチカラカ! 凄マジイ!」

「な、人間が魔物に変身しただと!?」


 ただの早着替えにしか見えないが、盗賊団長は魔石の力で魔族へと変貌した。エレノアも驚いているが、ゲーム画面ではただの色違いだったのでリアルの変化に俺も驚きを隠せない。

 だがやることは以前変わらず、一つだけだ。


「我ガチカラ、トクト見ルガイイ!」

「よし! 逃げるぞ!」

「ナニ!?」

「えっ!?」


 戦闘開始と同時に俺は逃げるコマンドを選択。逃げには失敗してしまうが、団長第二形態の最初のターンは魔力のチャージで完全な無駄行動となる。


「逃ガスモノカ!」

「いいや、逃げるね!」

「本当に逃げるつもりなのか!?」


 今回も逃げに失敗、10ダメージを受ける。被ダメージが変身前よりも減っているが、これは元人間である団長の魔力が弱いためだ。

 第二形態は通常攻撃と弱魔法と強魔法を使い分ける完全脳筋なのだが、そのうちのデレ行動として弱魔法を使用してくる。なお強魔法と通常攻撃のダメージはほとんど変わらない。


「っくー! だが大したことない、死ななきゃ安いってね。じゃあな!」

「ま、待てカタギリ殿!」


 戦闘から離脱した俺たちはアジトの手前のエリアまで戻ってきている。まずは回復だ。買い込んだ薬草を口にすると、エレノアが睨んでくる。


「カタギリ殿、あなたには失望した。あれだけの啖呵を切って置きながら逃げ出すなど、勇者の行いではない!」

「まあまあ落ち着いてくれ、エレノア。これは必要なことなんだ。俺だってできれば逃げたくはなかった」


 俺はエレノアの肩を掴み、ゆっくりと首を横に振る。

 彼女もだんだん俺のやり口がわかってきたのか、それを真に受けず訝しんで訪ねてきた。


「ではなぜ逃げたのだ?」

「先程の戦闘で俺のレベルは7になった。5から6になるまで何体も魔物を倒したのに、6から7まではほんの数戦だっただろ?」

「確かに、ログを見ると大量の経験値が入っている。……それが?」

「あの団長は経験値がとても多い」

「……そのようだな」

「逃げて戻ると再戦できる」

「…………まさか」


 エレノアが一歩後退り、引きつったように顔を歪める。


「シュレディンガーがどこに罠を仕掛けているかわからないんだ。それなら安全なここで正規クリア可能なレベルまでレベリングするに決まってるじゃないか」



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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