12 シュレディンガー
「よくもうちの子分どもをかわいがってくれたなあ!」
「誰だお前は!」
エレノアが誰何する相手は大柄な男。盗賊頭だ。読みはかしらではなくヘッド。ヤンキーのような名前であり、見た目も世界観に似合わない派手なモヒカンだ。
「エレノア、やつは盗賊のまとめ役だ。あいつを倒せば、この町は開放される」
「あいつも盗賊の…… カタギリ殿、戦闘は任せた!」
「どうせこの世界は魔王に支配されるんだ。今のうちに従ったほうが賢いんだよォ!」
ゲーム通りのセリフとともに襲いかかってくるヘッド。今回は通常通り1体からのスタートだ。
ゲームと同じ仕様ならやつの体力は45。盗賊と同じく通常攻撃と回避の構えを交互に繰り返し、体力が半分以下になると1度だけ盗賊を呼び出してくる。しかし追加の盗賊はヘッドが倒れると同時に逃げ出すため、無理に相手をする必要はない。
まあ今回はウインドエッジで纏めて吹き飛ばすのだが。
「ヒャッハーッ!」
「13ダメージか、想定内だな。ウインドエッジ!」
「ぬおっ!? やるじゃねえか! テメエら、見てないでフクロにしろ!」
俺の現在体力は27。対してヘッドの体力は残り15。ヘッドは仲間を呼ぶが、しかし誰も現れない。
「なっ、テメエら、どこに行きやがった!?」
「どういうことだ?」
戦闘中にも関わらず狼狽えるヘッド。俺もつい町の方向を確認し、しかし誰もいない。
「カタギリ殿、今は戦闘中だ! よそ見をしている余裕はないぞ!?」
「おっと、それはそうだった。吹き飛べ、ウインドエッジ!」
「ぐわーっ!」
よそ見をしているのはヘッドも同じだ。隙だらけのヘッドはウインドアックスから放たれた竜巻で吹き飛ばされる。
「ち、畜生! これで終わると思うなよ! テメエら、ずらかるぞ!」
ヘッドは起き上がると1人で村の方向へと走り去る。一応仲間に声をかけていたが、やはり誰も現れなかった。
「あ、待て! ……逃げ足が早すぎないか?」
「ゲームだと違和感がないが、リアルになるととんでもない速さだな…… しかし、なぜあいつの部下は現れなかったんだ?」
俺はヘッドの落としていった革袋、ゴールドを拾いながら首を傾げる。
「何故も何も、あのまとめ役が来る前に4人も吹き飛ばしたではないか」
「……うーむ」
町に入った直後の盗賊は本来2人。連戦を含めて3人だ。しかし今回の戦闘では盗賊はいきなり4人現れて、連戦にならなかった。今回は連戦になったが、本来ヘッドは別枠の中ボスだ。
ゲームではなくリアル目線で考えれば、ヘッドが呼び出す盗賊は最初の3人とは別人だろう。それなら盗賊は合計4人で計算上は合う。
ゲームでの演出ではどうだったか。たしかヘッドと一緒に逃げる盗賊は1人だったような……。
「考えても仕方がない。紅子に確認してみよう」
「……あの女にこの世界のことがわかるのか?」
エレノアは殺された恨みがあるためか紅子に対して懐疑的だ。
しかしゲーム下手な紅子もゲーム以外のことなら役に立つ。あいつの能力がなければ、エレノアを救うことができなかったのも一つの事実だ。
「この世界のことは知らないだろう。だがシュレディンガーについては俺も知らない。その点についてはあいつのほうが詳しいはずだ……出ないな」
正体不明の敵を倒したためアカフォンで紅子を呼び出す。
数分近くコールした後一度切れてしまい、もう一度かけ直して漸く紅子は電話に出た。
「はいはーい、もしもしカタギリさん。どうされました?」
「紅子、先程コロンの町の盗賊戦でシュレディンガーと思われる敵を倒したんだが……」
「ええ!? 凄い早いですね! さすがカタギリさん、わたしの見込んだゲーマーだけあります」
俺の報告に喜んでいる紅子の声は、なぜか妙に反響して聞こえた。
「ログでは『????』になっていて詳細は不明だがな。敵全体に魔法攻撃をしたとき偶然巻き込んだみたいなんだが、そっちではどんな風になっていた?」
俺の視点では見えなくても、紅子の視点はさらに後ろにある。もしかしたらなにか見えていたかと思ったのだが……
「見てませんけど」
「は?」
「見てませんよ。何故か突然交尾を始めるんですもの。あんなの見てられません。気まずかったので、今私はお風呂にいます」
紅子の声の反響はそれが理由か。
だがそれ以上の問題発言をされた。あの晩の行為を見られていた? だとすれば、それは非常に気まずすぎる。
すっと視線だけでエレノアを見やると、彼女は顔を真赤にして俯いてしまった。
「わかった、わかったからとりあえずそのことは忘れてくれ」
「わたしが忘れたところで、全知のアカシックレコードにバッチリ残っていますよ」
「忘れろ! そんな記録消せ! それよりもシュレディンガーだ。見てなかったとしても、一応倒したんだ。なにか変化はあるんだろう?」
「んー、そうですね…… 崩壊までの時間が少し伸びています。倒したというのは事実のようですが、それだけでは足りないようですね」
とりあえず一応の成果はあったらしい。しかし今回倒せたのは全体攻撃でたまたま巻き込んだからだ。ウインドエッジは便利だが、この先ずっと使い続けるわけではない。もし今後も見えない敵として現れるなら、倒しそびれることもあるかもしれない。
「紅子、できれば正確な敵の正体が知りたい。シュレディンガーってのはどういう存在なんだ?」
「そうですねえ。簡単に言えば、イフの世界から現れた侵略者、と言った存在でしょうか。今カタギリさんがいるダーケストストーリーの世界の記録には綻びが生まれている。前にもお話したように、これは自然現象です。それを直すのが本来私の仕事であり、カタギリさんに頼んだ仕事でした」
シュレディンガーの話題になったことで紅子の声色が真面目なものに切り替わる。
「そうだったな。ゲームをクリアすれば異常が直ると」
「ええ。しかしその綻びを利用しようとしているものがいます。その正体こそシュレディンガー。世界の転換期に現れて、分水嶺を破壊するものです」
分水嶺を破壊するもの。歴史の分かれ目を乱すもの。それでシュレディンガーなのか。
シュレディンガーの猫。本来は物理学だか量子力学だかの思考実験だったもののはずだ。
箱の中に猫と毒ガスの発生装置を入れ、50%の確率でその装置が作動する。開けるまで猫の生死は観測できない。そのため箱の中の猫の生死は決定していない、生きた状態と死んだ状態が同時に存在している。といったものだ。
「私たちアカシックレコードとシュレディンガーは相反する存在です。なにせこちらは記録ですから。未来を不確定にされると困ります」
「それはわかったが、だがそれだけでは何を倒せばいいのかわからない。ゲームだから雑魚は無限に湧いて出てくるぞ? それをすべて倒せと言われても無理だ」
「シュレディンガーは歴史に、物語にかかわる部分にしか現れません。主人公が雑魚に倒されるのは、最初から不確定ですから。なので先程言っていた盗賊のように、所謂ボスとなる敵として現れるはずです」
雑魚敵に負けるのはゲームではよくあることだ。しかしそれをわざわざ記録にしたりはしないから、シュレディンガーも考慮していないということか。
「だが今回の盗賊に紛れていたシュレディンガーは見えなかったぞ?」
「……たぶんですけど、それはシュレディンガーにとっても想定外だったのでしょう。シュレディンガーも私たちと同じようにゲームの中にあるものしか操作できません。あくまでも綻びを利用しているに過ぎませんからね。なので今回は様子見だけだったはずが……」
「全体攻撃だから巻き込まれた、と。なんだかマヌケな相手だな」
「ええ、本当に。ですが気をつけてください? 今回のことで相手も本気になったはず。ストーリーを進める際には何がおきるかわかりません。……きちんとセーブしてくださいね?」
「それだけはお前に言われたくない。きちんとセーブしておけば、エレノアだってあんな目には会わなかったからな」
どんな罠だろうと、この世界の事はすべて頭に入っている。パラメータの操作や敵の配置変更など、露骨なチートさえされなければなんとかなるだろう。
「……話は終わったか?」
振り返るとエレノアの顔は赤いままだった。
「ああ。……その、なんかすまないな。とりあえず町に入ろう。今後は薬草を中心に回復して、宿屋は最低限に……」
気まずかった俺は頭をかいてコロンの町に向かおうとし、腕をエレノアに掴まれる。
「……エレノア?」
「カタギリ殿さえ良ければ……わたしは、構わない。……見せつけてやろうじゃないか」
エレノアの顔は赤いままだが、その笑みは挑発的で、掴んだ俺の腕に胸を押し付け指を絡ませてくる。
……エレノアってそんなキャラだったの?
俺たちは特に必要のないコロンの町での宿泊をチャートに追加し、翌朝紅子からのクレームで目を覚ますのだった。
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