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11 コロンの町へ


「ウインドエッジ! ウインドエッジ! ウインドエーッジ!」


 魔の森から村への帰り道に障害と呼べるものはなにもなかった。

 ウインドアックスの固有能力によって敵全体に撒き散らされる殺戮の暴風。本来なら厄介なはずの敵は経験値とゴールドに変わっていく。


「なるほどな。これほどまでに強力な武器なら、多少無理をしてでも取りに来たくなるはずだ」


 エレノアは納得したように頷いているが、それもそのはず。この武器は本来コロンの町を占拠している盗賊を追い出した後、ボスとして現れる盗賊の大親分倒し、その後に入手できるものなのだ。

 そのためアジトに隠されていたのだが、この森に大親分が現れるのは町から盗賊を追い出した後。つまり町を迂回すればこれこの通り、大した苦労もなく入手可能となっている。


 順序どおりにクリアしろと言わなかった? と、紅子の幻聴が聞こえるがそれは問題ない。攻略本にも載っているれっきとした正しい順序だ。


「森を抜けたら一度宿に戻ろう。流石にそろそろ毒がしんどい」

「慣れない戦闘で汗をかいているのかと思っていたが、やはりそれは毒によるものか。わたしもそれには賛成だ。だが……」

「……?」


 汗を拭って振り返るとエレノアの顔が赤い。


「ま、またあの宿に泊まるのか? いや、城下町まで戻るのは難しいと分かっている。分かっているが…… その、あの1人部屋に2人と言うのはだな、その……」

「あー……」


 そういえばイチの村の宿屋は1人部屋。ベッドも1つしかなく、当然寝具も1人用だ。前回はエレノアが勇者だったため俺は床で寝ていたが、今回の勇者は俺。

 彼女は勇者である俺にベッドを使えと言うだろう。とはいえエレノアを床や外で寝かせる訳にはいかない。


「確かに城下町なら部屋も2つ取れるな。それなら毒消しだけ買ってそっちに戻ろうか?」

「う、うう……無駄な出費に無駄な道程。カタギリ殿、愚かな判断をしているわたしを許してくれ」

「この程度なら何の問題もない。ウインドアックスのお陰である程度稼ぎはあるし、1ターンで勝てるから毒のダメージは殆どないんだ」


 実際毒で辛いのはリアルになったことによる体感的な苦痛だけだ。幻痛と言ってもいい。不快感はあってもステータスに影響はない。

 歩き狩りをしながら村まで戻り、毒消しで不快感を取り除いた俺たちは、今度は疲れを取るために城下町へと向かった。





「……どうしてこうなった?」


 城下町の宿屋。2部屋あるため問題なく別々に休めると思っていたのだが、


「え? その部屋は俺が寝る部屋だよ。防音はしっかりしてるから、気にしないで休んでいってくれ!」


 と、宿屋の兄ちゃんにいい笑顔で部屋に閉じ込められた。


「……済まない。本当に済まない」

「エレノアは謝らなくていい。それに前回よりは多少マシだ」


 今回は部屋の中に仕切り用の衝立が2枚あり、クローゼットの中に追加の毛布があった。


「なんかこう、色々と疲れたな。俺はもう寝る」


 ベッドサイドにエレノアを押しやり、俺は床で寝ることした。毛布があるだけマシだ。

 流石に鎧を着たまま寝るのはどうかと思ったので装備を外すと、籠もっていた汗やらなにやらの匂いが立ち込める。

 自分の匂いだがこれはきつい。このまま寝るのは、ちょっと難しそうだ。幸いこちら側に湯浴み用の桶とタオルがあるので使わせてもらうか。


「エレノア、悪いが先にお湯を使わせてもらうぞ?」

「……わかった」


 桶は入ろうと思えば身体を浸せるが、湯船ほど大きくはない。とりあえず服を脱ぎ、濡らしたタオルで汗を拭く。


「……入らないのか?」

「まあ、欲を言えば入りたいが、この後エレノアも使うだろうし……って、どうしてこっちにいるんだ!?」


 声が思ったよりも近いので振り返ると、そこには顔を赤くしたエレノアが立っていた。


「よく、考えたんだ。以前この世界で生命を救ってもらったわたしに、なにかできるのかと。カタギリ殿が魔王を倒したとき、わたしにはカタギリ殿もこの世界から消えてしまうのだという直感があった。だから、だから何か恩返しをしたいと、そう願ってあなたの居た世界に押しかけた。だが、世界の危機はまだ去っていないのだろう?」

「…………」

「だからこうしてまたこの世界にいる。そして本来ここにいるのはわたしではなく、あの紅子とかいう女だったはずだ。しかしカタギリ殿は私を選んでくれた。その意味を考えていたのだ。私を殺し続けた紅子よりマシ。あなたはそういった。確かにそれはそうなのだろう。だが、私の価値はそれだけでいいのかと、そう考えたんだ……」


 そう言うとエレノアは俺の手からタオルを奪い取る。


「……なにを?」

「戦闘も冒険も、今は何の役にも立たないわたしだが、せめてそれ以外のことはさせてほしい。湯は存分に使ってくれ。ベッドだって本来カタギリ殿のものだ。もし、もしカタギリ殿が良ければ、そこにわたしも……いや、なんでもない、聞かなかったことにしてくれ! と、とにかく、今のわたしはあなたのサポートに徹する! 桶に入って背を向けてくれ!」

「わ、わかった、わかったから押すなって」


 それからのエレノアは凄かった。

 詳細は省くが、とにかく凄かった。


 ーー翌朝。


「ふふ、おはよう。カタギリ殿」

「……おはよう、エレノア」


 ベッドの中で半裸のエレノアと目が合う。

 ああ、洞窟から姫を助け出した勇者も、きっとこんな気分だったのだろう。





「いやー、昨日はお楽しみでしたね。またどうぞ!」


 やっぱり防音なんてないじゃないか。

 それはそれとしてエレノアの献身もあり俺の疲れは綺麗サッパリとなくなり、確かな成長を遂げた俺たちは道具屋で薬草を追加してからコロンの町へと向かう。

 現在レベルは4。前回のエレノアのときよりも低いが、俺にはウインドアックスがある。


「……ついに、町に向かうのか」

「ああ。ついにというほど時間は立っていないが、紅子に言われた順序通りなら、避けては通れない」


 コロンの町の盗賊たち。町に入った瞬間襲いかかってくる序盤のデストラップであり、エレノアの生命を何度も奪った彼女にとってのトラウマだ。

 町に近づくにつれてエレノアの表情が曇っていく。今回の彼女は戦わない。それでもやはり精神的にきついのだろう。


「無理そうなら、城下町で待っているか?」

「……大丈夫だ」


 エレノアは両手をきつく握りしめ、俺の眼を見据える。


「カタギリ殿。わたしはあなたが盗賊たちを、わたしの敵を討ち取ってくれると信じている。それを必ず見届ける」

「ああ、もちろんだ。世界最速の救済、その方針は変わらない」


 視線をコロンの町へと戻す。そこにはすでに盗賊たちが待ち構えていた。


「へっへっへ、誰を倒すって?」

「見せつけてくれるじゃねえか兄ちゃん」


 そこには本来2人しかいないはずの盗賊が、連戦を含めても3人のはずの盗賊がなぜか4人に増えていた。これが紅子の言っていた歴史の異変なのか?


「ここは通さねえぜ?」

「コロンの町は俺たち盗賊団が占拠した!」

「通りたかったら身ぐるみ置いてきな!」


「わたしのときよりも多い!? いったいなぜ……?」

「だとしても、何の問題もない!」


 同時に襲いかかってくる盗賊たち。そいつらを正面に捉え、俺は大きくウインドアックスを振るった。


「纏めて吹き飛べ! ウインドエッジ!!」


 俺の叫びに呼応したのか、翡翠色に輝く竜巻はただ敵を斬り刻むだけではなく、大きく成長しながら盗賊を飲み込んでいく。


「な、何よこの風は……!?」

「魔法なんて聞いてないぞ!?」

「ぐ、ぐわあああああぁぁぁああああ!」


 吹き飛ばされる盗賊たちの中に1人だけ、何故か女の声が混じっている。


「盗賊たちが、飛んでいってしまったな……」

「ああ。戦闘はこれで終わりだ。ずいぶんあっけない敵討ちだったが、エレノア、気分は大丈夫か?」

「わたしは、彼らの声を聞いた瞬間から震えが止まらなかったんだ。それが見てくれ。今はもう、なにも問題ない!」


 エレノアの笑顔に、俺はほっと息を吐く。俺の行動に間違いはなかったのだと、俺も救われた気分になった。

 それにしてもまさかの1ターン5キル。連戦にならなかったことも妙だが、それ以上に見た目よりも更に人数が多く、アカフォンのログには正体不明の敵『????』の討伐記録が確かに残っていた。


「……あいつが、シュレディンガー?」


 だとすれば俺の今回の物語はここで終わり、そのはずなのだが。


(こんな序盤に黒幕がいることがあるか?)


 どうにも違和感が拭えなかった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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